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四章 流水海域攻略編
113話 商品の補充
しおりを挟むツヴァイス殿下から褒賞を受け取り、リヒト王子と知り合って、スイミィ様から『裏ボス攻略が失敗する』という悪夢を聞かされた。
その日の夕方、自分のお店に戻ってきた私は、ローズと一緒に商品の補充を行う。
手を動かしている最中、彼女に今日の出来事を全て伝えたよ。
私一人で考え込むと、迷走するかもしれないからね。
「──ふむ。つまり、バリィの窮地ということじゃな?」
「まだ確定はしていないけどね。裏ボス攻略の中止もあり得るし……」
「中止されなかった場合、アーシャはどうするのじゃ? 見捨てたくは、ないのであろう?」
「うんっ、勿論! ただ、どうやって助けようか、悩んでいて……」
ローズに知恵を借りたい。その旨を伝えると、彼女は困り顔を浮かべた。
「うーむ……。結局のところ、アーシャが誰に、どれだけの手札を晒すのか、それ次第ではないかのぅ……?」
なるほど、と私は頷く。確かにローズの言う通りだね。
【光球】+【再生の祈り】の複合技、女神球。
広範囲に再生効果を齎してくれるこの切り札は、裏ボス攻略で大いに役立つと思う。みんなの死の運命だって、覆せるかもしれない。
ただ、女神球を戦略に組み込んで貰うためには……最低限、ツヴァイス殿下に教えないといけない。
私の彼に対する信頼度は、今のところ四割程度。
民を重んじているという部分で二割、バリィさんの友達という部分で二割だよ。
関係が浅すぎて、他に判断材料が……ああいや、『ツヴァイス殿下は真面目な為政者』という、厄介な判断材料があるね。
どれだけ私がツヴァイス殿下と仲良くなっても、彼は公私混同なんてしないと思う。
政と私を天秤に掛けたら、為政者として私に犠牲を強いるかも……。
そうなると、私は『自分の自由』と『バリィさんの命』、この二つを天秤に掛けないといけない。
「──ねぇ、ローズ。いざというときは、このお店を捨てて逃げることも視野に入れるけど、いいかな?」
「うむっ、よいのじゃ! 妾たちが力を合わせれば、どこであっても再起出来よう!」
ローズが自信満々にそう言ってくれたから、私は決意することが出来た。
「よしっ、決めた! バリィさんを助けるために、ツヴァイス殿下に色々と教えるよ!」
女神球だけじゃなくて、【土壁】+【再生の祈り】の複合技、新・壁師匠も教えよう。ドラゴンの業火を受け止めた技だから、役に立つかもしれない。
出し惜しみして、結局バリィさんを助けられなかったら、後悔しちゃうからね。
……とは言え、流石に【再生の祈り】の若返り効果だけは、隠し通すことにしよう。
年老いた英雄を若返らせて戦力にするとか、そういう使い方が出来るけど、こればっかりは明かすのが怖い。
私がどれだけ逃げても、世界中の権力者が地の果てまで追い掛けてくるとか、あり得ない話じゃないと思うんだ。
「アーシャよ、スラ丸を分裂させて、旅立たせるのはどうかの? いざというときに、雲隠れ出来るように」
「ああ、うん。名案だね、そうしよう」
私はすぐに、ローズの提案を採用した。
私の自由が奪われそうになったら、スラ丸の【転移門】を使って逃げる。足取りを追うのは、相当難しいはずだよ。
こうして、私たちが話し合っている内に、気が付くと商品棚が埋まっていた。
さて、商品を一つずつ再確認しよう。
一つ目の商品は『赤色の下級ポーション』──これは、ローズの花弁を素材にして作ったポーションだね。
その花弁は私のスキル【耕起】と、ローズの【草花生成】を組み合わせて生やしたから、他に類を見ないほどの高品質になっている。
より詳しく説明すると、聖水も素材にしたし、ミスリルの大釜も使ったよ。これにより、ポーションの品質が更に向上して、オマケに軽量化までされているんだ。
このポーションを使うと、重傷者を完治とまではいかないけど、余裕を持って歩ける程度には回復させられる。
他所の下級ポーションの効力が、軽傷を完治させて、重傷の応急処置になる程度。それで銀貨三枚というお値段だから、私が作った下級ポーションは、銀貨十枚という強気の価格設定にした。
大量生産出来るから、別に銀貨三枚でもよかったんだけど……それをすると、商売敵が干上がることになるから、自重しないといけない。恨みは買いたくないからね。
二つ目の商品は『美容液』──これは、ドラゴンポーションを希釈したもので、劣化した細胞を表面上だけ再生してくれる。つまり、肌や髪を艶々にしてくれるんだ。
ちなみに、欠損部位を再生させるポーションは、とんでもなく希少であり、人の手では作れないと言われていた。
そんな代物を私とローズは量産出来るんだけど、ドラゴンポーションのまま売りに出すことはしない。大金は稼げるだろうけど、自由がなくなりそうだからね。
ドラゴンポーションの作り方は、私のスキル【耕起】と、ローズの【竜の因子】+【草花生成】の複合技によって、ドラゴンローズの花弁を生やすところから始まる。
それをメインの素材にして、聖水と氷の魔石を投入し、ミスリルの大釜の中で掻き混ぜれば完成だよ。
美容液の価格設定は、下級ポーション以上に強気の金貨一枚にした。それくらいの価値はあると思う。
ただし、侯爵家のお屋敷で働いているメイドさんたちには、五割引きのサービスをしておく。権力者の近くにいる人たちだから、恩を売っておいて損はないよね。
三つ目の商品は『希望の光』──これは、私のスキル【光球】を小瓶に詰めたものだね。この小瓶には、天使の意匠が施されているんだ。
周囲を照らしてくれるのは勿論のこと、体力と魔力の自動回復という特殊効果もあるから、当店イチオシの商品だよ。
私が装備しているマジックアイテム、光る延長の腕輪と指輪。この二つのおかげで、【光球】の持続時間が十五日になっているから、遠征にも持っていける。
そんな訳で、これの価格設定は銀貨二十枚。以前はもう少し安かったけど、値上げさせて貰った。
宣伝とかしていないから、安いとただの【光球】だと思われて、逆に売れない説が浮上したんだ。
四つ目の商品は『緑色の下級ポーション』──これは、ゴマちゃんのスキル【花吹雪】によって、緑色の花弁を出して貰い、それを聖水で煎じたポーションだよ。
品質は並みで、軽度の状態異常を治す効果がある。
軽度とは言っても、スキルによる状態異常は強力だから、それを治せるポーションは重宝するんだ。
価格設定は銀貨五枚。一般的なお値段で、他のお店でも売っているから、私も合わせておいた。
五つ目、六つ目の商品は、『睡眠薬』と『麻酔薬』──これまたゴマちゃんの【花吹雪】によって、出して貰った花弁を素材にしている。桃色と黄色のやつだね。
不眠を解消したり、痛覚を麻痺させたり出来るから、売れ行きは悪くなさそう。
価格設定は銀貨三枚。他のお店でも似たようなものが売っているから、これも合わせておいた。
七つ目の商品は『ドラゴンローズの竪琴』──これは、ローズが進化したことで、生産出来るようになったマジックアイテムだ。
ドラゴンローズの花弁と同様の方法で、ローズの下半身から生やしているよ。
価格設定は金貨十枚。竪琴を弾くような人って、庶民には中々いないから、富裕層向けのお値段にしてみた。
八つ目の商品は『タクミのお宝』──これは、タクミがスキル【宝物生成】で作ってくれたもの全般だね。
作れるものがランダムだから、価格設定は適当。消耗する魔力に稼ぎが見合わないので、一日一個しか補充しないよ。
この他にも、聖水を商品棚に置いてあるんだけど……これは全く売れないから、飾りとして扱っておく。
ゾンビとかゴーストにダメージを与えたり、ポーションの素材にして品質を僅かに向上させたり、聖水にはきちんと用途があるんだ。
でも、ゾンビとかゴーストと戦う人なんて、殆どいない。仮にいたとしても、聖水に頼った戦い方はしないよ。
ポーションの品質向上だって、大きな差が生まれる訳じゃないから、やっぱり誰も買わないね。
──商品の再確認は、これで終わり。
まだ夕日が出ているので、少しの間だけ開店しよう。さっきから、お客さんたちが首を長くして待っているんだ。
「店主! ポーションを売ってくれ!」
「こっちにも十本……いやっ、二十本頼む!」
開店して早々に、冒険者たちがポーションを買い求めて、お店の前に行列を作った。街全体で枯渇していたから、数日は大繁盛かもしれない。
「今日は一先ず、お一人様五本までにするかの? 皆に行き渡らせねば、恨みを買いそうなのじゃ」
「うん、そうだね。ミケは外のお客さんに説明しながら、列の整理をお願い」
「にゃにゃっ、任されたのにゃ! あっ、そこ! 割り込みは禁止だにゃあ!!」
ローズの提案に従って、ポーションには購入制限を設けさせて貰う。
それでも、夜になる頃には完売して、店仕舞いすることになった。
「──さてと、そろそろバリィさんに、連絡してみようかな」
大人たちの話し合いが、もう終わっている頃だと思う。
私がステホを使って連絡を取ると、バリィさんはすぐに応じてくれた。
『よう、相棒。どうした?』
なんの気負いもないバリィさんの声を聞いて、裏ボス攻略は中止になったんじゃないかと、淡い期待を抱く。
これから死の運命に立ち向かうとは思えないほど、軽々とした声色だからね。
「実は、私もスイミィ様から、聞いちゃったんです……。そのことで、質問があって……」
『あー、聞いたって、裏ボス攻略に関することだよな?』
「はい、そうです。失敗して、みんな死んじゃうって……。それで、結局裏ボス攻略は、中止になるんでしょうか?」
『いや、挑むぞ。スキル【予知夢】で見た未来は、覆ることがあるって分かったからな。だったら、それはただの夢でしかない』
バリィさんの話を聞いて、私は思わず目頭を覆ってしまう。悪い予想が当たったね。
「ええっと、バリィさんも、挑むんですか……?」
『ああ、勿論だ。ツヴァイス殿下が戦うってのに、護衛依頼を引き受けた俺が、イモを引く訳にはいかないからな』
この後も幾つかの情報を聞き出して、色々と分かったことがある。
裏ボス攻略に挑むのは、アクアヘイム王国軍第二師団の精鋭+サウスモニカ侯爵家の騎士団の精鋭。兵力は合計で、凡そ四千人。
そこに、ツヴァイス殿下、ライトン侯爵、バリィさん、カマーマさんが加わるらしい。
バリィさん曰く、今回の裏ボス攻略は、ツヴァイス殿下の──延いては、王国の未来を賭けた乾坤一擲の大勝負だとか……。
裏ボスを倒すことで手に入るマジックアイテムに、『極大魔法の鍵』という代物がある。
これは一度だけ、途轍もない魔法を発動させられる消耗品で、戦争の優勢を決定付ける戦略兵器として、有名なんだって。
この鍵を所持しているだけで、ツヴァイス殿下が王位を継承出来る可能性は、大きく高まるみたい。
国を守ってくれる強い王様に、諸侯の支持が集まるのは、当然の理屈なのかな。
第一王子が王位を継承した場合、アクアヘイム王国には暗黒時代が訪れる。ツヴァイス殿下はそう考えているから、かなり必死になっているらしい。
「──バリィさん。私も、裏ボス攻略を手伝います」
政治とか戦争とか、遠い場所の出来事に思えて、気持ちが追い付かない。
でも、バリィさんを助けたいという気持ちだけは、ハッキリしている。
だから、私は裏ボス攻略に参加するよ。
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