上 下
151 / 239
五章 スレイプニル戦役

149話 観測者

しおりを挟む
 
 私はカウンター席に座りながら、【光輪】と【感覚共有】を使って、スラ丸たちの視界を見させて貰う。
 二号は聖女の墓標で、順調に狩りを続けているよ。
 その最中、アグリービショップの魔物メダルと、見るからに呪われていそうな、人皮装丁本がドロップした。
 どっちもレアドロップだけど、回収するのはメダルだけでいいよね……。

「スラ丸、本は拾ったら駄目だよ。……あ、そうだ。ものは試しに、聖水をぶっ掛けてみて」

「!!」

 スラ丸が私の指示に従って、人皮装丁本に聖水をぶっ掛けると、装丁だけが塵になって消滅した。
 後に残されたのは、古びた紙束のみ。もう呪われた代物には見えないよ。

「それなら拾っても……いや、どうしよう……。一応、【浄化】を使ってから【収納】に入れて」

 スラ丸が古びた紙束に【浄化】を使っても、これ以上はなんの変化もなかった。
 安全確認、よし! これなら、触っても大丈夫だと思う。
 私は手元にいる一号から、古びた紙束を取り出して、ステホで撮影してみた。

 これは、『入信誓約紙』というマジックアイテムだと判明。
 この紙に自分の血を使って、自分の名前を書いた人物は、この紙の所有者を盲信するようになるみたい。
 どう考えても、厄ネタだ。余りにも危険すぎる代物だよ。
 この紙の存在を独裁者が知ったら、是が非でも大量に集めて、出来るだけ多くの人に名前を書かせるんじゃないかな。

「も、燃やした方が……いやでも、いつか役に立つかも……」

 どうしても信頼出来ない危険人物に、裏切り防止で名前を書かせるのは、そう悪くない案な気がする。
 まぁ、そんな危険人物は殺っちゃう方がいいけど、私は甘ったれだからね。
 同情の余地がある人とか、エンヴィみたいな子供とか、殺せない人は今後も出てくると思う。

 一匹のアグリービショップから、入手することが出来た入信誓約紙は、全部で十三枚。一枚に付き、一人の名前しか書けないらしい。
 これは、スラ丸の【収納】に仕舞っておいて、絶対に盗まれるなと厳命しておく。

 
 ──スラ丸三号は、今日もルークスたちと一緒に冒険中。
 フィオナちゃんのリュックの中から、チラっと顔を覗かせて貰うと、現在地は無機物遺跡の第二階層だと分かった。
 普段は混雑している狩場だけど、今は大勢の冒険者が従軍中だから、貸し切り状態だよ。
 十三歳未満で、この場所を狩場にしている人なんて、滅多にいないみたい。

「ウオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」

 アイアンゴーレムとアイアンボールの群れに、一行が遭遇した瞬間、トールはスキル【鬨の声】を使って、雄叫びを上げながら攻勢に出た。
 このスキルは味方の士気を上げながら、自分よりも弱い敵を怯ませる。

 アイアンゴーレムたちは、既にトールよりも格下らしく、怯んで初動が遅れた。
 トールは立て続けに、スキル【強打】を使って鈍器を振り回し、二匹のアイアンゴーレムをスクラップにしたよ。

「猟犬、暴れすぎだ。ワタシの分も残しておけ」

 ニュートはトールに文句を言いながら、短杖を使って【氷塊弾】を連発し、アイアンボールたちを凍結させていく。
 これは、どうでもいいことだけど……彼のトールの呼び方が、少しずつ変化しているね。最初は野良犬、次は狂犬、その次が番犬で、今は猟犬なんだ。
 トールもニュートも、お互いを認め合っているし、そろそろ名前呼びになりそう。

「ふぅ……。楽勝だったけど、ここの敵は血が出ないから、結構困るなぁ……」 

「る、ルークスくん……。その台詞、少し怖いよぅ……」

 ルークスがスキル【鎧通し】を使って、最後のアイアンゴーレムを暗殺し、戦闘は呆気なく終了した。
 彼が持っている武器は、渇きの短剣というマジックアイテムで、美しい銀色の刃には、吸血効果が付いている。
 しかも、吸血すると刃の耐久度が回復するから、血を流す敵と戦えば手入れ要らずという、とても便利な代物だよ。

 シュヴァインくんがルークスの発言に怯えたけど……正直、私もちょっとだけ、怖かった。
 ルークスってば、渇きの短剣に対して、最愛の人を心配するような、熱を帯びた眼差しを向けていたからね。
 妙な空気を入れ換えるべく、フィオナちゃんが軽く咳払いを挟んで、プリプリしながら口を開く。

「んんっ、こほん! 全くもうっ、あたしとシュヴァインの出番が、今回もなかったわね! 無機物遺跡の第二階層なんて、もう楽勝過ぎない?」

「あァ、俺様も同感だぜ。レベル上げも金稼ぎも、随分と順調だがよォ……こうも楽勝だと、欠伸が出ちまう」

 トールは愚痴を零しながら、スラ丸を引っ張り出して、アイアンゴーレムたちの残骸を仕舞っていく。ここでは、ドロップアイテムにしないみたい。

 アイアンゴーレムのレアドロップは、ランダムな特殊効果が付いている鉄の防具。
 アイアンボールのレアドロップは、ランダムな特殊効果が付いている鉄の武器。
 どっちも大金に化ける可能性があるけど、これらを狙うよりも残骸を持ち帰った方が、金銭効率が良いんだって。

「ここの第三階層へ行きたいという話なら、ワタシは反対させて貰おう。推奨レベルは30だからな」

「オレも、この下は嫌だよ。どうせ下に行っても、血が出ない魔物しかいないし」

 ニュートとルークスが反対して、みんなは最後に、シュヴァインくんを見遣る。

「ぼ、ボクも反対……!! あのっ、べ、別に、怖くないよ……? ただ、レベル不足だから……!!」

「まあ、そうよね。あたしも言ってみただけだし、別にいいわ! さっ、ここでガンガン稼ぐわよ!! 次はあたしがドカンと殺るんだからっ、トールは『待て』よ!! 待て!!」

「俺様を犬みたいに扱うンじゃねェ!! ブッ殺されてェのか!?」

「お座り!! じゃなかった、お黙り!!」

 フィオナちゃんがトールを調教しようとして、あっさりと失敗した。
 トールはフィオナちゃんに、デコピンをしようとしたけど、こちらも失敗。
 シュヴァインくんが透かさず、二人の間に割って入ったからね。
 いつも通り、みんなが元気そうで何よりだよ。

 
 ──スラ丸四号は、ツヴァイス殿下が率いる王国軍に同行中。
 我らが王国軍は、帝国南部の諸侯の本拠地を軒並み荒らし終えたので、今後の作戦会議を行っている。

 今現在、スラ丸はお茶汲み係として、会議中のツヴァイス殿下たちのもとで、仕事をしている真っ最中だ。
 物凄く馴染んでいるけど……その潜入技術は、一体なんなの?

「さて、帝国の南部方面軍と、帝都から来た大軍勢が、遂に合流したようです。数は五万と十万、合わせて十五万になりました」

 朗らかな表情を浮かべているツヴァイス殿下は、十数名の司令部の面々を見回して、軽い口調で事実を伝えた。
 王国軍は二万人しかいないのに、彼からは恐怖も気負いも感じられない。とっても心強いね。

「ブヒヒッ、敵の総大将は帝国の皇女ですぞ!! 嘸かし美人で有名だとか! 是非とも、お目に掛かりたいですなあ!」

「サウスモニカ侯爵……。今の台詞は老い先短い儂が、しっかりとリリア殿に伝えておきますぞい」

「ブヒィ!? ノースモニカ侯爵!! そ、それだけはご勘弁を!!」

 八十代くらいのお爺さんが、悪戯でもするような笑みを浮かべて、ライトン侯爵を揶揄った。
 このお爺さんは、アクアヘイム王国北部の纏め役、ノースモニカ侯爵だよ。
 スラ丸の調べによると、彼は過去に起こった帝国との戦争で、愛する息子さんを全員亡くしてしまったらしい。だから、こんな高齢になっても、未だに当主のまま戦場に出ているのだとか……。

 ちなみに、王国の東西南北の侯爵家は、イースト、ウェスト、サウス、ノースの後ろに、モニカが付くみたい。
 南と北、二人の侯爵のやり取りに、ツヴァイス殿下は口元を綻ばせる。それから、軽く手を叩いて注目を集めた。

「帝国の皇女、ルチア=ダークガルド。調べてみたところ、彼女は様々な二つ名を持っていました。そこから、人物像を把握しておきましょう」

 帝国軍の総大将は、スレイプニル辺境伯から、ルチア様とやらに変わったらしい。
 敵国とは言え、相手は皇女様だから、私は心の中で敬称を付ける。
 さて、そんなルチア様の二つ名だけど……これがなんと、五つもあるそうだ。


 『慈愛の聖女』──これは、万民に対する優しさから、付けられた二つ名であり、職業とは関係ないみたい。
 帝国貴族は基本的に、民に対して傍若無人なんだけど、ルチア様は例外なんだって。
 そんな訳で、彼女は帝国の民衆に好かれている。
 当人は戦闘職じゃないから、戦闘力という面では下の下だけど、一軍の将としての素質はある。それが、ツヴァイス殿下が下した評価だよ。


 『帝国の美姫』──これは、人口が多い帝国において、随一の美貌を持つことから、付けられた二つ名だとか。
 ルチア様は、今年で二十四歳。老いも若きも、帝国に住む全ての男性が、彼女を妻にしたいと願っているらしい。
 皇女という身分であれば、この類の話は箔を付けるために広め放題だし、話半分に憶えておこう。


 『観測者』──これは、ルチア様が選んだ職業が、そのまま二つ名として付けられたもの。
 とても珍しい職業で、ルチア様以外に選択出来た人がいないから、彼女の代名詞になったそうだ。
 遥か彼方まで視認出来るスキル【千里眼】と、自分の分身を生み出すスキル【遍在】が、有名なんだって。

 ……意図せず、ネタバレを食らってしまった。
 言わずもがな、観測者は私が選んだ職業だよ。
 どんなスキルを取得出来るのか、ワクワクしていたのに……いやまぁ、別にいいけどね。

 
 『粛清の魔女』──これは、強すぎる正義感と、目的のためには手段を選ばない性格から、付けられた二つ名。
 この二つ名でルチア様を呼ぶ人は、主に政敵や犯罪者だとか。
 下々に好かれて、権力者には嫌われるという、典型的なタイプかな。


 『遍在の皇女』──これは、観測者のスキル【遍在】が、余りにも大きなインパクトを持っていたから、付けられた二つ名。
 遍在というのは、どこにでも存在するという意味だよ。
 ルチア様の分身は、帝国のあちこちに現れるみたい。
 分身はダメージを受けると消えるけど、見聞きした情報は本体に入るらしい。
 これが、観測者という職業の目玉スキルだと思う。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい

冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。 何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。 「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。 その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。 追放コンビは不運な運命を逆転できるのか? (完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)

処理中です...