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五章 スレイプニル戦役
164話 聖女
しおりを挟むアーシャ 魔物使い(30) 聖女(10)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】
【水の炉心】【光輪】【治癒光】【過去視】
【従魔縮小】【遍在】【聖戦】
従魔 スラ丸×7 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸 ユラちゃん
ヤキトリ
新スキルは二つあって、片方は【遍在】だったよ。
転職する前に、観測者のレベルが20になっていたんだ。
今はこれを気にしている場合じゃないから、もう一つの新スキルに意識を向ける。
【聖戦】──その効果は、私が大敵として認定した対象が討伐されるか、聖戦の御旗が破壊されるまで、周辺の味方を勇者にするというもの。
御旗とやらは、スキルを使うと私の手元に、生成されるらしい。
大敵を一度定めると、討伐の成否に関係なく、一年間はこのスキルを再使用出来なくなってしまう。
【他力本願】の影響で追加されている特殊効果は、聖戦の御旗を持ち運び出来るようになるというもの。
本来であれば、御旗は【聖戦】を使った場所から、動かせないんだとか……。
正直、このスキルは実際に使ってみるまで、よく分からない。
そもそも、『勇者』とはなんだろうか?
私が思い浮かべる勇者のイメージは、RPGの主人公たちに引っ張られている。
前世ではコアなゲーマーという訳じゃなかったけど、自分のペースでのんびり遊べるRPGは、結構好きだった。
数々のゲームの中で、勇者という役割が与えられた主人公たちの、最大の強みと言えば──やっぱり、何度死んでも復活することかな?
どれだけゲームオーバーになっても、プレイヤーが諦めなければ、勇者は何度だって立ち上がるんだ。
勇者に命を狙われた悪役からしてみれば、これほど恐ろしい存在は他にいないよね。
「ああ……。そっか、それなんだ……」
聖女が思い描く勇者のイメージ。
それそのものが、【聖戦】によって味方に付与される、『勇者』というバフ効果の正体だった。
私の勇者たちは、何度死んでも復活する。
諦めなければ、必ず勝つことが約束されている。
そんなイメージが明確になった瞬間、私の手元に純白の旗が生成された。
この旗には、神聖な輝きが宿っていて、祈りを捧げる聖女のシルエットが、金糸によって描かれているよ。
どうやら、これが聖戦の御旗らしい。かなり大きいけど、羽根のように軽いので、簡単に持つことが出来た。
「ふぅ……。皆さーーーんっ!! 注目してくださーーーい!!」
私は【土壁】を使って土台を作り、その上で旗をブンブン振りながら、大きな声を張り上げた。
神聖な輝きのおかげで、すぐに注目が集まる。それと、聖女の職業を選んだおかげか、よく声が通るようになった。
本当は目立ちたくない。でも、スキル【聖戦】を使うには、きちんと宣言しないといけないんだ。自分の名前を使ってね。
一応、仮面は付けているものの、名乗ると足が付きそうで怖い。それでも、今更逃げる訳にはいかないよ。
「聖女アーシャの名において、ここに聖戦の始まりを宣言します!! 討伐目標はドラゴン!! あの大敵を倒してください!! 私の勇者たちの奮戦を期待しています!!」
私が必要な宣言を行ったところで、周辺から美しい光の粒子が立ち昇った。
そして、首都にいる全ての人たちの身体に、御旗と同じ神聖な輝きが宿る。
誰もが、茫然としたのも束の間──
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」
大歓声が湧き上がって、士気が限界値を突破した。
勇者になると、大敵を討伐すること以外、何も考えられなくなるみたい。
バリィさん、カマーマさん、ルチア様、レイジーさん、帝国兵や市民たちまで。
老若男女を問わず、誰も彼もが目を血走らせながら、ドラゴンに向かって突っ込んでいく。
「皆さーーーん!! 蚊の一刺し程度でもいいのでっ、ドラゴンにダメージを与えてくださーーーい!!」
私はそう言い残してから、スラ丸の【転移門】を使って、聖戦の御旗を持ち逃げした。
これさえ壊されなければ、いつか勝てると思うんだ。
蚊の一刺しでも、無限に繰り返せば、ドラゴンだって殺せるはずだよね。
──自宅の裏庭に帰還して、ホッと一息吐く。
眠っていたスラ丸六号は、ローズがきちんと叩き起こしてくれたみたい。
「おおっ、アーシャよ! 無事で何よりなのじゃ! 厄介事は、もう終わったのかの?」
「ううん、まだ続いているよ。今が山場だと思う」
出迎えてくれたローズとハグを交わしてから、私は諸々の事情を説明した。
それを黙って聴いていたローズが、大きな不安要素に気付いてしまう。
「──その【聖戦】を使った戦法とやらは、ドラゴンに逃げられたら、無駄になるかもしれんのぅ……」
「あっ、確かに……!! いやでも、ドラゴンが人間風情に、尻尾を巻いて逃げたりするかな……?」
「ソルガルーダは逃げたのであろう? 如何に強大な魔物であっても、危なくなれば逃げると思うのじゃよ」
ローズの指摘に、私は思わず黙り込んだ。けど、すぐに反論する。
「……いや、いやいやいやっ、でもほらっ、ドラゴンだよ!? ドラゴンは逃げないでしょ!?」
「それは、根拠になっておるのかの……?」
「ソルガルーダは進化したばっかりで、精神的にはアクアスワンだったはずだから……!! うんっ、あいつには強者としての誇りが、なかったんだよ!! でもさっ、ドラゴンは生まれながらの強者だし!! きっとプライドの塊だよ!! そうに決まってる!!」
「う、うむ……。左様か……」
私はローズに持論を叩き付けてから、【感覚共有】を使って、スラ丸七号の視界を覗き見する。
あの子は首都スレイプニルに、置いてきたんだ。ちなみに、七号も今は勇者だよ。
ソルガルーダを完食したドラゴンは、迫りくる矮小な人々を一瞥して、御座なりに業火を吐き出す。
その一撃が大地に直撃すると、瞬く間に灼熱の溶岩地帯が広がって、首都スレイプニルと近郊が、溶岩の海へと変わってしまった。
一撃。たった一撃で、地平線の彼方まで、大地が赫灼に染まったんだ。
大半の人々は、溶岩の海に落ちて、呆気なく死んでいく。その中には、ルチア様の姿もあった。
でも、恐怖や苦痛に苛まれている人は、一人もいない。
みんな、ドラゴンを討伐することしか、考えられなくなっているからね。
「「「殺せえええええええええええええええええええッ!!」」」
「「「ドラゴンを殺せえええええええええええええええッ!!」」」
みんなのリスポーン地点は、首都スレイプニルがあった場所だよ。
足元が溶岩の海になっているので、復活と死亡を繰り返している。
これは、リスポーンキルってやつかな……?
余りにも惨い。この世の地獄が、そこにある。
そんな状況なので、この戦場の主役は、飛行手段を持っている人たちになった。
多分、全部で数百人程度しかいないけど、各々がそれなりの活躍をしているよ。
ちなみに、バリィさんとカマーマさんは、結界を高速で飛ばして、ドラゴンに突っ込んでいた。
「バリィちゃん!! 命を燃やすわよおおおおおおおおおおんッ!!」
「ハハハハハッ!! 楽しくなってきたなぁ!!」
カマーマさんはドラゴンの体内で暴れ回り、バリィさんは魔力が空っぽになるまで、【規定結界】を使ってドラゴンの動きを鈍らせる。
それでも、ドラゴンを倒すことは出来ていない。
必然的に、二人は燃え尽きてしまった。
──程なくして、二人ともリスポーン地点で、完全復活を遂げる。全裸でね。
体力も魔力も、勇者になった瞬間の状態に、戻るみたいだけど……外付けの装備は、元通りにならないらしい。
彼らは全裸なんて気にせず、再びドラゴンに突っ込む。このタイミングで、スラ丸七号がバリィさんの頭に乗り、激闘に参加した。
スラ丸の攻撃手段は、聖水の噴射。当たり前だけど、容易く蒸発するので、蚊の一刺しにすらなっていない。
「死ぬデスっ!! 死にやがれデスっ!! 今のあちしは労働意欲が溢れてっ、止まらねーんデスよぉっ!!」
腰から生えた蝙蝠みたいな翼を使って、自力で空を飛んでいるレイジーさん。
彼女は長い爪を振り回して、ドラゴンの身体を切り裂いていた。
鋭い斬撃が無数に飛んで、爪の長さ以上の傷を与えている。
熱エネルギーで形成されているドラゴンの身体は、傷ついても簡単に塞がるけど、極僅かに削れているよ。
どれだけ強大な魔物であっても、決して無敵の存在ではないんだ。
いつか、核の魔石に攻撃が命中するかもしれないし、その調子で頑張って貰いたい。
こうして、私が観戦していたら、レイジーさんがドラゴンに丸呑みにされてしまった。……大丈夫、残機は幾らでもある。
「キエエエエエエエエエエェェェェェイッ!!」
頭に龍の刺青が入っているお爺さんは、奇声を上げながら水属性の魔力を漲らせた。
すると、彼の頭上に巨大な水の龍が出現して、大口を開けながらドラゴンに突っ込んでいく。
どうやら、彼がロバートさんを援護していた魔導士らしい。
お爺さんは勇者の仕組みを上手いこと利用して、魔力が切れたら溶岩に飛び込み、死亡と復活を繰り返すことで、水の龍を連発している。
苛立ったドラゴンが、リスポーン地点に業火を放ったけど、そんなことをしても消えないよ。聖戦の御旗は、私の手元にあるからね。
いよいよ只事ではないと、ドラゴンも察したみたいで、本気を出し始めた。
とは言っても、このドラゴンに出来るのは、業火を吐き出すことだけだ。
私の新・壁師匠でも防げる気がしないほど、業火の威力は上がっている。しかも、それを連射してくるので、普通に戦ったらまず勝てない。
でも、私の勇者たちには、関係のない話だった。……というか、ドラゴンの攻撃力が高ければ高いほど、奴は自分で勝ち筋を潰すことになる。
私が思い付く【聖戦】の攻略方法って、手加減して勇者たちを殺さず、再起不能にしておくことだもの。
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