122 / 239
四章 流水海域攻略編
120話 おかわり
しおりを挟む──ハッと目が覚めると、私は現実世界でも、ティラの背中の上に乗っていた。
進化したティラは体長が四メートルくらいになっていて、モフモフで黒い体毛の所々に、濃いめの青い筋が入っているよ。
どんなスキルを取得したのか、とっても気になるけど、ステホで調べている余裕はない。
どうやら、私が意識を失っていたのは、ほんの一瞬の出来事だったみたい。
【再生の祈り】のおかげで、左腕は既に完治している。問題があるとすれば、未だに弾幕に曝されていることだけど、
「ティラっ、やるよ!!」
「ワンっ!!」
氷の舞台の残骸が、無数に宙を舞っている。ティラはそれを足場にしながら移動して、弾幕を器用に避け始めた。
進化したことで身体は大きくなったけど、明らかに敏捷性が増している。
それと、一瞬で風景が切り替わることがあるから、スキル【加速】を取得しているっぽい。
私のスキル【風纏脚】もあるし、足場がなくならない限りは、弾幕を回避し続けることが出来そうだよ。
問題は、足場も弾幕に曝されているから、次々と粉々になっていくことだね。
ティラはまだ、宙を踏みしめて移動するのが得意じゃないので、このままだと不味い。
「スラ丸っ、ペンを出して!!」
私はリュックの中に手を突っ込んで、スラ丸から硝子のペンを受け取った。
これを使って、空中のあちこちに魔法陣を描き殴っていく。これは、ティラを召喚するためのものだ。
速筆+拡大の効果があるから、ティラが弾幕の隙間を見つけて速度を緩めたときに、辛うじて描くことが出来たよ。
──合計で十二の魔法陣を描き終えた頃には、いよいよ足場がなくなっていた。
私は全身の力を抜いて、ティラに身を委ねる。ここから先は、全て任せるしかない。
ティラは弾幕を見切りながら、器用に私の身体を口先で咥えて、ぽーんと投げ飛ばした。生きた心地がしないけど、もうどうにでもなれ。
私の身体が向かう先には魔法陣があって、ティラはそこから召喚されることで先回りする。
そして、見事に私をキャッチしてくれたよ。
私が使うスキル【従魔召喚】には、召喚直後の従魔の能力を短時間だけ上げてくれるという、特殊効果が追加されているんだ。これによって、ティラが更に素早くなった。
自由落下が始まると、ティラは私を別の魔法陣がある場所まで投げ飛ばして、再び召喚されることで先回りし、きちんと私をキャッチする。
この繰り返しによって、私たちは弾幕を避けながら空中に留まるという、曲芸染みた荒業を披露した。
これはティラが凄いだけで、私はされるがままだね。お手玉に使われる玉の気分を味わっているよ。
こんな状況だからこそ、努めて冷静に戦況を観察してみる。
軍団は半壊状態で、生存者は弾幕の範囲外に逃れ、海を泳いでいた。
カマーマさんとツヴァイス殿下も、逃げ延びることが出来たみたい。私もそっち側に逃げたいけど、足場がないから難しい。
バリィさんの姿を探してみると、彼はライトン侯爵と一緒に、弾幕の中で身動きが取れなくなっていた。
七重の【対魔結界】で、なんとか持ち堪えているけど、【移動結界】に切り替える余裕は全くなさそう。
まぁ、ライトン侯爵を助けられたのなら、一先ずはよかった。
「「「…………」」」
みんな、私とティラがやっていることを凝視して、あんぐりと口を開けている。
自分でも信じ難いことをやっている自覚はあるけど、今は驚いている場合じゃないよ。早いところ、現状を打開するための手段を考えて貰いたい。
切実にそう願っていると、シャチが海底から浮上してきた。多分、息継ぎのタイミングだと思う。魔物でも、シャチだから肺呼吸なんだ。
シャチは頭部を三割ほど失っていて、巨大な脳味噌の一部が剥き出しになっている。夥しい量の血を流しているから、死ぬのは時間の問題かもしれない。
「──ハッ!? ライトン侯爵!! もう一発ぶっ放せるか!?」
「ブヒィッ!? ま、魔力に余裕はあるが……っ、再び動きを止めて貰わねば、厳しいと言わざるを得ん……!!」
我に返ったバリィさんの問い掛けに、ライトン侯爵はブルブルと頬の肉を揺らして、大きく頭を振った。
シャチは明らかに、ライトン侯爵を最大の脅威として見定めているから、弾幕が常に彼へと向けられているんだ。
そんな訳で、ツヴァイス殿下の上級魔法で麻痺させるところから、やり直して──と思ったけど、カマーマさんが動き出した。
「隙を見せたわねぇッ!! 満を持してっ、あちきの出番よん!!」
彼女は宙を駆けて、弾幕の範囲外からシャチに肉薄し、ぐちゃぐちゃになっている頭部へと突っ込んだ。
それから、剥き出しの脳味噌に対して、【強打】+【十連打】の複合技を連続で叩き込む。
シャチは超音波みたいな悲鳴を上げながら、背中の砲身を滅茶苦茶に動かした。
これで、狙いが付けられない状態となり、弾幕が薄くなったよ。
バリィさんは透かさず、【移動結界】に切り替えて、私とティラを回収してからツヴァイス殿下と合流する。
「相棒っ、すまん!! 助けが遅れちまった!!」
バリィさんに謝られたけど、こればっかりは仕方ないよ。
助けるべき人の優先順位は、私よりもツヴァイス殿下とライトン侯爵の方が、遥かに上だからね。戦力的にも、立場的にも。
「いえっ、気にしないでください! それよりもっ、シャチの魔法を封じられないんですか!? そんな感じのことが出来る結界っ、ありましたよね!?」
「ああ、【消音結界】か……!! あれは魔力の消耗が激しいから、シャチを閉じ込められるような大きさには出来ないぞ!」
起死回生の一手に、なるかと思ったんだけど……残念。強力な結界だから、相応に消耗するらしい。
ここで一つ、殿下から私に要請があった。
「アーシャさん! 魔力に余裕があれば、【土壁】をお願いします! 海に浮かべて、足場を用意してください!」
「あっ、了解です! 任せてください!」
地面がない場所で【土壁】を出すと、魔力の消耗が激しくなる。
それでも、私は【魔力共有】を使って、店番をしている従魔たちから魔力を貰い、結構な数の【土壁】を浮かべることが出来た。
生き残っている兵士たちが、そこに乗って体勢を立て直していく。
とは言え、大半の兵士が散り散りになって、周辺を漂っているから、立て直せたのは全体の二割程度だよ。
重軽傷者が多くて、死屍累々の惨状が広がっている。今こそ、女神球を使ってあげたいけど……それをすると、シャチまで回復しちゃうよね……。
「カマーマのおっさんが、このまま倒してくれると助かるが……」
「ええ、同意します。しかし、希望的観測に縋るのは愚策でしょう。ライトン侯爵、もう一働きしてください」
バリィさんの期待をツヴァイス殿下が一蹴して、すぐに次の一手を打とうとする。
「ブヒヒッ、今すぐ逃げ出したいところですが、吾輩も腹を括りますぞ……!!」
ライトン侯爵は小鹿みたいに足を震わせながらも、【破壊光線】を撃てる体勢を整えた。
この間にも、カマーマさんが野太い雄叫びを上げながら、シャチの脳味噌を殴りまくっている。
「ゴオオオオオォォォラアアアアアアアアアアァァァァ──ッ!!」
脳味噌に負ったダメージがシャチの正気を失わせて、激しく身体を捩ったり、奇怪な悲鳴を上げたり、滅茶苦茶な方向に弾幕を飛ばしたりと、異常な行動を取らせているよ。
シャチが海の中に潜っても、カマーマさんは必死に食らいついて、脳味噌に拳を叩き込み続けた。
隙を見て、ツヴァイス殿下やライトン侯爵、それに兵士たちも、シャチに対して総攻撃を行い、頭部以外の場所にもダメージを蓄積させていく。
「出し惜しみするなッ!! ここで全てを使い切れッ!!」
ツヴァイス殿下の号令に従って、みんなが全力の攻撃を繰り出し──その甲斐があって、シャチは遂に、生命活動を停止した。
「これがあああああああああッ!! オカマの拳よおおおおおおおおおん!!」
仰向けに引っ繰り返って、海に沈んでいくシャチ。その腹部の上で、カマーマさんが勝利のマッスルポーズを取った。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
生き残っている兵士たちの大歓声が、青空を突き抜けるように響き渡ったよ。
折角だから、私もこれに便乗させて貰う。うおー!
バリィさん、ツヴァイス殿下、ライトン侯爵も、ホッと胸を撫で下ろして、お互いの健闘を称え合った。
それから、ツヴァイス殿下が自分のローブの中に私を隠して、こっそりと耳打ちしてくる。
「アーシャさん、女神球をお願いします。可能な限り、広範囲を照らしてください」
「わ、分かりました……!!」
私はツヴァイス殿下のローブの中に、幾つかの女神球を残して、一足先に外へ出た。
そして、殿下は周囲の注目を浴びていないことを確かめた後、ローブの内側から女神球を解き放つ。
「これは、ワタシが持っていた秘蔵のマジックアイテムだ!! 案ずるな!! 害を及ぼすことはない!!」
ツヴァイス殿下の言葉を聞いて、兵士たちはぽかんとしながら、上空へ昇っていく女神球を見つめた。
彼らが女神球の神々しい光に照らし出されると、ありとあらゆる怪我が瞬く間に治り、欠損部位まで再生したよ。これだけで、千人以上の兵士の命を救ったかもしれない。
『ツヴァイス殿下っ、万歳!!』と、あちこちから歓声が上がり、私たちは再び大歓声に包まれた。
事前に話し合っていた通り、私の功績じゃなくて殿下の功績になったけど、惜しむ気持ちは全然湧いてこない。
「ふぃー……。疲れたなぁ……」
私は自前の【土壁】の上で寝転び、全身を弛緩させた。
目を瞑り、みんなの歓声に耳を傾けながら、心地よい微睡に浸っていると──
一つ、また一つと、歓声の数が減っていく。
そうして、どういう訳か、あっという間に静寂が訪れた。
「クゥン……。クゥン……」
ティラが酷く怯えながら、喉を鳴らしている。
生きることを諦めず、あの弾幕にも勇敢に立ち向かったティラが、身体を震わせているんだ。
嫌な予感に駆り立てられて、私の頭の中で警鐘が鳴り始めた。
心臓の鼓動が激しくなって、冷や汗が止まらなくなる。
状況を確認するのが、物凄く怖い……。それでも、確認しない訳にはいかないから、私は目を開けて、自分の足で立ち上がった。
バリィさんが、東を向いている。
カマーマさんが、西を向いている。
ライトン侯爵が、南を向いている。
ツヴァイス殿下が、北を向いている。
「は、はは……。そんな……嘘、だよね……?」
私が周辺を見渡して、目撃してしまった光景は、この場にいる全員の死を確信させるのに、十分すぎるものだった。
東の海域から、三匹。
西の海域から、三匹。
南の海域から、三匹。
北の海域から、三匹。
『海上航行決戦兵器・シャチ』──合計十二匹が、こちらへと向かってくる。
80
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。
補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。
しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。
そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。
「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」
ルーナの旅は始まったばかり!
第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。
長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍3巻発売中ですのでよろしくお願いします。
女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。
お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。
のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。
ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。
拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。
中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。
旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる