他力本願のアラサーテイマー ~モフモフやぷにぷにと一緒なら、ダークファンタジーも怖くない!~

雑木林

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一章 孤児院卒業編

25話 ローズクイーン

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 一旦、私たちは大森林の手前に降りて、決戦に適した時間帯を待つことになった。
 太陽が沈む前に、私はステホでルークスに連絡を取って、帰りが遅くなると伝えておく。ティラの面倒、見てあげてね。

 ──さて、ここから先、私には二つの選択肢がある。
 まず一つ目は、バリィさんとローズクイーンの戦いが終わるまで、この場で待機していること。
 他の魔物はアルラウネの巣を恐れて、森の手前にすら入ってこないから、それなりに安全だと思う。
 ただし、絶対に魔物が現れないとは言い切れないので、リスクはあるよ。

 二つ目の選択肢は、バリィさんを信じて彼の隣にいること。
 当初の予定はこっちだったけど、森の手前が安全だから、別の選択肢が生まれたんだ。

「うーん……。うん、初志貫徹! バリィさんを信じて、隣にいることにします」

「おう、それなら俺も気合が入るってもんだ。よろしく頼むな、相棒!」

「相棒だなんて、恐れ多いですけど……はい。頑張ります」

 バリィさんが持ってきた干し肉を分けて貰い、金級冒険者の相棒になった私は英気を養う。
 ……まぁ、私がやることなんて、【光球】を飛ばして視界を確保するだけだよ。
 それでも、相棒として扱われると、なんだか誇らしい気持ちになるね。

 この後、私たちは取り留めのない話をしながら、のんびりと時間を潰して──遂に、決戦の夜がやってきた。
 再び【移動結界】に乗って、上空へ移動したけど、夜間の寒さは日中よりも酷い。

「相棒、灯りを頼む。とびっきり明るくな」

「りょ、了解です……!!」

 月明かりを頼りに、バリィさんはローズクイーンの近くまで、結界を移動させた。
 私はスラ丸が持っている魔力まで借りて、寝落ちしない程度に【光球】を連発し、辺り一帯を照らし出す。
 申し分ない光量を確保出来たから、これで戦場の隅々まで見渡せるようになったよ。

 私たちの眼下では、三分咲き程度だった巨大な薔薇の蕾が開花して、ローズクイーンの上半身が姿を現す。
 アルラウネの上半身が、そのまま大きくなったような姿だ。
 表情は醜悪で、憤怒に塗れている。ライトアップしただけなのに、随分と怒りっぽいね。

「うしっ、仕事の時間だ!! 殺るぞッ!!」

 バリィさんは僅かな恐れすら抱くことなく、自分の頭からヘイトパウダーを被って、【移動結界】を急降下させる。
 すると、ローズクイーンが耳を劈く咆哮を上げて、十を越える茨の鞭をこちらに殺到させた。
 一本一本の太さが十数メートル、長さが数百メートルもあって、鋭い棘が無数に生えているよ。
 そのままでも凶悪なのに、それらは微かな光輝を帯びて、【強打】が発動していることを示していた。

「ひっ、ひええええええええぇぇぇっ!!」

「ハハハハハハッ!! 楽しめよ、相棒!! 特等席だぞ!!」

 私が腰を抜かして悲鳴を上げる中、バリィさんは心底楽しそうに笑って、【移動結界】を停止させた。
 そして、六重の【対物結界】を張り直し、私たちを囲う。

 上下左右から襲い掛かる茨の鞭は、彼が事前に言っていた通り、二発までなら耐えられたよ。
 でも、その二発で結界に罅が入り、三発目で粉々に砕かれた。
 結界が砕かれる度に、バリィさんは張り直しているけど……六重ともなると、明らかに魔力の消耗が激しそうだ。

「な、なんで止まってるんですか!? 回避っ、回避してください!!」

「【移動結界】は動かせても、【対物結界】は動かせない。……ま、どっしり構えて隙を窺うのが、俺の戦い方なんでね。任せとけって!」

 ド迫力のローズクイーンの猛攻に曝されても、まだまだ笑えるバリィさん。
 彼の胆力に舌を巻きながら、私はスラ丸を抱きしめて精神の安定を図る。
 それから、努めて冷静に戦況を観察していると、一つ気が付いたよ。
 バリィさんが幾度となく、結界を少し離れた場所に置いて、茨の鞭を逸らそうと試みているんだ。

 結界の形状は正方形って決まっているみたいだけど、設置する向きを変えれば、面を斜めにした状態で受け流せるっぽい。
 ローズクイーンの攻撃は強烈なので、毎回受け流せている訳じゃないけど、成功率が徐々に上がっている。
 これが完璧に出来るようになれば、自分たちを【対物結界】で囲わなくても、済むようになるね。
 その後なら、【移動結界】を使って接近出来るはず……。

 ──この人、こんな強大な魔物を相手に、本気で勝つつもりなんだ。
 今更、私はそう実感して、鳥肌が立った。

「す、凄い……!! バリィさんっ、本当に凄い人だ……!!」

「ハハハッ、褒められると気分がいいな! 気分がいいと調子も上がるから、もっと褒めてくれ!!」

「よっ、金級冒険者! 高給取り! イケメン!」

 私は注文通りに、バリィさんを褒めちぎった。
 しかし、彼は何故か、しゅんとしてテンションを下げてしまう。

「……相棒、イケメンは白々しいぞ。俺はさ、自分の顔が平凡だってこと、自覚しているんだ……」

「そ、そうですか……。なんか、すみません……。あの、平凡なのも、全然良いと思いますよ? 私は好きです」

「でも、イケメンの方が好きなんだろ?」

 バリィさんの鋭い切り返しに、私は思わず言葉を詰まらせた。
 だって、それはそうでしょ。イケメンの方が好きだよ。誰だってそうだよ。

「…………だ、大丈夫ですよ!! 男性は顔よりも、お金です!! 自信を持ってください!!」

「子供にそんな慰められ方されるのっ、嫌すぎるだろ!? ちっくしょおおおおおおおおおおッ!!」

 悔しさをバネにして、バリィさんは遂に、ローズクイーンの攻撃を見切れるようになった。
 彼は茨の鞭を完璧に受け流しながら、【移動結界】を動かし始める。
 ここで、ローズクイーンが【魅惑の花粉】を撒き散らしたけど、結界の中にいる私たちに影響はない。

 ……ただ、ドラゴンパウダーを投擲するなら、一瞬だけでも結界の外に出ないといけないんだよね。

「バリィさんっ、どうやってドラゴンパウダーを投げるんですか!? 結界が邪魔で投げられませんよね!?」

「息を止めて結界を消すぞ!! 合図したら、相棒も息を止めろ!!」

「えぇっ!? その作戦だと、結界を張り直したときに、花粉が内側に入った状態ですよ!?」

「それはそうだが……」

 一度でも結界を消すと、その時点で私たちの周りの空気が、あの花粉に汚染されてしまう。
 バリィさんは私の指摘に顔を顰めて、冷や汗を掻いた。どうやら、考えていなかったらしい。

「スラ丸の【浄化】を使って、どうにか出来ない……?」

 私がそう問い掛けると、スラ丸は身体を左右に揺らして、無理だと伝えてきた。
 花粉だって、身体に付着したら汚れなのに、融通が利かないスキルだね……。

「俺なら戦闘が終わるまで、息を止めていられるが……相棒は、無理か……?」

「そんなの無理に決まって──あっ、いや、スラ丸をマスクにすれば……!! スラ丸っ、空気を【収納】して私のマスクになって!!」

 これなら出来るみたいで、スラ丸は早速、私の顔に張り付いてきた。
 私の呼吸に合わせて、しっかりと綺麗な空気を取り出してくれる。偉いよ、スラ丸。

 これなら大丈夫だと、バリィさんにアイコンタクトを送ると、彼は大きく息を吸ってから呼吸を止めた。
 この間にも結界は移動しており、ローズクイーンの頭部に近付いていく。

 怒濤の勢いで迫ってくる茨の鞭。それら全てを【対物結界】で受け流し、【魅惑の花粉】も防げているので、他に怖いスキルは【刺殺領域】だけだ。
 いつ何が起きてもいいように、心の準備だけはしておく。

 ──幸いにも、ローズクイーンの行動パターンに変化がないまま、私たちは必殺の距離まで近付くことに成功したよ。
 アルラウネ系統の魔物は、大輪の花から生えている上半身が、弱点になっているらしい。特に、頭部と心臓。人間と同じだね。

 バリィさんが私たちの足元に結界を置いて、私たちを囲っていた方の結界を消した。

「──ッ!?」

 強風の煽りを受けて、私の身体が宙に浮く。
 そのまま、結界の上から落ちて──靴のおかげで落下速度が低下し、バリィさんが私の腕を掴むのが間に合った。

 ……し、心臓が止まるかと思ったよ!!

 私の危機を救った直後に、バリィさんはドラゴンパウダーを投擲する。
 奇しくもそのタイミングで、ローズクイーンが威嚇するように咆哮を上げたので、ドラゴンパウダーが口の中に入った。

 してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべて、バリィさんは【移動結界】で再び私たちを囲う。
 ローズクイーンの喉がゴクリと鳴って、明らかに飲み込んだことを確認し──数秒の間を置いて、奴の身体の至る所から、紅蓮の炎が噴き出した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ──ッ!!」 

 ローズクイーンは上半身を捩って、尋常ではない様子で藻掻き苦しんでいる。
 そんな状態でも、その目には煮え滾るような闘志が渦巻いていた。
 この魔物が、ここまで進化するのに、どれだけの修羅場を掻い潜ってきたのか……。そんなこと、私には分からない。
 ただ、元々がアルラウネという、戦闘に向かない魔物だったのだから、修羅場の数は一つや二つじゃなかったはずだよ。

 『絶命するその瞬間まで、絶対に諦めない』──そんな強い意志がなければ、生態系のピラミッドを駆け上がることなんて、出来なかったのだと思う。
 刻一刻と身体が燃えていく中で、ローズクイーンはバリィさんを見据えた。
 満身創痍でありながら、先ほどよりも存在感が増している。

 私は、それを怖いとは思わなかった。とても純粋に、美しいと思った。

 あの姿こそが、『生きる』ということなんじゃないかな……?

 前世の私の、空虚で薄っぺらい人生と比べたら、ローズクイーンの生は余りにも眩しい。
 ……叶うことなら、あの魔物をテイムしたい。我ながら、身の程知らずも甚だしいよ。
 そう自覚しながらも、最大限の敬意を籠めて、目には見えない繋がりを求める。

 けど、本当に呆気なく、当たり前のように弾かれた。

「……まぁ、そうだよね」

 私程度の人間に、ローズクイーンの主人は務まらない。
 残念だな、と私が気落ちしている間に、バリィさんは火災から森を守るべく、大きな結界を張った。
 当初の予定通り、大きな結界の内側には、私たちとローズクイーンが閉じ込められている。

 ──後はもう、奴の命が燃え尽きるまで、戦うだけだ。
 
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