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三章 スライム騒動編
78話 教会
しおりを挟む私の目的地は教会というより、教会に併設されている病院だった。
そこには、回復系のスキルや下級ポーションを使っても、完治しない重症患者たちが入院している。
刺客に襲撃されて重傷を負った魔物使いたちも、そこに入院中らしい。
シスターさんたちが看護師として働いているから、私も見習いシスターとして病院で働き、誰も見ていないタイミングを見計らって、患者に女神球の光を浴びせる予定だよ。
「──よしっ、頑張るぞ!」
私がそう意気込んだところで、節制とは無縁の煌びやかな大聖堂に到着した。
ここで、門番を務めている聖騎士に、柔らかい口調で質問される。
「ようこそ、大聖堂へ。本日のご用件をお伺いしても、宜しいでしょうか?」
この人、襤褸を着ていた頃の私に、ゴミを見るような目を向けてきた人だ。職業選択の儀式のときだね。
今の私は身形が整っているから、気付いていないみたい。
「徳を積むために、病院の方で何か、お手伝い出来ることはないかと……。こういうの、ご迷惑でしょうか?」
「いえいえ、とんでもない。貴方の立派な行いに、主も甚く感心していることでしょう」
私は背筋をスッと伸ばして、憂いを帯びた表情で用件を伝えた。
すると、聖騎士はすんなりと私の言葉を信じて、私とスラ丸を大聖堂の中に入れてくれたよ。
ティラは私の影の中に潜んでいるから、全く気付かれていない。この子は【潜影】という、影の中に潜れるスキルを持っているんだ。
早速、私は大聖堂の中で、病院の業務を取り纏めているシスターさんの面接を受ける。
「初めまして、アーシャです。普段は雑貨屋で働いているのですが、余暇が出来たので徳を積みに来ました。職業は魔物使いで、従魔はコレクタースライムです。病院での雑用を希望しています」
「ようこそ、アーシャ。歓迎しますよ。立場は見習いシスターで、住み込みということになりますが、構いませんか?」
「はいっ、大丈夫です! よろしくお願いします!」
目の前のシスターは六十代くらいのお婆さんで、お名前はババァンさん。朗らかな笑みが似合う人だよ。
ただ、一瞬だけ私とスラ丸を値踏みするように見てきたから、油断ならないね。
今回はお眼鏡に適ったみたいだけど、役立たずだと判断されていたら、素気無く追い出されていたと思う。
「それでは、シスター・アーシャ。寮に案内しますので、修道服に着替えてから病院の方へ向かいましょう」
「分かりました! 三秒で着替えて来ます!」
私は出来るだけハキハキと喋り、好印象を持って貰えるように接した。
この国の教会は嫌いだけど、所属している人たち全員が悪だとは思っていないから、一先ずババァンさんとは仲良くしておきたい。
ちなみに、教会に所属している間は、俗世と距離を取らないといけない。そのため、関係者は全員寮生活を強いられる。
見習いシスターが暮らす寮は、作りこそしっかりしているものの、割と質素な建物だった。立場が上がっていくと、豪華な寮に移れるみたい。
俗世と距離を取るための寮生活なのに、この仕組みがとても俗っぽいとか、思っても口にしたらいけないんだろうね。
私に宛がわれたのは二人部屋だけど、同居人はいなかった。
紺色の修道服に素早く着替えて、いざ病院へと向かう。
その建物は大聖堂ほどじゃないにしろ、それなりに大きくて、清潔な白色に染められていた。煌びやかなところは全くないよ。
この世界の人間は頑丈で、しかも回復系のスキルやポーションがあるから、余程の重症患者以外、ここに入院することはない。それなのに──
「患者の数、多すぎませんか……?」
どの部屋にも空いているベッドが殆どない。シスターさんたちが世話しなく働いているから、猫の手も借りたい状況に見えた。
「つい最近、大型の魔物が街中で暴れたでしょう? あれの被害者が多いのですよ」
「ああ、ソウルイーターですか……。あの、刺客に襲われた魔物使いの方々も、入院されていると聞きましたが……」
「ええ、していますよ。もしかして、お知り合いでも?」
「い、いえ、同じ魔物使いとして、心配だなぁ……と」
ババァンさんは私の言い分を信じて、優しい子だと褒めてくれた。
うぅ……。違うんです、罪悪感に突き動かされているだけなんです……。
思わず懺悔したくなったけど、ここはぐっと堪える。
商人の暴走の切っ掛け、コレクタースライムへの進化条件。その情報を売ったのが私だと、世間様に知られたくないからね。
願わくば、このまま露見しないで欲しい。後ろ指を差されたり、誰かに恨まれながら生きるのは、とても恐ろしいことだよ。
流石に、ルークスたちには懺悔して謝ったけど、『そんなのアーシャは悪くない!』って、みんなが言ってくれた。ごめんね、ごめんね……。
「シスター・アーシャ、早速ですが仕事を任せます。コレクタースライムを従魔にしているのなら、洗濯物や食事を運んで貰いたいのですが、構いませんか?」
「は、はい! 精一杯頑張ります!」
罪悪感を振り払うように、私は割り振られたお仕事を頑張った。……いや、正確に言えば、スラ丸が頑張ったんだけどね。
私はスラ丸を抱えて、走り回っただけだよ。スキル【収納】は本当に便利だ。
──途中、重傷を負った魔物使いたちがいる部屋に忍び込んで、彼らの容態を確かめた。
刺客にも色々な職業の人たちがいたから、害された方法も多岐に亘っている。
最も深刻なのは、頭部の損傷。脳は回復系のスキルを使っても、中々治せない場所らしい。
病院には中級ポーションが常備されていて、それを使えば治せるんだけど、使って貰えなかったみたい。
彼らのベッドの横には、『重篤、治療費なし』という文字が書かれた紙が貼られている。
「ポーションもタダじゃないから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……」
治療費を払える見込みがない人は、程々の治療しか受けさせて貰えないんだ。
他人に無償の善意を求めるのは間違っているけど、こういう世知辛い現実を見てしまうと、遣る瀬無い気持ちにさせられる。
まぁ、私だって誰彼構わず善意を振り撒いたりしないから、教会を非難することは出来ない。
「みなさーん、寝てますかー……? よし、寝てるね……」
私は両手を組んで片膝を突き、祈りを捧げるポーズを取りながら、女神球を宙に浮かべた。
こんなポーズを取る必要はないんだけど、気持ちの問題だよ。
ここにいる患者の数は十人程度で、なんの問題もなく全員が完治した。でも、女神球を消す前に──
「せ、聖女、さ、ま……?」
「ち、違いますよー。夢ですよー。これは夢ですからねー」
少しだけ意識を取り戻した男性が、神々しい光と私の姿を目撃して、妙な勘違いをしてしまう。
かなり焦ったけど、夢だ夢だと言い聞かせていると、スヤァと再び眠ってくれた。
私は額に浮かんだ冷や汗を拭って、ひっそりと安堵の溜息を吐く。
それにしても、聖女様か……。この教会とは密接な関係があるみたいだけど、詳しくは知らないんだよね。
大聖堂の一番目立つ場所には、美しい銀色の短剣を掲げている黒髪の女性の姿が、ステンドグラスで表現されていた。多分、あれが聖女様なんだと思う。
折角教会にいるんだし、少しだけ調べてみようかな。
──翌日、魔物使いたちが原因不明の復活を遂げたことで、病院は一時騒然となった。
彼らは軽く診断を受けて、信じられないほどの健康体だと太鼓判を押され、狐に抓まれたような表情で病院から去っていく。
そんな彼らを私が窓から見送っていると、一人の男性がこちらに気付き、唐突に涙を流して拝み始めた。
「おおっ、聖女様……っ!! 感謝致します……っ!!」
私は慌てて隠れたよ。あの人は私を聖女だと勘違いした人だ。
夢だって言い聞かせたのに……あの、お願いだから、信仰とかやめてね?
人並みにチヤホヤされたいとは思っているけど、信仰心は行き過ぎなんだ。
私が内心で、そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。そちらを振り向くと、ババァンさんが立っている。
どうやら、あの男性が拝んでいる先に私がいると、把握されてしまったらしい。
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