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六章 聖女の墓標攻略編
182話 異世界人
しおりを挟む──マンモスの群れを狩り終えて、私たちはお屋敷に帰ってきた。
象牙の氷杯以外のドロップアイテムは、マンモスのお肉一トンと、大きな氷の魔石だったよ。
もう夜で、ローズとミケも帰宅済み。スイミィちゃんとリヒトくんは、修行を切り上げていた。
とりあえず、私は一休みしてからイーシャの身体を動かして、ちょっとした実験を行ってみる。
異世界人のレベルを上げるために、前世の知識をみんなに授けるんだ。
象牙の氷杯に魔力を注いで、液体窒素を用意してから、みんなを一階の食堂に集めた。そして、葡萄を液体窒素に入れて、カチコチに凍らせる。
「ほら見て! 液体窒素って、こんなに危険なんだよ!」
「へぇー、不思議な水だねー」
ルークスは感心しながら、凍り付いた葡萄を指でツンツンしている。
私は追加で葡萄を凍らせて、他のみんなにも配った。
「し、師匠……!! この葡萄っ、冷たくて美味しいよ……!!」
「……これ、美味。……スイ、もっと食べる」
シュヴァインくんとスイミィちゃんは、凍った葡萄をパクパクと食べ始めた。
液体窒素の危険性、きちんと理解してくれたのかな……?
「葡萄が凍っても、俺様が凍るとは限らねェだろ。その水に手を突っ込ませろや」
トールが私に近付いてきて、とんでもないことを言い出した。
彼の職業は戦士であり、身体がとても頑丈だけど、『ハイどうぞ』とはいかない。
「危ないから、やめて欲しいかも……」
「アーシャ、やらせてあげなさいよ! トールは馬鹿なんだから、痛い目をみないと分からないわよ!」
「うーん……。確かに、それは一理あるね……」
フィオナちゃんに促されて、私は液体窒素が入っている桶をトールに差し出した。回復系のスキルがあるので、大事にはならないはずだよ。
トールは物怖じせずに、舌打ちして手を突っ込む。
「チッ、俺様は馬鹿じゃねェよ!! 耐えられるかどうか、安全なときに確かめておくべきだろォが!!」
液体窒素は人肌の熱でも気化するので、モクモクと煙を上げ始めた。
トールが全然平気そうにしているから、ニュートは『拍子抜けだ』と言いたげな表情で問い掛ける。
「番犬、どうなんだ? 冷たいのか?」
「いいや、あンま冷たくねェな……。この程度で、なンで葡萄が凍りやがった?」
「違う違う、冷たくないのは最初だけだよ」
体温が高い状態だと、液体窒素は肌に触れる前に、気化してしまう。
だから、少しくらい手を突っ込んでも、ひんやりするだけで濡れないんだ。
私がその説明を行っていると──トールの表情が、少しだけ歪んだ。
私は即座に、彼の腕を引っ張って、液体窒素から引き離す。
「あァ、そういうことかよ。ヘンテコでムカつく水だぜ」
トールは凍傷を負った自分の片手を眺めて、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
【再生の祈り】のバフ効果があるので、瞬く間に治ったけど、これで危険性は伝わったと思う。
「トールでもダメージを受けるなら、シュヴァイン以外は全員危ないよね。マンモスの【氷雨】は危険だって、頭に入れておこう」
ルークスがそう結論付けて、みんなが力強く頷いた。
私は他にも、液体窒素に関する知識を教えておく。
「液体窒素が気化すると、大気中の酸素濃度が下がるから、それにも気を付けてね。マンモスが群れで【氷雨】を使ったら、しばらくは周囲で呼吸が出来なくなるはずだよ」
「うぬぅ……? 酸素濃度とはなんなのだ? それに、窒素とは?」
「ええっと、それは──」
リヒトくんが興味津々で、私の話を聞いてくれる。
そして、スポンジのように知識を吸収しているよ。
彼には電気とか雷の仕組みを教えたことがあるんだけど、そのときも呑み込みが早かった。お馬鹿に見えて、結構賢いんだ。
ルークスとシュヴァインくんは、耳を傾けてくれているけど……理解するのに、大分時間が掛かりそう。
トールとミケは、頭の上に疑問符を乱舞させて、理解することを放棄している。
フィオナちゃん、ニュート、スイミィちゃん。この三人は、きちんと理解しているよ。
……なんか、こうして勉強を教えるの、ちょっと楽しいかも。
夕食や入浴の時間を挟んだりしながら、私たちは勉強会を続けた。
そして、一日の終わりに、イーシャのステホを確認してみる。
イーシャ 異世界人(10) 結界師(3)
スキル 【他力本願】【情報操作】
なんと、早くも異世界人のレベルが、10まで上がっていたよ。
新しく取得したスキルは、【情報操作】──自分のステータスを確認して、職業を変更出来るというもの。
「び、微妙だ……!! ステータスの確認はステホで出来るし、職業の変更は神聖結晶で出来るんだよね……」
【他力本願】の影響で追加されている特殊効果は、同意を得た他人のステータスの確認と、職業を変更出来るというもの。
教会に依存する必要がなくなったので、決して悪くないスキルなんだけど……正直、パッとしない印象だよ。
この世界に神聖結晶が存在しなかったら、私だけが職業の恩恵を得られて、大活躍出来たかもね。
スキル【情報操作】は、イーシャに持たせておく必要がないので、本体に移しておく。
これは余談だけど、異世界人のレベルが上がると、全ての能力が大きく伸びたよ。
魔力が魔法使いと同程度の伸び幅だから、他の能力もそれぞれに特化している職業と、同程度の伸び幅だと思う。
──さて、視点を私の本体に戻そう。
「ローズ、食べる魔石の属性は、土と水でいいかな?」
「うむっ、それでよい! ようやく、妾が進化するときなのじゃな!」
私は庭に出て、グレープと一緒に根を下ろしているローズに、土の魔石と水の魔石を沢山与えた。
彼女の肌は僅かに緑がかった白色で、波打つ長髪はエメラルドグリーン。瞳孔は金色で縦に長く、爬虫類っぽい感じだよ。
上半身は人間の童女のもので、下半身は大きな深紅の薔薇。その花弁の一部は、竪琴になっている。
現在の姿のローズは、これで見納めだろうから、ちょっと寂しい。
「それじゃあ、また夢の中で。おやすみ」
「うむ、おやすみなのじゃ」
どんな姿になっても、ローズはローズだから、成長を喜ばないとね。
私は自室に戻った後、ベッドの中に入って熟睡する。
そして──例の如く、夢の中で、暗闇に浮かぶ道の上に降り立った。
分岐している道の数は三本。それぞれの手前に、看板が立てられているので、一枚ずつステホで撮影しよう。
『アルラウネプリマ』──歌声によって、植物を魅了するアルラウネ。多くの信奉者を集めて、偶像となったアルラウネに現れる進化先。
偶像と信奉者……。要するに、アイドルとファンってことかな?
ローズは可愛いので、接客業をやっている間に、ファンが増えたのかもしれない。
ちなみに、図書館の本には、記載されていなかった進化先だ。
あの図書館、あんまり当てにならないね……。
まぁ、従魔には反抗期を迎える可能性があるから、体制側が対処しやすい魔物に進化するよう、誘導しているのかもしれない。
『アルラウネリーダー』──アルラウネの統率個体で、自分と同種かつ下位の個体を従えることが出来る。
頭が良いことが進化条件なので、ローズなら候補に出てくると確信していた。
私がスキル【魔力共有】を持っていなかったら、ローズにはアルラウネの群れを率いて貰って、花弁の大量生産をお願いしたかもしれない。
でも、現状だと必要ないよ。ポーションは毎日売れているけど、それでも在庫が溜まっていくからね。
『活性化』──特定の因子が活性化する。
これは明らかに、【竜の因子】を活性化させる選択肢なので、論外。
ドラゴンの暴走は、二回も間近で見たんだ。ローズがあんなことになったら、怖いし悲しすぎる。
ローズとは話し合いが出来るので、本人の意思を確認しておこう。
「ローズ、私はプリマ一択だと思うんだけど、どうかな?」
私がそう問い掛けると、すぐ隣にローズが現れて、難しい表情で首を捻った。
「うーむ……? 歌と言われても、よく分からんが……他の選択肢もしっくりこないし、仕方ないかのぅ……」
「よしっ、決まりだね! それじゃあ、この道を真っ直ぐ進んで!」
「うむっ、心得たのじゃ! 起きたらすぐに、妾のところに来てたも!」
私はローズをお見送りしながら、成長後の彼女との対面を心待ちにした。
歌を歌う魔物って、全然強そうじゃないけど、平和的でいいよね。
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