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四章 流水海域攻略編

118話 裏ボス

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 第五階層から下へ下へと進んでいたら、螺旋階段の途中で白い雲に行く手を遮られた。
 足元に気を付けながら、この雲を突っ切ると、私たちは空の上に出たよ。

 ──流水海域の最深部、第六階層。ここは第一階層のように、青空と海が広がっているフィールドだった。

 異なる点は、海上にあるものが一つしかないこと。
 それは、直径が一キロメートルもある巨大な氷の舞台だ。
 そこに向かって、青空から真っ直ぐに、氷の螺旋階段が伸びている。

 四千人という規模の軍団が、長い列を作って階段を下り、私はその先頭付近にいるよ。どの方角を見渡しても、水平線の彼方で空と海の青が交わっている光景は、息を吞むほど綺麗だった。

「バリィさん、敵が見当たりませんね……」

「ああ、見当たらないな……。海の中にいるんだろうが、静かすぎて不気味だ」

 私の隣を歩いているバリィさんは、油断なく階層全体を見渡している。
 流水海域の裏ボスは、過去に同程度の規模の軍団が討伐しているから、記録がそれなりに残っていた。
 ツヴァイス殿下が確認した資料によると、ここの裏ボスは海を泳ぐ魔物で、攻撃手段は水と氷の遠距離魔法に特化しているらしい。

 私たちが降り立った氷の舞台には、遮蔽物が一つも存在しないから、魔法使いの兵士たちが壁を用意していく。
 氷の舞台を溶かしてしまう火属性を除き、各属性の壁が立ち並ぶ光景は、中々に壮観だよ。

 私も予定通りに【土壁】を乱立させながら、【光球】をばら撒き始める。

「──ふぅ、こんなものかな」

 しばらくして、私はスラ丸二匹分の魔力を使い切り、一仕事終わらせた。
 周辺の兵士たちは、壁を用意すること以外にも、様々な準備を行っているよ。
 なんらかの魔法陣を描いている者、味方に支援スキルを掛けている者、怯える従魔を宥めている者、海の方を警戒しながら盾や弓を構えている者──等々。

 兵士たちの中には、コレクタースライムを引き連れている魔物使いの姿も見えた。複数人いる彼らは、消耗品の補給を担当するみたい。

「な──ッ!? おいっ、上を見ろッ!!」

 突然、一人の兵士が動揺しながら、上空を指差した。
 何事かと思って空を見上げると、氷の螺旋階段が上の方から、粉々になっていく様子を捉えてしまう。……退路がなくなった?

 背中に冷たいものが走ったけど、全然大丈夫だと私は自分に言い聞かせる。
 スラ丸を連れて来ているから、螺旋階段の有無は関係ない。いざというときは、【転移門】で逃げれば済む話なんだ。

「みなさーん! 落ち着いてくださーい!」

 私は一声掛けながら【微風】を使って、周囲の兵士たちの動揺を抑えた。
 全体に行き渡るほどの風量じゃないけど、やらないよりはずっとマシだと思う。

 螺旋階段が上から下まで完全に砕け散ると、今度は上空に魔法陣が──いや、秒針しかない丸時計が浮かび上がった。
 カチ、カチ、と針が刻まれて、六十秒で一周するであろうことが窺えるよ。

「あの針が一周したら、裏ボスが現れます。皆の者ッ、心して挑みましょう!!」

 氷の舞台の中央にいるツヴァイス殿下が、全体の士気を上げるべく声を張った。
 兵士の一人が風魔法と思しきスキルを使って、殿下の言葉を風に乗せ、戦場の隅々にまで行き渡らせる。

 多分、誰もが嫌な予感に、胸を締め付けられていたと思うんだ。けど、ツヴァイス殿下の求心力のおかげで、少しだけ心が軽くなった。
 私の残りの役目は、殿下の隣で合図を待ち、ここぞという場面で女神球を使うことだね。それと、バリィさんでも防げない攻撃が飛んできたら、新・壁師匠を出さないといけない。
 攻撃面では全く役に立たないから、アタッカーの人たちの健闘を祈ろう。


 ──上空の時計の針が、もう間もなく一周する。


 5、4、3、2、1、


「あはぁんっ!! すんごいのが来ちゃうわよおおおおおおおおおおおんッ!!」

 カマーマさんが闘気を爆発させながら、渾身のマッスルポーズを取って叫んだ。
 そして、次の瞬間、海の底から一匹の魔物が姿を現す。

「しゃ、シャチ……? 嘘でしょ……!? 大きすぎる……ッ!!」

 黒と白の体色を持ち、海のギャングとして畏れられ、天敵が存在しないと言われている海洋生物──シャチ。
 そんな生物が、体長五百メートルという、途轍もない巨躯を持っている。
 しかも、ただ大きいだけじゃない。シャチと戦艦が融合しているかの如く、その背中には無数の砲身が生えているよ。背中だけを見たら、まるで針鼠みたいだ。
 私は震えながら、ステホでシャチを撮影する。

 『海上航行決戦兵器・シャチ』──持っているスキルの数は、十個。
 【冷水弾】【冷水連弾】【冷水砲弾】【冷水榴弾】【水の炉心】
 【氷塊弾】【氷塊連弾】【氷塊砲弾】【氷塊榴弾】【氷の炉心】

 水と氷の弾幕を張るためのスキルが揃っていた。
 二つの炉心というスキルは、水属性と氷属性の魔力を無尽蔵に生み出すらしい。
 軍団の誰もが、息を呑んで身構えていると、シャチは全ての砲門をこちらに向けてきた。

 ──静寂は一瞬。その後、大小様々な水と氷の攻撃魔法が、弾幕となって絶え間なく発射される。

 数え切れないほどの弾幕が、青空を覆って飛来する様子は、この世の終わりみたいな光景だった。

「「「耐えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 百人以上の味方が、戦士のスキル【鬨の声】を同時に使ってくれた。
 これで軍団の士気が上がり、弾幕の迫力に吞まれていた人たちが、ハッと我に返ったよ。彼らは気炎を揚げながら、恐ろしい弾幕に対処し始める。
 壁の魔法を重ねたり、結界を張ったり、盾で防いだり、攻撃して相殺したり、方法は様々だ。

 遮蔽物を越えて、山なりに降ってくる榴弾が、明らかに一番危ない。着弾と同時に洪水が発生するか、周囲が凍り付くような冷気が爆発している。
 遠距離攻撃のスキルを持つ人は、これを優先的に相殺しないといけない。他の弾幕は壁や盾で防いでいるけど、榴弾だけは防御出来ていないからね。

 私の自慢の【土壁】は、榴弾以外なら千発くらいは防げている。
 でも、敵の残弾は無限だと思うから、このままだとジリ貧だよ。
 被弾する人が後を絶たず、ポーションが湯水のように消費されていく。それでもまだ、死者は出ていないっぽい。

 出てからじゃ遅いから、もう女神球を使った方がいい。私はそう考えたけど、ツヴァイス殿下が合図を出す気配はない。
 ちらりと主力メンバーを見遣ると、ライトン侯爵以外は冷静に、この戦況を見極めていた。侯爵だけが、完全に怯え切っている。

 私を含め、主力メンバーはバリィさんの結界によって、きちんと守られているんだけど……怖いのは私も同じだから、ライトン侯爵を笑うことは出来ない。

「敵を近付けさせろッ!! なんとしてもっ、ツヴァイス殿下の攻撃の射程範囲に入れるんだッ!!」

 こちらも無策で挑んでいる訳ではない。前線指揮官があちこちで、同じ指示を出し始めたよ。
 すると、何百人もの騎士がスキル【挑発】を使って、更には魔物を苛立たせるヘイトパウダーまで併用した。

 敵意を刺激されたシャチは怒りの咆哮を上げて、氷の舞台の周りをぐるぐると旋回しながら、徐々に距離を詰めてくる。勿論、その間も弾幕が止むことはない。

「さて、ようやくワタシの出番ですね……」

 ツヴァイス殿下は長杖を掲げて、そこから連続で紫電を上空へと打ち上げた。
 すると、分厚い雷雲が上空を覆い始める。スキル【雷雲招来】を使ったんだろうね。

 無差別に幾つもの雷を落とす魔法だから、本来なら味方にも当たる可能性がある。見るからに理知的なツヴァイス殿下が、そのデメリットの対策を怠っている訳がない。
 ……信じていいんですよね? 落雷は各自で避けろとか、そんな無茶は言いませんよね?

「あの、これって大丈夫なんですか……? 私たちにも、雷が落ちてきたり……」

 私は不安になって、バリィさんにコソコソと確認を取ってしまった。

「大丈夫だ。殿下には天眼天与の首飾りがある」

 バリィさん曰く、ツヴァイス殿下が装備している首飾りは、『天眼天与』という名前のマジックアイテムらしい。
 これを装備すると、雷属性の魔法が必ず、目標に命中するようになるのだとか。
 流石は王族、素晴らしい装備をお持ちだね。

 雷雲の中からゴロゴロと、お腹に響く音が鳴り始めて──ピカッと光った瞬間、シャチに雷が落ちた。
 最初の一撃を皮切りに、幾つもの雷が轟々とシャチに落ちていく。

 雷雲から雨まで降ってきたけど、これは私たちにとってマイナスかも……。
 いや、シャチの弾幕が原因で、大半の人が既に水浸しだから、あんまり関係ないのかな。

「あらぁん! ツヴァイス殿下ってば、素敵な装備を揃えているわねぇ! この分だと、あちきの出番はなさそうかしらん?」

 カマーマさんが呑気に自分のステホで、ツヴァイス殿下の装備を撮影している。
 それ、許されるんだ……。私も興味本位で、おずおずと撮影させて貰った。
 どんな情報が役に立つのか、分からないからね。知っていて損はないはずだよ。

 殿下が装備している長杖は『倍音の雷杖』──これは、ニュートが装備している倍音の氷杖と、同系統のものだった。
 ニュートの杖は短いけど、ツヴァイス殿下の杖は長い。
 前者は三回連続で、同じ氷属性の魔法を使うと、オマケでもう一回その魔法が発動する。
 後者は二回連続で、同じ雷属性の魔法を使うと、オマケでもう一回その魔法が発動する。

 三回に一回か、二回に一回。この差は非常に大きい。
 長杖だと動きが鈍くなるから、単純な上位互換とは言えないけど、それでも魔導士なら長杖の方が良さそう。

 ツヴァイス殿下は首飾りと長杖に加えて、『轟く延長の腕輪』『審判を下す者の涙』『雷鳴の外套』という、三つのマジックアイテムを装備していた。

 腕輪は【雷雲招来】の持続時間を三倍にする代物で、これがあるから雷雲は長々と、私たちの上空に停滞しているんだ。
 涙は耳飾りで、一部のスキルによって発生した雲から、雷耐性を大きく低下させる雨を降らせる代物だった。一部のスキルには、【雷雲招来】も入っている。
 外套は雷耐性+雷属性の魔法の威力を二倍にするという、これまた強力な代物だよ。

 ──これだけの装備を揃えた上で、バンバン連発している上級魔法は、シャチの身体の表面を焦がしていた。
 でも、シャチの攻勢は全然弱まっていないから、微々たるダメージかもしれない。無数の砲身も壊れることなく、全て健在……。

 ツヴァイス殿下は諦めず、青色の中級ポーションをガブ飲みして、絶え間なく魔法を撃ち続けている。
 しかし、いつまで経っても、シャチを倒せる兆しは見えてこなかった。
 
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