他力本願のアラサーテイマー ~モフモフやぷにぷにと一緒なら、ダークファンタジーも怖くない!~

雑木林

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一章 孤児院卒業編

24話 アルラウネの巣

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 ──日が暮れる前に到着したのは、湿地帯の上に広がっている大森林だった。
 水面が草木の緑と木漏れ日を反射して、幻想的な光景を映し出している。
 生命の宝庫と言った感じの場所で、魔物以外の小さな生物が、あちこちで生を謳歌しているよ。

 角が立派な金色のカブトムシとか、捕まえてお土産にしたら、ルークスが喜びそう。
 この場の雰囲気を堪能するように、私は深く呼吸して、ゆっくりと一息吐く。

「ふぅー……。凄い場所ですねぇ……。生命力が溢れている感じがします」

「実際、小さな生命が大量にいるからな。これだけの生物が集まっているのは、こいつらを脅かす魔物が、ここにはいないからだ」

「あっ、本当ですね……。魔物が全然見当たりません」

 【移動結界】に乗ったまま、バリィさんと一緒に周辺を見て回ったけど、魔物の姿どころか痕跡すら見当たらない。
 安全なので、喜ばしいことだよ。ただ、これはこれで不気味だね。

「この状況は、アルラウネの巣が大きくなり過ぎた証拠だな。あの魔物は外敵を攻撃するが、小さい生物は捕食も排除もしないんだ」

「へぇー……。そうは言っても、その巣も見当たりませんけど……」

「ああ、だからこそ不味い……。巣はもっと奥にあるんだろうが、森の手前にすら他の魔物が入り込まないほど、その巣は魔物たちに危険視されている」

 私はバリィさんの話を聞いて、ごくりと固唾を呑み込んだ。

「な、なるほど……。そういう見方も出来るんですね……」

 アルラウネがそんなに強い魔物なら、私がテイムするのは難しい。
 そう思ったけど、巣には弱いアルラウネもいるらしいよ。
 そもそも、アルラウネは弱い個体が一般的で、強くなる個体は非常に珍しいのだとか。
 魔物が強くなるには、魔石を食べて進化しないといけない。それなのに、生産系の魔物は敵を倒す手段が少ないから、中々進化しないんだって。

「この分なら、空を飛ぶ魔物もいないか……。よし、高度を上げて探すぞ」

 バリィさんが森林の上空は安全だと判断して、結界の高度をぐんぐん上昇させる。
 結界は四方八方が硝子張りのようなものなので、その中にいる私は腰が抜けそうになった。
 別に、高所恐怖症という訳じゃないけど、こんなの誰だって怖いと思う。
 スラ丸を抱き締めてぷにぷにすることで、どうにか恐怖を紛らわしていると、急速に寒くなってきた。

「バリィさん! 寒いっ、寒いですよ!」

「そうだな……。これも、高度を上げるのが嫌な理由の一つだ」

 結界は強風を防いでくれるし、凍死するほどの冷気も防いでくれる。けど、無害な空気は通過するみたい。
 そんな訳で、上空ではギリギリ凍死しない程度の冷たい空気が、結界の中に入り込んでくる。
 完全に空気を遮断すると、酸欠になってしまうから、仕方ない仕様なんだろうね。

 私たちが震えている間に、結界は高度千メートルくらいの位置に到達した。
 上空から森林を見渡すと、すぐに異常だと分かる一帯を発見。
 そこには、直径が二百メートルくらいある深紅の薔薇が、ドン!と鎮座している。

 その薔薇は完全に開花している訳ではなく、中心部が蕾の状態の三分咲きだよ。
 周囲には鞭を思わせる無数の茨が生えており、それらの大きさも相当なものだと分かる。
 また、巨大な薔薇を中心にして、周辺には色とりどりの小さな薔薇が咲き乱れていた。

 ……いや、小さいとは言っても、巨大な薔薇と比較しての話だね。それらのサイズは、全て一メートル前後もあるよ。
 一メートル級の薔薇のめしべからは、緑色の肌を持つ人型の上半身が生えている。
 そのため、あれがアルラウネだと、一目で分かった。

 全ての個体の上半身が、女性の形をしているけど、肌の質感は植物のままで、顔立ちも人間には似ていない。
 私の感想としては、目と口が異様に大きい宇宙人、かな。

「一匹だけ、縮尺がおかしいのが交ざっていますけど……あれも、アルラウネですか……?」

「ああ、アルラウネが何度も進化を繰り返した個体だ。普通のアルラウネと、同列には出来ないが……分類上はアルラウネだな……。ステホで撮影してみな」

 バリィさんに促されて、私がステホで撮影してみると──直径二百メートルの薔薇は、『ローズクイーン』という名前の魔物だと判明した。
 持っているスキルが、七つもある……。

 魔物は最初に一つ、スキルを持っていて、進化する度に一つずつ増えるらしい。
 つまり、ローズクイーンは六回も、進化しているってことだよ。
 人間で例えるなら、職業レベルが60相当の強敵になるんだとか。

「そのぉ、言い難いんですけど……あれって、バリィさんよりも格上の魔物では……?」

「それな」

「いやいやいやっ、『それな』じゃないですよ!! どうするんですか!?」

「こんな大物が現れるなんて、俺にとっても予想外だったが……安心しろ! 人間様には、色々な武器があるんだ。ステホだって、その一つだぞ」

 バリィさんの言う通り、確かにステホは武器だ。それも、とびっきり強力なやつ。
 何せ、撮影しただけで、魔物のスキルが分かるからね。これって、物凄く大きなアドバンテージだよ。

「うーん……。ローズクイーンに動きはないですし、じっくりと敵のスキルの対策を考えますか?」

「ああ、それがいいな。知恵を貸してくれ、嬢ちゃん」

 私とバリィさんは、ローズクイーンのスキルを一つずつ確認して、対策を練ることにした。

 一つ目のスキルは【草花生成】──これこそが、アルラウネが生産系の魔物たる所以だね。
 アルラウネは魔力が続く限り、このスキルを使って自分の身体から、幾らでも草花を生やせるみたい。

 通常サイズのアルラウネが、戦闘中に草花を生やしても、大した意味はないと思う。
 しかし、ローズクイーンほどの大きさになると、その花弁が盾として機能するので、かなり厄介かもしれない。
 対策らしい対策は、特に思い付かないよ。……というか、バリィさんって防御力は凄いけど、攻撃力が不足しているよね。

 二つ目のスキルは【強打】──これはシンプルに、強力な打撃を放つスキルらしい。
 威力は大体、通常攻撃の二倍だって。ローズクイーンの巨躯から繰り出される打撃が、威力二倍……?

「バリィさんの結界で、耐えられますか……?」

「任せておけ。俺の全力、六重の【対物結界】なら、二発は耐えられるはずだ」

「それって、二発も耐えられるんですか? それとも、二発しか耐えられないんですか?」

 微妙なニュアンスの違いだけど、一応確認しておくね。

「……二発も、だ。防御に特化している結界師だからこそ、二発も耐えられる」

 きっと、それは物凄い偉業なんだ。……でも、正直に言ってしまうと、頼りないかも。
 ローズクイーンにとって、【強打】は必殺技じゃないと思うよ?
 敵が気軽に使える小技。それを二発しか耐えられないって、要するに勝てないってことでしょ。

 バリィさんが【対物結界】を連発して、見事に耐えたとしても、持久戦に縺れ込むだけ……。
 ローズクイーンの体力が、少ないとは思えないので、その展開は厳しそう。

 三つ目のスキルは【魅惑の花粉】──これは、無差別に魅了状態のデバフ効果をばら撒くという、凶悪な花粉らしい。
 魅了状態に陥ると、敵の利益になる行動を自ら進んで取るようになる。

 他者を洗脳するようなスキルもあるなんて、この世界の恐ろしさは留まるところを知らないよ。
 まぁ、このスキルの対策は簡単だ。戦闘中に、結界の外に出ないこと。
 元々、出るつもりはなかったけど、改めて用心しておく。……私が用心したところで、どうこう出来る話じゃないけどね。

 四つ目のスキルは【統率個体】──自分と同種かつ下位の個体に、強制力のある命令を出せる。
 ローズクイーンの場合だと、周辺のアルラウネたちが、命令に従うってことだね。
 多分だけど、聖女の墓標にいたゾンビリーダーも、このスキルを持っていたんだと思う。
 対策は特に必要ない。ローズクイーンが暴れたら、他のアルラウネなんて、余波で吹っ飛ぶんじゃないかな。

 五つ目のスキルは【暴君】──自分と同種かつ下位の個体から、ありとあらゆるリソースを奪える。
 このスキルを使われると、周辺にいるアルラウネの数だけ、ローズクイーンの体力や魔力が回復してしまう。

 生命力まで奪えるなら、私がテイムする予定のアルラウネが、これで全滅するかもしれない。
 それは、困る。非常に困る。でも、気にしている余裕はない。今は勝つことだけを考えよう。
 【暴君】の対策は、アルラウネを先に駆除することだよね。
 とは言え、ローズクイーンと戦いながら、そこまでやっている余裕はなさそう。

 六つ目のスキルは【光合成】──常時発動型のスキルで、太陽光を浴びていると、体力と魔力の回復が早くなる。
 日中に戦うのであれば、決着を急がないと……あるいは、夜を待って戦うとか。

「夜に戦うなら、私が【光球】を沢山使って、視界を確保出来ますよ。自動回復の効果がない状態にも出来るので、利敵行為にはならないはずです」

「そいつは助かるな。それじゃ、決戦は今夜で決まりだ」

 七つ目のスキルは【刺殺領域】──これの詳細は、かなり不透明だった。
 ステホによると、『無差別に刺して殺す』らしい。そうとしか書かれていないので、今一よく分からないね。
 とりあえず、スキル名から察するに、殺傷力が高い範囲攻撃だと思う。


 ──対策が思い付かない部分も多々あるけど、バリィさんは殺る気満々だ。
 そんな彼に、私はおずおずと仕切り直しを提案する。

「あの、本当に戦うんですか? 仲間を集めたりした方が、いいのでは……?」

「切り札を使ってみて、駄目ならそうするつもりだ。奴が空を飛べない以上、逃げることはいつでも出来るしな」

 バリィさんはそう言って、腰に付けている鞄の中から、小さな袋を取り出した。
 それには『火気厳禁』という、物騒な文字が縫い付けられているので、私は半歩だけ距離を取る。

「それが、切り札……? そんな小さい袋に、一体何が……」

「これはな、ドラゴンの逆鱗を素材にして作られた代物、ドラゴンパウダーだ。今回の討伐依頼を受けたときに、ギルドから支給されたんだよ」

「はえー……。火気厳禁ということは、燃えたり爆発したり……?」

「ああ、よく燃えるぞ。それはもう、轟々とな」

 ドラゴンって、ファンタジーな最強生物の定番だよね。
 逆鱗とは、ドラゴンの身体を覆う無数の鱗のうち、一枚だけ逆さに生えているものらしい。
 それを素材にした粉に、どれだけの威力があるのか、私には皆目見当が付かない。
 でも、バリィさんは自信ありげだから、きっと物凄い代物なんだと思う。

「ローズクイーンを燃やすなら、【光球】は必要ないですか?」

「いや、ドラゴンパウダーは急所にぶち込みたいから、それまでの光源は欲しい」

「なるほど……。それなら、近付かないと駄目なんですね……」

 ドラゴンパウダーを上空から投下して勝てるなら、話は簡単だったんだけど、そう上手くはいかないみたい。
 途轍もなく貴重な代物なので、可能な限り効果的な使い方をしたいんだって。
 バリィさんはそう説明した後に、言葉を続けた。

「──それに、火災とローズクイーンを閉じ込めるための、大きな結界を張る必要もあるんだ。俺が結界を張れる距離には、限度があるから、尚更近付く必要がある」

「もしかして、森林火災は駄目な感じですか?」

「ああ、駄目だな。この国だと、森は貴重な資源だぞ」

 強力な切り札があるなら、バリィさんじゃなくてもアルラウネの巣を駆除出来そう。
 でも、森への被害を最小限に抑えるなら、バリィさんが適任なんだろうね。

「ローズクイーンが燃え尽きる前に暴れたら、結界が壊されて火災が広がりませんか?」

「そう、それが問題だ。あの大きさを囲うとなると、何度も張り直せるような魔力なんて、流石にないからな」

 であれば、どうするのかと、私が疑問に思っていると……バリィさんは更にもう一つ、鞄から小さな袋を取り出した。
 こっちには、『敵視誘導』という文字が縫い付けられているよ。

「まさか、切り札その二……?」

「いや、こっちは切り札って言うほど、大したものじゃない。魔物が苛立つ香りの粉で、普通の道具屋に売っているものだ」

 敵視を集められるスキル【挑発】は、前衛の誰もが持っている訳ではない。
 そこで、後衛を守るために重宝するのが、この粉──『ヘイトパウダー』だと、バリィさんが教えてくれた。

「なんだか嫌な予感がするんですけど、それをどう使うんですか……?」

「俺自身に振り掛けて、ローズクイーンと一緒に大きな結界の内側に入る。そこで奴が、内側から大きな結界を攻撃しないよう、俺に攻撃を集中させるんだ」

 遣り甲斐のある仕事だと言わんばかりに、バリィさんは獰猛な笑みを浮かべて、ローズクイーンを見据えた。
 
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