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六章 聖女の墓標攻略編
181話 マンモスの群れ
しおりを挟む──私たちはブロ丸に乗って、無事に第四階層へと到着した。
ここは広大な凍土であり、上空には夕焼けが広がっている。
ダンジョン内の空は、天候も含めて変化する階層もあれば、変化しない階層もあるらしい。流水海域の第四階層は、前者だった。
とりあえず、空を飛んでいるブロ丸ハウスの窓から、地上の様子を確かめる。
──地上では、体長が十五メートルほどもあるマンモスたちが、群れを作って悠々と闊歩しているよ。
群れは幾つもあって、その規模は小さなものでも十数匹、大きなものだと三十匹以上……。
他の冒険者の姿は、全く見当たらない。時間帯の問題もあるけど、命が一つしかない世界で、ここまでくる人は稀なんだ。
マンモスが持っているスキルは、【強打】【牙突】【氷雨】【氷乱柱】の四つ。
対応し難い上下からの魔法攻撃と、その巨躯から繰り出される二種類の物理攻撃。
これだけでも非常に厄介なのに、連中は物凄くタフで、絶命するその瞬間まで大暴れする。
こんな魔物が群れを作っているなんて、第四階層の難易度は高すぎると思う。
第一から第三階層で現れた魔物たち。その姿も、ちらほらと見えるけど……みんな、マンモスに怯えて、静かに活動しているよ。
「うわぁ……っ!! 凄い凄いっ、これが第四階層なんだ!!」
「こりゃァ最高の狩場じゃねェか!! マンモスをブッ殺し放題だぜッ!!」
ルークスとトールは瞳を輝かせて、今にも窓から飛び降りそう。
「ふ、二人とも、落ち着いてよぅ……!!」
二人が窓から身を乗り出しているので、シュヴァインくんは頑張って彼らを押し留めている。
「ふむ……。一つの群れと戦っている間に、他の群れが乱入してくることも、あり得そうだな……」
ニュートは冷静に分析しながら、口元に薄っすらと、挑戦的な笑みを浮かべた。
ここで、フィオナちゃんが爆弾発言を投下する。
「あたしっ、閃いたわ!! 空の上から爆撃したら、楽勝じゃない!?」
「えぇぇ……? そ、それはアリなの……?」
「冒険者はなんでもアリよ!! さぁっ、ブロ丸!! いい感じに穴をあけて!!」
私はフィオナちゃんの提案に、思わず頬を引き攣らせてしまった。
空爆で魔物を蹂躙する。それは果たして、冒険者の戦い方なんだろうか……?
ルークスたちも、それはどうなんだろうって、首を捻っているよ。
「ま、まぁ、安全に倒せるなら、それが一番いいよね……」
私が許可を出すと、ブロ丸は床に大きな穴をあけた。
フィオナちゃんはその穴から、ガマ油の杖をマンモスの群れに向ける。
初っ端から、三十匹くらいの群れが標的で、私はギョッとしてしまった。
「いくわよっ!! 爆炎球!! 爆炎球!! 爆炎球!!」
直径が十メートルもある炎の球が、粘度の高い油を内包している状態で、次々と投下されていく。
それらは着弾と同時に、大爆発を巻き起こして、燃える油を盛大に撒き散らした。
「「「パオオオオオオオオオオオオオオン!?」」」
炎上したマンモスたちは、悲鳴を上げながら藻掻き苦しんでいる。
無事なマンモスたちが、慌てながら冷たい魔力を立ち昇らせて、スキル【氷雨】を使った。
これは液体窒素みたいな、超低温の雨を降らせる魔法だよ。
数匹が同時に使ったので、あっという間に土砂降りのような勢いになった。
ブロ丸には殆どダメージがないけど、この雨によって炎は消されてしまう。
「ちょっと、アーシャ! 油があるのに、簡単に消されちゃったわよ!?」
「うーん……。この雨、やっぱり液体窒素そのものかな……?」
燃えている油に普通の水を掛けたら、爆発するか燃え広がるかで、そう簡単に消火することは出来ない。
でも、液体窒素を掛けた場合なら、その液体は熱で気化して窒素に戻る。
つまり、炎が燃えるのに必要な酸素の濃度を下げて、簡単に火を消せるんだ。
フィオナちゃんは必殺技が必殺にならなくて、ショックを受けているけど、ダメージはいい感じに与えられた。
マンモスたちは肩で息をして、それなりに弱っている。酸素も薄いだろうし、かなり苦しそうだよ。
「今が好機か……。アーシャ、ブロ丸を地上に下ろしてくれ」
「う、うん。分かった。ブロ丸、あの群れから離れた位置に下りて」
ニュートの指示に従って、私はブロ丸を着陸させた。
私たちが表に出ると、マンモスの群れが目を血走らせながら、こちらに迫ってくる。どう見ても、お怒りだね。
迫力満点で、私は足が竦んでいるけど……他のみんなは武器を構えながら、闘志を燃やす。
「ニュート、やれる?」
「当然だ。任せておけ」
ルークスの短い問い掛けに、ニュートは力強く頷いて、左手に持っている杖を前方へと向けた。そして、【氷乱針】を連発する。
これによって、鋭い氷の針が、無数に地面から生えてきたよ。
彼は右手に一刺しの凍土を持っているので、氷の針は長さが一メートル半もある。
通常時は五十センチくらいだったので、三倍の長さだね。
絨毯のように、扇状に広がった氷の針は、マンモスたちの足裏を貫いて、四肢を氷結させた。
これで、突進は止まったけど、奴らは再び魔力を立ち昇らせる。
「ブロ丸っ、屋根になって!!」
私の指示に従って、ブロ丸は巨大な盾の形状で、私たちの頭上を守ってくれた。
【氷雨】を防いでいると、トールが鋼の鎚を素振りしながら、みんなに質問する。
「そンで? 後は突っ込ンで、暴れりゃァいいのか?」
「いや、あの中に突っ込むのは厳しいよ。フィオナに一匹だけ、釣って貰おう」
ルークスの話を聞いて、フィオナちゃんは訝しげに眉を寄せた。
「いいの? そんなことしたら、折角の氷が溶けちゃうわよ?」
「うん、それでいいんだ。的を一匹に絞って、上手いこと氷を溶かしてほしい」
そうすれば、群れから孤立して突っ込んでくるはずだと、ルークスは説明した。
フィオナちゃんはそれに納得して、雨が止むのを待ってから、片腕を高々と頭上に掲げる。
すると、燃え盛る炎によって、一本の槍が形成されたよ。
【火炎槍】──貫通力に定評のある攻撃魔法だ。
彼女は堂に入った投擲フォームを披露して、その槍を発射させた。
マンモスはスキル【牙突】を使って、自分の長い牙を炎の槍にぶつける。
【牙突】は通常の二倍くらいの威力がある刺突攻撃で、マンモスが使うと凄まじい威力になるんだ。
しかし、【火炎槍】を弾くことは出来なかった。
多少は勢いが削がれたし、急所からも外れたけど、身体には突き刺さる。
「くるわよッ!! 気を付けて!!」
フィオナちゃんが注意を呼び掛けるのと同時に、【火炎槍】の熱でマンモスを拘束していた氷が溶けた。
その個体は、自分が負ったダメージなんて気にせず、再びこちらへ迫ってくる。
群れの仲間は後ろで見ているだけなのに、一匹でも微塵の恐怖すら抱いていない。
「パオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
「ウオオオオオオオオオオォォォォォ──ッ!!」
マンモスの咆哮に負けじと、トールが【鬨の声】を使って、雄叫びを上げながら突っ込んでいく。
これは味方の士気を上げて、敵を怯ませるスキルだよ。
後者の効果は、格下にしか通用しないので、マンモスには意味がない。
「ぼ、ボクが相手だ……ッ!! 掛かってこい……ッ!!」
シュヴァインくんはトールと並走して、マンモスが目前に迫ったところで、盾を構えながら【挑発】を使った。
盾が二倍の大きさになったけど、それでもマンモスの前では、まだまだ小さく見える。
マンモスは長い鼻を振り回して、スキル【強打】をシュヴァインくんの盾にぶつけた。
彼は後退させられたけど──グッと腰を落として、歯を食いしばりながら、きちんと防御することに成功したよ。
「シュヴァインっ、いいわよ!! 背中が大きく見えるわ!!」
「シュヴァインくんっ、頑張れーーーっ!!」
フィオナちゃんと私の声援を背中に浴びて、シュヴァインくんが再び【挑発】を使う。
「ボクからっ、目を逸らすなああああぁぁぁぁッ!!」
マンモスの視線はシュヴァインくんに釘付けで、トールの姿が見えなくなっていた。
自由に動ける時間を貰ったトールは、獰猛な笑みを浮かべながら跳躍する。
そして、隙だらけのマンモスの左前脚に、渾身の一撃を叩き込んだ。
【強打】を使って巨大化した鋼の鎚が、爽快感とは無縁な鈍い音を響かせて、その脚をへし折る。
「っしゃァ!! このまま──ッ、くたばれェ!!」
トールは再び【強打】を使って、横転するマンモスの頭に一撃を叩き込んだ。
ぐしゃっと、スイカが潰れるような音がして、マンモスの頭が拉げたよ。
この後、みんなが代わる代わる、残りのマンモスとの戦闘に加わっていく。
ルークスは武器が短剣なので、攻撃力不足が否めない。それでも、マンモスの目を潰すことで、しっかりと活躍していた。これはテツ丸も同じだね。
身体を薄く伸ばしたブロ丸が傘になり、【氷雨】がマンモスに降り注ぐのを防いだ状態で、フィオナちゃんが盛大に燃やす。これが、最も簡単に奴らを倒せる方法だった。
群れの半数は、この方法で始末したよ。
敵が【氷乱柱】を使って、氷の柱を乱立させても、前衛のみんなは難なく往なしている。
先端が尖っている訳でもないし、鋭い刃が付いている訳でもないから、身体能力が高ければ問題ないみたい。
勿論、後衛の私たちにとっては、非常に危険だけど……マンモスはこっちに近付けないんだ。シュヴァインくんを突破出来ないからね。
──しばらくして、マンモスの群れが一つ、全滅した。
「ええっと、勝った……?」
私がボソッと呟くと、みんなが顔を見合わせて、徐々に喜色を滲ませ──歓声が爆発する。
「「「勝ったあああああああああああああっ!!」」」
わーい、とハイタッチを交わして、私たちは勝利の喜びを分かち合った。
凄い凄いっ、マンモスの群れに勝てたんだ!!
一通り燥いでから、私はふと冷静になって、みんなに質問する。
「ねぇ、みんな……。ブロ丸がいなかったら、どうするつもりだったの? 【氷雨】の対処、考えてた?」
「あァ? 冷てェだけの雨なンざ、気合いでどうにかなンだろ」
トールの馬鹿な返事を聞いて、私は腰が抜けそうになった。
彼は液体窒素の存在を知らないし、【氷雨】を浴びたこともないから、危険性が理解出来ていないんだ。
「ワタシはトールほど、向こう見ずではない。【氷壁】を使って、防ごうと思っていた」
ニュートはきちんと、対処方法を考えていたみたい。
トール以外の面々も、それを承知していたらしく、ウンウンと頷いている。
よかった……。そうだよね、お馬鹿なのはトールだけだよね。
「ああっ!! こ、これって、レアドロップじゃないの!?」
私がホッと胸を撫で下ろすと、フィオナちゃんがマンモスのドロップアイテムの中から、乳白色の杯を発見したよ。
ステホで撮影してみると、『象牙の氷杯』というマジックアイテムであることが判明した。
これに魔力を注ぎ込むと、液体窒素が生成されるらしい。
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