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二章 子供たちの冒険編

49話 お墓参り

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 ──アムネジアさんと別れた後、私は当初の予定通りにスイミィ様と再会した。
 彼女もブロ丸も元気そうで、一先ずは安心したよ。

「これが気儘なペンギンの耳飾りです。私の友達が快く貸してくれました」

「……感謝。母さま、きっと喜ぶ」

 スイミィ様は私から受け取った耳飾りを優しく撫でて、自分の耳にくっ付けた。
 これで、髪飾り、首飾り、耳飾りの三点セットが揃ったから、仲間ペンギンをいつでも呼び出せるようになったね。

 今はスイミィ様の部屋で二人きりなので、【再生の祈り】も掛け直しておいた。これでまた、三日間は彼女の安全性が増す。
 スキルオーブを巡る一騒動が、スイミィ様の死の運命と関係あるのか分からないけど、何事もなく済んでくれることを祈るばかりだよ。

「……姉さまも、一緒に行く。母さまのところ」

「えっ、私も……!? な、何かこう、弁えないといけない礼儀作法とか、ありますか……?」

「……ない。気楽でいい。……兄さまも、一緒に行く」

 スイミィ様はそう言って私の手を引っ張り、扉の外で待機していたお付きの人たちも引き連れて、ニュート様の部屋に向かった。
 彼は勉強中だったみたいで、セバスの講義を受けていたから、必然的に私はセバスと遭遇してしまう。

 この人、ニュート様の教育係って話だったよね……。
 私は何も知りませんという体を装って、素知らぬ顔をしておこう。
 セバスが私を気にしている様子はないから、密告の件は知られていないと思っていいのかな。

「スイミィ、どうかしたのか? ワタシは見ての通り、勉強中だが……」

「……母さまのところ、一緒に行く」

「別に構わないが、今である必要はあるのか?」

「……スイ、今がいい。お願い」

 ニュート様は妹のお願いに弱いみたいで、やれやれと頭を振りながらも、文句を言わずに椅子から立ち上がった。
 ここで、セバスが咳払いを挟み、スイミィ様を呼び止める。

「お嬢様、勉強が終わるまで待っていただけませんか? ここ最近、坊ちゃまの勉強中に訪ねていらっしゃることが多くて、やや困っておりますぞ」

 どうやら、ニュート様とセバスが二人きりになる時間を減らすために、スイミィ様は頑張っていたらしい。
 ニュート様はセバスに対して、全く警戒心を抱いている様子がないから、心配になっちゃうよね。
 もしも、私がスイミィ様の立場だったら、同じように立ち回っていたと思う。

「……兄さま、お願い」

 スイミィ様はセバスを無視して、子供らしく我儘を押し通そうとする。

「ああ、分かった。……爺、すまんな。勉強を怠るつもりはないが、スイミィの願いは出来るだけ叶えてやりたいんだ」

「左様でございますか……。坊ちゃまはお嬢様を大切にしていらっしゃいますからな……。致し方ありません、ここは目を瞑りましょう」

 セバスは朗らかに笑っている風だけど、目の奥が笑っていないように見える。
 どんな事情があれ、ニュート様の勉強時間が減るのは確かだから、教育係として内心では怒っているとか?
 ……いや、違うかな。そういう思いやりが籠った目じゃない。何かを画策しているような、不穏な目付きだ。

「アーシャ、三日ぶりか。元気そうだな」

「はい、ニュート様もお元気そうで何よりです」

「スイミィの願いを叶えてくれたこと、改めて感謝しよう」

「きょ、恐縮です……」

 リリア様のもとへ向かう道すがら、私はニュート様に労って貰えた。ここから、ご褒美の話に移るのかと思ったけど……沈黙。
 信賞必罰は大切なのに、そんな体たらくだと立派な為政者になれませんよ?

 ……まぁ、別にいいんだけどね。ブロ丸とタクミをテイム出来たから。

 私たちはしばらく歩いて、庭の一角にある花園へとやって来た。
 色とりどりの百合の花が、あちこちで微風に揺られている。上品で優雅な香りが鼻をくすぐって、少しだけ気分が良くなった。
 リリア様は花を愛でているのかな、と思っていたら、辿り着いたのは一つの墓石の前。

『リリア=サウスモニカ。安らかに、ここに眠る』

 墓石に彫り込まれている文字を見て、私はどんな顔をしていいのか分からなくなった。
 リリア様が故人だったなんて、知らなかったよ……。
 スイミィ様は墓石に触れながら、口元に小さな笑みを浮かべる。

「……母さま。ペンギン、見せにきた」

 彼女の意思に応じて、三つの装飾品が淡い光を放つ。すると、地面に魔法陣が浮かんで、そこから仲間ペンギンが飛び出してきた。
 フィオナちゃんを助けた仲間ペンギンと同じで、白と青のツートンカラーだ。
 スイミィ様は仲間ペンギンを墓石の前に立たせて、感無量と言わんばかりの眼差しを向けている……気がする。ジト目だけど。

「きっと、母上も喜んでいることだろう。スイミィ、親孝行が出来て良かったな」

「……ん、これでもう、思い残すこと、ない」

「滅多なことを言うな。お前の人生は、まだまだこれからだ」

 ニュート様はスイミィ様の頭に手を置いてから、叱るように、あるいは励ますように、ポンポンと優しく叩いた。
 そんな兄妹の様子を見て、すっかり絆されてしまった私は、彼らの前途が平穏無事であることを切実に願う。



 ──侯爵家のお屋敷からお暇して、私は自分の家に帰ってきた。
 しんみりした空気を引き摺ったまま、従魔たちに癒して貰ったり、日課を熟したり、店番をしたりしていると、あっという間に日が暮れたよ。

「アーシャっ、サーカスの時間!! 早く行こう!!」

「あ、もうそんな時間なんだ……。うんっ、行こう!」

 ルークスたちが私を迎えに来たから、ローズに留守を任せて外出する。例の如く、スラ丸とティラは私のお供だ。
 みんな、一般市民に見えるような普通の服を買ったみたいで、孤児らしさがなくなっていた。冒険者用の装備は、スラ丸三号の中に仕舞ってあるらしい。

「フィオナちゃん、これ返しておくね。スイミィ様、とっても感謝してたよ」

「それなら良かったわ! あたしも早く、仲間ペンギンに再会したいわね……」

 私は忘れない内に、フィオナちゃんに耳飾りを返却した。
 彼女は大切そうに、ペンギンを模した青い石の部分を撫でて、『おかえり』と囁く。

「し、師匠……!! こ、これ、見て欲しい……!! ボクの新装備……!!」

 普段は自己主張なんて全然しないシュヴァインくんが、珍しくテンションを上げて、私との距離を詰めてきた。
 その手には、スラ丸の中から引っ張り出した鉄の鎧を持っている。
 新品ではないけど、多少の傷があるだけで、防具としてはきちんと使えそうだ。

「おおーっ、シュヴァインくんの防具を買ったんだね。良い判断だと思うよ」

「敵の攻撃を一番受けるのはシュヴァインだから、満場一致で決まったんだ」

 ルークスがどこか誇らしげに、そう教えてくれた。パーティーメンバー全員に、仲間を思いやる心があって、リーダーとしては鼻高々なんだろうね。
 正直、トールは自分の装備を優先したがると思ったけど……意外って言ったら、失礼かな?

「アーシャ、テメェ……。口に出さなくても、目を見りゃァ何が言いたいのか分かっちまうぞ……ッ!!」

「ごめんごめん、馬鹿にするつもりはないんだよ? ただ、少し意外だなぁって……」

 トールがチッと舌打ちして拗ねちゃった。
 折角の楽しいお出掛けの日なのに、雰囲気を悪くしてしまうのは申し訳ない。私はみんなからチケットを貰った身だし、余計にね。
 仕方ないから、トールと手を繋いであげることにした。嬉しいでしょ?

「……あァ゛!? テメェっ、なンのつもりだッ!?」

「広場の方は人混みが凄いから、迷子にならないように」

「ざけンなッ!! 俺様は迷ったりしねェよッ!!」

「違う違う、私が迷子になるかもって話だよ。迷子になった私を探すのは手間だし、最初から逸れないようにした方が、賢いと思わない?」

 私が手を繋ぐ理由というか、言い訳を与えると、トールの表情に羞恥と憤怒が入り混じった。
 羞恥は分かるよ。私は美少女だから、年頃の男の子としては、照れ臭くなっちゃうよね。でも、憤怒が分からない。そこは喜ぶところだと思う。

 今の会話のどこに、怒る要素が……?
 そう疑問に思ったところで、ふと気が付く。トールの視線が私を飛び越えて、フィオナちゃんに向けられていることに。
 私もフィオナちゃんの様子を確かめると、彼女はニマニマと揶揄うような笑みを浮かべながら、トールを見つめていた。

「うぷぷ……。良かったわねっ、トール!」

「何が言いてェンだ、テメェはよォ……!?」

「えー、何ってそれは、あたしの口から言ってもいいのー?」

「うるせェ!! もう喋ンなッ!! オイっ、ブタ野郎!! そいつはテメェの女だろォが!! 黙らせとけッ!!」

 トールの怒りがシュヴァインくんに飛び火したので、彼は頭を抱えて狼狽えた。

「ぼ、ボクにそんなこと言われても……!! あ、あのっ、フィオナちゃん……。トールくんのこと、そっとしておこう……?」

「ま、それもそうね。人の恋路の邪魔は良くないわよね。反省反省っと」

「ああクソッ!! テメェはもう黙れっつってンだろッ!!」

 孤児院で暮らしていた頃、トールは私のことが好きだった。
 面と向かって告白された訳じゃないけど、『好きな子には意地悪しちゃう理論』に基づく推測だよ。トールは私に、頻繁に意地悪していたからね。

 そんな意地悪も鳴りを潜めて、私のことを未だに恋愛対象として見ているのか、ちょっと分からなかったけど……彼の反応を見た感じ、まだまだ好きみたい。

 ごめんね、子供は私の恋愛対象にならないんだ。
 トールだと、十年後ですらまだ早い。二十年後……いや、十五年後に厳正な審査をするから、それまでに男を磨いておいて貰いたい。

「アーシャが迷子になりそうなら、オレも手を繋ぐよ! しっかり握ってて!」

 ルークスが私の空いている方の手を取ってくれた。みんな子供だから、微笑ましい絵図にしかならない。
 これが十五年後だったら、中々に見栄えする逆ハーレムかも……。

 こうして、私たちは和気藹々としながら、サーカス団の大きな天幕が設置されている広場に到着した。
 夕日が沈んで、辺りが暗くなったけど、すぐに誰かの【光球】があちこちに浮かぶ。夜の広場は瞬く間に、お祭りのような雰囲気に包まれたよ。
 私も一つ、【光球】を適当に浮かべておいた。こういう些細な協力って、大事だと思うんだ。

 広場にはサーカス団だけじゃなくて、音楽隊とか吟遊詩人とか手品師とか、色々な人たちの姿がある。出店も沢山並んでいるよ。
 ここにいるだけで、なんだか心が躍り出しそうだった。
 
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