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二章 子供たちの冒険編
61話 極光
しおりを挟む騎士団の人たちに支援スキルを掛ける機会がないまま、一人、また一人と、彼らはソウルイーターに屠られていく。
私は涙を堪えながら、アムネジアさんに縋るような目を向けた。
「アムネジアさんは【泡壁】以外に、何か出来ないんですか……? スキルで視界を奪うとか……」
「やめた方がいいだろうねぇ。そんなことしたらさぁ、あの魔物が無作為に暴れるかもしれないよぉ?」
「それは……困ります……」
ソウルイーターが騎士団を見失ったら、街中を闊歩する恐れがある。
その隙に、騎士団に支援スキルを掛けられるけど、街が壊滅することを良しとする訳にはいかない。
アムネジアさんのスキル【暗雲】は、強力なマジックアイテムのおかげで、視界を奪うだけじゃなくて、ランダムな状態異常まで与えられる。
そっちの効果で、麻痺状態みたいな大当たりを引けたら、闊歩されることなくソウルイーターを倒せるかも……。
ただし、外れを引いた場合は、被害が拡大してしまう。リスクが大きくて、とてもじゃないけど選べないよ。
……駄目だ。現状を打開出来そうな策なんて、思い付かない。
私が諦めそうになっていると──不意に、アムネジアさんが遠方を眺めて、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「やっと真打のお出ましかぁ。遅かったねぇ」
「し、真打……? それって……」
彼の視線の先を確認すると、六人の屈強な騎士が黄金の神輿を担いでいた。
そして、その神輿の上には、一匹の偉そうなオークが鎮座している。
豚と人間を足して二で割ったような魔物、それがオークだよ。
なんと、神輿の上のオークは貴族然とした豪奢な装いをしており、その手には白い光を塗り固めて造られたような、一振りの剣が握られている。
「あのオークは、一体……?」
「ぷっ、アハハハハッ!! オークぅ!? よりにもよってぇ、あの人をオークぅ!? アハハハハハハッ!!」
私の呟きを聞き取って、アムネジアさんが爆笑し始めた。
なんでそんなに笑っているのか分からなくて、私がきょとんとしながら首を傾げていると、オークが神輿の上で立ち上がり、光の剣を掲げながら声を上げた。
「ブヒヒヒヒッ!! ガルムゥゥゥッ!! 吾輩が来てやったぞォッ!!」
「──ッ!? こ、侯爵様ッ!! 待ってましたよ!!」
ガルムさんの表情が希望に満ち溢れて、騎士団の人たちの歓声が響き渡る。
『助かった!!』『これで勝てる!!』『侯爵閣下万歳!!』
そんな言葉が次々と、私の耳に届いて──えっ、待って。
こ、侯爵様……?
「あの人の名前はさぁ、ライトン=サウスモニカって言うんだよねぇ。王国南部の支配者、サウスモニカ侯爵閣下だよぉ!」
「へ、へぇ……。サウスモニカ、侯爵閣下……」
「アーシャちゃんさぁ、侯爵様に向かってぇ、オークは不味いよぉ!! アハハハハハッ!!」
アムネジアさんに煽られて、私は顔面蒼白になった。
あの人はオークじゃなくて人間、それも侯爵様だ!!
不味いなんてものじゃない。不敬罪だよ。殺されちゃう……。
「あ、アムネジアさん……っ、黙っててください……!! お願いしますっ!!」
「人に物を頼むときはさぁ、誠意を見せないとねぇ」
私は涙目になってスラ丸の中を漁り、金貨が十枚入っている小袋を三つ差し出した。
「ぐすん……。こ、これで、勘弁してください……」
「物分かりが良いねぇ! キミには面白い思想も教えて貰ったしぃ、これで勘弁してあげるよぉ」
アムネジアさんは小袋を懐に仕舞って、満足げな笑みを浮かべる。手痛い出費だけど、命には換えられないよね。
私たちがそんなやり取りをしている最中、遠くにいる侯爵様は神輿の上で立ち上がり、全身からキラキラと輝く光を立ち昇らせた。
その光を見ているだけで、不思議と勇気が湧いてくる。私たちには、希望に満ち溢れた未来があるんだって、心の底からそう信じられるよ。
ソウルイーターは只事ではないと察知して、歪な咆哮を上げながら、侯爵様の方に身体を向ける。
騎士団の人たちから敵視が外れたので、その隙に彼らはソウルイーターから距離を取った。
「綺麗な光、ですね……」
「あれはサウスモニカ侯爵家に、代々受け継がれてきた聖剣。話には聞いたことがあるけどぉ、僕も実物を見るのは初めてだねぇ」
感極まっている私の横で、アムネジアさんは呑気にステホを使い、侯爵様が持っている光の剣を撮影した。
それから、聞いてもいないのに詳細を教えてくれる。
あの剣に付けられた名前は『極光』で、その効果はスキル【破壊光線】の威力を十倍にするというもの。更に、人類種の敵に対する特効まであるみたい。
ちなみに、一刺しの凍土と同じく、普通のアイテムにはない備考があった。ただし、あっちは『伝説』だったけど、こっちは『神話』だよ。
「神代において、世界を喰らい尽くさんとした暴食の邪神。その許されざる存在を討滅するべく、人々の希望を搔き集めて造られた一振りの聖剣。この光は、人類の輝かしい未来を指し示している」
アムネジアさんが読み上げた内容は、神話級の装備と呼ぶのに相応しい格を感じさせるものだった。
なんかこう、物語の主人公がラスボス戦の直前で、とっても苦労して入手するような武器だと思う。それの持ち主が、オークに似ている侯爵様って……。
いやっ、別に文句はないです!! さぁ、やっちゃってください!!
私の心の声に呼応するように、侯爵様が聖剣を振り下ろす。
「ブッヒイイイイイイイイィィィィィィィッ!!」
すると、極太の白い光が奔流となって、聖剣から解き放たれた。
『ビーム』としか形容出来ない攻撃は、大気を震わせながらソウルイーターへと向かっていく。
敵は脚を地面に突き刺して、交差させた十五本の鎌を使い、その一撃を真正面から受け止めた。
ビームはソウルイーターの巨躯を後退させながら、鎌を一枚ずつボロボロにして破壊する。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚──ビームの照射時間がやたらと長い。
私たちが見守る中、ビームは十五枚の鎌を破壊して、ソウルイーターの胸部に直撃した。
その後も照射は収まらず、奴を街の外まで吹き飛ばして、辺り一帯が閃光で埋め尽くされる。
「わ、わぁ……っ、凄い……!! 侯爵様っ、本当に凄いです!! 侯爵様万歳っ!!」
「「「侯爵閣下万歳ッ!! サウスモニカ侯爵家に栄光あれッ!!」」」
私と騎士団の人たちが侯爵様を褒め称えて、ワーッと大歓声が響き渡った。
侯爵様のこと、どう見ても主人公には見えないオークだなんて思って、本当にごめんなさいだよ!
私っ、税金もきちんと収めるし、街の盛況に少しでも寄与出来るように、お店も頑張って経営します!
私はすっかりと、侯爵様を尊敬するようになった。
こうして、今回の騒動は一件落着──かと思ったんだけど、ガルムさんとアムネジアさんだけが、物凄く難しい顔をしているよ。
彼らはソウルイーターが吹き飛ばされた方角を眺めて、冷や汗を掻いている。
その様子に不安を煽られて、私は喜色を引っ込めた。
「あの、アムネジアさん……? どうかしたんですか……?」
「どうもこうも、まぁだ肌がビリビリするんだよねぇ……。むしろ、さっきよりも嫌ぁな感じかなぁ……」
彼の不穏な台詞を裏付けるように、周辺の気温が急激に上がり始めた。
あれほど浮かれていた騎士団の人たちは、異変に気付いた途端に臨戦態勢を整える。
それから、程なくして──身体中がボロボロになっているソウルイーターが、今にも倒れそうな足取りで、この街に戻ってきた。
頭部は三分の一がなくなっていて、腕の鎌も一本しか残っていない。外殻はあちこちが砕けて剥がれ落ち、溶岩のような血液が溢れ出している。
誰がどう見ても瀕死の状態で、脅威度は大きく下がっているはず……。
それなのに、この場にいる全員が、途方もない恐怖に襲われた。
「──あ、これ無理ぃ。僕は一足先に逃げるからぁ、皆さんお達者でぇ!」
アムネジアさんは素早く踵を返して、私が制止する前に逃げ出したよ。
私も逃げたいのに、足が竦んで動けない。
ソウルイーターの胸部、外殻が大きく剥がれている部分から、熱エネルギーの塊みたいな内側が露出している。
そして──そんな内側から、何かが私たちを見ていた。
多分だけど、ソウルイーターの内側に、別の何かがいる。
全容は分からない。私たちが見ているのは、一つの眼だけ。
その瞳孔は金色で縦に長く、爬虫類を彷彿とさせるものだった。
その眼差しは路傍の石ころでも眺めているかのように、どこまでも無感動で、欠片の敵意すら感じられない。
それなのに、私の胸の内を占めるのは、純粋な恐怖だけだった。
これは私だけじゃないよ。歴戦の猛者である騎士団の人たちも、聖剣を持っている侯爵様も同じだ。ガルムさんですら、抗う気力を失って武器を落としている。
あの眼の持ち主は、ソウルイーターと比べても格が違う。
きっと、人類が抗うことを許される存在じゃない。
「だ、誰か……助けて……」
それは私の声か、それとも別の誰かの声か、なんにしても、みんなの気持ちは同じだった。
誰か、誰でもいいから、助けて……。
勇気なんて、もう微塵も残っていない。
自分が助かることばっかり考えて、願って、祈った。
そうしていると、ソウルイーターの内側から覗く眼が、ふと別の方を向いて、獲物でも見つけたかのように瞳孔を細めた。
その視線の先にあるのは、冒険者ギルドがある区画だ。
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