95 / 239
三章 スライム騒動編
94話 カウンター浮気
しおりを挟む──正午。私は自分の影の中にティラを潜ませ、リュックの中にスラ丸を入れて、商業ギルドへと向かった。
盛況なギルド内で受付カウンターを見回すと、一人の女性職員さんと目が合ったので、そちらへ向かう。
「ようこそ、アーシャ様。本日のご用件を伺います」
「果樹の苗木が欲しいので、取り寄せて貰えませんか?」
「畏まりました。色々と種類があるので、こちらの目録からお選びください」
私は職員さんが持って来てくれた商品目録を確認する。ざっと見た感じ、百種類近くの苗木が記載されているよ。
これは悩ましいね……。私が熟考していると、スラ丸がリュックの中から身体を伸ばして、葡萄の苗木が記載されている頁をペチペチと叩いた。
葡萄はスラ丸の大好物だから、その苗木が欲しいみたい。
私も葡萄は好きだし、悪くない選択肢かな。
ただ、一口に葡萄の苗木と言っても、かなり種類が豊富だった。小粒だったり大粒だったり、甘みが強かったり酸味が強かったり、香りに定評があったり、ワイン作りに向いている葡萄の苗木なんてものもある。
裏庭の広さを考えると、植えられるのは一本だけだから、品質重視で甘みが一番強いのにしよう。
「──では、これをお願いします」
私が選んだのは、最高級の葡萄の苗木だった。
お値段は外注の手数料込みで、金貨十枚。高いけど、思ったほどじゃない。
……なんか、金銭感覚が麻痺してきたかも。苗木一本で金貨十枚って、冷静に考えたら高すぎるよね。
「こちらはアクアヘイム王国の西部にて、栽培されている品種です。南部での栽培は難しいかと思われますが、本当に宜しいでしょうか?」
「ええっと、栽培が難しい理由って、気候ですか? それとも、土や水の問題だったり……?」
「気候ですね。葡萄は雨に弱いので、降水量が少ない西部で育ちやすいのです」
職員さんの話を聞いて、私は少しだけ逡巡する。
こんなにお金を掛けて、育てられなかったら最悪だ。でも、魔物化させて育てる予定だから、普通の葡萄の苗木を育てるのとは訳が違う。
トレントになっても雨が苦手だったら、【土壁】を使って屋根を作ることも出来るし、大丈夫だと思いたい。
「うーん……。うん、買います! 売ってください!」
「畏まりました。お取り寄せまでに、三日ほどお時間をいただきます」
私は職員さんとのやり取りを終えて、商業ギルドを後にした。三日後が楽しみだね。
上機嫌に鼻歌を口遊みながら、帰路に就くと──道中で、林檎のような赤色のツインテールが、人混みの中を横切るのが見えたよ。
「今の、フィオナちゃんかな?」
折角だし声を掛けて、昼食でも一緒にとろう。そう思って追い掛けたけど、私の足が遅くて追い付けない。
まぁ、フィオナちゃんはスラ丸三号と一緒だから、従魔との繋がりを意識すれば、見失うことはないけどね。
「うぅっ、うぅぅ……っ、ふえええぇぇぇぇん!! シュヴァインの馬鹿ぁ!!」
噴水広場でフィオナちゃんに追い付いたとき、彼女はベンチに座って泣いていた。
珍しくシュヴァインくんを悪く言っているから……もしかして、浮気の件を知っちゃった、とか?
声を掛けるのが怖いけど、見て見ぬ振りをする訳にもいかない。
私は地雷原に足を踏み入れる気持ちで、恐る恐る声を掛ける。
「あのぉ……フィオナちゃん、どうかしたの……? 話、聞くよ……?」
「アーシャっ!! シュヴァインが……っ、シュヴァインが浮気してたのッ!! 信じられる!? あたしがいるのにっ、浮気よ浮気!! あたしに嘘を吐いて、スイミィと逢引してたの!!」
「へ、へぇ……。どうしてそんなことが……」
このタイミングで、『知っていました』とは言い難い。
私は内心で冷や汗を掻きながら、フィオナちゃんの愚痴に耳を傾ける。
「最近のシュヴァインは挙動不審だったからっ、何か隠しているんでしょって問い詰めたのよ!! そうしたらっ、スイミィと図書館で逢引してたって!! しかもっ、仮病まで使って!!」
シュヴァインくんは結局、スイミィ様と逢引していたことを自白したらしい。
「そっか……。それで、フィオナちゃんはどうするの?」
「別れるわよッ!! もう別れてやるんだからッ!! うぅぅ……っ、うわああああああぁぁぁぁぁん!! アーシャぁ!!」
「よしよし、辛いね。いっぱい泣いていいからね」
フィオナちゃんはギャン泣きしながら、私の胸に飛び込んできた。
今回の一件はシュヴァインくんが全部悪いから、私としても止めようとは思わない。別れるのも止む無しだよ。
正直、刃傷沙汰にならなくて、ホッとしている。フィオナちゃんが癇癪を起こして暴れたら、魔法によって大きな被害が出そうだからね。
しばらくの間、フィオナちゃんの頭を撫でて、『大丈夫だよ、明日があるよ』と適当に慰めていると──彼女は唐突にピタっと泣き止んで、目を据わらせながら宣言する。
「決めたわ。シュヴァインが浮気したんだから、あたしも浮気する。カウンター浮気よッ!!」
「えぇぇ……。浮気って言っても、相手がいないよね……?」
「アーシャが浮気相手になりなさいよ!! 男装してっ!!」
「男装!? いや、無理無理無理。したことないよ、男装なんて」
フィオナちゃんの浮気って、シュヴァインくんに焼きもちを焼かせる的な、恋愛の駆け引きだと思う。
それなのに相手が私だと、あっちも焼きもちの焼き様がないよね。
「じゃあ、あたしに知らない男とデートしろって言うつもり!?」
「そうは言わないけど、せめて同じパーティーの男の子とか……」
「それは無理よ! ルークスはあたしとシュヴァインの関係を修復するために、お節介を焼くでしょ? ニュートは『くだらないことに巻き込むな』って、冷たく切り捨てるでしょ? トールは馬鹿でしょ? ほらっ、どう考えても無理じゃない!!」
「う、うーん……。まぁ、確かに……」
フィオナちゃんの高度な予測に、私は思わず納得してしまう。
「アーシャっ、やってくれるわよね!?」
シュヴァインくんに焼きもちを焼かせられなくても、フィオナちゃんの気晴らしにはなるかもだし、特別に一肌脱いであげようかな。
「仕方ないなぁ……。男装が似合わなくても、文句は言わないでね」
「分かったわ! あ、髪は切らなくていいわよ? 流石にそこまでさせるのは気が引けるし、折り畳む感じでお願い」
話が纏まったところで、私たちは服屋へ向かうことになった。
店員さんに趣旨を伝えて衣服を選んで貰うと、男の子用の黒いオーバーオールをお勧めされる。この服は肩に掛ける吊り紐が付いたつなぎだね。
これを着て、髪を折り畳み、赤黒いハンチング帽を被れば──って、やっぱり無理だよ。
ちょっとボーイッシュになったけど、まだまだ全然女の子に見える。
一応、肩幅を少しだけ盛れば、後ろ姿は及第点かも……。あ、仕草を工夫して顎を引き、帽子のつばの影で目元を覆えば、少しはマシになった。
男性用かつ厚底の革靴に履き替えて、一段低い声色で喋ることを意識しよう。
それから、男の子っぽい口調で──
「さぁ、私の可愛いフィオナ。デートの時間だよ」
そんな台詞を吐き出した私は、羞恥心に駆られて頭が爆発しそうになった。
透かさず【微風】を使って、気持ちを落ち着かせる。
フィオナちゃんは私が差し出した手をそっと握って、ポッと頬を赤らめたよ。
「素敵……。あたしのアシャオット……」
「アシャオット!? え、なにそれ?」
「アーシャって呼ぶのは変でしょ? だから、改名。今のあんたはアシャオットよ! ほらっ、あたしをエスコートして!」
変な名前だなぁ……と思いながらも、私には代案がないから受け入れる。
服屋から出た私は、フィオナちゃんと手を繋ぎながら、頭の中でデートプランを構築した。
彼女はいつも、シュヴァインくんをリードしているから、逆にリードして貰うのは新鮮だよね。こういうのも気分転換になると思う。
「フィオナ、まずは装飾品を見に行こう。初めてのデートの記念に、何かプレゼントしたいんだ」
「素敵な提案ね! 喜んで受け取ってあげるわ!」
フィオナちゃんは喜色満面の笑みを浮かべながら、私の手を引いて歩調を速めた。
油断するとリードを奪われそうだから、釘を刺しておこう。
私は彼女の腰を抱き寄せて、至近距離から橙色の瞳を覗き込む。
「急がないで。キミと歩く素敵な時間が、すぐに終わってしまったら、私はとても悲しいから……」
「きゅん……。アシャオット……」
フィオナちゃんは瞳にハートマークを浮かべて、私を熱っぽく見つめ返してきた。こんな感じで、シュヴァインくんにも呆気なく惚れちゃったんだろうね……。
この後、私はフィオナちゃんに合わせて、亀のような歩みで装飾品店へと向かったよ。
そこまで遅く歩いて欲しかった訳じゃないけど、文句は呑み込んでおく。
92
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
【完結】元ドラゴンは竜騎士をめざす ~無能と呼ばれた男が国で唯一無二になるまでの話
樹結理(きゆり)
ファンタジー
ドラゴンが治める国「ドラヴァルア」はドラゴンも人間も強さが全てだった。
日本人とドラゴンが前世という、ちょっと変わった記憶を持ち生まれたリュシュ。
しかしそんな前世がありながら、何の力も持たずに生まれたリュシュは周りの人々から馬鹿にされていた。
リュシュは必死に強くなろうと努力したが、しかし努力も虚しく何の力にも恵まれなかったリュシュに十八歳のとき転機が訪れる。
許嫁から弱さを理由に婚約破棄を言い渡されたリュシュは、一念発起し王都を目指す。
家族に心配されながらも、周囲には馬鹿にされながらも、子供のころから憧れた竜騎士になるためにリュシュは旅立つのだった!
王都で竜騎士になるための試験を受けるリュシュ。しかし配属された先はなんと!?
竜騎士を目指していたはずなのに思ってもいなかった部署への配属。さらには国の争いに巻き込まれたり、精霊に気に入られたり!?
挫折を経験したリュシュに待ち受ける己が無能である理由。その理由を知ったときリュシュは……!?
無能と馬鹿にされてきたリュシュが努力し、挫折し、恋や友情を経験しながら成長し、必死に竜騎士を目指す物語。
リュシュは竜騎士になれるのか!?国で唯一無二の存在となれるのか!?
※この作品は小説家になろうにも掲載中です。
※この作品は作者の世界観から成り立っております。
※努力しながら成長していく物語です。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした
鈴木竜一
ファンタジー
健康マニアのサラリーマン宮原優志は行きつけの健康ランドにあるサウナで汗を流している最中、勇者召喚の儀に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまう。飛ばされた先の世界で勇者になるのかと思いきや、スキルなしの上に最底辺のステータスだったという理由で、優志は自身を召喚したポンコツ女性神官リウィルと共に城を追い出されてしまった。
しかし、実はこっそり持っていた《癒しの極意》というスキルが真の力を発揮する時、世界は大きな変革の炎に包まれる……はず。
魔王? ドラゴン? そんなことよりサウナ入ってフルーツ牛乳飲んで健康になろうぜ!
【「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」1巻発売中です! こちらもよろしく!】
※作者の他作品ですが、「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」がこのたび書籍化いたします。発売は3月下旬予定。そちらもよろしくお願いします。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる