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六章 聖女の墓標攻略編

168話 聖女が来た

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「──そんな訳で、ごめんね。お祭りは午後から、一緒に回らせて」

 お店の外では、ルークス、トール、シュヴァインくん、ニュートの四人が待っていた。いつもの仲良しメンバーだね。
 私は彼らに事情を説明して、教会へと向かう旨を伝えたよ。
 すると、ルークスがのほほんと微笑んで、優しい提案をしてくれる。

「教会、オレたちも一緒に行こうか? アーシャは神父様とか聖騎士とか、あんまり好きじゃなかったよね?」

「確かに好きじゃないけど、適当に対応出来るから大丈夫だよ。折角のお祭りなのに、私の好奇心に付き合わせるのは申し訳ないから、先に楽しんでて」

 教会関係者は欲望に塗れており、貧乏人を毛嫌いしている人が多い。そういう部分が、私は嫌いなんだ。
 今でこそ、商売が繁盛して裕福になったけど、一年前までの私は貧乏な孤児だった。
 あの頃に、溝鼠みたいな扱いを受けたこと、結構根に持っているからね。

「オイ、アーシャ……。なンかあったら、ステホに連絡を入れろよ」

「うん、分かった。ありがとう」

 いつもツンツンしているトールが、珍しく気を遣ってくれた。
 彼も成長しているんだと、私は微笑ましく思ったよ。
 ここで、シュヴァインくんが首を傾げながら、余計な疑問を挟む。

「あ、あれ……? トールくん、師匠とフレンド登録、してたっけ……?」

「「──ッ!?」」

 私とトールは同時に目を見開いて、素早く自分のステホを確認した。
 ステホにはフレンド登録という機能があって、登録した相手と通話が出来るようになる。
 当然、仲間内では登録し合っていたと思うけど……私のステホには、トールの名前だけがなかった。

 なんで? と疑問に思って、過去を振り返ってみる。

 ──ああ、そうだ。昔のトールはいじめっ子で、私が被害者だったから、孤児院を卒業した直後は、フレンド登録していなかったんだ。
 そのまま登録する機会がなくて、今日までズルズルと来てしまったみたい。
 この一年で、トールの良いところを沢山見せて貰ったし、私への態度にもデレが混ざるようになったので、もう根に持っていないんだよね。

「トール……。その、私とフレンド登録……」

「待てや……!! 俺様に、ケジメを付けさせろ……ッ!!」

 私がおずおずとステホを差し出すと、トールはこれを押し返して、酷く真面目な顔をしながら『ケジメ』なんて言い出した。

「えっ、そ、それって……小指を切り落とすつもりじゃ、ないよね……?」

「発想が怖ェよ!! ンなことするワケねェだろッ!! そうじゃなくて……後で、少しだけ、時間を寄こせ……」

 トールの要求を呑んで、私はこくりと頷く。どうやら、彼は過去を清算したいらしい。
 きちんと仲間思いになってくれて、私は──いや、私たちは、感無量だよ。
 私、ルークス、シュヴァインくん、フィオナちゃんの四人が、トールに生暖かい眼差しを向けていると、ニュートが少し寂しそうに口を開く。

「ワタシだけ、話に付いて行けないが……」

 ニュートは元貴族で、途中から仲間に加わったので、私たちが孤児院で暮らしていた頃の事情を知らない。
 疎外感を抱かせることになって、ちょっとだけ申し訳なく思う。

「ニュートっ、あたしが色々と教えてあげるわよ!! トールの赤裸々な過去っ、全二十四話!! あることないこと、吹き込んでやるんだからっ!!」

「ざけンなボケ!! あることだけ吹き込めやッ!! テメェは一年経っても、なンも変わらねェなァ!!」

「良い意味でね!!」

「悪い意味に決まってンだろォがッ!! 勝手に付け加えてンじゃねェぞ!!」

 フィオナちゃんとトールが、いつもの言い争いを勃発させた。
 この辺の成長は、全く感じられないね……。
 お店の前でみんなと別れてから、私はイーシャと護衛の従魔たちを引き連れて、教会へと向かう。

 ゲートスライムのスラ丸、チェイスウルフのティラ、シルバーボールのブロ丸、ミストゼリーのユラちゃん。
 街中では過剰戦力だと思うけど、一応ね。
 ちなみに、従魔たちは近々進化させる予定なので、戦力は更に大きくなるよ。

 道中、表通りにある装飾品店で、イーシャ用の伊達メガネを購入してみた。
 ついでに、床屋に立ち寄って、イーシャの髪を切って貰う。
 ショートカットで伊達メガネまで掛けていれば、私との差別化は十分かな。

「──お嬢様方、教会へようこそ。本日の用向きをお伺いしても、宜しいでしょうか?」

 節制とは無縁の煌びやかな大聖堂の前で、門番を務めている聖騎士から、お決まりの質問をされた。
 私はイーシャの身体を使って、これに答える。

「お祈りに来ました。それと、私は転職を希望しています」

「左様でしたか。本日は新年祭なので、神父様はお一人しかいらっしゃいません。聖堂にお姿がなければ、奥にある扉の方へ、お声掛けしてください」

 特になんの問題もなく、通行を許可して貰えたよ。
 私は【光輪】を使っている状態なので、頭の上を少し不思議そうに見つめられたけど、これに関しての質問はされなかった。
 逆に、私から気になった質問をしてみる。

「神父様が、一人しかいない……? あの、他の方たちは、どうしたんですか?」

「新年祭を楽しまれております。この日だけは、教会関係者でも俗世を満喫することが、許されておりますので」

 聖騎士が教えてくれた事情を聞いて、私は内心で困ってしまった。
 堂々と欲望を解放出来る日に、大聖堂で働いている神父って、品行方正なんじゃないかな……? 

 いつもは欲望に忠実な神父を探して、その人に賄賂を渡すことで、誰にも見られないように転職しているんだ。
 それが出来ないとなると、面倒なことになるかもしれない。

 日を改めるべきかも……。いや、一先ず神父と会ってみて、それから決めよう。
 私がイーシャと一緒に、大聖堂へ足を踏み入れると、誰の姿も見当たらなかった。
 日本では新年と言えば、初詣に行く人が多かったけど、この国ではそういう文化はないみたい。

「今なら、勝手に触れる……?」

 大聖堂の奥には、縦横が五メートルほどもある板状の結晶が置いてある。
 透明だけど、光の当たり方次第で極彩色に見える結晶だよ。
 あれが、転職に必要な道具、神聖結晶。

 触れば事が済むから、こっそりと──って、そんな考えが私の脳裏を過った。
 でも、スキルかマジックアイテムによって、守られているかもしれないので、迂闊なことはやめておこう。

「ごめんくださーい! 神父様、いらっしゃいますかー!?」

「はいはい、只今そちらに参ります。何か御用で──ッ!?」

 私が声を掛けると、奥にある扉から壮年の神父が姿を現した。
 坊主頭で細身な彼は、私と目を合わせるなり、何度も自分の目を擦って、頻りに私の顔を見直す。
 それから、カクンと顎を落として──唐突に跪くと、祈りを捧げるポーズを取ったよ。

「え、な、なんですか……?」

「聖女様のご尊顔を目にする栄誉に預かれたこと、恐悦至極に存じますッ!!」

「はぇっ!? い、いやっ、ち、違います!! 神父様っ、大いなる勘違いをなさっていますよ!!」

 いきなり職業を言い当てられて、私の全身から冷や汗が噴き出した。

「わたくしめは、司祭のスキル【職業鑑定】を持っております。このスキルを使うと、視認している人物の職業が分かるのです。貴方様は、紛れもなく聖女であると、そういう鑑定結果が……」

 神父の話を聞いて、私は内心で悲鳴を上げてしまう。
 そんなスキルがあるなんて、知らなかったよ!
 このままだと、権力者に体の良い神輿にされて、お金稼ぎの道具にされるかもしれない。
 目撃者は一人だけだし、口封じ……乱暴は嫌だから、穏便に……よしっ、いっそ突っ切ろう……!! 

 私は咳払いを挟んでから、スキル【再生の祈り】を使って、自分の背後に女神アーシャを出現させる。

「こほん、よくぞ見抜きましたね。敬虔な神のしもべよ」

 私が緩やかに両腕を広げると、女神アーシャが私の頭上に手を翳して、優しくも神々しい光を浴びせてくれた。
 これによって、身体が再生するというバフ効果が貰えるんだ。
 ただのスキルの演出だけど、これを見た神父は感極まって、ブワッと涙を溢れさせる。

「おお……っ!! 主よ……!!」

「私は確かに聖女ですが、表舞台には出られない事情があるのです。なんかこう、使命的なやつで」

「そ、それはどのような……!? わたくしめがっ、全力でお手伝いさせていただきます……ッ!!」

「事情は誰にも明かせません。これは、聖女に与えられた試練なのです」

 神託なんて与えられていないし、神様とは会ったこともないけど、私はつらつらと嘘を吐いた。
 大聖堂でこんな嘘を吐くなんて、とんでもない不敬だと思う。
 神父が咽び泣いているから、罪悪感で胸がいっぱいだよ。

「おおおぉおぉぉ……っ!! 主よ……!! ではっ、ではわたくしはっ、一体どうしたら!?」

「今から私は、神聖結晶を使います。その際に見たことは、全て他言無用にすること。それが、貴方の使命です」

 そうだよね? と、私が背後の女神アーシャを見遣ると、彼女は微笑みながら首を縦に振った。

「畏まりましたッ!! 全身全霊を懸けてッ、他言無用と致しましょう!! 悪魔に腸を引き裂かれようともっ、決して喋らないと誓いますッ!!」

「敬虔な神のしもべよ、感謝します。これは、心ばかりのお礼です」

 私は感謝の気持ちを籠めながら、スキル【治癒光】を使って、神父に柔らかい光を浴びせた。
 この光は、私の手から照射されるんだけど……狙いが甘くて、神父の頭部に直撃してしまう。

 ハゲが、光ってる……!!

 私ね、こんな悪戯みたいなこと、するつもりじゃなかったの。
 腰痛とか肩凝りとか、なんでもいいから、治してあげたかっただけなんだ。
 私が心の中で、ごめんなさいと謝罪した瞬間、神父の頭部からモサっと金髪が生えてきた。

「うっ、うおおおおおおおおおおおおおおッ!! は、ハゲが治ったぁ!? こ、これが主の奇跡……ッ!?」

 神父は諸手を挙げて、大喜びで舞い上がっている。

 【他力本願】の影響によって、【治癒光】に追加されている特殊効果は、スキルやマジックアイテムとは関係ない病を治すこと。それが、作用したっぽい。
 ハゲは病じゃなくて個性だって、私はそう思うけど……ま、まぁ、結果良ければ全てヨシ!
 
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