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六章 聖女の墓標攻略編

169話 イーシャ

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 大聖堂で神父を丸め込んだ私は、イーシャと一緒に神聖結晶の前に立つ。
 まずはイーシャに触らせてみると、普通の人と同じように、職業の選択肢が浮かび上がった。

 『異世界人』『商人』『庭師』『音楽家』『観測者』『盗賊』
 『結界師』『魔法使い』『水の魔法使い』『土の魔法使い』
 『風の魔法使い』『光の魔法使い』

 選択肢の数は十二。私が選んでいる職業は、表示されていない。
 試しに異世界人を選んでみると、選択肢の中からそれが消えて、神聖結晶には十一の職業が浮かび続ける。

「選べる職業の数も、私と同じ……?」

 一般的に、一人の人間が選べる職業は、一つまでと決まっているんだ。
 それなのに、私の場合は二つも選べる。前世では無職だったので、『その分も働きなさい!』という、神様の思し召しだよ。……多分ね。

 その特性をイーシャも持っているのは、とっても有難い。
 とりあえず、二つ目は魔法使いを選んでみた。
 すると、私が持っているステホとは別で、イーシャ専用のステホが神聖結晶から排出されたよ。

 イーシャ 異世界人(1) 魔法使い(30)
 スキル 【他力本願】

 魔法使いのレベルが30なのに、職業スキルは一つも取得していない状態だね。
 本体の方で上げた職業レベルが、そのまま引き継がれているらしい。
 初めての職業選択では、レベル1のときにスキルが一つ貰えるんだけど、イーシャはそのボーナスを受け取れなかった。これは、ちょっと残念。

「本体と分身で、同じスキルは持てないのかな……? 例外があるけど」

 先天性スキルだけは、本体と分身の両方が持っている。
 スキルって、基本的には外付けの超能力みたいなものだけど、先天性スキルだけは生まれたときから備わっているので、身体の一部という扱いなのかもしれない。

 一応、イーシャのステホがきちんと機能するか、私とフレンド登録をして確かめる。このときに、ステホ同士を触れ合わせたら、本体と分身の間でスキルを移せることが判明した。
 私自身とイーシャの身体で、同時に四つの職業のレベル上げを行えるんだ。
 これは、物凄いことかもしれない。

「うーん……。こうなると、なんの職業を割り振るべきか……」

 イーシャの身体で冒険をするなら、何も怖くないので、戦闘職のレベル上げだって出来る。
 魔法使いのレベル上げは、本体でやる予定だから──そうだ、イーシャは結界師にしよう! 前々から、いいなって思っていたんだよね。

 ただ、ここで一つ、問題が浮上した。
 職業レベルとは、選んだ職業に適した行動を取らないと、上がらない仕組みになっている。

 結界師なら、結界を活用することで、レベルが上がる訳だけど……肝心の結界を張るスキル、私は持っていないんだ。

 レベル10毎に、新しい職業スキルを取得出来るから、それまではマジックアイテムを使うしかない。
 幸い、資金には余裕があるので、結界を張れる代物を買いに行こう。これは後日の予定にするよ。

「さて、イーシャのもう一つの職業は──」

 なんとなく、最初に異世界人を選んだけど、これは悪くないかも。
 明らかに私の固有職業っぽいから、どんなスキルを取得出来るのか、ずっと気になっていたんだよね。
 今までは、異端視されそうだからって忌避していたけど、イーシャに持たせるならリスクは少ない。いざというときは、消しちゃえばいいし。

 ……ただ、例の如く、この職業にも問題がある。

「異世界人って、どうやってレベル上げするの……?」

 イーシャの口で呟き、私たちは二人揃って首を傾げた。
 誰かが教えてくれるとは思えないので、色々と試してみるしかない。
 こうして、イーシャの職業選択が終わったところで、今度は私が神聖結晶に触れる。

 前々から決めていたので、特に悩む必要はない。聖女から水の魔法使いに転職したよ。
 私には、スキル【水の炉心】がある。これによって、水属性の魔力を無限に生成出来るんだ。
 そんな訳で、水の魔法使いとは、頗る相性が良い。
 レベル上げに必要なマジックアイテム、脆い水の杖も大分集まったし、いよいよ飛躍のときって感じだね。

「──よしっ、これでやり残したことは、ないかな?」

 折角、ここまで順調に事が運んだので、ポカはしたくない。
 うーん……。うん、大丈夫そう。強いて言えば、予定にはなかったけど、神聖結晶をステホで撮影してみるとか。
 人類に超常の力を与えてくれる代物だし、好奇心が刺激される。ということで、パシャリと撮影。

 『ダンジョンコア』──世界を書き換える力を持っている。無機物遺跡の核。

「えぇぇ……。これ、神聖結晶の『し』の字もないんだ……」

 思わぬ情報が出てきて、私はなんとも言えない表情を浮かべてしまった。 
 まぁ、人間にとって便利な道具であれば、正体なんてどうでもいいのかな。
 世界を書き換える力とやらで、人類に超常の力を与えているんだろうし、神聖視されるのも頷ける。
 そう結論付けて、私は神父に向き直った。

「敬虔な神のしもべよ。私の用件は、無事に終わりました。便宜を図ってくれたことに、心の底から感謝します」

「おお……っ!! なんと勿体なきお言葉……っ!!」

「私のことを街中や大聖堂で見掛けても、赤の他人として接してくださいね。聖女としての使命に差し障るので。では、さようなら」

「畏まりましたッ!! 御身のお勤めに、どうか幸多からんことを!!」 

 感涙している神父に、きちんと転職料を手渡してから、私とイーシャは教会を後にした。
 ユラちゃんを護衛にして、イーシャは家に帰しておく。
 そして、私は他の従魔たちと一緒に、ルークスたちと合流するべく、広場へと向かった。

 いつもより屋台の数が多くて、人混みが物凄い。
 全裸で頭からお酒を被っている人とか、陽気に歌っている人とか、殴り合いの喧嘩をしている人とか、喧噪もここに極まれりって感じだよ。

 ルークスたちはどこかな? と思った矢先、背後から態とらしい咳払いが聞こえてきた。
 振り向くと、トールがむっつりした表情で立っていたよ。
 彼の表情に、照れ臭さみたいなものが混ざっているのは、この一年の付き合いがなかったら、分からなかったと思う。

「よォ……。今日の服、似合ってンな……」

「ふ、服……? これ、いつもと同じやつだけど……」

 開口一番、トールは私の服装を褒めてくれた。
 白いブラウス、濃紺色のスカート、編み上げのロングブーツ。
 この格好、孤児院を卒業したときから、変わっていないんだよね。
 冬はスノウベアーのマントを装備していたけど、今はもう外してある。

「…………そうか」

 トールは長い沈黙の後に、ボソッとそう呟いた。
 彼が他人の服装を褒めるなんて、らしくない。
 これは、誰かの入れ知恵だろうね……。多分、フィオナちゃんかな。

「ええっと、他のみんなはどうしたの?」

「後で合流する。その前に、少しだけ俺様に付き合え……いや、付き合ってくれ……くださ、い……ッ」

「言葉遣い、無理に変えなくてもいいよ。それで、どこに行くの?」

「あっちだ。……手ェ、繋いでもいいか? 迷子にならねェように」

 トールがおずおずと手を差し出してきたので、私はくすりと笑みを零して、彼と手を繋ぐ。
 私よりも一回り大きいけど、まだまだ子供の手だから、別に緊張したりはしない。

 トールの身長は、私よりも頭一つ分高くて、歩幅も広い。
 普通に歩かれると、私の足が縺れて危ないんだけど……ゆっくりと歩くことで、彼は気を遣ってくれた。
 私たちの育ての親、マリアさんにも、今のトールの姿を見せてあげたい。きっと驚くし、喜んでくれると思う。

 そんなことを考えている間に、私たちは広場の片隅にある露店へと到着した。
 ここでは、シルバーアクセサリーが売られている。
 庶民にも手が届くような、お手頃価格の装飾品だよ。意匠は髑髏とか狼とかドラゴンとか、格好いいものが多い。

「アーシャ、好きなやつを選べ。買ってやる」

「う、うん……。それじゃあ、狼のやつにしようかな……」

「ああ、分かった」

 どうして買ってくれるの? なんて、野暮なことを聞く必要はないよね。
 これが、いじめっ子だったトールの、お詫びなんだ。
 私は遠慮なく、狼の意匠の首飾りを買って貰った。
 狼と言えば、私にとっては護衛のティラだし、この首飾りはお守りだと思える。

「ありがとう、大切にするね。……これで、用事は終わり?」

「……いや、まァ、その、アレだ」

 物凄く決まりが悪そうなトールに、私は心の中で声援を送った。
 頑張れ! さらっと謝ってくれたら、私もさらっと許してあげるから!

 トールはプルプルと肩を震わせて、ギリギリと奥歯を噛み締め──次の瞬間、バッと直角に腰を折り曲げた。
 私に対して、頭を下げているんだ。あのトールが、頭を下げている。
 謝るつもりなのは、分かっていたけど……まさか、頭まで下げるとは思わなかったよ。

「俺様が、アーシャをいじめていたこと、謝る……ッ!! 悪かった、許してくれ……ッ!!」

「ゆ、許す許す! いいよ、許すから頭を上げて!」

 トールの謝罪の言葉は、血反吐と一緒に出たんじゃないかと思えるほど、苦悩に満ちていた。彼なりに、思い詰めていたのかもしれない。
 はいっ、これで仲直り! そんな気持ちを籠めて、私が笑顔を向けると、頭を上げたトールに睨まれてしまう。……何故に?

「あンま簡単に、許すンじゃねェよ……ッ!! 俺様をブン殴れやッ!! それでチャラだ!!」

「いやっ、無理無理っ、私は物理的に人を殴れないから! 虫一匹殺せないから!」

「ならティラに命令しろやッ!! そいつに俺様をブン殴らせろッ!!」

「いやいやいや、そこまでしなくても……」

 この後、やれ、やらない、やれ、やらないの応酬が続いて、いい加減鬱陶しくなってきたので、私はへそを曲げる。
 これ以上ごちゃごちゃ言うなら、もうフレンド登録はしてあげない!
 そう伝えると、トールは思った以上にショックを受けて、膝から崩れ落ちた。

「そ、そんな……俺様は……」

「いやあの、自分を殴れとか、言わなければいいだけの話で……ね? それをやめてくれるなら、フレンド登録しよう?」

「わ、分かった……。もう、言わねェ……」

 こうして、私とトールはお互いのステホを触れ合わせて、本当の友達になった。
 めでたしめでたし、と締めくくったところで、私たちの様子を物陰から窺っていたルークスたちが、ワッと駆け寄ってくる。
 まずは開口一番、フィオナちゃんがトールを責め始めたよ。

「トールっ!! あんたね、首飾りを買ったら、きちんと付けてあげなさいよ!! そこまでがセットなのは常識でしょ!?」 

「うるせェ!! テメェのクソみてェなアドバイスが原因で、こっちは恥を掻かされたンだ!! もうテメェの言うことなンざ、二度と聞かねェよッ!!」

「あっ、服装のくだりのところ!? あれはアーシャが着替えてきたら、の話に決まっているでしょ! あんたって、馬鹿なの!?」

 トールとフィオナちゃんが、言い争いを始めたところで、ルークスが手を叩いてみんなを纏める。

「みんなっ、改めてお祭りを楽しもう! まずは軽く買い食いしてから、大道芸を見て回って──」

 この日、私たちは日が暮れるまで、新年祭を満喫したよ。
 私のお店では、イーシャの身体を使って、ローズやミケたちと賑やかに過ごせたので、楽しさが二倍の一日だった。
 今年も一年、頑張るぞ! という気持ちになって、今日という日を締め括る。

 ツヴァイス殿下が死んでしまって、王国の未来に暗雲が立ち込めたけど……みんなと一緒なら、きっと大丈夫だよね。
 
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