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三章 スライム騒動編

80話 徴発

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 無事に転職が終わった私は、見習いシスターをやめて自分の家に帰ってきた。
 雑貨屋となっている店舗スペースに足を踏み入れると、いきなりローズの蔦が絡み付いてきて、一気に引き寄せられる。

「アーシャよっ、早う妾に魔力を寄こすのじゃ!! 花弁がっ、妾の花弁がないなった!! それとおかえりなのじゃ!!」

「ちょっ、落ち着いて! それとただいま!」

 泣きべそを掻いているローズが、私を宙吊りにしながらブンブン揺らして、魔力を強請ってきたよ。
 よく見ると、彼女の下半身である大きな深紅の薔薇から、花弁が綺麗さっぱり消えていた。
 私はスキル【魔力共有】によって、ローズに自分の魔力を送る。
 すると、彼女は即座にスキル【草花生成】を使って、深紅の花弁を生やした。

「ふぅ……。落ち着いたのじゃ……。なんだか以前よりも、アーシャの魔力が美味になった気がするのぅ」

「あ、それって多分だけど、土の魔法使いになったから、そのせいかも」

 私は熟考の末に、魔法使い(30)から、土の魔法使い(1)に転職したんだ。
 その結果、魔力の質が土属性寄りに変化して、土属性の魔法が若干使いやすくなった。
 ローズは土属性の魔物だから、今の私の魔力とは親和性が高いんだろうね。そう説明すると、

「おおっ、素晴らしいではないか! アーシャはずっと、土の魔法使いでいてたも!」

「いやぁ、そうしてあげたいのは山々なんだけど……レベルを上げていくと、他の属性の魔法が使い難くなるから……」

 土の魔法使いのレベルを上げていくと、私の魔力の質が、徐々に土属性へと染まってしまう。
 魔力が純度百パーセントの土属性になったら、他の属性の魔法は使えなくなるらしい。

 魔力は属性に染まるほど、合致する属性の魔法を使う際に、燃費が良くなる。
 けど、その他の属性の魔法を使う際に、燃費が悪くなるんだ。
 多分だけど、レベル40くらいで土属性に染まり切るから、その前に再び転職したい。

「ふーむ……。であれば、無理は言えないのじゃ……」

「ごめんね。それで、何があったの? ローズの花弁、在庫も含めて全部なくなっているけど……」

 私が店内を見回すと、主力商品のローズの花弁が、どこにも見当たらなかった。
 在庫なら大量に用意してあったのに、それも含めてスッカラカンだよ。
 ポーションの素材になるものだから、需要が高いのは間違いないけど、一週間でなくなる量じゃなかったと思う。

「花弁は全て徴発されたのじゃ! 兵士がいきなりやって来て、妾の下半身の花弁まで毟り取ったのじゃぞ!! 横暴も此処に極まれりであろう!?」

「えぇっ!? そ、そんなことあるの……? そうだ、代金は? 払って貰えた?」

「否っ!! 『ご協力に感謝する』と抜かした後、この紙だけを残して去ったのじゃ!!」

 ローズが預かった紙を見せて貰うと、そこには『軍事物資の調達に貢献したことを認める』という、上から目線の一文が書いてあった。
 それと、サウスモニカ侯爵家の判子が押してあるよ。
 ありがとうの一言は書かれていないものの、一応は感状だと思う。

「ポーションが軍事物資になるのは分かるけど、随分と急だね」

「徴発があったのは、妾たちの店だけではない。今、ミケが聞き込みに行っておるのじゃ。噂話程度でも構わんから、何か分かればよいが……」

 きな臭さを感じて、しっかりと情報収集を行う辺り、ローズは本当に頼りになる。……ただ、ミケに聞き込み調査なんて出来るのか、ちょっと不安だよ。
 可愛い女の子に発情して、今頃どこかでヘコヘコしているかもしれない。

「ただいまにゃあ!! あっ、ご主人っ!! お久しぶりだにゃ!! 元気してたかにゃ!?」

「うん、元気元気。元気だよ」

「よかったにゃあ! みゃーね、寂しかった!! だからっ、いーーーっぱい甘えさせてにゃー!!」

 ミケは私の姿を発見するなり、一目散に抱き着いてきた。
 私のまな板みたいな胸に、頬を摺り寄せているけど……これは、邪な気持ちがあってのことなのか、それとも無邪気なだけなのか、判断に困るね。

 とりあえず、軽く頭を撫でてから引っぺがして、市井で集めてきた情報を聞かせて貰う。

「ミケ、どんな話を集めてきたの? 兵士たちが軍事物資を徴発している理由、少しでも分かった?」

「にゃんかね、王都から軍がくるんだって。それで、裏ボスを倒すために、色々と集めているみたいだにゃあ」

「裏ボス……。そっか、流水海域の……」

 カマーマさんがエンペラーペンギンの魔物メダルを手に入れたことで、王族は流水海域の裏ボスに挑めるようになった。
 裏ボスの強さは桁違いで、数千人規模の軍勢で挑むのが常識らしい。だから、ポーションも大量に必要なんだろうね。
 私には関係ない話だと思っていたけど、こんな形で巻き込まれるなんて……。せめて、代金は支払って貰いたかったよ。

「ふぅむ……。そういうことであれば、妾の花弁を補充しても、再び徴発されてしまいそうじゃな……」

「そうだね。仕方ないから、しばらくは別の商品を補充して売ろうか」

「それはそれで、問題にならんかのぅ……? もっと花弁を寄こせと、御上に叱られるかもしれないのじゃ」

「うっ、あり得る……。でも、どうせ前ほど量産は出来ないよ? 私の魔力、かなり減っちゃったから」

 私はもう、アラサーメイジじゃない。土の魔法使いレベル1だから、ローズに供給出来る魔力は微々たるものだ。

「生活費には困っておらんし、御上を怒らせないように立ち回った方が、賢いと思うのじゃが……」

 ローズは魔物なので、人間社会の道理を弁えていることに違和感を覚えるけど、確かに彼女の言う通りだね。

「魔力が足りない分、ローズの花弁の代わりに、何か役立つものを用意するとか……?」

 自分でそう言っておきながら、私は渋い顔をしてしまった。
 今の私が魔力を使わずに用意出来るものなんて、高が知れているよ。

「にゃにゃっ、軍がくるってことは、人が沢山にゃんだよ! 食べ物を搔き集めておいて、軍が来たら差し出すのは、どうかにゃあ?」

「軍を動かすなら、流石に兵糧の準備は万全だと思うなぁ……」

 ミケの提案は私の琴線に触れなかった。昨今はコレクタースライムがいるから、兵糧の持ち運びも簡単だろうし、現地調達なんてしないでしょ。
 私が難しい顔でウンウン唸っていると、ローズが一つ提案する。

「アーシャのレベルを上げて、魔力が増えれば済む話なのじゃ。其方は支援スキルを使えば、簡単にレベル上げが出来るであろう?」

「いや、それが実は──」

 職業レベルって、その職業に適した行動を取らないと、上がらないんだよね。
 普通の魔法使いだった頃は、【土壁】【光球】【微風】【風纏脚】のどれを使っても、レベルアップに繋がった。
 でも、今は土の魔法使いだから、【土壁】を使うことでしか、レベルアップに繋がらないんだ。

 言うまでもないことだけど、これって普通の魔法使いよりも、レベル上げが大変なんだよね……。
 これらを説明すると、ローズがジトっとした目を私に向けてくる。

「その条件で、どうして土の魔法使いを選んでしまったのじゃ……?」

「ごめん、私も選んだ後に気付いたの……」

 私がアラサーメイジになれた主な要因は、【光球】のおかげだった。
 【他力本願】の影響で【光球】に追加されている特殊効果が、光を浴びせている対象の体力と魔力を徐々に回復させるというもの。
 これによって、他人の──特に、ベテラン冒険者の戦闘を支援し、濡れ手で粟のように経験値を稼いでいたんだ。
 土の魔法使いだと、残念ながらこの手は使えない。

「むぅ……。【土壁】だけでレベル上げをするとなると、今までのようにはいかないのぅ……。いっそのこと、転職して普通の魔法使いに戻るかの?」

「お金が勿体ないから、それは最後の手段で……」

 ローズの提案に、私は力なく反対した。
 せめて、土の魔法使いで新スキルを二つは取得したい。つまり、レベル20までは頑張りたいよ。

「ご主人、新しいスキルは生えてにゃいの? 職業を選んだら、スキルが貰えるはずにゃ」

「あー、それは初めて就職したときのボーナスだね。転職の場合だと、レベル1でスキルは貰えないみたい」

 ミケに問い掛けられて、私はこの世界共通のルールを教えてあげた。
 その後、私のスキルに関する情報を家族みんなで共有するべく、ステホを見せる。

 アーシャ 魔物使い(17) 土の魔法使い(1)
 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
 従魔 スラ丸×3(分裂可能・進化可能) ティラノサウルス ローズ ブロ丸
    タクミ

「……あれっ!? スラ丸が進化出来る!?」
 
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