上 下
77 / 239
三章 スライム騒動編

76話 小さな刺客

しおりを挟む
 
「うーん……。なんとかしたいけど……困ったなぁ……」

 【収納】持ちの商人たちが暴走した責任を感じて、私が頭を抱えながらカウンター席に突っ伏していると、隣に座っているローズが肩を叩いてきた。

「アーシャよ、妙なお客様が来たのじゃ。どう対応すればよいかの?」

「う、うん? 妙って……」

 顔を上げると、襤褸のマントで全身を覆い隠している何者かが、一人で私のお店に来ていたよ。
 背丈は私と同じくらいのチビっ子だね。マントで全身を覆い隠しているから、刺客じゃないかと思って、一瞬だけドキっとしたけど……子供なら違うかな。

「浮浪者に見えるが、追い出しておくかのぅ……?」

「待って。ええっと、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」

「た、べも、の……」

 私が問い掛けると、子供は弱々しくて掠れた声で、食べ物を所望した。
 お金は持ってなさそうだけど、見捨てるのは寝覚めが悪い。
 そんな訳で、スラ丸の中から適当に何か出そうとしたら──突然、子供が弓矢を構えた。

「く、曲者じゃあああああああああああああ!!」

 ローズが叫びながら、子供に向かって蔦を伸ばす。私の影の中からはティラが飛び出して、店内の隅っこにいたブロ丸とタクミも動き出したよ。
 こうして、矢が放たれる前に子供は拘束されて、私は難を逃れることが出来た。

「び、びっくりしたぁ……。みんな、ありがとう……」 

「うむ! というか、何故アーシャは【土壁】を出さなかったのじゃ? 妾たちが常に守れるとは限らんのじゃぞ。そんな風に腑抜けて貰っては、困るのぅ……」

「うん、ごめんね……。咄嗟の出来事だったから、頭の中が真っ白になっちゃった……」

 ローズからお叱りを受けて、私はしょんぼりと項垂れる。
 相手が子供だからって、警戒を緩めたのは良くなかった。反省しよう。

「それで、此奴はどうするのじゃ? 衛兵に突き出せばよいかの?」

「そうするのが無難だけど……」

 ティラたちに押し倒された衝撃で、子供が身に纏っていたマントは床に落ちている。
 この子はマントの下に何も着ていなくて、痩せ細った身体は痣だらけだよ。
 首には無骨な鉄の枷が嵌められていて、胸元には奴隷であることを示す焼き印が見えた。その印の意匠は獣の肉球で、『私は家畜と同じです』という意味があるって、聞いたことがある。

 髪は雑に肩まで伸びていて、毛先が外側に向かって跳ねている。その色は黒、白、オレンジに近い茶色という、驚きの三色カラーだった。
 基調が黒で、インナーカラーが白、前髪が一房だけ茶色。なんだか、物凄く三毛猫っぽい配色だね。

 顔立ちも猫っぽくて、八重歯が少し尖っている。今は痩せこけて弱っているけど、元気な笑顔が似合いそうな可愛い系だと思う。
 きちんと服を着ていたら、女の子だと勘違いしたかもしれない。

 ……まぁ、ついているから、男の子かな。カマーマさんみたいな人もいるし、断言は出来ないけど。

 この子の容姿に関して、何よりも特筆すべき点は、猫の耳と尻尾が生えているところ。今まで見たことはなかったけど、間違いなく獣人だよ。
 アクアヘイム王国では、かなり珍しい人種なんだ。

「た、たすけて、にゃ……。はらぺこで、もう、死んじゃう……にゃあ……」

 彼は虚ろな目を私に向けながら、萎れた声で助けを求めてきた。
 これに対して、ローズが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「フン! 此奴、曲者の分際で図々しいのじゃ! アーシャよ、何を悩んでいるのか知らんが、早う処遇を決めてたも!」

「うーん……。とりあえず、縄で縛ってから何か食べさせてあげよう。事情聴取もしておきたいし」

「甘いっ、甘すぎるのじゃ!! 全く、平和ボケしよってからに……!!」

 私の決定にローズは酷く不服そうだけど、頬をパンパンに膨らませながらも、自前の蔦で獣人少年をグルグル巻きにしてくれた。
 私はスラ丸の中から取り出したパンを水に浸して、柔らかくしてから彼の口元に運ぶ。

「はい、口を開けて。あーん」

「にゃーん……。もぐもぐ……もぐもぐ……」

 食欲は旺盛で安心したよ。余りにも弱っていると、空腹なのに食欲がなくなったりするからね。
 この間に、ローズが彼の持ち物を漁ったけど、マントと弓矢以外には何も見つからなかった。

 奴隷だから、ステホすら持っていない。弓矢もかなり粗末な代物だし、この子を私に嗾けた人は、随分と私を侮っていたらしい。
 まぁ、ティラは私の影の中に潜んでいるし、ブロ丸とタクミは置物に見えるし、私とローズは全然強くなさそうだし、侮られるのも無理はないのかな……。

 獣人少年はパンを三つ、果物を一つ完食したところで、ハッキリと意識を取り戻した。

「はい、おしまい。お腹いっぱいになった?」 

「にゃった!! ありがとにゃあ!!」

 溌剌とした笑顔を向けられて、なんだかばつが悪くなる。一応、私たちって敵対関係だからね。

「それじゃあ、どうして私を殺そうとしたのか、教えて貰える?」

「みゃーはご主人に、命令されたのにゃ……。言うこと聞かにゃいと、パンもお水も貰えにゃくて、鞭でいっぱい叩かれるのにゃあ……」

 耳をぺたんとさせて、しゅんと項垂れる獣人少年。
 彼の身体を見れば、酷い扱いを受けているのは一目で分かったから、嘘は吐いていないと思う。

「貴方のご主人の名前とか、容姿とか、職業とか、分かる範囲で教えて欲しいんだけど……あ、無理にとは言わないよ。答えなくても、別に叩いたりとかしないからね」

「にゃーん……。名前は忘れちゃったのにゃ。身体は太っちょで、唇が分厚くて、年齢は四十歳くらいのオスだにゃあ。それから、お仕事は商人にゃんだよ」

 獣人少年はペラペラと喋ってくれたから、ご主人とやらに対する忠誠心は皆無みたい。

「そっか、やっぱり商人なんだね……。どうしたものかなぁ……」

 私が従魔たちを引き連れて、その商人を成敗しに行く? ……いや、あり得ない。私は荒事が得意じゃないんだ。
 そもそも、コレクタースライムを従魔にしている全ての魔物使いが、その命を狙われている以上、衛兵とか侯爵様が対応するはず……。

 魔物使いを憎らしく思っている人たち以上に、魔物使いを重宝している人たちの方が、圧倒的に多いからね。国家政策によって、魔物使いの数を増やそうとしているくらいだし。

「アーシャよ、また来客なのじゃ」

「えっ、また刺客じゃないよね……!?」

 ローズに肩を叩かれて、私は来店した人物に目を向ける。

 そこに立っていたのは、二人の衛兵を従えているお役人さんだった。
 かっちりした服装と七三分けの髪型を見るに、ドが付くほど真面目そうな男性だよ。

「失礼、店主はご在宅か?」

「あっ、はい……。私が店主です……けど、何か……?」

「……小さいな。すまないが、ステホを提示してくれ」

 私のステホには、商業ギルドに所属している証と、この建物の所有権を持っていることが記載されている。これを見せたら、お役人さんは私が店主だと信じてくれた。
 こっちには疚しいところなんてない。だから、変に気負わず、凛とした態度で話を聴こう。

「──それで、どのようなご用件でしょうか?」

「ああ、実はつい先ほど、一部の商人たちが一斉に摘発されてな。奴らは何十人もの刺客を雇い、魔物使いの命を狙ったことが発覚している」

「あっ、その件ですか!! それじゃあ、私を守りに来てくれたんですね!?」

「は? いや、違う。ここの店主も事件に関与していないか、調べに来た次第だ」

 お役人さんの話を聞いて、私は思わずガクッと肩を落とした。
 被害者を守りに来たのかと思ったら、容疑者の取り調べだったよ。

「なんで私が……疑われるようなことなんて、した覚えがないんですけど……」

「この街の全ての商人に行っている取り調べだ。私の質問に答えて貰う。『犯罪を行ったこと、あるいはそれに協力したことはあるか?』」

 この質問のときだけ、頭の中が揺さぶられるような感覚があった。
 そして、私の口が自分の意思とは関係なく、勝手に真実を伝える。

「いいえ、ありません」

「そうか、もういい。ご協力に感謝する」

 たったこれだけで、お役人さんは踵を返してしまう。十中八九、彼の職業は審問官だ。
 真偽を確かめるスキルがあるとは聞いていたけど……まさか、強制的に証言を引き出すスキルまであるなんて……恐ろしい限りだよ。

 私は茫然としながら、彼を見送り──ハッとなって声を掛ける。

「ま、待ってください!! 少しご相談したいことが!!」

「私の生き甲斐は、定時に帰宅して妻子を喜ばせることだ。一分一秒が惜しいので、簡潔に三行で相談事を述べよ」

「素晴らしいパパさんですね!! あの、えっと、このお店に奴隷の襲撃者がやって来ました。彼を嗾けたのは商人です。私はこの奴隷を憐れんで、助けたいと思っています。どうしたらいいですか!?」

 お役人さんは三秒ほど目を瞑って、脳裏で私の相談事の内容を反芻している様子を見せた。
 それから、私の近くにいるスラ丸、ティラ、ローズを見遣って、一つ頷く。

「店主は魔物使いか。であれば、その商人は先ほど摘発された人物の中の誰かか、これから摘発される人物だろう。その確認が取れたら、相手の商人に損害賠償を請求し、奴隷の身柄を賠償金の代わりに請求せよ。上手くことが運ぶよう、こちらで調整しておこう」

「おおー……!! あっ、でも、すぐに取り押さえたので、損害はないのですが……」

 私が正直に話すと、お役人さんは懐からナイフを取り出して、お店の壁に小さな掠り傷を付けた。それから、ジッと私の目を見て、

「これは、奴隷の襲撃によって付けられた傷だ。そうだな?」

「そうです!! 仰る通りです!!」

 この人、清濁を併せ呑むタイプだ。絶対に敵に回したくないよ。
 【収納】持ちの商人たちの暴走。この事件は、お役人さんに丸投げで問題なさそう。

 でも、犠牲になった魔物使いが何十人もいるみたいだから、私の心には罪悪感が残ってしまった。
 既に殺されている人たちに、私から出来ることは何もない。けど、怪我人に対してなら、出来ることがある。

 この罪悪感を薄れさせるために、辻ヒールでもしようかな……。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。 その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!? チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双! ※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...