上 下
123 / 239
四章 流水海域攻略編

121話 相棒

しおりを挟む
 
 普通のシャチは群れる生物だけど、五百メートル級のシャチが群れるのは、どう考えても許されないと思う。
 この戦場にいる全員が、自分たちの命は風前の灯火なのだと、心の底から理解してしまった。

 絶体絶命の状況で、これから一体どうするのか、私がみんなの様子を窺っていると、

「殿下っ、申し訳ございません!! 先の弾幕で、ゲートスライムを失いました……っ!! これでは、逃げ道が……」

 魔物使いと思しき兵士の一人が、そんな報告をしてきた。
 ツヴァイス殿下は、ゲートスライムへの進化条件を知っているから、きちんと連れて来ていたみたい。
 でも、死んでしまったとか……。大丈夫、まだ退路は断たれていないよ。
 私はリュックからスラ丸を出して、みんなに見えるように掲げる。

「皆さんっ、逃げましょう!! 私のスラ丸はゲートスライムだからっ、逃げられますよ!!」

 これで、みんなが安堵すると思ったんだけど……なんだか、反応が芳しくない。
 その理由は、すぐに察することが出来た。
 ツヴァイス殿下や兵士たちが、表情を曇らせながら周辺を見渡しているんだ。
 彼らの視線の先には、散り散りになっている人たちが、大勢浮かんでいた。怪我は治っているけど、大半の人は距離が遠すぎる。

「全員を逃がすには、時間が足りませんね……。逃げられる者たちだけで、逃げてください。ワタシはここに残ります」

 ツヴァイス殿下の言葉を聞いて、私たちはギョッとした。
 バリィさんが彼に詰め寄って、今にも掴み掛りそうな気勢で声を荒げる。

「待て待てっ、どうしてそうなるんだ!? 自分の命の重さを忘れちまったのか!?」

「裏ボス攻略が失敗して、この軍団を失うとなると、ワタシに帰る場所はありませんよ。せめて、死地に付き合わせてしまった兵士たちと、最期を共にさせて貰います」

 ツヴァイス殿下は今回の失敗で、王位継承争いに負けてしまう。
 そうなれば、王様になったアインス殿下に、必ず殺されるんだって。

 そんな話を聞かされて、バリィさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
 でも、すぐにフッと力を抜いて、小さく苦笑する。

「まあ、しゃーないな。護衛対象だけを死なせるなんて、結界師の名折れだ。俺も残らせて貰うぞ」

「バリィさん!? 残るって、絶対に死んじゃいますよ!?」

「なぁに、やってみないと分からないさ。嬢ちゃんは逃げてくれ、ここでお別れだ」

 今までずっと『相棒』呼びだったのに、今更『嬢ちゃん』呼びに戻すなんて……そんなの、泣いちゃうから、やめてよ……。

「あはぁん! バリィちゃんが残るんなら、あちきも残らせて貰うわねん! まだまだ、拳を振るい足りなかったところなのよん!!」

 シャチの腹部の上から戻ってきたカマーマさんまで、この場に残ると言い出してしまった。
 ……無理だ。みんな凄い人たちだけど、これは勝てる戦いじゃない。
 どうしよう、どうしようって、私が焦っている間にも、シャチの艦隊はどんどん包囲網を狭めていく。

「ツヴァイス殿下は……その、生き残っている人たちが、全員帰還出来たら、一緒に帰還してくれますか……?」

「え、ええ、勿論そうしますよ。一人で死ぬ意味はないので」

 私が確認を取ると、ツヴァイス殿下は素直に肯定してくれた。

「それなら──」

 一つ、思い付いたことがある。
 成功する確証なんて、どこにもないけど……やらないといけない。
 私はバリィさんの身体によじ登って、彼と目線を合わせた。

「ど、どうした? 嬢ちゃんはさっさと、逃げてくれって」

「嬢ちゃんじゃなくてっ、相棒です!! バリィさんっ、複合技を使いましょう!!」

 私が自分の思い付きの一端を伝えると、バリィさんは訝しげに眉を寄せながら、小さく頭を振る。

「いや、それは練習しているが、全然使えなくてな……? そもそも、俺が持っているスキルのどんな組み合わせでも、この状況を打開するのは厳しいぞ」

「バリィさんが一人で複合技を使うんじゃありません!! 私とバリィさんのスキルを複合させるんですよ!! この窮地を脱するには、それしかありません!!」

 【再生の祈り】+【土壁】で、ドラゴンの攻撃を防げるほどの壁を作ることが出来たんだ。
 それなら、【土壁】のところをバリィさんの【対魔結界】に入れ替えれば、シャチの弾幕から周辺一帯を守れる結界が、作れるかもしれない。
 この試みが成功すれば、後は散り散りになっている兵士たちを回収して、悠々とスラ丸の【転移門】で帰還出来る。

「いやいやいやっ、他人のスキルとの複合技なんて、聞いたことないぞ!? 俺一人でも出来ないのに、そんなこと出来る訳ないだろ!?」

「出来る、出来ないの話はしていません!! やるんですッ!! 今っ、ここでっ、やるんですよッ!!」

「んな滅茶苦茶なッ!?」

 女神アーシャはバリィさんに対して、投げキッスを飛ばしたことがある。
 他の誰にもしたことがないのに、彼にだけ特別な演出を見せてくれたんだ。
 だから、きっと女神アーシャは、バリィさんのことを気に入っているはず……。

 そんな訳で、【再生の祈り】であれば、出来るかもしれない。バリィさんのスキルとの、複合技がね。

「私たちは一心同体っ、それこそ──夫婦のように!!」

「ふ、夫婦ぅ……!? 相棒はまだ子供だし、守備範囲外なんだが……」

「十五年後くらいの私と、家庭を持つことを想像してください!!」

「マジかよ……。まあ、それなら……全然ありだな……」

 合意が得られたところで、私たちはお互いの心音に意識を向け合った。

 ……魔物使いは従魔との間に、目に見えない繋がりを持っている。だから、絆という形のないものを感じ取れるんだ。
 バリィさんは従魔じゃないし、魔物でもないけど、きっと大丈夫……。

 目を瞑り、意識を研ぎ澄ませれば、心と心の間にあるものが、必ず感じ取れる……!!

 そう信じ込んで、探せ、感じろ、繋げ!

「バリィさんっ!! もっと私に心を寄せてください!!」

「そ、そんなこと言われても、どうすればいいんだ……?」

「思い浮かべればいいんですよ! 私たちは一緒に暮らして、一緒に子育てをして、一緒に歳を取って、一緒に孫の顔を見て、一緒に死ぬんです! それならっ、一緒にスキルを使って合わせるくらい、出来て当然ですよね!?」

 バリィさんは困惑しながらも、私の言う通りに想像してくれた。
 その間にも、シャチの艦隊は十二匹が連なって、私たちを囲いながら旋回し始める。
 既に死んだ一匹目のように、不用意に近づいてくる様子はない。
 一切の油断も隙も排して、四方八方からの長射程で、弾幕を浴びせる準備を整えているんだ。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。 レベル、ステータス、その他もろもろ 最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。 彼の役目は異世界の危機を救うこと。 異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。 彼はそんな人生で何よりも 人との別れの連続が辛かった。 だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。 しかし、彼は自分の強さを強すぎる が故に、隠しきることができない。 そしてまた、この異世界でも、 服部隼人の強さが人々にばれていく のだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...