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三章 スライム騒動編

96話 トレント

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 ──私の家で、フィオナちゃんが暮らすようになってから、早くも一週間が経過した。
 彼女とシュヴァインくんは、お友達の関係に戻って、一先ずの落ち着きを見せている。

『し、師匠……っ、今日も恋愛相談に乗ってください……!!』

 訂正しよう。シュヴァインくんだけは、全然落ち着いていないよ。
 連日連夜、暇さえあれば私に恋愛相談を持ち掛けてくるからね。
 今日は朝から、ステホで連絡してきたので、私は開店準備を進めながら話を聞く。

「そんなこと言われても、私から言えることは一つだけ。二兎を追う者は一兎をも得ず、だよ」
 
『で、でもっ、ボクはどうしても、二兎──いやっ、三兎を追いたいんだ……!! 自分の気持ちに、嘘は吐けないよ……!!』

「その三兎に、私は入ってないよね?」

『…………』

 シュヴァインくんはフィオナちゃんにフラれてから、開き直って堂々とハーレムを作ろうとしている。
 あれだけ詰めたのに、梃子でも一人だけを選ぼうとはしないみたい。
 なんかもう、呆れを通り越して恐怖を感じる。別に一人と愛し合えば、それでよくない?

 フィオナちゃんとは別れたから、彼のハーレム願望が誰かを傷つけることはなくなったし、諦めさせるために言葉を尽くすのも疲れた。
 もうね、好きにしたらいいよ。ただし、私を巻き込まないように。

「はぁ……。とりあえず、男を磨くしかないんじゃない?」

『ぼ、ボクが男を磨いている間に、フィオナちゃんが……フィオナちゃんが……っ!!』

「フィオナちゃんが、なに?」

『手籠めにされちゃう! アシャオットに!!』

 シュヴァインくんは今、フィオナちゃんがアシャオットと、ラブラブだと思っている。
 焦れ焦れで辛そうだけど……その焦燥感は、フィオナちゃんが抱いていたものと同じなんだ。自業自得でしょ。

「アシャオットは夢の国に帰ったから、気にしないで。シュヴァインくんは男磨きを頑張ってね。それじゃ、ばいばい」

『ま、待って……!! ぐ、具体的に、どうすれば……?』

「修行とか、お金稼ぎじゃない?」

『わ、分かった……!! ボク、頑張ってみる……!!』

 私にも男を磨く方法なんて分からないから、結構いい加減なことを言ってしまった。……まぁ、頑張っている男の子は素敵だよね。
 フィオナちゃんとシュヴァインくんの関係は、残念ながら一歩後退したけど、黎明の牙は平常運行だよ。

 第四階層のマンモスの群れに、勝てる見通しが立っていないから、第三階層でスノウベアーを延々と狩り続けている。
 無機物遺跡に移動するという案もあるけど、そっちは人気の狩場で混雑しているから、乗り気になれないみたい。

 でも、最近はどこのお店でも、ポーションを国に納品しているから、多くの冒険者たちがポーションを買えなくなっている。
 つまり、ダンジョン探索を中断するパーティーが増えているんだ。
 無機物遺跡の混雑が解消されている今こそ、ルークスたちにとってはチャンスかもしれない。

 私はシュヴァインくんとの通話を終わらせて、お店の入り口に『開店中』の看板を出した。
 今日もカウンター席に座って、スラ丸をぷにぷにしたり、ティラとゴマちゃんをモフモフしたり、ブロ丸とタクミを磨いたり、ローズとお喋りしたりして、のんびりと一日を過ごす。

「うーむ……。今日も客が少ないのぅ……」

「商品棚がスカスカだからね。しばらくは仕方ないよ」

 ローズが唇を尖らせながら不満を漏らして、私は苦笑しながら彼女を宥めた。
 このお店の商品は、大半が魔力に依存している。そして、魔力は出来る限り、納品用のポーション作りのために使いたい。
 そんな訳で、強制依頼が終わるまでは、この状況が続くよ。

 早く終わるといいねって、ローズと話していたら──

「にゃああああああああああっ!? ま、魔物だにゃあああああああああ!!」

 裏庭からミケの悲鳴が聞こえてきた。彼はもう、家庭菜園にファングトマトが現れても驚かない。だから、間違いなく別の魔物だ。
 私はローズに店番を任せて、裏庭に急行した。

 腰を抜かしているミケの視線の先には、一メートル程度の高さの苗木がある。
 これは果樹の苗木で、数日前に商業ギルドから届いたやつだよ。青々とした葉っぱが生い茂っていて、一房だけ葡萄が実っている。

 昨日までは、実っていなかったけど……私が【耕起】を使った土に植えたから、実りが早くなったのかな?
 あるいは、魔物化してスキルを使ったのかも。

「ミケ、あの苗木が魔物なの? 全然そうには見えないよ?」
 
「絶対に魔物にゃんだよ!! ほらこれっ、みゃーの靴!! 穴が開いたのにゃあ!!」

 ミケは涙目になりながら、自分の靴の底を私に見せてきた。
 確かに、五百円玉サイズの穴が開いている。

「ふぅん……。その穴が魔物と、どう関係あるの?」

 釈然としない様子の私に、ミケがプリプリしながら事情を説明する。

「みゃーが葡萄を取ろうとしたらっ、あの魔物が攻撃してきたのにゃ!! 地面からっ、鋭い根っこをニョキってさせて!!」

「なるほど、それは魔物だね……。そっか、無事に魔物化したんだ」

 私が苗木をステホで撮影すると、『ヤングトレント』という魔物であることが判明した。
 持っているスキルは【果実生成】だから、テイムしたかった個体で間違いない。
 美味しい果物を実らせて、獲物を誘き寄せ、不意を突いて狩る。それが、このトレントの戦い方なんだろうね。
 最初に攻撃系のスキルを取得する個体もいるみたいだから、運が良かったよ。

「ご主人っ、早くテイムするのにゃ! このままじゃ危にゃいから!!」

「任せて。まずは慎重に、刺激しないように……」

 私はヤングトレントに対して、鎮静効果のある【微風】を浴びせた。
 これで心を落ち着かせてから、目に見えない繋がりを求める。

 ──やんわりと拒否されて、それと同時に強い渇きを訴え掛けられた。

 『水をくれたらテイムされてもいい』という、意志表示かもしれない。
 私は根っこに攻撃されないよう、遠くから聖水をあげて、再びテイムを試みる。
 すると、今度はすんなりと受け入れて貰えたよ。

「よしっ、テイム出来た! キミの名前は、今日からグレープだよ!」

 葡萄を実らせるから、グレープ。安直だけど、憶えやすくていいよね。

「もう攻撃されにゃい? 葡萄、貰ってもいいのかにゃあ?」

「収穫するのはいいけど、一人で全部食べたら駄目だよ」

 ミケは葡萄を収穫して、私の顔色を窺いながら、一粒、また一粒と懐に仕舞っていく。
 ……ストップ! 今日のところは四粒で我慢して貰って、残りは私が回収した。

 手に取って観察すると、粒の大きさがピンポン玉くらいあって、色艶も素晴らしいことが分かる。
 こんなに高品質な葡萄、市場では見たことがない。
 やや緊張しながら味を確かめると、前世も含めて過去一番だと断言出来るほどの甘味だった。瑞々しい果肉と芳醇な果汁が、口の中いっぱいに広がって、頬が落ちそうだよ。

 ミケも大粒の葡萄を口の中に放り込んで、マタタビでも嗅いだかのように、顔を蕩けさせている。

「はにゃあああぁぁぁぁ……!! しゅ、しゅごいのにゃあ……!!」

「これ、みんなにも食べさせてあげよう。商品化も検討したいけど、それは追々かな」

 グレープにはこの後、他の従魔たちに食べさせる分と、ルークスたちにお裾分けする分の葡萄を生成して貰った。
 毎日食べたいって、みんなに強請られそうだけど、それも強制依頼が終わってからだね。
 グレープの【果実生成】も、魔力を消耗しちゃうんだ。

 庭が広ければ、林檎、蜜柑、桃とか、色々なトレントを集められるんだけど……今のところ、引っ越す予定はない。
 現在の私のお店は、冒険者ギルドが近くて賑やかな表通りにある。出店や酒場があちこちにあって、朝も夜も煩いくらいだけど、結構気に入っちゃったんだよね。

 このお店を手放さずに、別荘を用意するという手もある。
 ただ、街中で広い庭がある家って、お金持ちが住むようなお屋敷しかないんだ。
 流石にまだまだ、手が出せないよ。……でも、目標にはしておこう。
 
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