138 / 239
五章 スレイプニル戦役
136話 発病
しおりを挟むアクアヘイム王国の軍勢が、ダークガルド帝国に侵攻する。
そのことが決定したところで、私は王城の覗き見をやめた。
今更だけど、国家の一番重要な話し合いを盗み聞きしちゃったよ。
「バレなければ、大丈夫だよね……?」
一応、スラ丸四号に何かあったときのために、あっちで分裂させて五号を生み出そう。
スラ丸一号の【収納】を経由して、水の魔石を送っておく。
……あっ、そういえば、【感覚共有】を使ったときに、鬱陶しいノイズが走ったよね。
あれって、防諜のためのスキルか、マジックアイテムの影響かもしれない。
逆探知みたいなことが出来たら、どうしよう……。
嫌な想像をして、私の額から冷や汗が流れる。
「わ、私は未来の王様のお友達だから、きっと大丈夫……!!」
そんな希望的観測に縋りながら、私は図書館へと向かうことにした。火属性の魔物のこと、調べないとね。
お供として連れて行くのは、スラ丸、ティラ、ブロ丸、ユラちゃん。
スラ丸はペンギンを模した形のリュックに入れて、ティラは私の影の中に潜んでいる。だから、表に出ているのは、ブロ丸とユラちゃんだけ。
それでも、街中での悪党に対する抑止力としては、十分だと思う。
「雑貨屋の店主ちゃん、魚の串焼きはどうだい? 美味しく焼けているよ!」
「それじゃあ、五本ください!」
「お嬢ちゃん、うちの串焼きも買っておくれ! セイウチのお肉だよ!」
「はーい! そっちも五本ください!」
雪が少しだけ積もっている表通り。そこを歩いていると、出店を営んでいる人たちに、次々と声を掛けられた。
この寒空の下でも、みんな一生懸命働いているんだ。
彼らはご近所さんなので、お勧めされた商品はどんどん買うよ。
私の雑貨屋は商売繁盛しているから、ケチだと思われると関係が悪くなってしまう。
それに、出店の食べ物は安いし、スラ丸の【収納】があれば腐らないし、私が嫌いなものはスラ丸に食べさせればいいし、断る理由がない。
そうこうして、私は道草を食ってから、図書館に到着した。
「──本を読みに来ました。従魔たちを預かってください」
「畏まりました。ごゆっくりどうぞ」
図書館では従魔の持ち込みが禁止されているので、受付のお姉さんにスラ丸たちを預けておく。とは言っても、ティラだけは影の中に潜ませたまま、連れて行くんだけどね。
世の中、どこで何が起こるか分からないから、ルールよりも身の安全が大事なんだ。
「さて、王都のダンジョンに関する本は、どこかな……っと、あった」
ここの本棚は整理整頓されているから、目的の本を探しやすくて助かるよ。
著者不明の本のページを捲ると、熱砂の大地のことが書いてあった。
『熱砂の大地』──アクアヘイム王国の最難関ダンジョンで、第一階層に生息している魔物は二種類。
『ベビーサラマンダー』──火を吐く蜥蜴の魔物で、名前にベビーなんて付いているのに、体長が五メートルもあるらしい。
しかも、この魔物はスキル【爆炎球】を使ってくる。
フィオナちゃんの必殺技と同じやつだね……。それを敵が使ってくるなんて、この時点で私の心は折れた。
『ヒクイドリ』──飛べない鳥の魔物で、体長はニメートル程度。真っ赤なダチョウみたいな姿をしているらしい。
脚に炎を纏わせながら爆速で走り、強烈な蹴りを繰り出すという、近接攻撃が得意なタイプだよ。
ティラとの一対一であれば、こっちは楽勝だと思う。でも、常に二十匹を超える群れで、行動しているのだとか……。
「ローズには申し訳ないけど、これはちょっと……」
無理だね。熱砂の大地で私が魔物をテイムするのは、絶対に無理。こんなの死んじゃうよ。
一応、第二階層に生息している魔物も、興味本位で調べてみることにした。
『ボルケーノキャメル』──体長が三十メートルもあるラクダの魔物。
背中のコブが火山みたいになっており、そこから大量の溶岩を噴射するらしい。
『レーザースコーピオン』──体長が二メートル程度の蠍の魔物。
物凄い貫通力かつ、超高速の熱線を撃ってくる。しかも、百匹近くの群れで。
うん、よく分かった。これは、絶対の絶対に、行ったら駄目なやつだ。
ダンジョンは厄介なところで、落とし穴とか転移の罠によって、下層にご招待されることがあるんだよ。自分の身に、そんなことが起こるかも……って想像したら、もう足が震えてきた。
「うーん……。困ったなぁ……」
無属性の魔物に、火の魔石を沢山食べさせたら、火属性の魔物に進化するかもしれない。そう考えて、魔物の進化先に関する本を読んでみた。
しかし、大分ガッカリする内容が書いてある。
アクアヘイム王国に生息している魔物は、水との親和性が高くて、火属性の魔物に進化させることは難しいみたい。
著者不明の本曰く、不可能ではない。ただし、歪な進化を遂げる可能性が高いとか……。
困った。本当に困った。これはどうしたものかと、私が頭を悩ませていると──
「……困った? 姉さま、困ってる?」
突然、真横から誰かに声を掛けられた。
ビクッとして顔を向けると、超至近距離にスイミィ様の顔があったよ。
彼女はライトン侯爵の娘で、歴とした侯爵令嬢だ。
髪は青色で、立っている状態でも毛先が床に届きそうなほど長い。少しだけクルクルしている癖っ毛で、見るからに手入れが大変そうだけど、相も変わらず隅々まで艶々だね。
瞳の色は右が灰色、左が金色のオッドアイ──なんだけど、今日は左目に眼帯を付けているから、金色の瞳が隠れている。
「スイミィ様、おはようございます。その目、どうしたんですか?」
「……ん、おはよ。……スイの左目、封印した」
「ふ、封印……? えっと、怪我をしたとか、そういうことではなく?」
「……怪我ちがう。スイの左目、悪魔が宿ってる。……だから、封印」
スイミィ様の表情は虚無そのもので、目付きがジトっとしているから、その心情を推し量ることは難しい。
でも、きっと悲しんでいると思う。だって、オッドアイを馬鹿にされたというか、怖がられたんだよね?
左右非対称の瞳は珍しいけど、こんなのただの個性なんだから、忌み嫌われるようなものじゃない。それなのに、悪魔だなんて酷すぎるよ。
私はスイミィ様をギュッと抱き締めて、よしよしと頭を撫でてあげた。
「悪魔が宿っているなんて、そんな酷いこと、誰に言われたんですか?」
「……姉さま、酷いちがう。……悪魔、かっこいい」
「…………う、うん?」
スイミィ様の口から、予想していなかった言葉が出てきて、私は首を傾げてしまう。格好いいって、どういうこと?
抱き締めていたスイミィ様の身体を放して、目と目を合わせた。それから、私は徐に、彼女の眼帯を外してみる。
──その左目に、異常は見当たらない。いつも通りの、綺麗な金色の瞳だよ。
これは、心配して損をしたってやつかな。
「……姉さま、大変。……悪魔、出てくる」
「悪魔が出ると、どうなるんですか?」
「…………悪魔が出ると、かっこいい」
スイミィ様の言葉を聞いて、私は思わず頭を抱えてしまった。
「あの、まさかとは思うんですけど、中二病が発症しましたか……?」
「……ちゅーにびょう? スイ、分からない。……でも、悪魔は、かっこいい」
「そ、そうですか……」
分からないって、それは私の台詞だよ。
悪魔のどこが、スイミィ様の感性に突き刺さったのか、サッパリ分からない。
そもそも、侯爵令嬢として、中二病特有の黒歴史を生み出してしまう言動は、許されるのだろうか?
……まぁ、私がとやかく言うことじゃないかな。
とりあえず、お付きの人にスイミィ様を預けよう。そう思って辺りを見回したけど、誰の姿も見当たらない。
どうやら、スイミィ様はまた迷子になっているらしい。
「……スイ、迷子ちがう。……それより、姉さま。困ってる?」
「え、ええ、まぁ、少しだけ……」
「……悪魔が、解決する。……姉さまなら、対価いらない。とくべつ」
「優しい悪魔なんですね……。えっと、実は──」
私はスイミィ様に、火属性の魔物をテイムしたいという事情を伝えた。
すると、彼女は無表情のままコクコクと頷いて、一つ提案してくれる。
「……ヒクイドリの卵、孵化させる。……それで、まるっと解決」
「なるほど、魔物の卵……。うん、名案かも」
ヒクイドリの進化前の魔物なら、多分だけど簡単にテイム出来る。
スイミィ様曰く、ヒクイドリの卵は商業ギルドで、取り寄せて貰えるらしい。
侯爵家では食用として、定期的に購入しているのだとか。
「──お嬢様っ!! ようやく見つけました!! また迷子になられて……!!」
ここでようやく、スイミィ様のお付きの人たちが迎えに来た。
護衛の騎士とメイドさんが、合計で五人。こんなにいて、大切なご令嬢を見失わないで貰いたい。
「……スイ、迷子ちがう。……モーブが、迷子」
「そんな訳ないでしょう!? ほらっ、もう帰りますよ!!」
スイミィ様の護衛の一人は、モーブさんだった。特徴がないのが特徴という、ごく平凡な容姿の男性騎士だ。
そんなに親しい訳じゃないけど、私とも顔見知りだよ。
私は手を振ってお見送り──と思ったら、スイミィ様に服の裾を摘ままれた。
「……姉さま、一緒に行く」
「う、うん? 一緒にって、侯爵家のお屋敷に、ですか?」
「……そう。スイの卵、あげる」
スイミィ様が食べる予定だったヒクイドリの卵。それを私に譲ってくれるらしい。
お金はあるから、商業ギルドで買ってもいいんだけど……折角だし、ご厚意に甘えよう。
70
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
捨てられ従魔とゆる暮らし
KUZUME
ファンタジー
旧題:捨てられ従魔の保護施設!
冒険者として、運送業者として、日々の生活に職業として溶け込む従魔術師。
けれど、世間では様々な理由で飼育しきれなくなった従魔を身勝手に放置していく問題に悩まされていた。
そんな時、従魔術師達の間である噂が流れる。
クリノリン王国、南の田舎地方──の、ルルビ村の東の外れ。
一風変わった造りの家には、とある変わった従魔術師が酔狂にも捨てられた従魔を引き取って暮らしているという。
─魔物を飼うなら最後まで責任持て!
─正しい知識と計画性!
─うちは、便利屋じゃなぁぁぁい!
今日もルルビ村の東の外れの家では、とある従魔術師の叫びと多種多様な魔物達の鳴き声がぎゃあぎゃあと元気良く響き渡る。
転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!
饕餮
ファンタジー
書籍化決定!
2024/08/中旬ごろの出荷となります!
Web版と書籍版では一部の設定を追加しました!
今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。
救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。
一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。
そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。
だが。
「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」
森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。
ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。
★主人公は口が悪いです。
★不定期更新です。
★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?
chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。
特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。
第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる