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四章 流水海域攻略編

117話 攻略開始

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 主力メンバーに私の支援スキルを掛けてから、軍団は流水海域へと向かって進行を始めた。
 ツヴァイス殿下を苦しめていた老化の呪い。それを治したことで、【再生の祈り】に追加されている特殊効果、若返りが露見したかと思ったけど……、

「いやぁ、まさか相棒のスキルに、呪いを解く効果があるなんてな」

「わ、私も知りませんでした! 呪いを掛けられた人に出会うのって、初めてだったもので!」

 バリィさんが言った通り、みんなは私のスキルに、『呪いを解く効果がある』って勘違いしてくれた。
 実際は老化を若返りで相殺した感じだから、どんな呪いでも解ける訳じゃないと思う。……ああいや、どうだろう?

 若返りの効果って、そんなに劇的なものじゃなかったはずなので、どんな風にスキルが作用したのか、正確には分からないんだよね。
 本当に解呪の効果がある可能性も否定出来ないし、私が知らない技術を女神アーシャが勝手に使ったとか、あり得なくもない。

 ……まぁ、なんにしても、王族にとっては一大事だ。
 当然、私はツヴァイス殿下から、他の王族の解呪も頼まれるだろうと覚悟していた。けど、彼は顔の右半分を覆っていた仮面を付け直して、別のことを言い出す。

「ここで起きたことは、他言無用です。ワタシは呪いが解けていない体で、今後も生活していくので」

「あれ……? あの、いいんですか……? 他の王族の方は……」

「それをすれば、ワタシの愚兄が、アーシャさんを奴隷にしようとするでしょう。貴方の善意に泥を塗るような真似は、したくありません」

 ツヴァイス殿下の話を聞いて、私はごくりと固唾を呑む。
 協力を求めるでもなく、祭り上げるでもなく、いきなり奴隷……。
 彼の兄というと、第一王子しかいない。権威主義者らしいから、平民の私が相手なら何をしてもいいって、考えるような奴なんだろうね。

「こんなこと、聞いていいのか分かりませんけど……第一王子様って、どういう方なんですか……?」

「名前はアインス。年齢は四十ニ。典型的な凡夫……いや、凡庸を遥かに下回る愚物ですよ。民を虐げ、耳触りの良い言葉しか聞かず、欲深くて嫉妬深い。淫蕩に溺れて政務を投げ出し、自分の思い通りにならないものは壊したくなる。昔から大の怠け者で、未だに文字の読み書きすら満足に出来ない。短気で馬鹿で口が臭い彼の人間性は、王という立場から最も遠いと、ワタシは確信しています」

 アインス殿下のことを語るツヴァイス殿下の目には、隠し切れない侮蔑の色が浮かんでいた。
 よっっっぽど嫌いなんだろうね。口が臭いとか、ただの悪口だし。
 教えて貰った内容が全て事実なら、アインス殿下には絶対に近付きたくない。
 というか、そんな人が王様になったら、この国はどうなっちゃうの……?

 私が王国の未来に立ち込める暗雲を幻視していると、軍団はいつの間にか、流水海域の入り口に到着していた。
 今日は冒険者の立ち入りが禁止されているみたいで、四千人の兵士たちは淀みなく、螺旋階段を下りることが出来たよ。

 氷の洞窟を抜けて第一階層に出ると、軍団は四つに分かれて整列した。

「こっからは俺の出番だな。ざっと四往復ってところか」

 バリィさんが大きな【移動結界】を使って、遠くにある氷の孤島に、千人ずつ兵士を輸送していく。あっちには第二階層へ続く洞窟があるんだ。
 こんな滅茶苦茶な方法で、第一、第二、第三階層を呆気なく突破してしまった。
 ペンギン、アザラシ、セイウチ、スノウベアー。どれも空を飛べない魔物だから、障害なんて何もなかったよ。

「あらぁん! バリィちゃんったら、すっかり成長しちゃって! あちきっ、感激しちゃう!!」

「まあ、この程度は朝飯前だ。この調子で、第四階層もさっさと抜けるぞ」

 第四階層は広大な凍土になっていて、青々とした空の下で、マンモスの群れが悠々と闊歩していた。
 一つの群れに十数頭のマンモス。目が届く範囲には、六つもの群れが見える。
 第一から第三階層に現れた魔物たちの姿も見えるけど、マンモスに怯えながら暮らしているよ。

 ここが、ルークスたちが早く行きたいと望んでいた、冒険の舞台……。
 なんの苦労もなく、私は足を踏み入れてしまったから、ちょっとだけ罪悪感が湧いてしまう。

「ブヒヒッ! この方法だと、第五階層は素通り出来ませんが、吾輩の出番ですかな?」

 自信満々なライトン侯爵が、腰に佩いている剣を引き抜こうとした。けど、そんな彼をカマーマさんが制止する。

「それはダメよん! 侯爵サマの男前な姿は、裏ボスで見せて欲しいわぁ! だ・か・ら、次はあちきの出番ってコト!」

 彼女は大胸筋を魅せるポーズを取って、自分が殺ると名乗りを上げた。
 こうして、私たちは第四階層の奥地へと進み、第五階層に繋がっている氷の洞窟を発見。
 洞窟の内部は宮殿を思わせるような形に整えられており、『この先に特別な敵がいます!』と、私たちに伝えているみたいだ。

 ここから再び螺旋階段を下りて、第五階層に到着。そこは、巨大な氷のドームの中だった。
 バリィさんの【移動結界】で、この階層を素通り出来ない理由は、このドームの中央に鎮座している一匹の魔物が原因だよ。
 体長が五十メートルもある巨大なペンギンが、氷の玉座から私たちを睥睨しているんだ。そのペンギンは王冠を被っていて、赤いマントを身に着け、豪奢な王笏を持っている。

 ……正直、かなり可愛い。ペンギンよりアザラシ派の私でも、胸にグッときてしまう。
 テイムしたいけど、今の私の実力だと、絶対に無理だよね……。
 悔しく思いながらステホで撮影してみると、『エンペラーペンギン』という名前の魔物だった。
 持っているスキルは、【冷水弾】【冷水連弾】【冷水砲弾】【統率個体】【眷属召喚】──この五つ。

 弾系のスキルは一つ目から順番に、『冷たい水の弾を撃ち出す』『冷たい水の弾を連続で撃ち出す』『冷たい水の砲弾を撃ち出す』というもの。
 それから、自分と同種かつ下位の個体に、強制力のある命令を出せるスキル。
 最後に、自分と同種かつ下位の個体を召喚するスキル。これが一番厄介そうだよ。

 スキルの確認が終わったタイミングで、エンペラーペンギンが玉座から立ち上がり、王笏で氷の床を叩いた。
 すると、床の上に魔法陣が描かれて、そこから続々とペンギンたちが出現する。

 ──その数、凡そ千匹。

 どれもこれも、普通のペンギンじゃない。
 剣と盾で武装しているのは、ペンギンナイト。
 槍で武装しているのは、ペンギンランサー。
 弓矢を装備して、羽根飾りが付いた帽子を被っているのは、ペンギンハンター。
 聖職者みたいな白い法衣を身に着けているのは、ペンギンプリースト。
 とんがり帽子を被って箒に跨り、短い杖を持ちながら空を飛んでいるのは、ペンギンウィッチ。

 ペンギンの大軍勢という、圧巻の光景。ペンギン愛好家のフィオナちゃんが目撃したら、大喜びしそうだね。
 私たちの方が数は多いけど、エンペラーペンギンの【眷属召喚】が何度も使えるなら、これは激戦になりそう──って、思ったのに、

「ふんぬううううううううううううううううぅぅぅぅぅッ!!」

 カマーマさんが気合いを入れながら腰を落として、目の前の何もない空間に、手のひらを叩き付けた。
 すると、鼓膜が破れそうな爆音と共に、衝撃波が発生したよ。
 それはペンギン軍団を襲って、エンペラーペンギン以外が一瞬で気を失う。
 全ての敵が耳から血を流しているから、気圧の影響を受けたのかもしれない。

「うわぁ……。凄いスキルですね……」

「あれは、拳闘士のスキル【烈風掌】だな。レベルが低いと大した威力は出ないから、外れ扱いする奴が多いんだ」

 バリィさんがそう教えてくれて、私は『はえー』と呆けた声を漏らした。
 範囲攻撃は魔法使いの専売特許かと思っていたけど、全然そんなことないんだね。

「バリィちゃんっ!! あちきの素敵なところっ、見ててねん!!」

 カマーマさんは自分の影が追い付かないほどの俊足で、拳を振り被りながらエンペラーペンギンに肉迫した。
 そして、黒鉄の籠手に微かな光輝を宿し、目にも止まらぬ速さの十連撃を叩き込む。

「あれは──ッ!? カマーマのおっさん、複合技を使えるようになったのか……!!」

「う、うん? 今のが複合技だったんですか?」

「ああっ、間違いない!! 【強打】と【十連打】ってスキルを複合させやがった!!」

 バリィさんは興奮しているけど、複合技なら私も簡単に使えるから、あんまり感動出来ないよ。
 一応、高等テクニックらしいので、兵士たちも沸き立っている。

 そんな複合技を腹部に食らったエンペラーペンギンは、口から虹色の吐瀉物を撒き散らしながら、呆気なく絶命した。
 召喚されていたペンギン軍団は、エンペラーペンギンの死亡と共に消滅。これで、第五階層も無事に攻略出来たね。

「あはぁん!! バリィちゃんっ、あちきの雄姿はどうだったかしらん!?」

「驚愕の一言に尽きるな……。一体いつの間に、複合技を習得したんだ?」

「ついこの前、仕留め損なった奴がいたのよねぇ……。それで、ちょぉっとだけムキになって、ムキムキに鍛えちゃったのよん!」

 カマーマさんはバリィさんの質問に答えてから、私にウィンクを飛ばしてきた。
 多分、仕留め損なった奴って、ノワールと巨漢ゾンビのことだろうね。

「カマーマさん、ご苦労様です。それでは、ドロップアイテムを無視して、先へ進みましょう」

 ツヴァイス殿下の指示に従って、私たちは再び歩き出した。
 今までの階層よりも寒い場所だから、兵士たちを長居させたくないみたい。
 お肉、魔石、レアドロップ。色々あるのに、捨てて行くなんて勿体ない。でも、仕方ないと割り切ろう。

 そう思って、大きな水の魔石の真横を通り過ぎると──私のすぐ後ろから、ボリボリと音が聞こえてきた。誰かが何かを嚙み砕いている音だ。
 振り返ってみると、ティラが無断で水の魔石を食べていたよ。

「ちょっ、何やってるの!? ペッてしなさい!! 進化しちゃったらどうするの!? 反抗期になっちゃうかもしれないんだよ!?」

 私は大慌てでティラを止めようとしたけど、この子は珍しく──というか、初めて私の命令を無視して、あっという間に魔石を完食してしまった。
 それ、エンペラーペンギンの魔石だからね……?

「クゥン……」

 ティラは耳をペタンとさせながら、申し訳なさそうに鼻を擦り付けてくる。
 これだけで、なんとなく気持ちを察してしまった。
 十中八九、ここまでの道程で現れた魔物を見て、自分の力不足を痛感したんだと思う。

 うーん……。私としても、進化させてあげたいのは山々なんだ。
 でも、不確定要素を取り入れるタイミングって、どう考えても今じゃないよね。
 無事に帰れたら、そのときに改めて考えよう。

「──到着しました。この先に、裏ボスが存在します」

 ツヴァイス殿下はそう言って、透き通った氷の上に立つ。
 よく見ると、その氷の下には、これまた氷の螺旋階段があったよ。
 それから、殿下の近くには台座があって、七枚のメダルを嵌める窪みがあった。

 殿下は懐から布袋を取り出して、その中に入っていた魔物メダルを一枚ずつ嵌めていく。
 ペンギン、子供アザラシ、セイウチ、大人アザラシ、スノウベアー、マンモス、エンペラーペンギン。
 これらの魔物メダルを全て嵌めると、螺旋階段を覆っていた氷が、緩やかに溶けて消えた。

「これって、魔物メダルを嵌めないと、消せない氷だったんですか?」

「ええ、その通りです。過去に色々な手段を試しましたが、掠り傷一つ付きませんでした」

 ツヴァイス殿下は私の問い掛けに答えてから、背後の軍団に進行の合図を送る。
 ここまでは楽勝だった。この分なら裏ボスだって、埒外の強さを持っている訳じゃなさそう。

 ……そんな風に、努めて楽観的に考えることで、私は肩の力を抜こうとした。

 でも、一歩、また一歩と、螺旋階段を下りる度に、嫌な予感が胸の中で膨らんでいく。
 逃げろ、逃げろって、生物としての根源的な部分が、訴え掛けてくるみたいだ。
 バリィさんたちの顔色も、あんまりよくない。

 この先に、一体何が待っているの……?
 
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