131 / 239
四章 流水海域攻略編
129話 二度目の転職
しおりを挟む──ルークスたちとのお買い物が終わってから、数日が経過した。
私は魔笛を吹く練習をしながら、のんびりした日々を過ごしているよ。
食事は基本的に、外で買うことが多い。掃除、洗濯はスラ丸のお仕事。店番はローズとミケがやってくれるし、ポーション作りは【土塊兵】を使っている。
そんな訳で、私には暇な時間が多いんだ。素晴らしきかな、スローライフ。
「にゃーん……。ご主人、ピロピロが下手っぴだにゃあ……」
「まだ始めたばっかりなんだから、仕方ないでしょ」
私が裏庭で魔笛をピロピロしていると、隣にやって来たミケに酷評されてしまった。
「息を強く吹きすぎにゃんだよ。もっと静かに、細く細く、少しずつ、吹いてみるのにゃ」
どうやら、ミケは笛吹きに一家言あるみたい。
言われた通りにしてみると、確かに綺麗な音が出るようになった。
「ミケ、どこかで習ったことがあるの?」
「ううん、独学にゃ。ちゃんとした笛は、お高いから吹いたことにゃいけどね。昔はよく、草笛で遊んでたのにゃあ」
ミケは私の質問に答えてから、庭に生えている草を千切り、自分の唇に押し当てた。
そうして、彼が息を吹くと、美しい草笛の音色が響き渡る。
ゆったりした演奏の中に、地平線の彼方まで続く草原の風景と、どこまでも吹き抜けていく自由な風を感じたよ。
金貨五十枚の魔笛を使っている私よりも、ただの草笛を使っているミケの方が、素晴らしい演奏をしている。
一頻りミケの演奏を堪能したところで、私はパチパチと拍手を送った。
「凄いね! ミケに感心させられる日がくるなんて、思ってもみなかったよ!」
「みゃ、みゃーは心の赴くまま、適当に吹いているだけにゃ……!! そんにゃ褒められると、照れちゃうにゃあ……!!」
ミケは赤面しながら、モジモジしている。人に褒められるの、慣れていないんだろうね。
ふと、ここで一つ、私は心配になった。
ミケが心の赴くままに、聴かせてくれた音色。それは、私に自由を感じさせるものだったんだ。これって、彼が自由を求めているから、とか……?
「もしかして、ミケは自由になりたいの?」
「にゃあ……? みゃーはもう、自由にゃんだよ? ご主人のおかげで、とーーーっても! 伸び伸び出来ているのにゃあ!」
草笛の音色から私が感じ取ったものは、ミケが求めているものじゃなくて、今の彼の在り方だったらしい。
不自由を感じさせていたら、申し訳ないから、一安心だよ。
……というか、自分の気持ちを音にして他人に伝えられるって、物凄い才能なのでは?
「ミケにも笛、買ってあげようか? ちゃんとしたやつ」
「にゃにゃっ!? いいのぉ!?」
「うん、いいよ。流石に魔笛じゃないけど……」
「にゃっほーい!! 普通のやつで十分にゃんだよ!!」
ミケは私の提案に、大喜びで跳び付いた。笛の吹き方、私に教えてね。
そういえば、ミケにはお小遣いもあげるべきかな……?
いやでも、この子はスケベだから、お金があったらエッチなお店に通いそうなんだよね。
まだ子供なのに、そんな遊びは覚えて欲しくない。
たまに美味しいものを食べさせたり、笛みたいな娯楽用品を買うくらいで、済ませた方がいいかも……。
とりあえず、これから楽器屋さんへ行こう。
そう決めた私とミケは、手早く外出の準備を整え──
「アーシャよ、待ってたも。笛もよいが、転職やテイムはどうしたのじゃ? 最近、のんびりし過ぎではないかの?」
ローズに引き留められて、至極尤もなご指摘をいただいた。
「ま、まぁ、うん……。ちょっとその、気が緩んで、怠け癖が……」
ここ数日、私は英気を養うという名目で、従魔たちと戯れながら、魔笛をピロピロしているだけだった。
ローズはやれやれと頭を振って、蔦で私のお尻をぺしぺし叩き始める。
「まったく、仕方ないのぅ……!! どれっ、妾がお尻を叩いてやるのじゃ! 今日からキリキリと動くのじゃよ! 転職、レベル上げ、テイム、水の魔法使いを目指す! その予定であろう!?」
「わ、分かった! うんっ、頑張る!」
怠け癖をローズに矯正された私は、スラ丸とティラ、それからミケを引き連れて、街へと繰り出した。
楽器屋さんは後回し。最初の目的地は、教会の大聖堂にする。
獣人が教会関係者に、どういう目で見られるのか分からないので、ミケにはニット帽を被って貰ったよ。
──街中を軽く歩いて、すぐに到着したけど、ここからは問題がある。
私は職業を二つも選べたり、厄ネタっぽい『聖女』と『異世界人』という職業を選べたり、他人には見られたくない秘密が幾つかあるんだ。
普通なら、転職は金貨十枚のお布施をして、教会関係者に監視されながら、大聖堂にある神聖結晶に触らないといけない。
これだと、私の秘密が露見してしまうから、なんとか監視の目を外したいんだけど……以前にも使った方法、通用するかな……?
「教会へようこそ。お嬢様、本日は如何なるご用件でしょうか?」
「お祈りに来ました。通っても構いませんか?」
「ええ、勿論です。主は貴方の来訪を歓迎して下さるでしょう」
大聖堂の門番を務めている聖騎士と、事務的なやり取りを交わしてから、私たちは大聖堂に足を踏み入れた。
相も変わらず、外観も内観も、湯水の如くお金を使っているのが分かる。
神聖っぽい雰囲気は、お金があれば作ることが出来るんだ。
大聖堂の中では、偉そうに説法を垂れ流している神父と、それを拝聴している市民たちが集まっていた。
「嗚呼、迷える子羊たちよ……!! 家族を愛しましょう! 友人を大切にしましょう! 教会にお布施をしましょう! 隣人に優しくしましょう! 日々の食事に感謝をしましょう! 教会にお布施をしましょう! 主はいつでも、正しき信者を見守っておられます!」
丁度、説法が終わったみたい。
私は何食わぬ顔で、最後尾の長椅子に座り、懐から一枚の金貨を取り出した。
この金貨を態と床に落として、チャリーンと音を響かせる。すると、神父が一瞬でこちらを向いたよ。
彼の目には、実に欲深そうな色が見える。……よしっ、合格!
説法を聞き終えた市民たちが、お布施をして帰っていく。
私は最後まで、この場に残ってから、コソコソと神父に話し掛けた。
「神父様……。折り入って、内密にしていただきたいご相談が……」
そう言って、私がスッと一枚の金貨を差し出すと、彼は素早く回収して自分の懐に仕舞う。
「いいでしょう。主に誓って、ご内密にすると、お約束致しましょう」
「ありがとうございます。……実は、私は転職したいと考えておりまして」
私は続けて、懐から十枚の金貨を取り出した。
神父はこれをゆったりと回収して、公用のものと思しき絹の袋に仕舞う。
「お布施は確かに受け取りました。では、神聖結晶にお触りください」
「いえ、ここからが本題です。私の職業の選択肢には、人目に付くと品位が下がるような、口に出すのも憚られる職業が、現れてしまうのです……」
「ほほぉ……。まさか、エッチなやつですかな……?」
「そうです、エッチなやつです」
ブフッ、とミケが私の背後で吹き出した。
言っておくけど、これは真面目なやり取りだからね。笑い事じゃないんだよ。
神父は深々と頷いて、私に同情的な眼差しを向けてくる。
「まだお若いのに、それは大変ですな……」
「はい……。そこで、神父様には私の職業選択の儀式から、目を逸らしていただきたく……」
私が懐から、追加で三枚の金貨を取り出すと、神父は素早く回収して頷いた。
「いいでしょう。主もきっと、エッチな子羊から、目を逸らしてくださいます」
「はい、主と神父様に感謝します」
神父は私と神聖結晶に背を向けて、『娼婦よりもエッチな職業か……?』と疑問を呟く。
金貨四枚を余計に出して、更には乙女の尊厳も傷付いたけど、厄介な監視の目が私から外れた。
ミケには神父を監視して貰って、私はいそいそと神聖結晶に触れる。
それは、縦横が五メートルほどもある板状の結晶だよ。透明だけど、光の当たり方次第で極彩色に見えるんだ。
『聖女』『異世界人』『商人』『庭師』『音楽家』『観測者』
『結界師』『魔法使い』『光の魔法使い』『風の魔法使い』
神聖結晶の中に浮かび上がったのは、十の選択肢。
殆どが以前と同じだけど、一つだけ新しく、音楽家という職業が追加されていた。
竪琴と魔笛を嗜むようになったから、興味はある。でも、魔法使い系より優先する職業ではないかな。
「次に転職するなら、絶対にこれって、決めていたんだよね……」
アーシャ 魔物使い(22) 光の魔法使い(1)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】
【水の炉心】
従魔 スラ丸×4 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸
私が選んだ転職先は、光の魔法使い。
土属性の魔力が一気に身体から抜けて、それと同時に、微かな光属性の魔力が湧いてくる。なんだか、魔力と一緒に肩の力まで抜けたよ。
職業レベルを上げるには、その職業に適した経験を積む必要がある。
それが、魔物との戦闘で活躍するような経験であれば、レベルアップはグッと早くなるんだ。
私の場合、特殊効果が追加されている【光球】があるから、これを他の冒険者たちに活用して貰えば、光の魔法使いのレベルはサクサク上がると思う。
脆い水の杖を買い集めるのは、かなり時間が掛かりそうだから、レベル20、あるいは30を目指せるかもしれない。
ちなみに、私が脆い水の杖を使って、水の魔法使いに転職出来たとしても、レベル1→10まで上げるのは大変だよ。
私は水属性の魔法、持っていないからね。
では、どうやってレベルを上げるのか……。これもまた、脆い水の杖を使う。
どれだけの本数が必要なのか、具体的には分からないけど、とにかく沢山買い集めないといけない。
……十中八九、杖集めは難航する。つい最近まで、多くの冒険者が休業していたから、ダンジョン産のレアドロップは品薄だもの。
しかも、脆い水の杖には需要があるので、購入者の競争相手が多い。
あの杖って、水が不足している他所の国で、高く売れるらしいんだよね。
74
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる