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三章 スライム騒動編
83話 依頼
しおりを挟むミケとのじゃれ合いを満喫したカマーマさんは、ご満悦な表情を浮かべながら、『それで?』と私に尋ねてきた。
私はスラ丸の現状とゾンビ司教の特徴を説明して、深々と頭を下げながら助けを求める。お願いにゃんにゃん。
「──と、そんな訳で、スラ丸を救出して貰いたいんです。報酬も金貨までなら、お支払い出来るので……」
「一匹のスライムを助けるために、金貨を出すのかしらん? そんなことする人、あちき見たことないわよん」
「スラ丸は、大切な家族なので!」
「あはぁん! 嫌いじゃないわぁ、そういうの! いいわよんっ、バリィちゃんの頼みでもあるし、金貨十枚で引き受けてあげちゃう!」
金貨十枚でカマーマさんを雇えるなんて、きっと幸運だよね。この人、この国で一番強いらしいから。
彼女の気が変わる前に報酬を先払いして、私は何度も感謝の言葉を伝えた。ありがとう、ありがとう。
「カマーマさんが単独で現地に向かいますか? 他にも人手が必要なら、私が報酬を出して雇いますが……」
「ううん、あちき一人で行くわよん。メスガキちゃんの話を聞く限り、スライムの現在地は聖女の墓標の第四階層。道を塞いでいる魔物は、アグリービショップ。これなら、あちき一人でどうにか出来るわん」
ゾンビ司教改め、アグリービショップ。
カマーマさん曰く、その魔物は口から眷属のゾンビを大量に吐き出し、闇属性の魔法をバンバン撃ってくるらしい。
「カマーマさんはもしかして、聖女の墓標を探索したことがあるんですか?」
「かなり昔の話だけど、あるわよん。王都で有名な占い師が、『あそこに聖女のスキルを内包した宝玉がある!』なんて、言い出してね? 教会があちきに、探せって依頼を出したの。もぅ本当に辛かったわぁ」
スキルを内包した宝玉。それって、スキルオーブのことだ。
「あの、それは見つかったんですか……?」
「ノンノン。あちきも頑張ったんだけど、結局は見つからなかったわねん」
私が手に入れたスキルオーブ。あれは、教会が欲しがっていた代物かもしれない。
スラ丸を助けて貰うんだから、カマーマさんには万全の支援をするべきだ。
けど、【再生の祈り】を見せても、大丈夫なんだろうか……?
教会との繋がりがあるのは、ちょっと怖いよ。
「もしも今、そのスキルオーブを見つけたら、カマーマさんはどうしますか?」
「どうって、モノによっては自分で使うし、そうじゃなければ売るかしらん。どうしてそんなことを聞くのん?」
カマーマさんをどこまで信頼するか、ここで決めないと。
ルークスたちと接している姿を見た感じ、かなり善良な人だと思う。
バリィさんの信頼も勝ち取っているし、【再生の祈り】を使わないまま送り出して、スラ丸共々犠牲になったら、悔やんでも悔やみきれない。
──よしっ、決めた! バリィさんと同じくらいには、信頼しよう!
「そのっ! 私っ、スキルオーブを使ったんです……!! 多分ですけど、聖女のスキルの……」
「あらぁん、それはラッキーだったわねん。……それで?」
「えっと、それが支援スキルだから、カマーマさんに掛けようかと……でも、他言無用でお願いしたくて……」
「面倒事が嫌ってことねん? いいわよん、黙っててあげる」
カマーマさんはあっさりと承諾してくれた。そして、両腕を広げながら『カモーン!』と叫び、支援スキルを受け入れる姿勢を取ったよ。
私が【再生の祈り】を使うと、毎度お馴染みの女神アーシャが宙に現れる。
しかし、彼女はカマーマさんを見るや否や、何もせずに消えてしまった。
「……あの神々しいオンナ、あちきを見て表情が固まってたわねん。これ、支援は貰えたのかしらん?」
「すみません、もう一回やります」
私は再び【再生の祈り】を使って、女神アーシャを呼び出した。
宙に現れた彼女は、私に非難がましい目を向けてきたけど、非難したいのはこっちだからね。
早くやって! と念じながら睨み付けると──女神アーシャは渋々ながらも、カマーマさんに手を翳して、優しい光を浴びせた。
「あああぁあぁぁぁんっ!! しゅ、しゅごいわぁ!! お肌がっ、お肌がピチピチになってイクゥゥゥゥッ!!」
カマーマさんは全身をピクピクさせながら仰け反って、大きな嬌声を上げたよ。
女神アーシャは耳を塞いで、顔を顰めながら消え去った。……うん、ご苦労様。
「カマーマさん、他にも【光球】と【風纏脚】がありますけど、必要ですか?」
「モチのロンよん! 貴方っ、メスガキちゃんの癖に優秀ねぇ!!」
「どうも、恐縮です」
こうして、私はカマーマさんに全ての支援スキルを使った。
スラ丸二号がいる場所には、【転移門】を使えば一瞬で到着するんだけど、悪臭がこっち側に流入するから、この手は使えない。
そんな訳で、私が出来る支援はここまでだよ。
「貴方の【風纏脚】って、効果がとっても高いわねん。その歳で、良いマジックアイテムを持っているわぁ」
「速いだけじゃなくて、宙を踏み締めて跳躍することも出来ますよ。ただ、姿勢の制御が難しいので──」
練習しないと無理。そう伝える前に、カマーマさんはその場で軽く飛び跳ねて、いとも容易く宙を踏み締めて見せた。
凄い、これが金級冒険者の実力なんだ……。
私の【風纏脚】が高性能な理由は、マジックアイテムじゃなくて、【他力本願】のおかげなんだけど……この誤解は解かなくてもいいかな。
「これは良い感じねん! あちき、今まで空中戦は苦手だったけど、これがあれば空の上でも敵なしよん!」
どうやら、私は最強のオカマに翼を与えてしまったらしい。
聖女の墓標では役に立つか分からないけど、喜んで貰えて嬉しいよ。
カマーマさんは意気揚々と出発して、私はその背中を見送りながら、スラ丸の無事を祈った。
ちなみに、彼女は探索中の悪臭対策として、ずーーーっと息を止めておくみたい。
スキルやマジックアイテムに頼らなくても、半日くらいなら呼吸は必要ないのだとか……。もうね、人間じゃない別の生物だと思う。
何はともあれ、後は天命を待つだけだから、私はカウンター席に突っ伏して肩の力を抜いた。
そんな私の傍に、今まで避難していたローズがやってくる。
「アーシャよ、あの巨漢は去ったかの?」
「うん、スラ丸二号を助けに行ってくれたよ。良い人だと思うから、あんまり怖がらないであげて」
「う、うぅむ……。善処するのじゃ……。ところで、ミケの奴は何処に?」
「ミケなら途中で、お店の外に逃げたよ。一応、ブロ丸が気を利かせて、追い掛けたけど……」
確認のために【感覚共有】を使って、ブロ丸の視界を見せて貰う。
すると、ミケが七三分けのお役人さんと一緒に、冒険者ギルドの表通りを歩いている姿が見えた。少し前に、お世話になった人だね。
よく分からないけど、ミケとお役人さん、それから二人の護衛の兵士が、私のお店に向かっている。……まさか、また厄介事?
「──ご主人っ、お客さんが来たのにゃ!! とっっっても大事な話が、あるらしいにゃあ!!」
カマーマさんとのじゃれ合いは忘却したのか、ミケはなんの気負いもなく帰ってきた。お客さんというのは、勿論お役人さんのことだ。
「失礼する、店主。今回は中央からの命令状を持ってきた」
「中央って、王都ですよね……? つまり、王様からの命令……!?」
「軍部からの命令だが、これは事実上、国王陛下からの命令だと捉えて構わない。店主個人に向けられた命令ではなく、この国のポーション生産に携わる全ての者に向けられた命令だ」
お役人さんはそう告げて、一枚の紙を私に手渡した。
今までに見たことも触ったこともない、上質な白い紙だよ。
恐る恐る拝見させて貰うと、文字じゃなくて幾何学模様が描き込まれていた。それも普通のインクじゃなくて、微かに発光する極彩色のインクで。
「……ええっと、これはなんでしょう?」
「その模様をステホで撮影すると、国からの依頼が受理される。その後、ステホが自動で貢献度を計測し、その数値によって、国が恩賞か罰を与える仕組みだ」
「えぇっ!? ば、罰があるんですか!?」
「当然だ。これは、第二級国家事業の依頼となっている」
第二級国家事業。お役人さん曰く、それは国家の存亡に関わる事業の、一歩手前くらいに位置付けられているらしい。
これを拒否するのは、犯罪行為に該当する。しかも、極刑だって。
なんという横暴……。自分が住んでいる国だし、貢献したいという気持ちはあるけど、鞭を打たれて強要されるのは勘弁してほしい。
私は泣く泣く、ステホで幾何学模様を撮影した。
すると、私のステホには『ポーションの大量生産に貢献せよ』という、強制依頼が登録されたよ。
依頼主の名前が、『アクアヘイム王国』になっているから、本当に国家事業なんだって実感する。
……あれっ? 待って! 現在の貢献度が0って表示されてるんだけど!?
「あのっ、アルラウネの花弁が大量に徴発されたのですが、それは貢献度に加算されないんですか……!?」
「残念だが、貢献度の計測は現時点から開始される。頑張り給え」
お役人さんはそう言い残して、兵士たちと一緒に立ち去った。
後に残された私は、ローズと一緒に不満を爆発させる。
「あああああああっ!! もうっ!! 本当にもうっ、最低!! 最悪っ!!」
「妾の花弁を毟った癖にっ!! 何故それが貢献として扱われんのじゃ!? この国は一体どうなっておる!?」
大量にあった在庫を全部徴発してから、よーいスタートだなんて、意地が悪すぎるよね。
一頻り怒った後は、冷静に作戦会議をしなきゃ……。
貢献度がどの程度の数値になったら罰を免れるのか、そんな一番大事な説明をして貰えなかった。
これだと幾ら頑張っても、『まだ足りないかも』って、思わされちゃう。
「ど、どうしようっ、転職して魔法使いに戻った方がいいかな!?」
「ま、待ってたも! 一旦冷静になるのじゃ! 進化したスラ丸のおかげで、妾の花弁は大量生産出来る! ならば、まだ慌てる時間ではないはず……!!」
「そ、そっか……!! うん、確かに……」
スラ丸を私の【光球】で照らしておけば、一日に使える魔力は結構な量になる。
それを考えると、私が貢献度不足に陥るなんて、あり得ないと思う。これなら、慌てて転職する必要はないよね。
ただ、土の魔法使いのレベルを上げて、私自身の魔力を増やす努力はしておこう。どうせ、レベル上げはするつもりだったし。
私とローズは話し合って、そう結論付けた。
「レベル上げの方法じゃが……こんなときこそ、其方の仲間に頼ったらどうかのぅ?」
「頼るって、ルークスたちにレベル上げを手伝って貰う……ってこと?」
「うむっ、その通りなのじゃ! レベル20……いや、一先ず15くらいが目標かの」
ローズの提案に私は頭を悩ませた。
頼るならカマーマさんの方が、実力的には信頼出来る。でも、これ以上彼女に厚意を求めるのは、不興を買うかもしれない。
バリィさんが折角繋げてくれた縁だし、これは大切に育んでいきたいよ。
ルークスたちは、もうすぐレベル20に到達する。実戦経験も積み重ねているし、私一人くらいなら面倒を見られるかもしれない。
私が足を引っ張りそうな局面は、スラ丸の【転移門】で避難しておくという選択肢もある。
第三階層のスノウベアー。奴の攻撃を【土壁】で防いで、みんなの戦闘に貢献すれば、レベルが上がるのも早そう。
うーん……。うんっ、決めた! ルークスたちに頼んでみよう!
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