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二章 子供たちの冒険編

62話 ドラゴン

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 半死半生のソウルイーターが、身体を引き摺りながら動き出した。
 騎士団の人たちを無視して向かう先は、冒険者ギルドがある区画、延いては私のお店がある区画だよ。

「止めろ……ッ、奴を止めろおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」 

 ガルムさんが大剣を拾い上げて、恐怖を押し殺しながら号令を下した。
 それから雄叫びを上げて、彼は真っ先に突っ込んでいく。これは味方の士気を上げるスキル、【鬨の声】を使っていると思う。
 顔面蒼白だった騎士団の人たちは、士気と血色を取り戻して、ガルムさんの後に続く。

 ソウルイーターは彼らに背中を向けているから、全員で遠慮なく渾身の一撃を叩き込める──はずだった。

「な──ッ!?」

 突然、巨大な顎がソウルイーターの腹部を内側から突き破って、騎士団の人たちに牙を剥く。
 その顎は赫灼の炎で形成されていて、形状は肉食恐竜を彷彿とさせるものだ。

「ドラゴン、だと……ッ!?」

 大剣を振り上げているガルムさんが、愕然としながら呟いた。それが彼の、最期の言葉になる。
 巨大な顎から業火の熱線が放たれて、射線上に存在した全てのものを灰塵へと変えてしまったのだ。
 それは、この戦場で見た他のどんな攻撃よりも強力で、騎士団の人たちは誰一人として、防ぐことが出来なかったよ。

 アムネジアさんが残してくれた【泡壁】が、熱線の余波から私とスラ丸とティラを守ってくれたけど、これが耐久度の限界らしい。
 弾けて消えちゃったから、次はもうない。
 余波が通り過ぎた後の外気は異様な熱さになっていて、呼吸するだけで気管が火傷を負った。すぐに再生するけど、断続的な痛みに苦しめられる。

「ブヒイイィィィィッ!? に、逃げろおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

 私たちの希望、あの凄いビームを撃てる侯爵様は、神輿を担いでいる騎士たちを急かして、全速力で逃げてしまった。
 この街にいる大勢の冒険者だって、蜘蛛の子を散らすように逃げている。
 騎士団も壊滅したから、ソウルイーターの歩みを止められる者は残っていない。

「わ、私も……逃げ、なきゃ……。でもっ、あっちにはローズとタクミが……!!」

 私には、店番を任せている家族たちがいるんだ。放っておく訳にはいかない。
 幸いにも、満身創痍のソウルイーターは足が遅いから、きっと急げば間に合う。

「ワンワン! ワン!!」

 ティラが私の目の前で伏せて、自分の背中をアピールするように揺らした。
 乗れってことだよね? ここはお言葉に甘えよう。
 ただ、私には騎乗の経験なんてないから、不格好にしがみ付くことしか出来ない。

 ティラは私を気遣いながら、スタスタと走り出した。
 全速力の半分程度の速度だけど……それでも、私の足で走るよりはずっと速い。
 ソウルイーターの巨躯に踏み潰されないよう迂回して、お店に戻ると──

「のじゃ!? アーシャよ! 無事であったか!!」

「よう、相棒。久しぶりってほどじゃないが、元気にしてたか?」

 ローズとバリィさんが、お店の上空から声を掛けてきた。
 バリィさんの職業は結界師で、二人とも上空に浮かべてある結界の中にいるよ。

「二人とも何してるの!? というかバリィさんっ、助けてください!!」

「ああ、そのつもりで待っていたんだ。安全な場所まで逃がしてやる。……って、言うつもりだったんだがな? 事情が変わっちまった」

「な、なんですか、事情って……?」

 バリィさんは私を同じ結界の中に入れて、いつでも動けるように再び浮上した。
 それから、こちらに接近中のソウルイーターを睨み付けて、とんでもない事情を話し始める。

「どうやら奴の狙いは、ローズらしい……。あの感じだと、逃げても逃げても、地の果てまで追い掛けてくるぞ」

 ローズの傍に立ったことで、私も気が付いてしまう。ソウルイーターの内側から覗いている瞳が、ローズを捉え続けていることに……。
 しかも、バリィさんが言った通り、物凄い執着心が透けて見えるよ。

「ど、どうしてそんな……。ローズ、あの魔物に何かしたの……?」

「否、記憶にないのじゃよ。まぁ、妾の美貌にご執心な可能性であれば、大いにあり得るかのぅ」

 ローズの顔立ちは幼いながらも、確かに美人さんだ。けど、種族も大きさも違い過ぎるから、あり得ない話──あれっ? ちょっと待って。
 種族も大きさも違うけど、ソウルイーターの内側から覗いている瞳と、ローズの瞳って、色彩も形状も同じだね……。

「なぁ、相棒。あの魔物がどうやって発生したのか、なんでもいいから情報を持っていないか?」

「持ってます! えっと、マンティスがドラゴンの魔石を食べて、何段階も進化した結果、あんな感じに……」

「へぇ……。となると、ドラゴンは魔石だけになっても、生きていたのか……。これは仮説だが、ドラゴンはソウルイーターの体内で、復活しようとしているのかもな」

 バリィさんの言う通りなら、余りにも信じ難い生命力だよ。
 肉体、それこそ心臓とか脳味噌まで失って、それでも生きているなんて、生物という枠組みから逸脱している。

「それで、どうしてローズが狙われるんですか?」

「失った自分の力の一部を喰らうことで、復活のための糧にするとか……。仮説の域を出ないが、多分そんなところだ」

「……あの、まさか、ドラゴンパウダーって」

「ああ、アレの素材は、ソウルイーターの体内にいるドラゴンの逆鱗だったんだろうな」

 ローズクイーンという魔物の転生体、それがローズだ。
 そして、ローズクイーンはドラゴンパウダーを食べさせて討伐したため、結果的にドラゴンの因子を体内に取り込み、それがローズに引き継がれている。
 その証拠に、ローズは先天性スキル【竜の因子】を持っているからね。

「ふーむ……。妾が狙われておるのなら、この身を釣り餌にして、彼の魔物を遠ざけるしかないのじゃ……。アーシャよ、短い間であったが、世話になったの」

「やめてやめてっ、そんなお別れみたいなこと言わないでよ!」

「聞き分けてたも。彼の魔物を倒せる者がおらんのだから、これ以外に街を守る方法はないのじゃ」

「嫌っ!! ローズを犠牲にするなんてっ、絶対に駄目っ!!」

 私はローズに抱き着いて、彼女がやろうとしていることを拒絶した。
 私たちは家族で仲間だけど、今だけは主従関係を振り翳すことも辞さない。
 ローズは私の断固とした態度に困りながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる。

「さて、アーシャはこんな感じなのじゃが……バリィよ、其方の意見を聞かせてくれんかの?」

「相棒、俺はローズの提案に賛成するぞ」

 なんの躊躇いもなく、バリィさんはローズを犠牲にすることを選んだ。
 それを聞いて、私の瞳から大粒の涙が溢れ出す。

「うっ、うぅぅ……っ、うわあああああああああああん!! 酷い酷いっ!! バリィさん酷い!! もう嫌いっ!! 大っ嫌いっ!!」

 バリィさんにとって、ローズはただの魔物かもしれないけど、私にとっては大切な家族なのに!!
 スラ丸とティラも抗議するように、バリィさんに体当たりしている。いいぞ、もっとやっちゃえ!

「ま、待て待てっ!! 落ち着け!! 何もローズを犠牲にしようだなんて思ってない!!」

「ならっ、どうしようって言うんですか!?」

「ローズには釣り餌になって貰うが、俺が絶対に守る!! あの魔物を街の外に連れ出したら、後は只管に時間稼ぎだ!!」

「じ、時間稼ぎって、それに一体なんの意味が……」

 私が訝しげな目を向けると、バリィさんは自信ありげな笑みを見せてくれた。

「王国軍の到着を待つか、あるいは国中の金級冒険者の到着を待つか──なんにしても、俺たち人類は一人じゃないんだ。耐え凌げば、必ず助けがくる」

「王国軍って、王都からくるんですよね……? 到着までに一か月も掛かるって、聞きましたけど……」

「精鋭だけを全速力で向かわせたら、三日で到着するぞ」

 ステホを使えば遠方と連絡が取れるから、情報のやり取りも迅速に行える。
 そのため、サウスモニカの街を襲っている惨劇は、既に国中に知れ渡っているらしい。災害級の魔物が人里を襲い始めたら、このステホを利用して、金級冒険者たちが緊急招集されるのだとか……。
 それなら確かに、時間さえ稼げれば、どうにかなる気がしてきた。

「わ、私も……っ、一緒に行っていいですか!? 足手纏いになるかもしれませんけど、ローズとバリィさんに全部押し付けるなんて、嫌なんです!」

「おっ、流石は俺の相棒だな! いいぞ、一緒に行くか!」

 バリィさんは上機嫌になって、私の同行を認めてくれた。
 きちんとした大人なら、子供を危険な場所に連れて行くなんて、あり得ないんだけどね。
 この人、平凡な見た目をしている割に、良くも悪くもぶっ飛んでいるんだ。
 
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