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三章 スライム騒動編
101話 幕引き
しおりを挟む身勝手なノワールさん──いや、もう敬称はいらないかな。ノワールに対して、今度はギルドマスターが質問する。
「金級冒険者なら他にもいるが、どうしてカマーマを狙った? もっと簡単に屠れる者もいるだろう?」
「カマーマさんがアクアヘイム王国を裏切らないという話は、とても有名ですので。帝国に寝返る可能性がない金級冒険者となると、その首の価値は大きくなります」
そうですよね、と確認を取るように、ノワールはカマーマさんに目を向けた。
「そうねぇ……。あちきの居場所なんて、この国にしかないもの……」
カマーマさんはしんみりしながら、少し寂しそうな目をしたよ。
その姿を見て、私は小首を傾げながら疑問を漏らす。
「居場所がないって、どういうことなんだろう……?」
「性的少数者に寛容なのって、この国だけだからでしょ」
フィオナちゃんがこっそりと教えてくれて、合点がいったよ。
オカマが暮らしやすい国って他にないから、確かにカマーマさんは王国を裏切らないね。報酬なんて度外視して、国家を守るために戦ってくれそう。
「──そういう事情なら、貴様を殺すなり捕まえるなり、しなくちゃならんな」
ギルドマスターが武器を構え直して、ノワールを睨み付けた。
他の冒険者たちも、『いつでも襲い掛かれるぞ!!』と言わんばかりに殺気立つ。
「当方は情状酌量の余地を求めます」
「そんな余地っ、あるワケないわよん!! 全部アナタの身勝手でしょぉ!?」
「仰る通りです。……では、仕方ありません。当方の脅し文句をお聞きください」
「脅し文句ぅ……?」
ノワールの突然の宣言に、カマーマさんは苛立ちながらも警戒して、素直に耳を傾ける。
「当方の職業は死霊術師。切り札として、竜殺しのリリアの死体を持っています。制御出来るか分からないので、可能であれば使いたくはないのですが、これ以上追い詰められると使わざるを得ません。なので、当方を見逃してください」
死霊術師。そんな職業、私は聞いたことがないけど……名前と状況証拠から察するに、死者を使役出来るんだろうね。
そして、死者の強さが生前の強さに依存するのであれば、ノワールの脅し文句は破壊力満点だ。
ギルドマスターとカマーマさんの表情が、かなり強張っている。
竜殺しのリリア。正式名は、リリア=サウスモニカ。
ドラゴンの討伐に成功した白金級の冒険者で、ニュート様とスイミィ様の母親だよ。
ドラゴンの脅威度なら、私は身を以て知っている。
ソウルイーターという魔物の体内で、完全復活とは程遠い状態だったのに、途轍もない被害を齎していたんだ。それは記憶に新しい。
「「「…………」」」
みんなが沈黙して、ノワールの脅しにどう対応するか考え始めた。
けど、例外が一人だけいる。今にも怒りで我を失いそうなニュート様が、細剣と短杖を握り締めながら、ノワールに詰め寄ろうとしたんだ。
「リリア、だと……!? それは……っ、それはワタシの母上だッ!! 貴様ッ、母上の墓を荒らしたのかッ!?」
「否定します。当方はとある人物との取引で、リリアの死体を手に入れました」
リリア様のお墓は、侯爵家のお屋敷の庭にあった。
外から侵入するのは簡単じゃないから、内部の人の犯行とか?
……いや、その辺はスキルかマジックアイテムを使えば、どうにかなるのかな。
ノワールが嘘を吐いている可能性だってあるし、犯人の特定は難しいね。
「そんな取引は認められないッ!! 今すぐ母上の遺体を返せッ!!」
「はいどうぞ、とはなりません。当方の切り札ですので、手放すのは惜しい。丁重に扱うとお約束致しますので、当方が所持することを認めてください」
「ふ、ふざけるな……ッ!! そんなことがッ、認められるかあああああああああああああッ!!」
ニュート様が激昂して、短杖を構えながらスキルを使おうとした。けど、カマーマさんが一瞬で彼に近付き、その首筋を手刀で軽く叩く。
それだけで、ニュート様は糸が切れた人形のように、気を失ってしまった。
「ごめんなさいね、ニュートちゃん……」
「そちらに交戦の意思はなさそうですね。当方を見逃すということで、宜しいでしょうか?」
「とっっっても遺憾だけど、そうするしかないわねん。アナタの脅しがハッタリじゃないなら、あちきも準備不足だし。──でもね、次はブッ殺すぞゴラァッ!!」
「──ッ!?」
カマーマさんは鬼神の如き形相で、ノワールに対して野太い声と共に、特大の殺気を叩きつけた。
ノワールはビクッとして半歩後退ったけど、すぐに気を取り直して頷く。
「肝に銘じておきましょう。しばらくは、大人しくしておきます」
そう言い残して、彼女は黒マントたちと共に去っていく。
最後に、カマーマさんに恨みを抱くハンサムな刺客が、捨て台詞を吐いた。
「カマーマ!! 『次は殺す』という台詞っ、そっくりそのまま返すぞッ!! ケツを洗って待っていろッ!!」
私のポーションが原因で、カマーマさんには面倒な因縁を背負わせてしまった。
ごめんなさい、と心の中で謝罪しておく。
──黒マントたちが立ち去り、その気配が完全に消えてから、みんなは臨戦態勢を解いた。
ギルドマスターは全員に聞こえるように、今後の対応を話し始める。
「今回の一件はライトン侯爵に伝えて、国王陛下の耳に入れて貰う。それで、ノワールの爵位と領地は没収されるだろう。……後は捕まえて、処罰を与えられたら完璧なんだが」
「あいつ、闇市で見たことがあるぞ。闇商人のボスだから、行方を追うのは相当難しいはずだ」
ベテラン冒険者の一人が、ノワールに関する情報を提供した。
闇市を利用している人にとって、彼女の存在は結構有名らしい。
裏の繋がりが広いみたいで、逃げ隠れするのはお手の物だとか。
……しかも、私が思うに、多大な労力を掛けてノワールを捕まえたところで、徒労に終わる可能性が高い。
私たちの目の前にいたノワールって、多分だけど本体じゃないからね。
私が女神球を使って、敵味方を無差別に照らし出したのに、ノワールの耳は再生されなかった。
つまり、あの身体は死体なんだと思う。
肌が黒いから、ゾンビ特有の血色の悪さが目立たない。
瞳が白いから、ゾンビ特有の虚ろな目も目立たない。
女神球を使っていなかったら、まず気付けなかった。死体を然も本体であるかのように操っているんだから、ノワールは相当用心深い奴だよね。
無論、死体が本体で、ノワールが魔物という説もある。
でも、窮地に追い遣られた状態で、くだらない冗談を言うあの図太さ……。あれって、『実は窮地でもなんでもない』という、裏があってこそじゃない?
私がそんな考えを巡らせていると、不意に一人の冒険者が、みんなに対して質問をする。
「──ところで、あの強力な回復魔法は、誰が使ってくれたんだ?」
「「「…………」」」
誰も名乗り出ないから、冒険者たちが騒めき始めた。
私が唇をキュッと結んでいると、カマーマさんと目が合ったよ。
彼女は『任せて!!』と言わんばかりに、強烈なウィンクを飛ばしてきた。
「あれは、あちきの取って置きのっ、超高価なマジックアイテムを使ったのよん!!」
カマーマさんの言葉を聞いて、冒険者たちは一瞬だけ沈黙……。
その後、口々に『ありがとう!』『流石はカマーマ!』『一晩だけなら突き合う!』と言い始めた。
どうやら、私を庇ってくれたみたい。ありがとう、カマーマさん。
ルークスたちはその歓声に交ざらず、気絶しているニュート様を気遣いながら、難しい顔をしている。
「ニュートが起きたら、母親の遺体を取り戻すって、絶対に言い出すけど……どうしようか?」
「どうもこうも、現実的じゃねェな。少なくとも、巨漢ゾンビを倒せるだけの実力がなきゃ、話になンねェぞ」
ルークスとトールの会話を聞いて、フィオナちゃんが頭痛を堪えるように、自分の額を押さえた。
「それって、カマーマさんより強くならないと、駄目なのよね……? 無理じゃない?」
私も無理だと思う。けど、シュヴァインくんが即座に反論したよ。
「む、無理じゃないよ……!! みんなで、力を合わせれば……っ!!」
「シュヴァイン……。あんた、スイミィに良い恰好しようとしてるでしょ?」
「ち、ちがっ、ぼ、ボクは純粋に、スイミィちゃんとニュートくんのために……」
フィオナちゃんにジトっとした目を向けられて、しどろもどろになるシュヴァインくん。
友達を思い遣る気持ちは素敵だけど……ごめん、私もフィオナちゃんと同じことを思っちゃった。
まぁ、なんにしても、リリア様の遺体が奪われたままなんて、誰も納得出来ないよね。
──ノワールは去り際に、こう言っていた。
『しばらくは、大人しくしておきます』
しばらく経ったら、なんらかの動きがあるのかもしれない。それまでに、みんなで強くならないと。
──スライム騒動編、終わり。
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