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五章 スレイプニル戦役
155話 濃霧
しおりを挟む「──ユラちゃん、まずは魔法使いから仕留めて」
私の命令に従って、ユラちゃんが敵の魔法使いに狙いを定め、【冷水弾】を連発した。威力が低い下級魔法とは言え、当たれば痣くらいは出来る。
「て、敵襲ーーーッ!! 霧の中に潜んでいるぞッ!!」
流石は正規兵と言うべきか、彼らは即座に武器を構えて、魔法使いと弓使いを守る陣形を取った。
このときに、担がれていた女性は、地面に落とされたよ。
ユラちゃんは立ち位置をどんどん変えながら、四方八方から執拗に魔法使いを狙撃していく。
剣士が盾を構えて守ろうとするけど、上空まで濃霧が覆っているので、ユラちゃんの射線を全てカバーすることは出来ない。
「ユラちゃん、距離を詰めたら駄目だからね」
私が注意するまでもなく、ユラちゃんは常に兵士たちと、二十メートルほど距離を取っている。
【冷水弾】の威力が減衰してしまうけど、こればっかりは仕方ない。人数差があるので、安全な場所から一方的に攻撃したいんだ。
「敵の数が多いッ!! これは魔物か!?」
「ちくしょうっ、姿が見えねーぞ!! 魔物の群れだと思って対処しろ!!」
ユラちゃんが獅子奮迅の活躍をしているから、兵士たちは群れに襲われていると勘違いした。
「俺が矢の雨を降らせてやるッ!! 防御は任せた!!」
弓使いが弦に矢を番えて、それを上空へと向ける。
弓矢が淡い光輝を纏い、一瞬の溜めの後に放たれて──それなりに高い位置で、パッと炸裂した。
如何なる原理か、一本の矢が無数の矢となり、地上に降り注ぐ。
兵士たちにも当たりそうになったけど、盾持ちが頭上に盾を突き上げると、衝撃波が発生したよ。
そして、自分たちに降り注ぐ矢だけが、綺麗に吹き飛ばされて、彼らは安全を確保する。
「どうだ!? 殺ったか!?」
弓使いは自信を滲ませながら、周囲の様子を窺う。
敵が霧の中に隠れていても、この範囲攻撃なら殺せると思ったらしい。
彼を中心に、半径二十五メートルくらいに矢が降り注いだので、自信を持つのも頷ける。
でも、ユラちゃんは普通に距離を取って、難なく回避していた。
この子に物理攻撃は効かないけど、魔法の矢という可能性もあるから、きちんと回避行動を取ったのは偉いね。
「ユラちゃん、攻撃の再開は少し待って。相手の気が緩んだら、また魔法使いに集中砲火で」
緩急を付けて揺さぶった方が、精神的に追い込めるかも。そんな考えで、私はユラちゃんを暫し待機させた。
兵士たちは、三分ほど戦意を保っていたけど……攻撃が止んだので、ホッと胸を撫で下ろす。
そこで透かさず、ユラちゃんが攻撃を再開したよ。
「──ッ!? ばっ、馬鹿野郎ッ!! 全然駄目じゃねぇか!! 狙いは魔法使いみてぇだからっ、そいつを置いて逃げるぞ!!」
「ま、待て……!! 待ってくれ……!! 助けてくれぇ……!!」
槍使いが悪態を吐きながら、魔法使いを見捨てて走り出した。
助けを求めている魔法使いは、全身がずぶ濡れで、痣だらけになっている。
もうすぐ春だけど、この辺りはまだ寒いので、冷たい水が容赦なく体温を奪っていく。痛みと寒さによって、集中力が乱れている魔法使いは、反撃に転じる余裕なんてなさそうだよ。
この後、剣士たちは濃霧の中で、闇雲に敵を捜し始めた。
木の幹を敵だと見間違えて叩き斬ったり、逃げ出した小動物を敵だと勘違いして追い掛けたり、散々な行動を取っている。
それから──数分が経過した頃、ようやく魔法使いは動けなくなって、地面に倒れ込んだ。
魔法攻撃はユラちゃんの弱点になるから、魔法使いが一番怖かったけど、これで一安心だね。
「ユラちゃん、残りの敵もガンガン攻撃して」
私の命令に従って、ユラちゃんは他の兵士たちを攻撃し始める。
剣士たちよりも、弓使いの防御力が低そうなので、そっちを優先した方がいいかな。
「ふざけんなッ!! 出てこい卑怯者ッ!! 俺と戦ええええええぇぇぇッ!!」
剣士が木の幹を斬りまくって、発狂したように叫び始めた。
一太刀で大きな木を両断しているから、やっぱり正規兵は強いんだと、私は再認識する。
ただ、姿が見えないユラちゃんに対処する術は、持っていないみたい。
兵士たちは一方的に、水浸しになっていく。
「ティラ、孤立している槍使いって、仕留められそう?」
「ワンワン!!」
私の問い掛けに、ティラは尻尾を振りながら、元気よく吠えてくれた。
これは、『出来るよ!!』という意思表示だね。
従魔たちを人殺しの道具にするのは、物凄く抵抗があるけど……村人の少年と女性を見殺しにする方が、もっと抵抗がある。
「よし、じゃあ任せたよ。無理はしなくていいからね」
ティラは私の命令に従って、駆け足で森の中に入った。
私は【感覚共有】を使って、ティラの視界も確認しておく。
あの子は濃霧の中でも道に迷うことなく、木々を軽快に躱して全力疾走しているよ。
「他に、私が出来ることは……退路の確保くらいかな……?」
私はスラ丸の中から、硝子のペンを取り出して、いつでもティラを呼び戻せるように準備を整えた。
出発してから一分も経たない内に、槍使いを捕捉したティラは、即座に大木の影に潜り、得意な戦法である奇襲を狙う。
そして──槍使いが横切った瞬間、【加速】を使ったティラが、渾身の力を籠めて爪を振るう。
「な──ッ!? ま、魔物だと!?」
槍使いの左腕が千切れ飛んだけど、一撃では仕留められなかった。ティラの攻撃が当たる直前で、身体を捻って躱されたんだ。
彼は激痛に顔を歪めながらも、残った片腕で槍を構えて、臨戦態勢を整える。
戦意を喪失していないなんて、驚きだよ。兵士って、みんなこうなの?
「グルルルル……」
ティラは油断なく槍使いを見据えて、彼の周りをゆっくりと歩き始めた。
一瞬の隙でもあれば、今度こそ絶対に仕留めるという、必殺の決意を瞳に宿している。
「なんで村の近くに、こんな魔物が……!? ああいや、分かったぞ!! 村人が焼けるにおいに釣られて、森の奥から出て来やがったな!?」
酷い誤解をされたので、ティラは怒りを露わにしながら跳び掛かった。
すると、槍使いの得物が光輝を纏い、蜃気楼のように揺らぐ。
彼はなんらかのスキルを使ってカウンターを放ち、ティラは突き出された槍を右前脚の爪で弾いた。
それから、透かさず左前脚の爪で、槍使いの身体を切り裂く。
これで、仕留めたけど……弾いたはずの槍が、ティラの右前脚に突き刺さっていたよ。
まるで、弾いたという事実をなかったことにして、刺さったという事実に置き換えたような、不可思議な現象が起こったんだ。
「な、なに今の……? まさか、必中攻撃とか……?」
だとしたら、恐ろしすぎる。装備的には末端の兵士だったのに、そんな人でも強力なスキルを持っているらしい。
ティラの脚はすぐに再生して、槍が自ずと抜けたけど、私の冷や汗は止まらない。
「油断大敵だね……。ティラ、敵とは交戦せずに、攫われかけていた女性と、あの少年を連れて来て」
私は自分の頬をペチペチと軽く叩いてから、ティラに次の指示を出した。
ティラはすぐに走り出して、兵士たちに置き去りにされていた女性を保護する。
鋭い牙が生えた口で、パクっと咥えるしかないので、お食事の瞬間に見えてしまい、絵面は最悪だよ。
ティラはその足で少年のもとへ向かい、彼を仰天させた。けど、すぐに女性を吐き出して、無事だと教えてあげる。
「姉ちゃん……!! よがっだ……!! 無事でっ、よがっだぁ……!!」
この女性がお姉さんで合っていたらしく、少年は泣きながら安堵している。
ティラはそんな少年と女性を纏めて咥えると、こちらに戻ってきた。
──この間に、ユラちゃんが弓使いを再起不能にしていたよ。
残りは二人の剣士だけだ。前衛の戦闘職だから、体力も防御力も中々のもので、水浸しになっているのに動きが鈍っていない。
一応、唇は青くなっているけど……この分だと、倒すまでに時間が掛かりそう。
「俺たちを襲っている奴!! もしも魔物じゃないならっ、話し合いをさせてくれ!! 俺たちは降参する!!」
「そ、そうだ!! こんなチマチマやってるってことは、生け捕りが目的なんだろ!?」
剣士たちがそんなことを言い出したけど、私は聞く耳を持たない。
ここで、あの二人を見逃したら、別の場所で悪事を働くかもしれない。
あるいは、私に復讐しようとするかもしれない。
始末するのが、一番後腐れのない終わらせ方だと思う。
……というか、ユラちゃんの全力の攻撃を『チマチマ』って、失礼な人だね。
剣士たちは濃霧のせいで、道に迷っているみたいだし、このまま攻撃を続行しよう。
「──あっ、降参を受け入れて、あの紙に名前を書かせてみるとか……?」
ふと、私の脳裏に過った案は、入信誓約紙に敵の名前を書かせることだった。
そうすれば、生かしておいても害はないよね。……いやでも、性犯罪者に盲信されるのは、勘弁して貰いたい。
上からの命令とは言え、村人の虐殺を実行した人たちでもあるし、やっぱり終わらせよう。
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