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二章 子供たちの冒険編
65話 生命の息吹
しおりを挟む私たちがソウルイーターに追い付いたとき、奴は丁度街の中に入ろうとしているところだった。
やっぱり私たちの存在を厄介だと思っているらしく、すぐに業火の熱線が飛んできて牽制されたけど、新・壁師匠で防ぎながら接近していく。
「──もう少し近付ければ、俺の結界で囲えるな。相棒っ、頑張ってくれ!」
「分かりました! 任せてください!」
バリィさんに励まされて、私は眠気を我慢しながら魔力を振り絞る。
新・壁師匠を出しては消して、出しては消してを繰り返し、少しずつ前進していると──ソウルイーターがボロボロの翅を広げて、空を飛ぼうとした。
あの魔物は【天翔け】なんてスキルを持っているから、空を飛ばれたら追い付けなくなる。
私たちは焦ったけど、幸いにも奴の翅は左側が拉げていたよ。侯爵様のスキルで吹き飛ばされたときに、横転して自重で潰したんだと思う。
良かった、これなら飛び立てない。そう安堵したのも束の間、熱エネルギーで形成されたドラゴンの片翼が、ソウルイーターの外殻を内側から突き破って出てきた。
それは、ソウルイーターの右側の翅と対になって、飛翔するために機能する。
「ま、不味いのじゃ! 彼奴めっ、空を飛ぶつもりじゃぞ!!」
「クソっ!! ドラゴンなら逃げるな!! 俺たちと戦えッ!!」
ローズとバリィさんが声を荒げたけど、あの魔物はそんなこと気にも留めず、翼と翅を羽ばたかせて飛び立ってしまう。
バリィさんは魔物の敵視を引き付ける道具、ヘイトパウダーを使ったけど、全く効果がなかった。奴には嗅覚が備わっていないのかもしれない。
私たちが【移動結界】で追い掛けるも、ソウルイーターの方がずっと速い。
そして、奴は一足先に、街の中心部である侯爵家のお屋敷へと突っ込んだ。
どうやら、あそこが目的地だったらしい。余りにも最悪の展開だよ。
私たちが追い付くには、数十秒ほど時間が掛かる。それがもどかしくて、私は【感覚共有】を使い、ブロ丸の視点で現地の状況を確認した。
すると、屋敷の半分くらいが瓦礫の山に変えられていて、多くの人が下敷きになっている光景が見えてしまう。
ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュート様、スイミィ様の六人と、使用人や騎士たちの姿がある。
この世界の人間は元々頑丈だし、選んだ職業とレベル次第では更に頑丈になるから、屋敷の倒壊に巻き込まれても全員が生き残っていた。
しかし、屋敷を壊した存在であるソウルイーターが、虚ろな目で彼らを見下ろしているので、その命は風前の灯火に思える。
そして、ソウルイーターの内側から覗くドラゴンの瞳は──よりにもよって、スイミィ様に向けられていた。
「……これ、夢で見た」
仰向けで倒れているスイミィ様が、ぽつりとそう呟いたよ。
スキル【予知夢】で見た自分の死。それがまさに、今この瞬間の出来事らしい。
ソウルイーターは明らかに、スイミィ様を狙って鎌を振り上げる。
「バリィさん!! もっと急いでッ!!」
「これが全速力だ!!」
私はバリィさんを急かしたけど、どうしても間に合わない!!
十秒。たったそれだけの時間があれば、間に合うのに……ッ!!
【風纏脚】は脚を使った移動速度を上げてくれるだけで、結界の移動速度は変わらない。地上では恐慌状態の市民たちが右往左往していて、走れる状況じゃないから、このスキルは無意味だ。
【微風】を使って結界を押してみたけど、これもまた全くの無意味だった。
ソウルイーターは無情にも、必殺の鎌を振り下ろす。その鎌は死臭を可視化したような、真っ黒なオーラを纏っていて、なんらかのスキルを使っていることが見て取れた。
死の運命は、変えられない。悲しみと絶望で頭の中がぐちゃぐちゃになり、私が現実から目を背けようとしたところで──
「ボクがっ、相手だあああああああああああああッ!!」
シュヴァインくんが瓦礫を押し退けて立ち上がり、大声を出して【挑発】を使った。
路傍の石ころにそんなことをされても、普通なら見向きもしない。
それなのに、彼の何かがソウルイーターの、あるいはドラゴンの心を刺激して、鎌の向かう先が変わった。
「だ、ダメっ!! やめてシュヴァインっ!!」
フィオナちゃんが悲痛な声で叫ぶと、シュヴァインくんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ブタ野郎ッ!! 勝手に死ぬンじゃねェッ!!」
トールが瓦礫を掴んで、ソウルイーターの鎌に向かって投げ付けた。でも、僅かな影響すら与えられない。
「──ッ」
ルークスは瞳の奥に様々な感情を宿して、シュヴァインくんの生き様を最期まで網膜に焼き付けようとしている。
深い悲しみを湛えながらも、美しい生物でも眺めているかのような、そんな眼差しだった。
そして、ソウルイーターが振り下ろした鎌は、なんの奇跡も介入することなく、シュヴァインくんに直撃した。
みんなが悲嘆に暮れる間もなく、ソウルイーターは立て続けに鎌を振り上げて、再びスイミィ様に狙いを定める。
でも、シュヴァインくんが稼いだ時間のおかげで、
「──やらせるかよッ!! これ以上暴れるなッ!!」
ようやく到着したバリィさんが、【規定結界】の中にソウルイーターを閉じ込めた。奴は振り上げていた鎌を力なく下ろして、脱力しながら崩れ落ちる。
ドラゴンの瞳は眠たげに細められて、そのまま静かに閉ざされ、ピクリとも動かなくなった。
ソウルイーターに対する効果は何もない結界だけど、この様子を見る限り、もう動けない身体を無理やりドラゴンに動かされていたんだと思う。
「た、倒した、のか……?」
唖然としているニュート様の呟きに、地上に降りたバリィさんが頭を振って答える。
「いいや、そうじゃない。特別な結界を使って、何かをする気力を奪っただけだ」
「そう、か……。そんなことが出来るのか……。ところで、貴様は……?」
「金級冒険者のバリィだ。この結界を維持するためには、大量の魔力が必要なんだが……中級ポーションを融通して貰えないか?」
「分かった。すぐに手配しよう」
ありったけの青い中級ポーションを持ってくるよう、ニュート様は使用人や騎士たちに命令した。
ぶっつけ本番で使ったバリィさんの【規定結界】は、魔力の消耗が激しかったみたいで、応援が駆け付けるまでポーションをがぶ飲みしないといけない。
ニュート様とバリィさんが、そんな会話をしている最中、私はシュヴァインくんが立っていた場所に駆け寄った。
ルークス、トール、フィオナちゃん、スイミィ様の四人も、同時に集まってきたよ。
「あ、ああぁ……っ、い、生きてる……!! ねぇ見てっ!! シュヴァインが生きてるわ!!」
フィオナちゃんが真っ先に、瓦礫の隙間で横たわっているシュヴァインくんを発見した。
巨大な鎌に叩き潰されるように斬られたんだから、普通なら遺体はまともな形で残っていない。けど、シュヴァインくんの身体は無傷な状態で残っていた。
彼の表情はとても安らかで、眠っているだけに見える。
フィオナちゃんの言う通り、私も最初は生きていると思ったよ。
……でも、近付いてみると、彼が呼吸をしていないことが分かった。震える手で安否を確かめると、心臓の鼓動が感じられないことも分かってしまう。
私の【再生の祈り】で、損壊した遺体が命を失った状態で治った?
それとも、ソウルイーターのスキル【魂魄刈り】で、魂だけを刈り取られた?
どちらにしても、最悪の結末に行き着いてしまった事実は、変わらない。
ぽっかりと胸に穴が開いたような、 この感覚……。
これが、仲間の死……。
フィオナちゃんは、シュヴァインくんの死を受け入れられないのか、『よかった、よかった』と安堵の言葉を繰り返して、彼が生きている体で壊れた笑みを浮かべている。
そんな彼女の肩に、ルークスが顔を俯かせながら手を置いた。
「フィオナ……。シュヴァインは、もう……」
「なによ、ルークス。シュヴァインは寝ているだけよ? きっと疲れているから、もう少しだけ寝かせてあげましょ」
「シュヴァインは、もう起きないよ……。二度と、起きないんだ……」
「はぁ? 馬鹿なこと言わないで。朝になれば起きるわよ。それでね、またみんなでダンジョンに行くの。あっ、そうだわ! アーシャもたまには、一緒に行かない? 子供アザラシをテイムしたいって、言ってたわよね? 今のシュヴァインはとっても頼りになるんだからっ、絶対の絶対に! 安全にテイム出来るわよ!!」
泣くな、泣いたら駄目だって、私は自分に言い聞かせた。
一番悲しいのは、私じゃないからって。
そうしたら、ポツポツと小雨が降ってきた。
雨粒のせいで、視界が滲んで、前が見えなくなる。
「ごめ……っ、ごめん……なさい……っ、私が、私がもっと……っ」
スイミィ様と図書館で出会ってから、この結末に行き着くまでの一連の出来事。
これに、みんなより早く関わっていた私が、もっと何か出来ていれば、こんな結末にはならなかった。私に出来ること、私にしか出来ないことが、もっともっと、あったはずなのに……。
沢山の後悔が頭の中で渦巻いて、嗚咽が止まらなくなる。そんな私の姿を見て、フィオナちゃんの壊れた笑みが崩れた。
そして、彼女は泣きながら、シュヴァインくんの遺体に縋り付く。
「シュヴァイン……っ!! ねぇっ、起きて!! 起きなさいよっ、シュヴァイン!! あたしを置いていかないでッ!!」
「……フィオナ、それ以上はやめろや。シュヴァインが、静かに眠れねェだろ」
トールが無理やり、フィオナちゃんを遺体から引き剥がす。怪我をしないように、それでも少し、乱暴に。
まるで、彼女の怒りを自分に向けさせて、やり場のない感情を発散させようとしているみたいだ。
フィオナちゃんはトールの思惑通りに、キッと彼を睨み付けた。けど、怒鳴り散らす前に、スイミィ様の姿を視界に収めてしまう。
こうなると、すぐに矛先がそちらへ向いた。
「あんたのせいよ……ッ!! あんたを守ったからっ、シュヴァインが死んじゃったのッ!! なんとかしてよっ、しなさいよ……っ!!」
フィオナちゃんに詰め寄られたスイミィ様は、しばらく無言でシュヴァインくんの遺体を見つめてから、瞳に力強い意志を宿して頷く。
「……分かった。スイ、なんとか、する」
遺体の隣に座った彼女は、そのままなんの躊躇いもなく、彼の唇に自分の唇を重ねた。
すると──生命力が可視化されたような、万人を惹き付ける柔らかい光彩が、スイミィ様の身体から奔流となって溢れ出す。
この光を見ていると、身も心も温かくなって、お母さんに抱き締められているような安心感に包まれた。
あんなに悲しかったのが、嘘みたいな心境の変化だ。
無数の雨粒が光彩を反射して、この世のものとは思えない幻想的な光景が広がる。それに目を奪われながら、私は一つ察した。
ドラゴンが一時的にローズを諦めて、スイミィ様を狙った理由……。それは、彼女がドラゴンの一部だった力を持っているからだ。
その、力とは──
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