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五章 スレイプニル戦役

141話 みんなの修行

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 ──新スキルの確認が終わったタイミングで、ルークスたちがフィオナちゃんを迎えに来た。
 冒険者生活を満喫しているルークスは、『今日も楽しい一日が始まるんだ!』と言わんばかりに、ウキウキしながら挨拶してくる。

「アーシャ、フィオナ、おはよう!」

 彼は柔らかい金髪と、澄んだ碧色の瞳を持つ少年で、黎明の牙のリーダーだよ。
 柔和な顔付きに似合わず、選んだ職業は暗殺者という物騒なもの。

「おはよう、ルークス。今日も元気だね」

 私は軽く挨拶を返して、ルークスの後ろにいる三人の様子も確かめた。
 トール、シュヴァインくん、ニュート。いつものメンバーが揃っている。
 寒い冬なのに、誰一人として弱っていない。子供は風の子なんだ。

「アーシャ、今日の午前中は修行だぜ。テメェもたまには付き合えや」

 トールが少し乱暴な口調で、私にそんな要求をしてきた。
 彼はくすんだ銀髪と、猛々しい鳶色の瞳を持つ少年で、野性的な俺様系男子だよ。戦闘狂の気質があって、選んだ職業はそれに相応しい戦士だ。

「たまにって、いつも壁師匠を出してあげているでしょ?」

「テメェも参加しろってことだ。いざというときのために、少しでも何かを磨いとけ。逃げ足でもなンでもいいからよォ」

 トールの言い分には一理ある。でも、逃げ足ならスキル【騎乗】があるから、別に困っていない。
 ティラの背中に乗って逃げれば、追い付ける人、あるいは魔物なんて、早々いないよ。

「うーん……。あっ、私はともかく、スラ丸二号を修行させたいから、参加しようかな」

 スラ丸二号には、是非とも習得して貰いたい技術がある。
 そんな訳で、私はみんなと一緒に、冒険者ギルドへ向かうことにした。あそこの地下には、広々とした練習場があるんだ。


 ──道中、ニュートが私の隣に並んで、珍しく不安げな様子を見せながら、一つ質問してくる。

「アーシャ、最近はスイミィと会っているか……?」

 彼はアイスブルーの髪と、怜悧な灰色の瞳を持つ少年で、元お貴族様だよ。
 今では廃嫡されて、私たちと同じ一介の庶民として生きている。
 選んだ職業は、氷の魔法使い。剣士としての才能もあるから、行く行くは転職する予定で、最終目標は上級職の魔剣士なんだ。

「スイミィ様なら、昨日会ったばっかりだよ。何か、気になることでもあるの?」

「ああ、その……元気にしているかと、少し気になってな……」

 少し、と言う割には、なんだか焦燥感に駆られている。そんな雰囲気が、ひしひしと伝わってくるよ。
 ちなみに、ニュートは元々、サウスモニカ侯爵家の嫡男だった。つまり、スイミィ様のお兄ちゃんだね。

「とっても元気だったけど、聞きたいことって、本当にそれだけ?」

「…………風の便りで、リヒト王子が侯爵家に滞在していると聞いた」

「そうだね、滞在中だよ。もしかして、お知り合い?」

「昔、社交界で一度だけ、会ったことがある……」

 ニュートはそう言って、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 この表情から察するに、リヒト王子のことを快く思っていないのかも。

「リヒト王子がいることで、何か心配事でもあるの? スイミィ様は王子のこと、親しげに『リッくん』って呼んでいたけど……」

「なんだとッ!? そ、それで!? スイミィは無事なのか!? 処刑されたりしていないだろうなッ!?」

「あ、ああー……。うん、大丈夫。というか、王子のその口癖、直ったから安心していいよ」

 ニュートはリヒト王子の、『処刑!!』という口癖を知っているらしい。
 その脅し文句を振り回す王族なんて、どう考えても危険人物だし、スイミィ様のことが心配になるのも当然だね。

「そ、そうか……。俄かには信じ難いが、あの口癖は直ったのか……。いやしかしっ、まだ安心は出来ない!! あの馬鹿王子には、女性の臀部を触るという、とんでもない悪癖まであったはず……!! スイミィが、奴の魔の手に……!?」

「それも直ったから、大丈夫だよ」

 リヒト王子がメイドさんのお尻を触ると、数多くのメイドさんたちが、満更でもない様子でキャーキャー燥いでいた。
 だから、それが女性を喜ばせる行為だと、彼は勘違いしていたんだ。

 ……まぁ、喜ぶ人も確かに存在するけどね。
 お尻を触られて、誰も彼もが喜ぶなんて、当然ながらあり得ない。その辺りをきちんと教えてあげたので、今のリヒト王子は無害だと思う。
 彼ね、性根が腐っている訳じゃないの。ただ、アホなだけなの。

「そ、そうか……。俄かには信じ難いが、あの馬鹿は真人間になったのか……」

 ニュートは私の話を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
 そんなやり取りをしている間に、私たちは練習場へと到着したよ。最近のみんなは、態と乱雑に配置した壁師匠の上で、激しい模擬戦を行っている。

 これは、足場が悪い場所での戦闘訓練だね。私が師匠面をしながら、考案した修行なんだ。
 戦いの形式も一対一だけじゃなくて、二対二とか、一対三とか、バトルロワイアルとか、色々と取り入れてある。

「ぼ、ボクが相手だ……!! みんなっ、掛かってこい……!!」

 なんと、全ての形式において、最も勝率が高いのは、防御特化のシュヴァインくんだった。
 彼は緑色の髪と、山吹色の瞳を持つ少年で、低身長かつ丸っこい体型の太っちょ男子だよ。
 普段は気弱で優柔不断だけど、ここぞというときに頼りになる。特に、戦闘中の彼の背中は、とっても大きく見えるんだ。
 選んだ職業は、みんなを守れる騎士。大きな盾一枚で、とにかく防御面を鍛え続けている。

「ウオオオオオオオオオォォォォォッ!! ブタ野郎ッ!! 今日こそブッ潰してやるぜェ!!」

 トールが雄叫びを上げながら、鈍器を使って殴り掛かった。
 シュヴァインくんは盾を使った押し引きで、その攻撃を見事に往なす。
 そんな攻防の最中、シュヴァインくんの背後から、短い木刀を持ったルークスが迫る。彼には暗殺者としての実力を高めて貰うために、一度でも防御されたら負けという扱いにしているよ。

 ちなみに、スキルは使わせていない。ルークスのスキルはどれも強力なので、使うと練習にならないんだ。
 スキルに頼らず、気配を消して暗殺する練習。これによって地力を高めたら、スキルを使ったときの暗殺だって上手くなる。
 とは言え、短剣を使った真っ向勝負の練習も、きちんとさせているけどね。

「──ッ!? ああっ、悔しい! またオレの負けかー!!」

 ルークスの奇襲は、シュヴァインくんの盾が勝手に防いでいた。
 その盾は、私の従魔であるテツ丸だから、シュヴァインくんの死角を能動的に守ってくれる。
 音、振動、魔力を感知して、テツ丸は周囲の様子を窺っているので、ルークスが気配を消しても、ある程度まで近付くとバレるんだよね。

「ルークス、まだまだ音を消し切れていないな。人間のワタシには聞こえないが、テツ丸に聞こえているのなら落第点だ」

「そうだね。やっぱり、この足場で音を消すのは難しいよ。小石も撒いてあるし……」

「敵はお前の言い訳に、耳を傾けたりしない。なんとか出来るようになれ」

 ニュートはルークスに厳しい言葉を掛けると、今度は自分がシュヴァインくんに攻め掛かった。左手に持った短杖から【氷塊弾】を撃って、右手に持った細剣で刺突を繰り出す。
 テツ丸は魔法攻撃に弱いけど、これは模擬戦なので、牽制程度の威力に抑えられているよ。

 ニュートの細剣捌きは、恵まれた才能と惜しみない努力、それから人型壁師匠によって、ベテラン冒険者を唸らせるものに昇華した。
 しかし、魔法使いはレベルが上がっても、身体能力は全く伸びない。
 そのため、魔法を制限した状態のニュートが、シュヴァインくんを攻め切ることは、不可能に近いかな。
 魔剣士になってからが、彼の本領発揮だと思う。

「いよしっ、あたしも参戦するわよ!!」

 フィオナちゃんが模擬戦中の男子たちに、威力控え目の【火炎弾】を撃ち始めた。
 彼女の魔法の命中精度を上げる練習と、男子たちが遠距離攻撃に対処する練習、その二つを同時に熟すことが出来る。これも、私が考案した修行なんだ。

「馬鹿フィオナっ、テメェ……ッ!! どう考えてもよォ……ッ、俺様にだけ飛ばす数がッ、多いンじゃねェのかァア゛!?」

「修行が激しくなって嬉しいでしょ!? ほらっ、咽び泣いて感謝しなさいよ馬鹿トールっ!! 火炎弾!! 火炎弾!! 火炎弾!! 爆炎球!!」

 フィオナちゃんは嬉々として、トールにだけ五割増しくらいで、魔法を飛ばしている。……まぁ、この辺はご愛嬌ということで。

「いいなぁ、トール……。オレにも遠慮なく、バンバン撃って欲しいんだけど」

 ルークスは激しい修行の方が好きだから、トールの状況を羨ましがっている。
 仕方ない……。ここは私が、一肌脱いであげよう。

「ユラちゃんも男子たちに、魔法を撃ってあげて」

 私に纏わり付いているユラちゃんが、【冷水弾】を使って男子たちを攻撃し始めた。魔法が飛び交うバトルロワイアルは、一気に白熱して見応えが増す。
 みんな、面白いようにメキメキと成長していくから、師匠面であれこれ提案するのが楽しいよ。


 ──さて、そろそろスラ丸二号にも、修行をさせよう。
 スラ丸たちの【収納】には、大量の聖水が蓄えられている。これを水鉄砲みたいに、遠くまで飛ばせるようになって貰いたい。

 二段階も進化しているスラ丸の身体は、三メートルという大きさに達している。
 普段は邪魔だから縮んで貰っているけど、本来の大きさになると、相応の筋力を発揮するよ。身体の内側にギュッと力を込めたら、中に入っているものを圧し潰せるんだ。

 この圧力を利用すれば、聖水を噴射することも難しくないはず……。
 攻撃魔法みたいな威力じゃなくてもいい。とにかく、聖水を遠くまで飛ばせることが重要なの。

「ねぇ、スラ丸二号……。これが出来るようになったら、また聖女の墓標へ行って貰いたいんだけど、いいかな?」

「!!」

 二号は大きく縦に伸縮して、了承の意を示してくれた。

 私はスキル【水の炉心】によって、水属性の魔力を無尽蔵に生成出来る。
 その魔力をマジックアイテムの聖なる杯に注ぐと、聖水が無限に手に入るんだ。
 この仕組みが出来上がっているのに、あのダンジョンを狩場にしない手はないよね。

 聖女の墓標に生息している魔物は、ゾンビやゴーストなどの不浄な存在だけ。
 奴らにとって、聖水は強酸みたいなものだから、私は途轍もないアドバンテージを握っていることになる。
 更に言えば、今の私にはスキル【従魔召喚】があるので、スラ丸が危険に陥ったとしても、簡単に助けられるよ。

「フフ、フフフ……。これで私は、のんびりしながらレベル上げ……。お宝もザックザク……。魔物使いは、やっぱりこうじゃないと……!!」

 私は一人でほくそ笑みながら、今後の展望に思いを馳せた。不労所得、万歳!
 
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