178 / 239
六章 聖女の墓標攻略編
176話 リヒト
しおりを挟む──リヒトくんは屋根の上で、膝を抱えて座り込みながら、静かに星空を見上げていた。
その後ろ姿からは哀愁が漂っていて、なんだか声を掛け難い。
私はティラを影の中に戻して、リヒトくんを驚かせないように、軽く足音を立てながら歩み寄る。
「…………」
リヒトくんは私の存在に、気が付いていると思うけど……振り向くこともなければ、口を開くこともなかった。
今夜は寒くないのに、彼の肩が少しだけ震えている。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
他人に涙を見られたい男の子なんて、どこにもいないよね……。
何も見なかったことにして、立ち去るべきかな……? いやでも、一人にするのは心配だし、どうしたものか。
「…………」
とりあえず、私も沈黙を保ったまま、リヒトくんの斜め後ろに座ってみる。
春の夜風が、そっと頬を撫でた。お風呂上がりの火照った身体に、とても心地よい。
何を語るでもなく、二人で星を見上げていると──数分が経過してから、リヒトくんがゆっくりと口を開く。
「アーシャ……。人は、死んでしまったら、どこへ行くのだ……?」
その質問に対する答えは、十人十色だと思う。
『天国か地獄へ行く』と答える人もいれば、『お星さまになる』と答える人もいるよね。
私の場合は、実体験に基づく答えを出せる。
「転生して、来世へ行くんだよ。真っ新な頭と心で、一から人生をやり直すの」
リヒトくんは私の答えを聞いて、少しだけこっちに身体を寄せてきた。この話、もっと聞きたいのかな?
「うぬぅ……。我の父上、死んじゃったのだ……。父上も、今頃どこかで、人生をやり直しているのだろうか……?」
「うん、そうだよ。どこの誰になっているのかも分からないし、別の世界で生まれた可能性もあるけど」
転生というのは、私だけに起こった特殊な事象かもしれない。
でも、私はツヴァイス殿下が転生していると、確証もなく言い切った。そう信じた方が、救いがあると思ったんだ。
リヒトくんは『別の世界』と聞いて、悔しそうに歯噛みする。
「ぐぬぬ……っ、もう一度、父上と会いたいのだが……別の世界では、どうやっても会えぬのだ……」
「もう一度会って、どうしたいの?」
「それは……分からぬ……。我と父上は、あんまりお喋りもしなかったから……」
ツヴァイス殿下とリヒトくんの間には、親子の情というものが欠如していた。
殿下は誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともないって、そう言っていたんだ。親という役割も、義務感だけでやっている風だった。
そんな接し方をされていたリヒトくんが、父親と再び会いたがっている理由は、よく分からない。それと、泣いていた理由も分からないよ。
彼自身、どうやって自分の気持ちを言語化しようか、悩んでいるみたい。
「うーん……。リヒトくんにとって、ツヴァイス殿下はどういう人だったの?」
「どう……? それは難しい質問なのだ……。強いて言えば、逆らえない人……?」
「なるほど……。好きとか嫌いとか、そういう気持ちは抱かなかった?」
リヒトくんは私の質問に対して、困惑気味に自分の胸の内を吐露する。
「好きなのか、嫌いなのか、自分でもよく分からぬ……」
「そっか……。それくらい、関係が薄かったんだね……」
「うぬ……。我は父上が死んだと聞いても、悲しくなかったのだ。無論、嬉しいということも、なかったのだが……」
「それなら、どうして泣いて──ああいやっ、男の子は泣いたりしないよね! 大丈夫っ、リヒトくんは泣いてないよ! ごめんね!」
口を滑らせた私は、あわあわしながら前言を撤回した。
すると、リヒトくんは肩を縮めて、しゅんとしてしまう。
「そんなに気を遣われると、却って恥ずかしくなるのだぞ……?」
「うっ、ご、ごめんね……」
私もしゅんとして、二人の間にしばらく沈黙が横たわる。
それから、少しだけ夜風が冷たくなったところで、リヒトくんがごしごしと目元を拭い、泣いていた理由を教えてくれた。
「──父上が、死んじゃったのに、悲しくない。その事実が、どうしようもなく、悲しかったのだ」
親子の情を育みたい。それが、リヒトくんがツヴァイス殿下と、もう一度会いたい理由なのかな……。
残念だけど、その望みが叶うことは、ないと思う。死で別たれたという事実は、そう簡単には引っ繰り返らないよ。
リヒトくんには後ろじゃなくて、前を向いて貰いたいので、遠い未来の話をしよう。
「いつか、リヒトくんがお父さんになる日が来たら、子供とはきちんと向き合ってあげようね」
「お父さん……? 我も、父親になる日が、来るのであろうか……?」
「好きな人と結婚して、子供が出来たら、その日からお父さんだよ」
リヒトくんはイケメンだから、十年と経たずに恋人を作りそうだし、そこから五年くらいで結婚するかも。
そして、結婚式に呼ばれる独身の私……。
友達はみんな、もう結婚済みで、フィオナちゃんに至っては子供まで──あっ、不味い。この妄想は、正気度が下がっちゃうやつだ。やめよう。
頭を振って、恐ろしい妄想を脳内から追い出す。そんな私の隣で、リヒトくんは手袋を嵌めている右手を見つめながら、高笑いを始めた。
「ナハハハハハハッ!! 我には魔人の右手があるからっ、結婚はしないのだ!! この呪われた宿命は、我の代で終わらせねばならぬ!!」
「呪い……? あっ、そうだった! 忘れてたよ!」
リヒトくんは中二病を患っているけど、彼の右手が呪われているのは真実なんだ。
その昔、アクアヘイム王国の王様が、聖女の墓標の裏ボスに挑んで、敗走してしまった。
当時の王様は、『身体の一部が急速に老ける』という、末代まで引き継がれる状態異常を持ち帰ったとか……。それが、王族を蝕んでいる呪いの正体だよ。
リヒトくんにも引き継がれているので、さっさと治してあげよう。
私は特殊効果をオンにした状態で、【再生の祈り】を使った。
このスキルには【他力本願】の影響で、若返りという特殊効果が追加されているんだ。これによって、老化の呪いを打ち消すことが出来る。
「ぬおおおおおおおおおっ!? め、女神ぃ!? まさかっ、邪神との最終決戦が始まるから、伝説の勇者の末裔である我の力を借りようと、お迎えに……!?」
私の十五年後の姿を思わせる女性が、純白の羽衣を纏っている状態で、ふわりと宙に出現した。
彼女には神々しい後光が差しているので、なんだか女神っぽい。
そんな訳で、私は『女神アーシャ』って呼んでいるけど……ただのスキル演出だから、御大層なものじゃないよ。
「さぁっ、リヒトくんの呪いを治してあげて!」
私は彼の右手を掴んで、女神アーシャの前に突き出した。
すると、彼女は綺麗な微笑みを浮かべて、呪われた右手に優しい光を浴びせる。
「こ、この光は……っ!? 我の内に秘められし力を覚醒させるための光!?」
「違うよ。呪いを治すための光、なんだけど……どうかな? 治った?」
「うぬぅ……? この呪いは、治るようなものでは……な、なぁ──ッ!?」
リヒトくんは右手を軽く動かして、今までとは違う感覚に目を見開き、恐る恐る手袋を外した。
隠されていたのは、年相応の綺麗な右手だったよ。以前の状態を見たことがない私は、どう反応したらいいのか分からない。
──この後、感極まってギャン泣きしたリヒトくんを慰めながら、私は彼のステホを見せて貰った。
リヒト 雷の魔法使い(1)
スキル 【雷撃】
スイミィちゃんのステホを見たばっかりなので、大分インパクトに欠けるけど、これが普通だよ。
スキル【雷撃】とは、手のひらから雷を放つ攻撃魔法だった。高火力で即時命中という長所と、燃費が悪いという短所がある。
現時点でのリヒトくんは、魔法を連発出来ないので、レベルアップが遅いかもしれない。
スイミィちゃんが敵を水で濡らせば、リヒトくんの雷で感電させられる。これが、二軍の必勝パターンになりそう。
結界師のイーシャと、狩人のミケが、二軍に加わるから……足りないのは前衛かな。
私の本体の護衛から、ティラとブロ丸を外すつもりはないので、二軍に派遣出来る前衛の従魔がいない。ここは一匹、新しい魔物をテイムしよう。
私がそう決めたところで、隣から静かな寝息が聞こえてきた。
「あれ……? リヒトくん、眠っちゃったの?」
「むにゃむにゃ……。うぬぅ……」
きっと、泣き疲れちゃったんだね。
よしよし、とリヒトくんの頭を撫でて、私は彼を部屋まで送り届けた。
男子たちの部屋割りは、ルークスとトールが相部屋。ニュートとシュヴァインくんが相部屋。ミケとリヒトくんが、それぞれ一部屋ずつになっていたよ。
公平に、くじ引きで決めたらしい。
「ふぅ……。寝る前に、もう一仕事しないと」
私は自分の部屋に戻って、ホッと一息吐く。
お屋敷の自室は、雑貨屋の二階にある自室よりも広くて、少し落ち着かない。
とりあえず、この部屋にテツ丸を召喚して、進化させる準備を始めよう。
この子はアイアンボールという、鉄の球体の魔物だよ。大きさは二メートルで、物理防御に特化している。
普段はスキル【変形】を使って、盾の形状になって貰い、シュヴァインくんに貸し出しているんだ。
盾としての適切な動きを学び終えたら、テツ丸は私の護衛にするつもりだった。
けど、いつの間にか、一軍にいるのが当たり前の存在となっていたので、このまま一軍に貸し出しておこう。
滅多に冒険に参加しない私の代わりに、みんなを助けてあげて欲しい。
「テツ丸、これを食べて」
私はスラ丸の中から、鋼のインゴットを次々と取り出した。鉄よりも硬くて高価だけど、同じ量の銀よりは安価な代物だよ。
テツ丸の進化条件を満たすために、鍛冶屋を回って買っておいたんだ。
体積よりも多くの鋼を食べさせた後、今度は土の魔石も食べさせて、いざ就寝!
新調したベッドに入って、睡魔に身を委ねる。
そして、意識が沈むと──私は暗闇に浮かぶ道の上に、ぽつんと立っていた。
今回は道の数が二本で、看板には『スチールボール』『スチールブレイン』と書いてある。
「スチールボールは予定通りだけど、スチールブレインってなんだろう……?」
私が疑問に思うのと同時に、手元にステホが出てきたので、看板を撮影してみる。
『スチールボール』──宙に浮かぶ鋼の球体の魔物で、大量の鋼を食べると現れる進化先。
図書館で調べた情報によると、スキル【堅牢】を取得するらしい。
シンプルかつ強力な、防御力が上がるスキルだね。
『スチールブレイン』──子機を操る鋼の頭脳の魔物で、多種多様な戦闘経験があると現れる進化先。大量の鋼を食べている必要もある。
この魔物に関する情報は、図書館でも見たことがない。
ルークスたちの冒険と修行に付き合って、テツ丸は色々なシチュエーションで戦っていたから、その甲斐があって進化条件を満たしたんだ。
「うーん……。今後もシュヴァインくんの盾として使うなら、スチールボールの方がよさそうだけど……」
未知の進化先って、ワクワクするよね。
シュヴァインくんの盾は新調すればいいし、スチールブレインが微妙な魔物だったら、【従魔縮小】に追加されている特殊効果で、退化させることも出来る。
「──よしっ、テツ丸! スチールブレインに進化して!」
61
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉
陣ノ内猫子
ファンタジー
神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。
お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。
チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO!
ーーーーーーーーー
これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。
ご都合主義、あるかもしれません。
一話一話が短いです。
週一回を目標に投稿したと思います。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。
誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。
感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

幸子ばあさんの異世界ご飯
雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」
伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。
食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

一級警備員の俺が異世界転生したら一流警備兵になったけど色々と勧誘されて鬱陶しい
司真 緋水銀
ファンタジー
【あらすじ】
一級の警備資格を持つ不思議系マイペース主人公、石原鳴月維(いしはらなつい)は仕事中トラックに轢かれ死亡する。
目を覚ました先は勇者と魔王の争う異世界。
『職業』の『天職』『適職』などにより『資格(センス)』や『技術(スキル)』が決まる世界。
勇者の力になるべく喚ばれた石原の職業は……【天職の警備兵】
周囲に笑いとばされ勇者達にもつま弾きにされた石原だったが…彼はあくまでマイペースに徐々に力を発揮し、周囲を驚嘆させながら自由に生き抜いていく。
--------------------------------------------------------
※基本主人公視点ですが別の人視点も入ります。
改修した改訂版でセリフや分かりにくい部分など変更しました。
小説家になろうさんで先行配信していますのでこちらも応援していただくと嬉しいですっ!
https://ncode.syosetu.com/n7300fi/
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる