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三章 スライム騒動編
73話 スノウベアー
しおりを挟むルークスたちは雪掻きを終わらせて、流氷に揺られながら魔物の襲来を待つ。
流水海域の第三階層にある孤島は、全部で四つ。一つは第二階層へと続く洞窟がある孤島で、そこがスタート地点だった。
潮の流れは緩やかで、とても安定している。
今のところ、魔物の気配は皆無だから、嵐の前の静けさって感じかも……。
「この階層、人が全然いないわね。もしかして、不人気なの?」
フィオナちゃんがずっと周辺を見渡しているけど、人影は皆無だよ。
第一、第二階層には、それなりに他の冒険者がいたんだけどね。
「環境が悪いのだから、仕方あるまい。誰にも邪魔されずに、伸び伸びと探索が出来ることを喜ぶべきだ」
ニュート様が冒険者らしいことを言ったタイミングで、天候が一気に悪化した。
大雪が降り注いで、周辺が見渡せなくなり、みんなの警戒心が跳ね上がる。
これは、生意気な子供にお仕置きしてやろうという、ダンジョンの悪意かもしれない。
視認出来ない前方で、ルークスたちが乗っている流氷に、別の流氷がぶつかる音がした。
トールとシュヴァインくんが前に出て、油断なく敵を待ち構える。
「──見えたぜ!! やれッ、シュヴァイン!!」
「ま、任せて……!! ボクが相手だ──って、あれっ!?」
視界状況が最悪だけど、トールが逸早く敵影を発見して、シュヴァインくんに指示を出した。
この辺はもう阿吽の呼吸で、シュヴァインくんは即座にスキル【挑発】を使う。
でも、彼の盾に突っ込んできた敵影の正体は、大きさが五メートルくらいの雪玉だった。
防御力に定評がある職業、騎士。更には防具も充実させているから、シュヴァインくんはその雪玉を受け止めることに成功したよ。
自分よりも五倍近く大きいのに、数歩分ほど後退しただけだ。
「そっちはスキルよ!! 本体は──ッ」
フィオナちゃんの鋭い声が響くのと同時に、シュヴァインくんの身体に影が落ちる。彼がハッとなって上を向くと、片腕を振り上げながら降ってくるスノウベアーと、視線が交差した。
どうやら、この魔物は【雪玉】の上に乗っていたらしい。
そんな曲芸が出来るなんて、事前情報にはなかった。
けど、魔物にも特殊なスキルを持っている個体や、スキルに頼らない技術を持っている個体が存在する。今回はそういう、特異な個体と遭遇してしまったのかもしれない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ──ッ!!」
「壁を出すぞッ!!」
トールが【鬨の声】を使いながら、降ってくるスノウベアーの脇腹に、セイウチソードを叩き込んだ。
スノウベアーの体毛と筋肉は非常に硬いみたいで、切り傷は与えられていないけど、少しだけ空中での姿勢を崩すことに成功したよ。
ニュート様は二重の【氷壁】をシュヴァインくんの前に出して、スノウベアーの弱まった一撃を受け止める。
一枚は破壊されて、もう一枚に深々と爪痕が残ったけど、シュヴァインくんは無事だった。
スノウベアーは流氷の上に着地して、忌々しそうにみんなを睨み付け──背後から忍び寄っていたルークスに、サクっと後ろ足を刺される。
ルークスには相手の防御力を貫通する刺突攻撃、スキル【鎧通し】があるから、スノウベアーの硬い体毛と筋肉に関係なく、ダメージを与えられるよ。
「──っと、これでもまだ動けるんだ」
スノウベアーは少しも怯むことなく、振り向き様に腕を振り回した。
吸血効果があっても、渇きの短剣だと火力不足っぽい。
ルークスは後方に跳躍することで回避したけど、追撃の【吹雪】が咆哮と共に奴の口から放たれる。
幾ら素早いルークスでも、空中では逃げ場がない──かと思ったけど、私のスキル【風纏脚】のバフ効果が活躍してくれた。
ルークスは何もない宙を踏み締めて、大きく横に跳び退くことで【吹雪】を回避したんだ。
姿勢制御が難し過ぎることと、下が滑りやすい流氷の上ということもあって、着地には失敗してしまう。
スノウベアーは怒りを露わにしながら、隙だらけのルークスを狙って駆け出した。
「こ、今度こそっ、ボクが相手だ……ッ!!」
シュヴァインくんが改めて【挑発】を使い、スノウベアーの敵視を自分に向けさせた。
奴は急停止してルークスから視線を切ると、全速力でシュヴァインくんに突っ込んでくる。
「ハハッ、面白くなってきたじゃねェか!! 斬撃が効かねェならッ、打撃はどうだァ!?」
トールは武器を鉄の鈍器に持ち替えて、【風纏脚】のバフ効果を活用しながら、スノウベアーの側面に肉迫する。
そして、攻撃が届く位置まで距離を詰めたところで、一拍置いてスノウベアーの無防備な脇腹を見送った。
彼の狙いは──ルークスが刺した後ろ足だ。
そこに渾身の一撃を叩き込むと、刺傷から鮮血が噴き出した。
「グオオオオオオオオオオオォォォォッ!?」
これにはスノウベアーも堪らず悲鳴を上げる。後ろ足は折れていないけど、走るのに支障が出るだけのダメージは与えられたよ。
スノウベアーは体勢を崩して、転びながらシュヴァインくんの盾に激突。
シュヴァインくんは大きく後退させられたけど、しっかりと持ち堪えた。
「ニュート!! 足場を出してッ!!」
「任せろ!! 跳べっ、ルークス!!」
ルークスはニュート様に【氷壁】を出して貰って、それを足場に跳躍。そこから宙を踏み締めて二度目の跳躍を行い、スノウベアーの頭上を取った。
スノウベアーは自身に迫る脅威に気付いたけど、頭から盾に突っ込んだせいで、かなりフラフラしている。
その隙を見逃さずに、ルークスは落下の勢いを乗せながら、逆手に持った短剣を奴の脳天に突き刺した。
スノウベアーの初討伐、完了。フィオナちゃんは拍手喝采だよ。
私もお店の中で、思わず拍手してしまう。お客さんが来ていたから、変な目で見られちゃった。
「凄い凄いっ!! あんたたち凄いわよ!! あたし抜きでも倒せちゃったじゃない!!」
「ふぅー……。奇襲には驚いたけど、なんとかなって良かったよ」
「フィオナという余力を残したままの勝利だ。やはりワタシたちは、この階層でも通用するな」
ルークスとニュート様が拳を軽くぶつけ合って、お互いの健闘を称えた。
その横ではトールが拳を突き上げて、調子に乗り始める。
「っしゃァ!! この調子で第四階層に乗り込もうぜッ!!」
「と、トールくん……!? それは流石に不味いよぅ……!!」
シュヴァインくんの言う通り、第四階層は流石に不味い。
推奨レベル30から40だから、私の支援スキルがあっても無理だと思う。
ちなみに、みんなの調べによると、第四階層ではマンモスが出るらしい。
一匹一匹がスノウベアーよりも強くて、しかも群れを作るんだって。そんな訳で、ルークスたちは口を揃えてトールを諭した。
その後、フィオナちゃんがスノウベアーの死体を指差して、一つ提案する。
「ねぇ、装備を更新したばっかりで金欠だし、スノウベアーはこのまま持ち帰りましょうよ」
ダンジョン内で倒した魔物は、放置しているとドロップアイテムに変化する。
この場合、解体の手間が省けるけど、得られる素材は少なくなるから、稼ぎが減ってしまうんだ。
でも、極稀にレアドロップが交ざって、稼ぎが増えることもある。
「スノウベアーのレアドロップ、見てみたいけど……そうだね。お金は大事だから、フィオナの言う通りに──」
「待て、ユニーク個体はレアドロップの確率が上がると聞いたことがある。ここはドロップアイテムに変えるべきだと、提案させて貰おう」
ルークスがフィオナちゃんの提案に乗ろうとしたところで、ニュート様がそれを遮り、新情報を教えてくれた。
トールは首を傾げながら、訝しげな表情でスノウベアーの死体を小突く。
「ユニーク個体だァ? ンだそれ、聞いたことねェぞ。こいつがそうだって言いてェのか?」
「通常とは異なるスキルを使ったり、行動を取ったりする個体。それがユニーク個体だ。このスノウベアーは、雪玉に乗るという曲芸を行っていたのだから、十中八九ユニーク個体だろう」
ニュート様の説明を聞いて、みんなが感心したように頷く。
それから、フィオナちゃんがポンと手を打って、スラ丸を見遣った。
「なるほどねぇ……。あっ、それならスラ丸もユニーク個体よね? 普通のスライムって、転がらないし」
「ああ、恐らくだが、そうだろうな」
ニュート様が肯定するのと同時に、時間経過によってスノウベアーがドロップアイテムへと変化した。
フィオナちゃんは男の子たちに周囲の警戒を任せると、ステホを使ってアイテムの鑑定を始めたよ。
拳大の氷の魔石と、氷のブロックに入っているスノウベアーのお肉。この二つが、通常ドロップだね。お肉は霜降りで、とても美味しそうに見える。
それから、白い毛皮のマント。これがなんと、レアドロップだった。
このマントには、可愛いフードがくっ付いている。デフォルメされたスノウベアーの頭を模しているやつだ。
これはマジックアイテムで、『スノウベアーのマント』という安直な名前だった。
装備すると寒冷耐性が得られる他、フードを被っている間は、弱い魔物が怯えて近付いてこなくなるという効果もある。
寒い土地でも難なく活動出来るようになって、しかも雑魚除けになるなんて……これは、白金貨相当の代物かな?
ただ、自動修復の効果がないから、いつかは壊れるものだし、金貨数十枚止まりという可能性もある。
まぁ、なんにしても、大当たりのマジックアイテムだね。
「──うんっ、ぴったりのサイズだわ!! これはあたしのものね!!」
フィオナちゃんは鑑定が終わってから、すぐにマントを自分で装備した。
マジックアイテムは大きさが自動調整されるから、ぴったりなのは当たり前だよ。
「オイっ!! なンでちゃっかり装備してンだテメェ!?」
トールが怒鳴り付けたけど、フィオナちゃんはシュヴァインくんの背中に隠れて言い返す。
「べ、別にいいでしょ!? 可愛い装備はあたしに譲りなさいよ!!」
「パーティーが金欠だって、テメェが言ったンじゃねェかッ!! 装備してどうすンだァ!? このッ、馬鹿女がよォ!!」
「はぁっ!? 誰が馬鹿女ですってぇ!? あんたはあたしに恩があるのにっ、なんて言い草するのよ!!」
「恩なンざァ、いつ、どこでッ、俺様がテメェに作ったンだ!? 勝手な妄言を垂れ流してンじゃねェぞッ!!」
トールが額に青筋を浮かべて詰め寄ったけど、フィオナちゃんはプリプリしながら、彼をキッと睨み付ける。
「アーシャのファーストキスを貰えるようにっ、誘導してやったでしょーがッ!! あれが恩じゃなくてなんなのよ!? というかっ、あんなチャンスがあって逃げ出したあんたの方が馬鹿じゃない!! 馬鹿トールっ!! ヘタレ!! 負け犬!! 根性無し!!」
フィオナちゃんが言い放った悪口は、トールの胸にグサグサと突き刺さり、彼は珍しく膝から崩れ落ちた。
「ふぃ、フィオナちゃん……!! 言い過ぎっ、言い過ぎだから……っ」
「止めないでッ!! 馬鹿トールが弱っている今こそっ、止めを刺すチャンスよ!! あたしはこの馬鹿と違って、チャンスは見逃さないわっ!! 大体ねっ、トールはいつもツンツンして粋がっている癖に、片思いをずぅぅぅっと拗らせているのがダサいのよ!! 男ならさっさと当たって砕けろ!! それから──」
シュヴァインくんが窘めたけど、一度ヒートアップしたフィオナちゃんは止まらない。流石は火の魔法使いだと、ニュート様が思わず感心するほどの、烈火の如き口撃だよ。
これを浴びせられたトールは、『ぐぬぬぬぬ……っ』と歯を食いしばることしか出来ない。
そして、この間にも流氷は移動しているから、本日二匹目のスノウベアーが襲来した。
「──今いいところなんだからッ、邪魔すんじゃないわよ!! 燃え尽きなさいッ!!」
フィオナちゃんは即座に【爆炎球】をぶっ放して、スノウベアーを吹き飛ばす。
奴は【吹雪】で相殺しようとしていたけど、威力が少し弱まっただけで、あんまり意味はなかった。
火属性が弱点だったスノウベアーは、一撃で瀕死になり、ルークスに脳天を突き刺されて事切れる。
流氷が溶けた部分は、ニュート様が【氷壁】で修繕したから、まだまだ問題なさそう。
……この階層も、フィオナちゃんの魔力が続く限り、向かうところ敵なしかな。
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