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六章 聖女の墓標攻略編

170話 メニースライム

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 ──新年祭が終わった日の夜。
 私は就寝して間もなく、暗闇の中に浮かぶ道の上に立っていた。
 目の前には分岐路があって、二本の道が真っ直ぐ伸びている。

 これは、従魔を進化させるときに見る夢だね。
 それぞれの道の手前には、一枚ずつ看板が立てられているよ。
 片方の看板には『分裂』、もう片方には『メニースライム』と書いてある。

「!!」

 夢の中に現れたスラ丸が、後者の看板の前で、これでもかと飛び跳ねている。
 こっちに進みたいって、アピールしているんだ。

「いいよ、行っておいで」

 私が許可を出すと、スラ丸は全速力でその道を転がって行く。
 手を振ってお見送りしながら、私はメニースライムの看板をステホで撮影した。
 前回と同様に、『どこにでもいるスライム』という、意味不明な説明が表示されたよ。改めて考えても、どんな魔物になるのか、見当が付かない。

 図書館や冒険者ギルドで調べても、メニースライムの情報は皆無だった。
 スラ丸は私が最初にテイムした従魔だし、私の魔物使いとしての人生は、スラ丸から始まったと言っても過言ではない。
 スラ丸が成長すると、私自身の成長も強く実感出来るので、立派な進化を遂げて貰いたいよ。
 そんな風に考えていると、私の意識は緩やかに浮上し始めた。


 ──翌朝。私は起床と同時に、枕元にいるスラ丸の姿を確認する。
 僅かに白み掛かった半透明のぷにぷにボディは、変化なし……?
 ああいや、身体の中に薄っすらと、極彩色の幾何学模様が浮かんでいる。

 核は無属性の魔石のままで、大きさは成人男性の拳くらい。透明感が増しているから、全く目立っていないよ。
 身体の大きさに関しては、私の腕に収まる程度だけど、この子は自力で小さくなれるので、実際のサイズは不明。
 今のスラ丸をステホで撮影してみると、四つのスキルを持っていることが判明した。

 【浄化】【収納】【転移門】【遍在】

「ああ、なるほど……。『どこにでもいるスライム』って、そういうこと……」

 スラ丸の新スキルは、まさかの【遍在】だったよ。私とお揃いだね。
 早速、この子を裏庭に連れ出して、どれだけ分身を出せるのか確認してみる。
 すると、瞬く間にスラ丸の分身が増えて、裏庭を埋め尽くしてしまった。

「ちょっ、ストップ! 数え切れない! 数え切れないから!!」

 私が慌ててスラ丸を止めると、アルラウネハープのローズが目を覚ました。
 彼女は庭の片隅で、薔薇の下半身を蕾の状態にして、そこに人型の上半身を仕舞いながら眠っていたんだ。
 今はその蕾の先端から、ひょっこりと顔を覗かせて、寝惚け眼を擦っている。

「むぅ……。煩いのじゃ……。一体なんの騒ぎ──って、スラ丸が増えとる!?」

「起こしちゃって、ごめんね……。スラ丸の新スキルを使わせてみたら、こんなことに……」

 私はローズに事情を説明してから、スラ丸の分身を調べ始めた。
 本体とは違って、身体の中に魔石がない。それ以外の見た目は同じだよ。
 ステホで撮影しても、なんの情報も出てこなかった。スキルも持っていないし、軽くダメージを与えると、霞のように消えてしまう。
 これが、スキル【遍在】の通常仕様なんだろうね。

 ちなみに、スラ丸の分身の数は、百匹を優に超えていた。
 それら全てを同時に動かせているので、並列思考も百を超えていることになる。
 この子が天才スライムだということは、前々から分かっていたけど……まさか、並列思考が可能だなんて、知らなかったよ。

「アーシャよ、スキルを持っていないスラ丸が増えても、邪魔になるだけではないかのぅ……?」

「確かに家の中だと邪魔だけど、外では役に立つんじゃないかな?」

「ふぅむ……。まあ、情報収集には使えるかの?」
 
 スラ丸は一号から七号まで、纏めてメニースライムに進化している。
 王都や帝国にいるスラ丸たちは、既に【遍在】を活用して、情報収集を開始していた。

 ……とは言っても、大した情報は集まっていない。
 最近はゲートスライムの存在が周知されて、あちこちで警戒されているので、スライムが要所に侵入するのは難しいんだ。

「新スキルの確認は、これでいいとして……次はやっぱり、メニースライムの強さが気になるよね」

 私はスキル【感覚共有】を使って、スラ丸二号の様子を確かめた。
 ここ最近、あの子は聖女の墓標の第四階層で、太っちょ司教のゾンビであるアグリービショップと、日夜激闘を繰り広げているんだ。

 メニースライムの本来の大きさは、五メートルもあった。ゲートスライムが三メートルだったので、かなり成長している。
 この状態で【遍在】を使わせてみると、分身も五メートルの大きさで現れたよ。
 このサイズの分身は、魔力の消耗が激しいらしく、数匹しか増やせていない。
 大きさが三十センチでも五メートルでも、どうせ掠り傷一つで、分身は消えてしまう。だから、大きい分身を出すメリットなんて、殆どないかも……。

「スラ丸、アグリービショップと戦ってみて」

 私が指示を出すと、スラ丸はゴロゴロと転がって移動を開始した。
 相も変わらず、床も壁も天井も、腐肉で形成されている悍ましいダンジョンだ。

「むっ、妾もスラ丸の活躍が見たいのじゃ! 共有してたも!」

「これが見たいなんて、ローズは物好きだね……」

 私はローズと一緒に、引き続きスラ丸の冒険を見守る。
 しばらくの間、スラ丸が転がっていると──アグリービショップを発見した。
 人骨と腐肉で造られた、醜悪かつ冒涜的な神殿。それが、奴が居座っている場所だよ。

 アグリービショップはスラ丸を視認するや否や、口から大量のゾンビを吐き出し、更には指先から、闇を凝縮したようなビームを放ってきた。
 スラ丸はスキル【収納】を使って、異空間に溜めておいた聖水を撒き散らし、転がってゾンビの群れを轢き殺す。
 闇のビームには、聖水をぶつけて相殺。そのままアグリービショップに突っ込んで、奴を捕食した。

「──って、捕食ぅ!?」

「み、見なければ、よかったのじゃ……!! 妾をこんなに早く後悔させるとは、スラ丸め……っ!! 中々やるのぅ……!!」

 私とローズは、スラ丸の蛮行に慄いてしまう。
 アグリービショップの大きさも、五メートルくらいあるけど……スラ丸は伸縮自在なので、丸呑みに出来たんだ。
 そして、体内でスキル【浄化】と聖水を使い、アグリービショップをドロドロにした後、普通に消化してしまった。絵面が余りにも最悪で、目を覆いたくなるよ。

 進化したスラ丸にとって、アグリービショップは最早、『敵』ではなく『餌』になったみたい。頼もしいとは思うけど、嬉しくはないね……。
 スラ丸は満足げにプルンと震えて、次の獲物を探し始める。

「これは驚きじゃな……。この分なら、第五階層も楽勝ではないかの?」

「いやぁ、流石にどうかな……? 第五階層って、多分だけどボスがいるよ」

「今なら【遍在】を使って、探索が出来るのであろう? であれば、一先ず分身に様子見をさせるのじゃよ」

 ローズの提案を聞いて、私は少し逡巡してから、首を縦に振った。
 スラ丸の分身で様子を見るだけなら、リスクはないからね。悪くない考えだよ。
 ちなみに、第四階層では幾つかのお宝を発見していたけど、全てが私にとって微妙なものだった。

 『ヨミガエール』──死んでもスケルトンとして、復活出来る秘薬。死亡する三分前に、予め服用しておく必要がある。

 『起き上がりの短剣』──刺殺した相手を即座に、ゾンビ化させる武器。

 『頭蓋骨の杖』──死霊術師のスキルを強化する武器。

 これらのマジックアイテムは、売り物にするのが怖いので、タクミに食べさせた。
 ブロンズミミックのタクミは、百種類のマジックアイテムを食べさせると、カオスミミックという魔物に進化するんだ。

「スラ丸、第五階層の探索、お願いしても大丈夫?」

 私が問い掛けると、スラ丸は『任せろ!!』と言わんばかりに、身体を大きく縦に伸縮させたよ。
 第五階層へと続く階段は、既に発見済みなので、スラ丸は迷わずそこへ向かう。  


 ──その階段は螺旋状で、無数の屍が絡み合って形成されていた。
 魔物のゾンビやスケルトンかと思ったけど、全く動いていないから、ただのオブジェクトかな。
 それらの屍の中には、王国軍の錆びた鎧を装備している兵士たちが、大勢交ざっている。

 とっても気持ち悪い階段なのに、スラ丸はなんとも思っていないみたいで、躊躇いなく分身を送り込んだ。【感覚共有】を使えば、スラ丸の分身の視界も覗き見出来るので、ここからは分身の視点になる。
 五十人くらいの人間が、横一列に並んで上り下り出来るほど、この螺旋階段は大きい。この感じだと、第五階層に挑むための推奨人数は、相当多いはず……。

 下へ下へ、スラ丸の分身は慎重に歩みを進めて──しばらくすると、螺旋階段が途切れている場所まで到着した。
 そこから先は、何も見えない暗闇が広がっている。
 周囲の全ての屍が、『そこに飛び込め』とでも言うように、暗闇を指差しているので、とんでもなく不気味だ。

 スラ丸の分身は何気なく、自分が辿ってきた螺旋階段を見上げた。
 すると、先ほどまで微動だにしていなかった屍たちまで、暗闇を指差している。

「こ、怖い怖い怖い……!! ローズっ、ここから先は任せてもいい!? 私は見なくてもいい!?」

「絶対に駄目なのじゃ!! 妾も一人で見るのは、怖いからの!!」

 私は本気で怯えているけど、ローズは怯えながらも楽しんでいるっぽい。
 これ、スラ丸の本体だったら、間違いなく探索を諦めていたよ。
 なんの事前情報もない状態で、この暗闇に本体を飛び込ませるなんて、そんな無慈悲なことは出来ない。
 
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