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五章 スレイプニル戦役

143話 再挑戦

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 ──スラ丸二号の冒険を覗き見すると、あの子は聖女の墓標の第一階層で、盛大に暴れていた。
 そこは、壁、床、天井が、腐肉で形成されている洞窟型のダンジョンであり、凶悪なゾンビの群れが、あちこちに屯しているんだ。

 ゾンビたちは聖水を浴びると、悍ましい悲鳴を上げながら藻掻き苦しみ、ドロドロに溶けていく。
 私の小さな手のひら一杯分の聖水で、普通のゾンビなら倒し切れるみたい。

 スラ丸は習得した必殺技、聖水スプリンクラーの使用感を確かめてから、満足して第二階層へと向かう。
 第四階層までの道程は憶えているらしく、その歩みには一切の淀みがない。
 あっという間に到着した第二階層には、ゾンビリーダーというゾンビたちの統率個体が存在しているよ。

 ゾンビリーダーはスラ丸を敵として認識出来るだけの、厄介な知性を持っており、周囲のゾンビたちに『あいつを襲え!』と命令出来るんだ。
 それが原因で、スラ丸は以前、この階層で死に掛けたことがある。

「あのときは無様に、逃げ回ることしか出来なかったけど……スラ丸っ、雪辱を果たしてね!」

 私の呼び掛けに応じて、スラ丸はぷるんと身体を縦に揺らした。そして、コロコロと転がり、慎重に前進していく。
 身体が三メートルの状態になっているスラ丸は、ここに現れるゾンビたちよりも大きい。そのため、ゾンビの攻撃はスラ丸の核に届かない。

 これなら楽勝だと高を括っていると、私の隣にいるローズが、服の裾を引っ張ってきた。

「妾も、スラ丸の冒険を見てみたいのじゃが、視界を共有させてくれんかの?」

「いいけど、あんまり気持ちの良い光景じゃないよ? ゾンビばっかりだし」

「うむ、別に構わんよ。客がこない間は、どうにも暇なのじゃ」

 ローズに強請られた私は、【感覚共有】を使って、彼女ともスラ丸の視界を共有する。丁度このタイミングで、スラ丸がゾンビリーダーと遭遇した。
 普通のゾンビとは違って、黒い靄を纏っているから、簡単に見分けが付くんだ。

 ゾンビリーダーは言葉にならない濁声を上げて、周囲のゾンビたちを扇動し、スラ丸に殺到させる。
 スラ丸は逃げることなく、全身から聖水をじわりと滲ませ、勢いよく転がって突撃したよ。

 ゾンビたちは呆気なく轢き殺されて、リーダーも同様の末路を辿る。
 一度倒しても、骸骨の魔物になって復活するはずなんだけど、聖水で倒した場合はその限りじゃないみたい。腐肉と一緒に、骨まで溶けているからね。

「お、おふぅ……。スラ丸って、あんなに強かったのじゃな……。妾、ただの弱っちい便利屋だとばっかり……」

「ここまでの戦い振りを見せてくれるなんて、私もびっくりだよ」

 ローズは若干、頬を引き攣らせている。それから、小声でぼそっと、『もうちっと丁寧に扱うかの……』って呟いたよ。
 掃除、洗濯、荷物持ちと、スラ丸は雑用のプロフェッショナルだからね。ついつい雑に扱ってしまう気持ちは、よく分かる。私も気を付けよう。

「──あっ、メダルだ」

 スラ丸がゾンビたちを轢き殺しまくっていると、ゾンビリーダーの魔物メダルがドロップしたよ。
 聖女の墓標で手に入れた魔物メダルは、これで三種類目。ゾンビ、ゾンビリーダー、シスターゴースト。
 裏ボスに挑むつもりはないけど、聖水を無限に使えるおかげで、コンプリート出来そう。

 スラ丸は第二階層で無双した後、そのまま第三階層へと突入した。
 この階層に出現するのは、修道女の幽霊みたいな──というか、そのまんまの見た目をしている魔物、シスターゴースト。
 スラ丸にとっては、今も昔も大した脅威じゃないよ。

 シスターゴーストは魔物の核である魔石まで、スキルか種族特性で霊体化しているから、物理攻撃が一切通用しない。
 けど、スラ丸のスキル【浄化】は、効果抜群なんだ。
 聖水を使った場合でも、簡単に消滅させられるから、余裕綽々だね。
 ちなみに、シスターゴーストからスラ丸に対する有効打は、一つも存在しない。

「ふぅむ……。この階層は見応えがないのじゃ。スラ丸よ、次の階層へ進んでたも!」

「第四階層は、気を引き締めないとね……。無理そうなら、すぐに呼び戻すから」

 私はスキル【従魔召喚】を使うために必要な、魔法陣を描くための硝子のペンを握り締めた。
 家の裏庭に設置してある魔法陣を使って、スラ丸は勝手に帰還出来るんだけど……もしかしたら、無理をして撤退の判断を誤るかもしれない。
 初回の探索くらいは、私が強制的に呼び戻せるようにしておく。

 いよいよ、スラ丸は第四階層へと突入──の前に、道中で倒したシスターゴーストが、見慣れない代物を落とした。
 襤褸のマントなんだけど、見るからに透けている。灰色で半透明だよ。
 スラ丸二号から一号へ、【収納】経由で私の手元に送って貰う。

「むむっ、それはお宝かの?」

「多分だけど、レアドロップだね。ちょっと調べてみる」

 質感や質量が皆無という、摩訶不思議なマント。
 これをステホで撮影してみると、マジックアイテムであることが判明した。

 『彷徨う亡者の外套』──装備した者の身体が霊体化して、任意の物体を透過出来るようになる。
 物理攻撃を無効化するってことだから、物凄く強力な装備だけど、かなり大きなデメリットも存在していた。
 なんと、シスターゴーストと同様の弱点が、備わってしまうらしい。

 【浄化】とか聖水で、瞬殺されちゃうってことだね。
 魔法攻撃にも滅法弱いはずだから、使い所が難しいよ。
 これらの情報をローズに伝えると、彼女は難しい顔をしながら首を捻る。

「それを売り物にするのは、ちと怖いのじゃ……。悪人の手に渡ってしまえば、かなり厄介な代物であろう?」

「あー、確かに……。泥棒とか、やりたい放題だから……」

 弱点の追加が怖いので、ルークスたちにプレゼントするのも躊躇われる。
 売り物に出来ない、プレゼントにも出来ない、私も使い道が思い付かない。
 でも、捨てるのは勿体ないよね。いつか、役に立つ日がくるかもしれないし、スラ丸の中に仕舞っておこう。

 こうして、レアドロップを獲得したスラ丸は、いよいよ第四階層へと突入した。
 この階層に出現する魔物は、体長五メートルの肥え太ったゾンビ司教、アグリービショップだよ。
 スラ丸よりも間違いなく格上で、前回は手も足も出なかった。

 ここまでブイブイ言わせていたスラ丸も、流石に怯えているのか、プルプルと身体を震わせている。……いや、これは武者震いかも。
 そんなスラ丸が、腐肉の通路を進んでいると、再戦の舞台が見えてきた。

 そこは、人骨と腐肉で造られた、醜悪かつ冒涜的な神殿。
 その中心には、一匹のアグリービショップが鎮座している。
 奴のお腹はパンパンに膨らんでいて、その表面には苦悶に満ちた人間の顔が、幾つも浮かんでいるよ。
 まるで、お腹がはち切れる寸前まで、人間の頭部を丸呑みにしたかのようだ。

「な、なんと悍ましい魔物じゃ……!! それに、この存在感……ッ、スラ丸は勝てるのかの!?」

「分かんないけど、私は私に出来ることをするよ……!!」

 慄いているローズをしり目に、私は聖なる杯を手に取って、スラ丸が使った分の聖水を補充していく。
 一号の【収納】に注げば、それを二号が使えるんだ。これで、弾切れの心配はない。

 私とローズが見守る中、スラ丸は全身から聖水を滲ませた状態で、邪悪な神殿の中に突撃した。
 侵入者に気が付いたアグリービショップは、耳を塞ぎたくなる最低な吐瀉音と共に、沢山の雑魚ゾンビを口から吐き出し始める。

 スラ丸は転がった勢いのまま跳躍して、回転運動を利用しながら聖水を撒き散らした。
 雑魚ゾンビの群れは瞬く間に溶けて、聖水の飛沫はアグリービショップの身体も徐々に溶かしていく。

 よしっ、これなら勝てる!! と思ったけど、アグリービショップは周囲の腐肉を吸収して、自分の身体を再生させたよ。

「小癪なッ!! 彼奴めっ、厄介なスキルを持っておるのじゃ!!」

「召喚と再生。それから、もう一つあるんだよね……」

 ローズと私が手に汗を握っている最中、アグリービショップは指先をスラ丸に向けて、そこから闇を凝縮したようなビームを放った。
 これにどんな効果があるのか、厳密には分かっていない。でも、スラ丸を狙うってことは、なんらかの悪影響があるんだ。

 スラ丸が聖水を噴射して、闇のビームを相殺してくれたから、私はホッと胸を撫で下ろす。
 ちなみに、闇のビームがゾンビに当たると、その個体が強化されるんだけど、強化ゾンビも聖水で瞬殺だったよ。

 こうなると、持久戦になるのかな……。恐らく、それならスラ丸の勝ちだ。
 敵は魔力というリソースに頼っているはずだけど、スラ丸は無尽蔵の聖水を武器にしているからね。


 ──しばらくして、ローズが呆れながら口を開く。

「あの太っちょゾンビ、一体どれだけのゾンビを吐き出せば、気が済むのじゃ……?」

「うーん……。もう千匹近く、吐き出している気がするけど……」

 あれは、お腹の中にゾンビを蓄えている訳じゃなくて、ただの召喚魔法を使っているだけだろうね。気持ち悪いスキル演出が、とっても癪に障るよ。

 山場らしい山場がない消耗戦は、それから十分以上も続いて──遂に、アグリービショップがスキルを使えなくなった。
 スラ丸は強者の風格を醸し出しながら、悠然とアグリービショップに近付いて、至近距離から聖水をぶっ掛ける。

「いよぅし!! でかしたのじゃ!! スラ丸っ、其方の雄姿は末代まで、妾が語り継いでやるからの!!」

「スラ丸、今のは減点だよ。最後まで油断せず、距離を取って削り切らないと」

 ローズは大興奮でスラ丸を褒め称えているけど、私は冷静に最後の行動を咎めた。
 見栄も驕りも必要ないから、安全かつ確実に勝利を掴み取って貰いたい。私との約束だよ。
 
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