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六章 聖女の墓標攻略編
174話 新居
しおりを挟む私たちは大通りにある不動産屋へと到着して、女性店員さんに出迎えて貰った。
以前、私がバリィさんと一緒に来たときに、対応してくれた人だよ。
私のことを憶えていたみたいで、保護者がいない状態でも、きちんと接客してくれる。
「ようこそ、お嬢様。お久しぶりですね。本日のご用件をお聞かせ願えますか?」
「お久しぶりです。今日は新居を買いに来ました。お屋敷を紹介してください」
「お屋敷、ですか……。失礼ですが、ご予算をお伺いしても?」
「よくぞ聞いてくれました! 白金貨、百枚です!」
私はスラ丸の中に手を突っ込み、白金貨が詰まった布袋を取り出して、ドン!とテーブルの上に置いた。
スイミィちゃん以外が、ギョッとして私を見つめてくる。
「ちょっ、アーシャ!? あんた、こんな大金、一体どうやって……!? まさかっ、悪いことしたんじゃないでしょうね!?」
「ち、違うよ! とっても綺麗なお金だから、変なこと言わないで!」
詰め寄ってきたフィオナちゃんに、あらぬ疑いを掛けられてしまった。
このお金は、ソルガルーダの討伐依頼を引き受けたときに、ツヴァイス殿下から貰った報酬なんだ。
私の言葉に嘘がないことを見抜いたのか、店員さんは騒ぎ立てることもなく、物件の目録を手渡してくる。
「それだけのご予算があるのであれば、この中からお選びください。白金貨三十枚以上の物件が載っております」
お金持ち専用の目録だけど、私は物怖じせずに、ペラペラと捲らせて貰った。
フィオナちゃんとスイミィちゃんが、左右から覗き込んできて、要望を出し合う。
「折角だから、お風呂があるといいわね。身体はスラ丸の【浄化】で、綺麗にして貰えるけど、湯船に浸かると気持ちがいいのよ」
「……姉さま、料理してほしい。……スイ、姉さまのピザ、好き」
二人は浴場と厨房が欲しいみたい。
お屋敷ともなると、基本的にはどちらも備わっているので、選択肢を絞るような要望じゃないね。
「シュヴァインくんとニュートは、どんな家がいいの?」
「ぼ、ボクは、どんな家でも大丈夫……!! フィオナちゃんと、スイミィちゃんと、師匠と、ミケちゃん……。び、美少女たちと、一つ屋根の下……!! それだけで、大満足だから……!!」
ミケは男の子なんだけど、シュヴァインくんは未だに誤解したままだ。
フィオナちゃんがミケの性別を把握済みなので、てっきり伝わっているものだと思っていたよ。
「ワタシは男女別に、居住空間を分けられる屋敷を所望しよう。モラルが低下することは、看過出来ないからな」
欲望を曝け出しているシュヴァインくんとは違って、ニュートはとっても真面目だった。彼を風紀委員に任命しよう。
男女別に居住空間を分けるとなると、二階建て……いや、浴場と厨房も入れて、三階建てのお屋敷になるのかな。
それと、従魔たちが伸び伸び出来るような、広い庭も必要不可欠だよね。
去年のスライム騒動で、一部の商人たちが摘発されたから、空き家になったお屋敷が幾つかある。そのため、選択肢は少なくない。
その中で、一つ気になる物件を見つけた。地下室の広さが、建物の二倍もあるお屋敷だよ。
「店員さん、この地下室が広いお屋敷って、危なくないんですか? 地盤が崩れそうですけど……」
「その地下室は、庭師のスキル【箱庭】を使って、特別に用意された異空間です。なので、実際は地盤が崩れるほど、地中に穴はあいていません」
「い、異空間!? それって、生物も入れるんですか!?」
「はい、可能ですよ。スキル【収納】の異空間とは、別物だとお考えください」
私はワナワナと震えながら、庭師という職業の評価を一変させた。
庭師にそんな凄いスキルがあるなんて、知らなかったよ。
更に詳しい話を聞いてみると、【箱庭】で作った異空間への出入り口は、好きな場所で開け閉め出来るらしい。
言うなれば、持ち運びが可能な秘密基地だとか……。
出入り口を閉じれば、誰にも干渉出来ない安全地帯になる。私はそういうスキルを求めていたんだ。
「凄いですね……。庭師……」
「はい、凄いですよ。庭師は自分だけの小さな世界を作れるので、神様に最も近い職業だと言われています」
店員さんの話を聞いて、私はいつか庭師に転職しようと決心した。
このタイミングで、ニュートが重要な情報を教えてくれる。
「そのスキルを取得するためには、前提条件があったはずだ。それを満たしていなければ、庭師は微妙な職業だろう」
ニュート曰く、【箱庭】のスキルを取得するための前提条件は、『空間に作用するスキルを持っていること』らしい。
私の場合は【従魔召喚】があるから、既に前提条件を満たしている。召喚って、空間転移だからね。
一般的には、【収納】持ちの商人が庭師に転職して、【箱庭】の取得を狙うことが多いんだって。
この前提条件を満たした上で、ランダムなスキル抽選に挑む必要があるので、【箱庭】はとても希少なスキルだよ。
仮に、庭師のレベルを100まで上げたとしても、スキルを取得出来るチャンスは十回しかない。
庭師のスキルが、どれだけあるのか知らないけど……十個だけってことは、ないんじゃないかなぁ……。
──つらつらと、私が考え事をしている最中、フィオナちゃんが店員さんに質問をしていた。
「店員さん、【箱庭】で作った異空間って、ずっと残り続けるの?」
「その異空間を作った庭師が、自分の意思で消すか、あるいは死亡するまで、残り続けます」
「へぇ……。それなら、異空間が消えたときに、中にあるものって……どうなるの……?」
「出入り口が開いている状態だと、そこから一気に外へ排出されます。出入り口が閉じている状態だと、異空間ごと消滅するそうです」
店員さんの口から明かされたのは、かなり恐ろしい仕組みだった。
外へ排出されるという現象に巻き込まれると、高確率で死ぬだろうし、異空間ごと消滅なら確実に死んでしまう。
「それだと、地下室の異空間って危険よね……? この異空間を作った庭師が、事故か何かで死んだときに、あたしたちが異空間の中にいたら、最悪なことになるんでしょ?」
「はい、その可能性はあります。ですので、特殊な事情がない限り、他人の異空間を使うことはお勧め出来ません」
庭師が作った異空間は、危ない実験をする人とか、危ない従魔を飼育している人が、活用するみたい。
従魔が反抗期になって、手に負えなくなった場合、従魔ごと異空間を消滅させるんだろうね。
そう考えると【箱庭】って、私が取得出来ない『攻撃系のスキル』に、該当してしまうかも……。い、いやっ、大丈夫! なんの根拠もないけど、大丈夫だって信じよう。
「アーシャっ、別の家にするわよ! 赤の他人が作った異空間なんて、怖くて入れないんだからっ!!」
「う、うん。そうだね」
私もフィオナちゃんと同じで、他人が作った異空間には入りたくない。
この後、三十分ほど検討して──そこそこ大きい三階建てのお屋敷と、付近の空き家四件を購入することになった。
空き家は元々、お屋敷で働いていた使用人のものらしい。けど、お屋敷の前の主人である【収納】持ちの商人が、処刑されていなくなったので、使用人は纏めて引っ越したとか。
お屋敷の庭は少し狭かったから、私は空き家を撤去して、庭を拡張することにしたんだ。
このお屋敷はレンガ造りで、華美とは無縁な外観だよ。
以前は成金趣味のような装飾によって、彩られていたみたいだけど、全部外されたんだって。
一階には吹き抜けがあるエントランスと、食堂、厨房、浴場、応接室。
二階と三階にはそれぞれ、四部屋ずつある。二階を男子、三階を女子の居住空間にしよう。
上下で男女の居住空間を分けると、私、フィオナちゃん、スイミィちゃんは、一部屋ずつ使えるね。
家は住んでいないと傷むって言うし、余りはイーシャの部屋にしよう。日常的に私と離して動かすことで、並列思考の練習をするんだ。
男の子たちは、ルークス、トール、シュヴァインくん、ニュート、ミケ、リヒトくんの六人だから、部屋が足りない。
二人一部屋でも問題ない広さだけど、どうしたものか……。その辺りは男の子たちで、話し合って決めて貰おう。
「あたしはシュヴァインと同じ部屋で、全然構わないわよ?」
「フィオナ、止せ。スイミィの近くで風紀を乱すな」
フィオナちゃんの意見をニュートが一蹴したところで、スイミィちゃんがシュヴァインくんの腕にしがみ付く。
「……スイも、シュヴァインと、いっしょがいい」
「し、師匠……!! ボクはどうしたら……!?」
「どうもこうも、普通に駄目だよ。私のお屋敷を愛の巣にしないでね」
本格的にイチャイチャするなら、宿屋でやって貰いたい。
私はシュヴァインくんに、きちんと言い含めてから、新居購入の手続きを終わらせた。
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