82 / 239
三章 スライム騒動編
81話 スラ丸の進化
しおりを挟むなんと、スラ丸が進化出来るらしい。それを知って、私は小躍りしてから仮眠を取った。
従魔を進化させるためには、私が夢を見ないといけないんだ。
ローズの花弁の生産量が減って、御上に怒られるかもしれないという問題は、一旦頭の片隅に追い遣ろう。
──微睡に沈むと、暗闇の中に浮かぶ道が見えてくる。
その道は三本に分岐していて、私は岐路の手前に下り立った。
それぞれの道には、一枚ずつ看板が立てられているから、サッと目を通す。
左から順番に、『分裂』『スライムリーダー』『ゲートスライム』って書いてあるよ。
「よしっ、間違いなくスラ丸を進化させるための夢だね」
分裂はスラ丸が増えるだけで、進化する訳じゃない。
コレクタースライムは【収納】を使えるから便利だし、増やしてもいいんだけど、折角だから進化させたい。
主人のレベル不足で、進化させた従魔が反抗期になるという、最悪の事例があるらしいんだけど……スラ丸はまだ弱っちいから、大丈夫だと思う。
私はステホを使って、進化先となる二枚の看板を撮影した。
『スライムリーダー』──スライムの統率個体で、自分と同種かつ下位の個体を従えることが出来る。
頭が良いことが進化条件だから、スライムという種族なら珍しい進化先かもしれない。スラ丸が賢いから忘れがちだけど、スライムは基本的に知能が低いからね。
『ゲートスライム』──二つの地点を門で繋げることが出来るスライム。
進化条件は三つもあって、『空間に作用するスキルを取得している』『空間転移を経験したことがある』『分裂した個体が複数残存している』とのことらしい。
これらの条件を確認して、私は腕組みしながら首を傾げた。
「うーん……? 進化出来るってことは、もう条件を満たしているんだよね……? 空間転移を経験したことがあるって、一体いつの間に……?」
空間に作用するスキルは【収納】だし、分裂した個体ならきちんと残っている。
でも、空間転移なんて、一度も経験させた憶えがない。……まぁ、原因を探るのは後にして、早いところ進化させよう。
スライムリーダーとゲートスライム、どっちも捨て難いけど、私は利便性が高そうな後者を選んだ。
すると、私の足元に三匹のスラ丸が現れたよ。一匹ずつじゃなくて、纏めて進化するっぽい。
「立派になるんだよ、スラ丸」
私はスラ丸たちの背中を押して、進化の道を真っ直ぐ進ませる。
手を振ってお見送りしていると、私の意識は夢の中から緩やかに浮上していった。
──目が覚めると、外はもう夕方になっていたよ。
自室のベッドで寝ていた私は、枕元に居座っているスラ丸に目を向ける。
姿形は殆ど変わっていない。魔石の透明感が増して、美しくなっているけど、その程度の変化かな。
「スラ丸、ちゃんと進化出来たの? あんまり見た目が変わってないけど」
「!!」
私が疑惑の目を向けながらスラ丸を突っつくと、この子は意気揚々とベッドから飛び降りて、床の上で身体を膨らませ始めた。
一回り、二回り、三回り──えっ、まだ大きくなるんだけど!?
「ご主人! 起きたのか──にゃああああああああああああああ!?」
ノックもなく部屋に入ってきたミケが、巨大化したスラ丸に押し潰されそうになって、大きな悲鳴を上げた。
最終的に、スラ丸は三メートルくらいの大きさになっちゃったよ。チビっ子の私たちと比べると、倍以上も大きい。
「スラ丸っ、小さくなって!! ミケが潰れちゃうから!!」
私が命令すると、スラ丸は三十センチくらいまで縮んでくれた。試しに持ち上げてみると、重さも減っている。
これって、どういう仕組みなの……?
もしかして、【収納】に自分の身体を仕舞っているとか……?
生物は仕舞えないスキルだけど、身体の一部なら突っ込めるんだよね。
私も手を突っ込んで、物を取り出すことがあるから、スラ丸も同様のことをしているのかも。
「良かった……。これなら引き続き、スラ丸を鞄として使えるよ」
私はスラ丸を撫でながら、ステホで撮影してみた。
種族名がゲートスライムに変わり、新スキル【転移門】を取得していることが判明。このスキルを使えば、自分と自分から分裂したゲートスライムとの間に、距離を無視して行き来することが可能な門を作れるらしい。
スラ丸の進化後の変化は、身体が大きくなって、核の魔石が綺麗になり、新スキルを取得したこと。そして、これら以外にもう一つ、重要な変化がある。
それは、魔力が随分と増えたことだよ。しかも、使い勝手が良い無属性の魔力だから、とっても嬉しい。
私には【魔力共有】があるから、スラ丸は魔力タンクとしての役割も担えるようになった。
これでまた、ローズの花弁を大量生産出来るね。
「……スラ丸、十匹くらいドカンと分裂させちゃう?」
自分の口から零れた独り言が、名案に思えたけど……いや、いやいや、やめておこう。
レベルはどんどん上がり難くなるから、従魔を使役出来る枠は簡単に埋めちゃいけない。慎重にならないとね。
とりあえず、新スキルの【転移門】を試そう。
まずは私が【感覚共有】を使って、スラ丸三号の視界を覗き見する。安全確認は大事だよ。
「──火炎弾!! 火炎弾!! 火炎弾!! あっ、トール!! そっちに逃げたわよ!!」
「チッ、しっかり当てやがれ馬鹿女がッ!!」
「馬鹿女って言わないでっ!! あんたに魔法をぶつけるわよ!?」
スラ丸三号はフィオナちゃんの腕に抱きかかえられて、今日も流水海域の探索に付き合っていた。
みんなはスノウベアーと戦闘中で、フィオナちゃんが魔法を連発し、トールが鈍器で敵の頭をカチ割る。
一段落ついたタイミングを見計らって、私は【転移門】を使うよう指示を出す。
「スラ丸、一号と三号で門を繋いで」
三号は了承してプルンと震えた後、フィオナちゃんの腕から飛び降りて、身体を急速に膨らませた。
フィオナちゃんたちが驚愕しながら、慌てて三号に駆け寄る。
「す、スラ丸!? いきなりどうしたの!? 悪いものでも食べた!?」
「お、落ち着いてフィオナちゃん……!! き、きっと、進化したんだよ……!!」
シュヴァインくんが正解を言い当てて、ルークスは感心しながら三号を撫で回す。その間に、ニュート様は冷静にステホで撮影していたよ。
「良かったね、スラ丸。オレたちが魔石を食べさせていたから、そのおかげかな?」
「ああ、そうかもしれないな。どうやら、ゲートスライムという魔物になったらしい。【転移門】というスキルを取得しているぞ」
ルークスたちがスラ丸に魔石を食べさせていたなんて、私は知らなかった。
きちんと仲間の一人として扱い、分け前を渡していたんだね。有難いことだ。
私が内心で感謝していると、スラ丸一号も再び身体を膨らませたよ。
そして、一号と三号が同時に、門の形へと変化する。
二つの門は距離を無視して繋がり、私の部屋から流水海域の様子が、直接見えるようになった。雪と冷気が吹き込んできて、とんでもなく寒い。
「なるほど、【転移門】ってこういう感じなんだ……。みんな、やっほー」
「わっ、アーシャだ! 久しぶり! 元気だった?」
「うん、元気元気。ルークスたちも元気そうで、安心したよ」
私がみんなに手を振ると、ルークスが手を振り返してくれた。
一週間も会っていなかったけど、私からすると久しぶりって気がしない。
教会にいる間も、何度かスラ丸視点でルークスたちを覗き見していたからね。
「ちょっと! なんで呑気に挨拶してんのよ!? これってどうなってんの!?」
フィオナちゃんが門から身を乗り出して、これが現実なのか確かめるべく、室内を見回しながら私の顔をペタペタと触ってくる。
彼女はスノウベアーのマントを装備しているから、手が冷たくなったりしていない。……そのマント、私も欲しいなぁ。
「これがスラ丸の新スキル、【転移門】だよ。見ての通り、二つの場所を繋げられるんだ」
「距離を無視して、か……。途轍もないスキルだな。この魔物の進化条件が広まれば、良くも悪くも、世界が一変するぞ」
ニュート様はそう言って、顎に手を当てながら、難しい顔でスラ丸を見遣った。
ここで、彼の言葉にトールが突っ掛かる。
「移動の手間がなくなンなら、良いことじゃねェか。どう悪くなるってンだ?」
「少しは頭を使え、番犬。ゲートスライムは犯罪や戦争に、幾らでも利用出来るだろう」
ニュート様の意見は尤もだね。沢山の犯罪者や軍勢が神出鬼没になる世界って、かなりゾッとするよ。
人攫いとか、物凄く簡単になっちゃう。
まぁ、ゲートスライムへの進化条件を満たすのは、とても難しいと思うけどね。
空間転移の経験を得るなんて、どうすればいいのか見当が付かない。
「あ、そうだ。フィオナちゃん、スラ丸を入れるための鞄、明日にでも一緒に買いに行こうよ。目敏い人にステホで撮影されたら、厄介事になりそうだから」
「ええ、確かにそうね。お馬鹿なトールとは違って、あたしには危険性が理解出来るわ。……ところで、そっちの猫っぽい子は誰なの?」
私の提案を快諾してくれたフィオナちゃんは、ミケに訝しげな目を向けた。
「猫獣人のミケだよ。紆余曲折があって、私が面倒を見ることになったの」
私はミケがお店に来た経緯をザックリと説明してから、当人に挨拶させる。
「にゃあ! おみゃーら、よろしくにゃ!!」
「か、可愛い……!! ぼ、ボク、シュヴァインです……。そのっ、猫耳、可愛いね……!! と、とっても……ふへ、ふへへ……。ちょ、ちょっとだけ、触らせて貰っても……」
シュヴァインくんが辛抱堪らんと言った様子で、手をワキワキさせながらミケに近付いた。けど、すぐに『ぎゃふん!!』と悲鳴を上げて転倒する。
ミケがスキル【滑る床】を使ったんだ。
「みゃーに触るにゃ! オスにベタベタされても、嬉しくにゃいの!!」
「へぇ、ミケは男嫌いなのね……。それなら、ライバルにはならないか……」
シュヴァインくんを狙う新たなライバルかと、フィオナちゃんは一瞬だけミケを警戒したみたい。でも、今のミケの反応を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
これ、みんなミケの性別を勘違いしているかも……。ミケは女の子じゃなくて、男の子だよ。
教えてあげようと思ったけど、寸前で思い止まる。シュヴァインくんがショックを受けたら可哀そうだから、黙っておこうかな。
この後、みんながミケに自己紹介してから、私は話を切り上げようとした。
「それじゃあ、そろそろ門を閉じるね。もう寒くて限界──」
「待て。ワタシたちは帰りに、このスキルを利用しても構わないのか?」
ニュート様の質問に、私はどう答えようか悩む。正直、状況次第なんだよね。
「うーん……。門になっているスラ丸自身が、行き来出来ないから、緊急時限定で使って欲しいかな」
「ああ、そうか、そうなるのか……。スラ丸を置き去りにするのは忍びないが……誰かが戦闘不能になったときは、遠慮なく使わせて貰おう」
スラ丸も大切だけど、私はルークスたちの命を優先するよ。
スラ丸を置き去りにするという、あって欲しくない未来を想像して、フィオナちゃんがほろりと涙を零した。
三号を一番可愛がっているの、フィオナちゃんだからね……。
92
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる