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三章 スライム騒動編
98話 盗賊退治
しおりを挟む──大規模な盗賊団の討伐。ルークスたちはその依頼を受けて、街から出発することになった。
割の良い合同依頼ということもあって、集まった冒険者の数は、三百人近くにまで増えている。
ちなみに、盗賊退治に参加する金級冒険者とは、カマーマさんのことだったよ。
私は急遽、ルークスたちに同行して、微力ながらお手伝いすることにした。
コレクタースライムが原因で起こった事件だから、静観すると寝覚めが悪くなってしまうんだ。足手纏いにはならない……と思いたいけど、私は弱みがハッキリしているから、状況次第では邪魔になるよね。
ウンウン唸りながら気を揉んでいると、ルークスに軽く肩を叩かれた。
「アーシャ、大丈夫だよ。状況次第で邪魔になるなんて、誰でも一緒だから、自分が出来ることをやればいいんだ」
「そ、そうだよね……。うん、ありがとう」
私は自分の頬をペチペチして、ルークスの言葉を胸に刻んだ。
今回、私が連れてきた従魔は、スラ丸とティラ。荷物持ちと索敵で役に立つけど、戦闘力は少し心許ない。
ティラの実力がルークスたちに大分離されたから、少し焦っているよ。
うーん……。進化させたいんだけど……反抗期が怖いなぁ……。
私に懐いてくれているティラが、もしも反抗期になってしまったら、立ち直れそうにない。
魔物使いのレベルが30になれば、大丈夫だって確信が持てる。でも、まだまだ先の話だね。
ティラの私に対する懐き度を考慮すれば、もう少し早くてもいい気がする。ただ、これは希望的観測だから、レベル30を待つのが無難かな。
ティラじゃなくて、ブロ丸を進化させるのはどうだろう……?
あの子はまだ、一回も進化させていないから、反抗期にはならないと思う。
そんなことを考えながら、私はみんなと一緒に街の外へ出た。
地平線の彼方まで続いている湿地帯を眺めて、ルークスたちが興奮気味に騒ぎ出す。
「凄い凄いっ、街の外って初めてだよ! なんか、オレたちの冒険が始まるんだって感じがするね!」
「外の世界ってのは、随分と広いみてェだなァ!! テンションがブチ上がっちまうぜ!!」
「ねぇねぇっ、依頼とか関係なく、今度みんなでピクニックに行きましょうよ!」
騒いでいるのは、ルークス、トール、フィオナちゃんの三人だね。
シュヴァインくんは呆然としながら、湿地帯の風景に魅入っている。ニュート様は外に出るのが初めてじゃないらしく、特に感動している様子はない。
「みんな、外には色々な魔物がいるから、気を付けてね」
一応、私はそう注意したけど、今回は魔物の襲撃なんて脅威にならないかも。
私たちは三百人という規模の冒険者集団と、行動を共にしているんだ。この集団を襲う命知らずな魔物なんて、滅多に現れないよ。
こうして、私たちは風景を楽しみながら、遠足気分で湿地帯を歩き続けた。
私はティラの背中に乗り、楽をさせて貰っている。
色々と試行錯誤した結果、身体を横向きにしながら足を揃えて乗るのが、一番楽だって学んだよ。足を開いて跨ると、太腿が痛くなるからね。
ただし、身体を横向きにした騎乗は安定感がないから、ティラが走ると私が落ちてしまう。これは徒歩専用の乗り方なんだ。
「アーシャはいいわね……。ティラがいるから、楽が出来て……」
「あ、ごめんね……。えっと、交代で乗る……?」
「遠慮しておくわ。あたしより、あんたの方が体力ないし」
フィオナちゃんに恨めしげな目を向けられて、私は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
とは言え、黎明の牙の面々は、私の【光球】で体力が自動回復しているから、徒歩での移動なら全然苦じゃないはずだよ。
──初日は何事もなく夕方になって、私たちは野営の準備を始めた。
スラ丸の中にテントや寝袋、それと温かい食事も入れてあるから、人生初の野営は余裕綽々かな。
他の冒険者たちに、温かい食事をお裾分けして、黎明の牙の心証を良くしておく。デザートの葡萄も分けちゃうよ。
夜は焚き火の前で星を眺めながら、他の冒険者たちから色々な話を聞かせて貰った。明らかに誇張したような武勇伝ばっかりだったけど、人に歴史ありだ。
そんな夜を二回繰り返して、私たちは三日目の正午に、盗賊団が集結している場所へと到着したよ。
そこは、王国南部でも数少ない山の一つだった。標高こそ大したことはないけど、草木が生い茂っていて、奇襲や罠を仕掛けるのが容易な地形だね。
今日の空模様は、どんよりと曇っているから、山の中は若干薄暗い。ちょっと嫌な感じだ。
「──なんか、臭くない? オレの気のせい?」
「ううん、実際に臭いよ。イチョウの木が沢山生えているから、銀杏のにおいだろうね……」
ルークスの疑問に、私は山を見据えながら答えた。
山は銀杏が放つ悪臭に包まれているから、中に入ったら鼻が馬鹿になりそう。嗅覚が鋭いティラは、早くも涙目になっている。
盗賊団はどうして、こんな場所を拠点にしてしまったのか……。
開戦前に、ギルドマスターの演説と質疑応答が始まる。
「お前らっ、聞けぇ!! 敵の戦力はこちらの約三倍だが、手練れはこちらの方が圧倒的に多い!! 小難しいことは考えず、強い奴らを前線に置いて、真正面から盗賊団をぶっ壊すぞッ!! 何か質問はあるか!?」
冒険者って、パーティー単位での連携は上手いけど、数百人規模での連携は下手なんだ。
だから、ギルドマスターは力技で、全てを解決しようとしている。
奇襲も罠もありそうな山に、そんな形で突っ込みたくないけど、こればっかりは仕方ないね。
「ギルマス、それだと逃げられちまうんじゃないか?」
「逃げられたら追撃はするが、一網打尽にする必要はない!! 最低でも五割!! それだけの損耗を与えれば、依頼は達成されたと見做す!!」
「この人数差で包囲殲滅は、無理がある話か……。それなら、山を燃やすってのはどうだ?」
「馬鹿者っ!! 貴重な資源を燃やしてどうする!? それに、余程乾燥している時期か、あるいは強力な炎でもなければ、山や森はそう簡単に燃えんぞ!!」
ギルドマスターは冒険者たちの質問に粗方答えた後、スキル【鬨の声】を使って、『では、狩りの時間だ!!』と決め台詞を言い放った。
彼はカマーマさんと一緒に先陣を切り、大斧を片手に山の中へと入っていく。
冒険者たちも武器を手に持ち、ぞろぞろと後に続いたよ。
私としては、出来るだけ集団の後方を歩きたい。けど、トールは違った。
「オイ、もっと前に行こうぜ。オカマのおっさんが参加してンだ。後ろにいたら、敵がいなくなっちまう」
「んー……。最初は後ろで、様子見したい気もするけど……みんなはどう思う?」
ルークスはリーダーらしく、安易な答えは出さずに、みんなの意見を求めた。
「後方へ行くべきだ。ワタシたちは強くなったが、上には上がいる。盗賊団の実力が分からない以上、まずは見に徹した方がいい」
「ぼ、ボクも……!! 後ろが、いいと思う……!!」
「あたしは前に出たいわ! 乱戦になる前にっ、魔法をぶっ放したいの!!」
ニュート様とシュヴァインくんは後方派で、フィオナちゃんが前方派だね。
多数決によって、私たちは後方へ行くことが決まったよ。
でも、黎明の牙は銀級冒険者パーティーだから、銅級冒険者たちよりも前に出ないといけない。そのため、あんまり下がることは出来なかった。
──山の中は静かで、人気どころか小動物の気配すら感じられない。殺気立っている連中が、どこかに潜んでいる証拠かもね。
盗賊団が仕掛けたと思しき罠は、古典的な落とし穴だった。底に刃が仕込まれていたり、毒虫が入っていたり、明確な殺意を感じる。
結構な数があったけど、先頭集団が呆気なく見破って事なきを得たよ。穴の上に壁系の魔法を設置して、簡単に対処出来るんだ。
「この雑な隠し方は、素人が仕掛けた罠か……。盗賊団の程度が知れるな」
「あちきが出張る必要なんて、なかったんじゃないのかしらん?」
前方では、ギルドマスターとカマーマさんが、罠を見て呆れていた。
私にとっては恐ろしい罠だけど、彼らにとっては落第点らしい。
盗賊ってさ、市民税を支払えなくて、街から追い出された人が大半なんだ。
つまり、冒険者としてやっていくことが、出来なかった人たちだね。
戦闘職じゃない人も多いだろうし、色々と雑になってしまうのも無理はない。この分だと、三倍の戦力差なんて簡単に覆せそう。
誰もが、そう思っていたのに──
「グルルルル……ッ!!」
ティラが突然立ち止まって、周囲を警戒し始めた。
スキル【気配感知】を持っているティラが、こういう反応をするってことは、
「囲まれてるッ!? みんなっ、気を付けて──」
「ぞ、ゾンビだああああああああああああああああああっ!!」
私が注意を促そうとしたら、冒険者たちの悲鳴が後方と左右から聞こえてきた。
どうやら、私たちはゾンビの群れに挟まれたらしい。
私はスラ丸を上空に放り投げて、【感覚共有】で数秒間だけ俯瞰視点を得る。
ゾンビの数は、目算で千匹ほど。全てのゾンビが黒い靄を纏っていて、様々な武器を持っているよ。
もしかしたら、彼らは盗賊団の成れの果てかもしれない。
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