上 下
146 / 239
五章 スレイプニル戦役

144話 馬並みの男

しおりを挟む
 
 アグリービショップのドロップアイテムは、大きな闇の魔石が一つだけだった。
 バスケットボールくらいのサイズだから、従魔の進化に役立つかな。
 スラ丸には食べさせずに、仕舞っておいて貰う。

「──あっ、やった! レベルが上がった!」

 自分のステホを確認してみると、魔物使いのレベルが24になっていたよ。
 格上の魔物は経験値が美味しいので、レベル30くらいまでは、あっという間に上がりそう。

 スラ丸二号の狩場は、しばらく第四階層にする。第五階層へ向かわせる勇気は、流石にないんだ。
 もしかしたら、そっちも簡単に攻略出来るかもしれない。けど、急ぐ必要はないよね。

「アーシャよ、レベル30になる前に、別荘を用意するべきではないかの? 妾たちを進化させたら、この家は手狭になるかもしれないのじゃよ」

「うん、そうだね。折角だし、別の街に別荘を用意する?」

「むっ、ううむ……。スラ丸の【転移門】を使えば、行き来は苦にならんが……住み慣れた街から離れるのは、ちと不安かのぅ……」

 私はローズと、あれやこれやと話し合った。

 王国南部に、局所的な大地震や寒波が発生する可能性もあるし、遠くに別荘を用意した方がいい。
 私はそう考えたけど、ローズには別の心配事があった。
 人語を喋る魔物と、猫獣人のミケは、他所の街で受け入れて貰えるのか……。

 そして何より、住む場所を増やすと人間関係が広がるから、私の特異性が露見する可能性は高くなってしまう。
 私たちの実力が、大抵の困難を跳ね除けられるほど上がれば、こんな心配はしなくてもいいんだけど……難しい問題だね。

「うーん……。確かに、かなり不安かも……。いっそ、人里から離れた場所に、新しい拠点を作るとか?」

「いや、それならサウスモニカの街で、よかろう? 人里から離れた場所は、何かと物騒なのじゃ。野生の魔物とか、盗賊とかの」

「待って待って。拠点を一か所に纏めると、災害が怖いよね?」

「生活が立ち行かなくなったら、殿下に泣き付くのじゃよ。アーシャのお友達であろう?」

 ツヴァイス殿下は既に、私の特異性を幾つか把握しているので、万が一のときは頼るのも悪くない。
 諸々の事情を加味して、新居を用意してくれそうだもの。
 勿論、相応のお願いはされるだろうけど、無茶な要求はしてこないと思う。
 今回の帝国南部への侵攻作戦にも、巻き込まれなかった訳だし。

 ──熟考の末、私はローズの意見に賛成した。

「それじゃあ、しばらくは貯金だね」

「うむっ! レベル30になる前に、貯まればよいの」

 こうして、私とローズは今後の方針を決定したよ。



 ──数日後、私のステホに大きなニュースが流れてきた。
 遂に、アクアヘイム王国軍が国境を越えて、ダークガルド帝国に侵入したらしい。
 まぁ、戦争をすることも、王国軍が移動中だったことも知っているから、私は驚かなかったよ。

「ちょっと怖いけど、戦争の様子を確かめておこうかな……」

 職業、レベル、スキルという超常の力が、個々人に備わっているから、滅茶苦茶なことになるのは間違いない。
 商人の私はともかく、冒険者のルークスたちは、戦場に立つ日がくるかもしれないんだ。情報は一つでも多く、集めておいた方がいいよね。
 私は緊張しながら、スキル【感覚共有】を使って、スラ丸四号の視界を覗き見する。

 王国軍は現在、凍り付いている湿地帯ではなく、帝国南部の荒野に布陣していた。
 薄っすらと雪が積もっている土地で、対面には帝国軍も布陣済み。
 お互いに壁系のスキルを並べて、陣地を構築したみたい。

 戦力は王国軍が二万人くらいで、帝国軍が五万人くらい。
 帝国軍の方が倍以上多いのに、相手は帝国南部の貴族連合しか、集まっていないのだとか……。

「スラ丸、紅茶を大量に送るね。それを王国兵に配りながら、味方の陣地を回ってみて」

 私はスラ丸一号から四号に、【収納】経由で紅茶を送り、それを兵士たちへの差し入れにして貰った。
 こうすれば、スラ丸が陣地の中を徘徊していても、気が利く魔物使いに頼まれたとしか、思われないはず……。


 ──私の思惑通りに事が運び、兵士たちの雑談を盗み聞きして、どんどん情報が集まってくる。

 帝国軍の大将は、ロバート=スレイプニル。
 対アクアヘイム王国戦となると、近年では毎回この人が出張ってくるらしい。
 彼は帝国南部に広大な領地を持つ辺境伯で、年齢は三十代前半。
 獣人かと見紛うほどの馬面らしいけど、純血の人間なんだって。

 何よりも特筆すべき点は、彼が推定レベル60の魔物使いで、エンペラーホースという馬の魔物を六匹も使役していること。
 スラ丸が敵陣に目を凝らすと、体長が五十メートル以上もある馬の魔物が、確かに六匹も見える。
 同じ種族名だけど、別々の進化経路を辿ったみたいで、見た目が全員違うよ。

 火、水、土、風、光、闇の六属性を網羅しているっぽい。
 王国兵曰く、全てのエンペラーホースが、【眷属召喚】と【統率個体】という、二つのスキルを持っているのだとか。
 これによって、エンペラーホースは下位の眷属を千匹も召喚して、意のままに従えられる。

 つまり、スレイプニル辺境伯は間接的に、合計で六千匹もの馬の魔物を使役出来るんだ。
 それらの魔物に、精鋭を乗せて結成されたのが、『南方六色騎兵団』。


 十五年前、王国軍はこの騎兵団に、いいようにやられている。
 当時のエンペラーホースと騎兵団を従えていたのは、先代のスレイプニル辺境伯だったらしいので、厳密に言えば同じ騎兵団ではないけど……その強さは、今と昔で同程度。

 ちなみに、十五年前の南方六色騎兵団と戦ったのは、ツヴァイス殿下ではなく、アインス殿下が率いる王国軍だ。
 当時の王国軍は、壊滅状態になるまで追い詰められ、敗走してしまった。
 王国軍の殿を務めた宮廷魔導士が、風属性の大魔法を使って、先代のスレイプニル辺境伯を討ち取ったから、帝国軍の追撃はなかったみたい。

 もしも追撃されていたら、アクアヘイム王国は今頃、滅んでいたと言われている。
 件の宮廷魔導士は、間違いなく英雄だね。
 

 ──スラ丸は大変優秀なので、エンペラーホースの眷属の詳細も、聞くことが出来たよ。

 炎を纏った赤色の馬の魔物、ボンバーホース。
 体長は五メートルくらいで、自分の足元を爆発させながら、その衝撃を利用して走るらしい。
 猪突猛進かつ凄まじい馬力があるので、騎兵団の先頭に配置されている。
 この魔物が千匹もいるから、その突撃の跡には人間どころか、雑草すら残らないと思う。


 魚の背びれ尾びれを持つ青色の馬の魔物、ケルピー。
 体長は四メートルくらいで、陸地でも水中でも、素早く移動出来るらしい。
 更に、集団で周辺の水を操作して、大洪水を発生させ、その流れに乗ることも可能だとか。
 アクアヘイム王国に侵攻されると、この魔物が湿地帯を利用して、大暴れすることになる。でも、今は冬だから、あんまり脅威じゃないかな。


 全身が岩石の鎧に覆われている茶色の馬──というか、ロバの魔物?
 足が短いから、ロバにしか見えない。その名前は、ハードスキンホース。
 体長は六メートルくらいで、『馬の魔物の面汚し』と言われるほど足が遅いけど、防御力は非常に高いらしい。
 この魔物の攻撃手段は、背中から太い砲身を生やして、岩石の砲弾を飛ばすというもの。


 背中に左右一対の翼が生えている黄緑色の馬の魔物、ペガサス。
 体長は四メートルくらいで、風を操って空を飛ぶらしい。
 この世界の戦争にも、制空権の概念があるんだ。
 王国軍は白鳥の魔物、アクアスワンの進化個体を使って、ペガサスに空中戦を挑むみたいだよ。


 額に一本の光る角が生えている白銀の馬の魔物、ユニコーン。
 体長は三メートルくらいで、回復魔法を使うみたい。その効力は、高品質の下級ポーション並みだって。
 戦場を縦横無尽に駆け回る衛生兵。それが、千匹も同時に現れる。
 南方六色騎兵団の中で、ユニコーンの部隊が、一番厄介な存在かもしれない。


 全身に血肉がなくて、骨だけの身体に暗雲と襤褸を纏っている馬の魔物、ナイトメアホース。
 体長は四メートルくらいで、精神攻撃を仕掛けてくるらしい。その嘶きを聴くと、正気度が下がってしまうのだとか。
 厄介そうだけど、実際は格下殺しに特化した魔物で、自分よりも強い相手には殆ど何も出来ない。戦闘職かつレベル25以上なら、奴の精神攻撃は効かないみたいだよ。


 ──ちなみに、これら六種類の魔物の見た目を凶悪にして、身体を十倍以上大きくしたのが、各種エンペラーホースの見た目だった。
 食糧の供給が、物凄く大変そう……。粘り強く戦っていれば、帝国軍は従魔の餌不足で、敗走するんじゃないかな?

 折角だから、王国軍の魔物使いの部隊も、見てみたい。
 私がそう思っていると、帝国軍の陣地から、土属性のエンペラーホースが出てきた。ロバみたいなやつね。

 その背中の上には、馬獣人なのか馬面なのか分からない、屈強な肉体を持つ男性が乗っている。
 彼は黒を基調にした詰襟の軍服を着ていて、左胸に大量の勲章を付けているよ。

「聞けぇいッ!! 某は、ダークガルド帝国所属、南部方面軍総司令官──何もかもが馬並みの男ッ!! ロバート=スレイプニル辺境伯であるッ!!」

 ざわざわと、王国軍の陣地に動揺が走った。
 『本当に馬面だ!!』『あれが人間の顔か!?』と、驚く声があちこちから聞こえてくる。……失礼だから、やめようね。
 私が内心で、王国兵たちを窘めていると、スレイプニル辺境伯は拡声器みたいなマジックアイテムを使って、更に言葉を続けた。

「ツヴァイス殿!! 馬並みの某は、紳士協定を結びたいと願っているがッ、貴公の返答や如何に!?」

 そう問い掛けられて、王国軍の陣地からは、ツヴァイス殿下が出てきたよ。
 彼はバリィさんの結界に乗って、スレイプニル辺境伯と目線を同じ高さに合わせる。こっちも、拡声器みたいなマジックアイテムを持っているから、割とメジャーな代物っぽい。

「紳士協定は、願ってもないことです。民間人の命と財産には、決して手を出さないと、建国の聖女に誓いましょう」

「ヒヒンッ!! 馬並みに話が分かる御仁だ!! 馬耳東風にならず、安心したぞ!! こちらも同様のことを愛馬に誓おう!!」

「それでは、明日の日の出と共に開戦、ということで、如何ですか?」

「構わんッ!! 馬並みに受けて立つ!! ヒヒーーーンッ!!」

 スレイプニル辺境伯は上機嫌に嘶いて、エンペラーホースと共に自陣へ戻った。
 なんというか、馬並みにキャラが濃い人だね……。
 まぁ、紳士協定を結んでくれたから、悪い人ではないと思う。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした

鈴木竜一
ファンタジー
 健康マニアのサラリーマン宮原優志は行きつけの健康ランドにあるサウナで汗を流している最中、勇者召喚の儀に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまう。飛ばされた先の世界で勇者になるのかと思いきや、スキルなしの上に最底辺のステータスだったという理由で、優志は自身を召喚したポンコツ女性神官リウィルと共に城を追い出されてしまった。  しかし、実はこっそり持っていた《癒しの極意》というスキルが真の力を発揮する時、世界は大きな変革の炎に包まれる……はず。  魔王? ドラゴン? そんなことよりサウナ入ってフルーツ牛乳飲んで健康になろうぜ! 【「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」1巻発売中です! こちらもよろしく!】  ※作者の他作品ですが、「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」がこのたび書籍化いたします。発売は3月下旬予定。そちらもよろしくお願いします。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...