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五章 スレイプニル戦役
162話 レイジー
しおりを挟むやっぱり、魔法陣だ。ソルガルーダは自分の血液で、首都スレイプニルの近郊に、巨大な魔法陣を描いていた。
緋色の輝きを見て、バリィさんとカマーマさんの顔色が、一気に悪くなる。
「なんだこれッ!? 地面が、光って……ッ!?」
「バリィちゃん!! 嫌な感じがビンビンするわよん!!」
「これは魔法陣ですッ!! 地面に大きな魔法陣が──」
私がそこまで伝えたところで、夜空が白熱に染まった。
帝国南部の各地で使われた【天地陽光】よりも、威力と範囲が見るからに高そうだよ。
予定通り、スラ丸の【転移門】を使って、逃げようとしたけど……このタイミングで、私は自分の大失敗に気が付く。
【魔力共有】を使って、スラ丸一号から順番に、遠慮なく魔力を貰っていたので、一号から六号が魔力切れになっているんだ。
一度魔力が空っぽになると、気絶するように眠ってしまう。
「ローズっ、スラ丸を叩き起こしてッ!!」
私は自宅にいる六号に、自分の魔力を送りながら、ローズに指示を出した。
彼女は即座に、六号をペチペチと叩き始めたけど……不味い、間に合わない。
「相棒ッ!! やるしかないぞ!! 複合技だッ!!」
「──ッ!? りょ、了解です!!」
バリィさんに声を掛けられて、私はハッとした。そうだよね、やるしかないよね。
彼の腕にしがみ付いて、心を寄り添わせながら、【再生の祈り】を使う。
裏ボス攻略のときはキスをしたけど、それはもう必要ない。コツは掴んだから。
「カマーマのおっさんッ!! 結界の中に入っとけ!!」
「分かったわよぅ!! 嗚呼っ、ロバートは大丈夫かしらん!?」
「他人の心配をしている余裕はないだろ!!」
バリィさんは女神アーシャに抱き締められながら、七重の【対魔結界】を使って、その全てを【再生の祈り】と複合させた。
これで、急速に再生する結界が、私たちを守ってくれる。
「バリィちゃん! シャチの攻撃を防いだときのっ、大きな結界は使えないのん!?」
「使えるが、大きな結界は重ねられない! 辺境伯は諦めてくれ!!」
カマーマさんとバリィさんが揉めている横で、私はスラ丸を抱き締めながら、衝撃に備える。
そして──白熱に染まっている空が、音もなく堕ちてきた。
ロバートさんは、水属性と土属性のエンペラーホースのスキルを使って、水と岩で自分の身体を包み込む。けど、そこから先のことは分からない。
周辺が光熱で満たされて、結界の外側の出来事は見えなくなってしまった。
七重の複合結界は非常に優秀で、崩壊と再生を繰り返しながら、【天地陽光】を防いでいるよ。
ただし、熱がじわじわと、結界の内側を侵食し始める。
「やべぇ……ッ!! このままだと、蒸し焼きにされちまう……ッ!!」
バリィさんは切羽詰まった表情で、危機感を募らせた。何か、打開策を考えないといけない。
「それなら、結界を動かして距離を取れば……」
「いやっ、無理だ! この状況で、【移動結界】は混ぜられない……!!」
私もバリィさんも、二つのスキルを合わせるのが限界だった。
【対魔結界】+【再生の祈り】に、【移動結界】まで混ぜることは、残念ながら出来ないってことだね……。
こうなると、ローズがスラ丸六号を叩き起こすまで、なんとか耐えるしかない。
私はスラ丸七号の中から聖水を取り出して、みんなで水分を補給しておく。
それと、流水海域で集めた雪も出そう。あっという間に溶けるけど、多少は楽になるよ。
そうこうしている間に、一分、また一分と経過して──突然、結界内の空間に亀裂が走り、グッと押し広げられた。
「うわっ!? なっ、なんですかこれ!? こんなときに新手!?」
「あらぁん? これは見覚えがあるわねぇ……。確か、魔剣士のスキルだったかしらん?」
私はスラ丸を盾にして身構え、カマーマさんは自分の記憶を探るように顎髭を擦る。
「これ以上の厄介事は、マジで勘弁してくれよ……?」
バリィさんがそう呟いたところで、空間の亀裂から一人の少女が姿を現した。
外見の年齢は十代半ばくらいで、髪の色は左半分が赤みを帯びた銀色、右半分が赤茶を少し暗くした赤錆色。
髪の長さは毛先が膝裏に届くほど長く、その毛先はくるりと内側に丸まっている。
瞳の色は鮮血のような深紅で、とてもダウナーな雰囲気の目付きをしているよ。
白い肌は血色が感じられないほど青みがあって、なんだか不健康そうだけど、肉付きは決して悪くない。
顔立ちは大人びており、犬歯だけが細長いという特徴を持っている。
パッと見た印象は──吸血鬼。
服装は物凄くラフで、だぼっとした白いTシャツを一枚だけ着ている。
そのTシャツには、『働いたら負け!!』という抱負が、達筆で書き殴られていた。装備らしい装備は見当たらないものの、自前の爪が武器になりそうなほど、鋭利で長い。
少女は私たちの顔を順番に視認してから、カマーマさんを睨み付けて、思いっきり顔を顰めた。
「久しぶりに、おめーのグロテスクな顔を見ちまったデス。最悪デス。気分が悪くて吐きそうデス」
「レイジーお婆様ってば、昔馴染みに随分な物言いねぇ……。それで、何しに来たのよん?」
少女に酷いことを言われたカマーマさんは、然して気にせず、気軽に言葉を返した。どうやら、知り合いらしい。
この少女のお名前は、レイジーさん。『お婆様』って言われているから、見た目通りの年齢じゃないのかも。
「ルチアからの依頼、引き受けちまったデス。おめーらをあいつのところまで、しょっ引いてやるデス。抵抗するなら、手足を切り落としちまうデスよ」
レイジーさんは物騒な脅し文句を吐いて、親指をクイっと空間の亀裂に向けた。
この中に入れってことだと思うけど、素直に付いて行っていいのか、ちょっと不安だね。
「バリィさん、このヤバい女の子は何者ですか……?」
「帝国の金級冒険者、鮮血のレイジーだな……。昔はアクアヘイム王国に住んでいて、竜殺しのリリアとパーティーを組んでいた奴だ」
「えぇっ!? リリア様と!?」
竜殺しのリリアと言えば、ニュートとスイミィ様のお母さんで、昔は白金級冒険者だった人物だよ。既に他界しているから、私は会ったことがないけど、途轍もなく強かったらしい。
そんな凄い人と、パーティーを組んでいたのであれば、レイジーさんは相当な実力者だと思う。
「おめーらッ!! あちしの前でっ、その名前を出すんじゃねーデス!! ぶっ殺されてーんデスか!?」
いきなり、レイジーさんが鬼の形相で、私たちを怒鳴り付けた。
私が目を白黒させていると、バリィさんがやや躊躇いがちに、彼女へ問い掛ける。
「その様子を見るに……痴情の縺れで、竜殺しと喧嘩別れしたって話は、本当だったのか……?」
「そうデスッ!! あのクソ尼ぁ……ッ!! 鬼友だと思ってたのにっ、あちしの初恋の人を横取りしやがったデスよ!! リリアっ、リリアっ、リリアっ!! あいつの名前を聞くだけでっ、腸が煮えくり返るデスぅ!!」
鬼友ってなんだろう? 鬼のように仲が良い、みたいな意味の造語かな?
……いや、そんなことより、もっと気になる話が飛び出したよね。
地団駄を踏むレイジーさんに、私は訝しげな目を向けてしまう。
「初恋の人……? 横取り……? あの、リリア様って、ライトン侯爵と結婚したはずですけど……」
「そのライトンがっ、あちしの初恋の人デスッ!!」
レイジーさんの告白を聞いた瞬間、私の思考回路はショートしてしまった。
再起動に三十秒ほど時間を要してから、私は目を瞬かせる。
「え……っ、えっ!? いやっ、いやいやいやっ!? えっ、ま、まさかッ、あのライトン侯爵に、モテ期があったんですか!?」
「昔のあいつは、超絶イケメンだったデス!! って、今はそんな話をしてる場合じゃねーデスっ!! おめーらッ、早くルチアのところに行くデスよ!!」
レイジーさんは本筋に戻って、私たちを空間の亀裂に押し込んだ。
その中に入ると、身体が急速に引っ張られて、一気に別の場所へと到着したよ。
これは……多分だけど、【転移門】と似たようなスキルだね。
私たちが転移した先は、首都スレイプニルにあるお城の跡地だった。
瓦礫の山が撤去されており、今は帝国軍の駐屯地になっているみたい。
首都も【天地陽光】の攻撃範囲に入っているけど、中心部は様々な防御魔法によって、辛うじて守られているよ。
帝国軍の結界師や魔法使いが、総力を挙げて頑張っているんだ。
中心部以外の街並みは、僅かな隙間もなく光熱に呑み込まれている。
避難してきたと思しき市民たちが、中心部に集まっているので、人口密度が凄まじい。
「こりゃあ酷い有様だな……。控えめに言って、地獄か……?」
バリィさんは辺りを見回して、重たい言葉で現状を表現した。
屯している大勢の帝国兵は、誰も彼もが火傷を負った状態だよ。身体の一部がごっそりと炭化していたり、光熱で失明していたりする人の姿も、かなり多い。
私たちが駆け付ける前に、彼らはソルガルーダと戦っていたんだ。
みんな、応急処置しかされていないのが、余りにも痛ましい。
回復魔法を使える人は、魔力切れなのかな……?
「あちしに付いてくるデス。ルチアに合わせるデスよ」
私が女神球を使うべきか悩んでいると、レイジーさんに急かされてしまった。
バリィさんとカマーマさんが、黙って彼女に付いて行くので、私も慌てて後に続く。
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