24 / 239
一章 孤児院卒業編
24話 アルラウネの巣
しおりを挟む──日が暮れる前に到着したのは、湿地帯の上に広がっている大森林だった。
水面が草木の緑と木漏れ日を反射して、幻想的な光景を映し出している。
生命の宝庫と言った感じの場所で、魔物以外の小さな生物が、あちこちで生を謳歌しているよ。
角が立派な金色のカブトムシとか、捕まえてお土産にしたら、ルークスが喜びそう。
この場の雰囲気を堪能するように、私は深く呼吸して、ゆっくりと一息吐く。
「ふぅー……。凄い場所ですねぇ……。生命力が溢れている感じがします」
「実際、小さな生命が大量にいるからな。これだけの生物が集まっているのは、こいつらを脅かす魔物が、ここにはいないからだ」
「あっ、本当ですね……。魔物が全然見当たりません」
【移動結界】に乗ったまま、バリィさんと一緒に周辺を見て回ったけど、魔物の姿どころか痕跡すら見当たらない。
安全なので、喜ばしいことだよ。ただ、これはこれで不気味だね。
「この状況は、アルラウネの巣が大きくなり過ぎた証拠だな。あの魔物は外敵を攻撃するが、小さい生物は捕食も排除もしないんだ」
「へぇー……。そうは言っても、その巣も見当たりませんけど……」
「ああ、だからこそ不味い……。巣はもっと奥にあるんだろうが、森の手前にすら他の魔物が入り込まないほど、その巣は魔物たちに危険視されている」
私はバリィさんの話を聞いて、ごくりと固唾を呑み込んだ。
「な、なるほど……。そういう見方も出来るんですね……」
アルラウネがそんなに強い魔物なら、私がテイムするのは難しい。
そう思ったけど、巣には弱いアルラウネもいるらしいよ。
そもそも、アルラウネは弱い個体が一般的で、強くなる個体は非常に珍しいのだとか。
魔物が強くなるには、魔石を食べて進化しないといけない。それなのに、生産系の魔物は敵を倒す手段が少ないから、中々進化しないんだって。
「この分なら、空を飛ぶ魔物もいないか……。よし、高度を上げて探すぞ」
バリィさんが森林の上空は安全だと判断して、結界の高度をぐんぐん上昇させる。
結界は四方八方が硝子張りのようなものなので、その中にいる私は腰が抜けそうになった。
別に、高所恐怖症という訳じゃないけど、こんなの誰だって怖いと思う。
スラ丸を抱き締めてぷにぷにすることで、どうにか恐怖を紛らわしていると、急速に寒くなってきた。
「バリィさん! 寒いっ、寒いですよ!」
「そうだな……。これも、高度を上げるのが嫌な理由の一つだ」
結界は強風を防いでくれるし、凍死するほどの冷気も防いでくれる。けど、無害な空気は通過するみたい。
そんな訳で、上空ではギリギリ凍死しない程度の冷たい空気が、結界の中に入り込んでくる。
完全に空気を遮断すると、酸欠になってしまうから、仕方ない仕様なんだろうね。
私たちが震えている間に、結界は高度千メートルくらいの位置に到達した。
上空から森林を見渡すと、すぐに異常だと分かる一帯を発見。
そこには、直径が二百メートルくらいある深紅の薔薇が、ドン!と鎮座している。
その薔薇は完全に開花している訳ではなく、中心部が蕾の状態の三分咲きだよ。
周囲には鞭を思わせる無数の茨が生えており、それらの大きさも相当なものだと分かる。
また、巨大な薔薇を中心にして、周辺には色とりどりの小さな薔薇が咲き乱れていた。
……いや、小さいとは言っても、巨大な薔薇と比較しての話だね。それらのサイズは、全て一メートル前後もあるよ。
一メートル級の薔薇のめしべからは、緑色の肌を持つ人型の上半身が生えている。
そのため、あれがアルラウネだと、一目で分かった。
全ての個体の上半身が、女性の形をしているけど、肌の質感は植物のままで、顔立ちも人間には似ていない。
私の感想としては、目と口が異様に大きい宇宙人、かな。
「一匹だけ、縮尺がおかしいのが交ざっていますけど……あれも、アルラウネですか……?」
「ああ、アルラウネが何度も進化を繰り返した個体だ。普通のアルラウネと、同列には出来ないが……分類上はアルラウネだな……。ステホで撮影してみな」
バリィさんに促されて、私がステホで撮影してみると──直径二百メートルの薔薇は、『ローズクイーン』という名前の魔物だと判明した。
持っているスキルが、七つもある……。
魔物は最初に一つ、スキルを持っていて、進化する度に一つずつ増えるらしい。
つまり、ローズクイーンは六回も、進化しているってことだよ。
人間で例えるなら、職業レベルが60相当の強敵になるんだとか。
「そのぉ、言い難いんですけど……あれって、バリィさんよりも格上の魔物では……?」
「それな」
「いやいやいやっ、『それな』じゃないですよ!! どうするんですか!?」
「こんな大物が現れるなんて、俺にとっても予想外だったが……安心しろ! 人間様には、色々な武器があるんだ。ステホだって、その一つだぞ」
バリィさんの言う通り、確かにステホは武器だ。それも、とびっきり強力なやつ。
何せ、撮影しただけで、魔物のスキルが分かるからね。これって、物凄く大きなアドバンテージだよ。
「うーん……。ローズクイーンに動きはないですし、じっくりと敵のスキルの対策を考えますか?」
「ああ、それがいいな。知恵を貸してくれ、嬢ちゃん」
私とバリィさんは、ローズクイーンのスキルを一つずつ確認して、対策を練ることにした。
一つ目のスキルは【草花生成】──これこそが、アルラウネが生産系の魔物たる所以だね。
アルラウネは魔力が続く限り、このスキルを使って自分の身体から、幾らでも草花を生やせるみたい。
通常サイズのアルラウネが、戦闘中に草花を生やしても、大した意味はないと思う。
しかし、ローズクイーンほどの大きさになると、その花弁が盾として機能するので、かなり厄介かもしれない。
対策らしい対策は、特に思い付かないよ。……というか、バリィさんって防御力は凄いけど、攻撃力が不足しているよね。
二つ目のスキルは【強打】──これはシンプルに、強力な打撃を放つスキルらしい。
威力は大体、通常攻撃の二倍だって。ローズクイーンの巨躯から繰り出される打撃が、威力二倍……?
「バリィさんの結界で、耐えられますか……?」
「任せておけ。俺の全力、六重の【対物結界】なら、二発は耐えられるはずだ」
「それって、二発も耐えられるんですか? それとも、二発しか耐えられないんですか?」
微妙なニュアンスの違いだけど、一応確認しておくね。
「……二発も、だ。防御に特化している結界師だからこそ、二発も耐えられる」
きっと、それは物凄い偉業なんだ。……でも、正直に言ってしまうと、頼りないかも。
ローズクイーンにとって、【強打】は必殺技じゃないと思うよ?
敵が気軽に使える小技。それを二発しか耐えられないって、要するに勝てないってことでしょ。
バリィさんが【対物結界】を連発して、見事に耐えたとしても、持久戦に縺れ込むだけ……。
ローズクイーンの体力が、少ないとは思えないので、その展開は厳しそう。
三つ目のスキルは【魅惑の花粉】──これは、無差別に魅了状態のデバフ効果をばら撒くという、凶悪な花粉らしい。
魅了状態に陥ると、敵の利益になる行動を自ら進んで取るようになる。
他者を洗脳するようなスキルもあるなんて、この世界の恐ろしさは留まるところを知らないよ。
まぁ、このスキルの対策は簡単だ。戦闘中に、結界の外に出ないこと。
元々、出るつもりはなかったけど、改めて用心しておく。……私が用心したところで、どうこう出来る話じゃないけどね。
四つ目のスキルは【統率個体】──自分と同種かつ下位の個体に、強制力のある命令を出せる。
ローズクイーンの場合だと、周辺のアルラウネたちが、命令に従うってことだね。
多分だけど、聖女の墓標にいたゾンビリーダーも、このスキルを持っていたんだと思う。
対策は特に必要ない。ローズクイーンが暴れたら、他のアルラウネなんて、余波で吹っ飛ぶんじゃないかな。
五つ目のスキルは【暴君】──自分と同種かつ下位の個体から、ありとあらゆるリソースを奪える。
このスキルを使われると、周辺にいるアルラウネの数だけ、ローズクイーンの体力や魔力が回復してしまう。
生命力まで奪えるなら、私がテイムする予定のアルラウネが、これで全滅するかもしれない。
それは、困る。非常に困る。でも、気にしている余裕はない。今は勝つことだけを考えよう。
【暴君】の対策は、アルラウネを先に駆除することだよね。
とは言え、ローズクイーンと戦いながら、そこまでやっている余裕はなさそう。
六つ目のスキルは【光合成】──常時発動型のスキルで、太陽光を浴びていると、体力と魔力の回復が早くなる。
日中に戦うのであれば、決着を急がないと……あるいは、夜を待って戦うとか。
「夜に戦うなら、私が【光球】を沢山使って、視界を確保出来ますよ。自動回復の効果がない状態にも出来るので、利敵行為にはならないはずです」
「そいつは助かるな。それじゃ、決戦は今夜で決まりだ」
七つ目のスキルは【刺殺領域】──これの詳細は、かなり不透明だった。
ステホによると、『無差別に刺して殺す』らしい。そうとしか書かれていないので、今一よく分からないね。
とりあえず、スキル名から察するに、殺傷力が高い範囲攻撃だと思う。
──対策が思い付かない部分も多々あるけど、バリィさんは殺る気満々だ。
そんな彼に、私はおずおずと仕切り直しを提案する。
「あの、本当に戦うんですか? 仲間を集めたりした方が、いいのでは……?」
「切り札を使ってみて、駄目ならそうするつもりだ。奴が空を飛べない以上、逃げることはいつでも出来るしな」
バリィさんはそう言って、腰に付けている鞄の中から、小さな袋を取り出した。
それには『火気厳禁』という、物騒な文字が縫い付けられているので、私は半歩だけ距離を取る。
「それが、切り札……? そんな小さい袋に、一体何が……」
「これはな、ドラゴンの逆鱗を素材にして作られた代物、ドラゴンパウダーだ。今回の討伐依頼を受けたときに、ギルドから支給されたんだよ」
「はえー……。火気厳禁ということは、燃えたり爆発したり……?」
「ああ、よく燃えるぞ。それはもう、轟々とな」
ドラゴンって、ファンタジーな最強生物の定番だよね。
逆鱗とは、ドラゴンの身体を覆う無数の鱗のうち、一枚だけ逆さに生えているものらしい。
それを素材にした粉に、どれだけの威力があるのか、私には皆目見当が付かない。
でも、バリィさんは自信ありげだから、きっと物凄い代物なんだと思う。
「ローズクイーンを燃やすなら、【光球】は必要ないですか?」
「いや、ドラゴンパウダーは急所にぶち込みたいから、それまでの光源は欲しい」
「なるほど……。それなら、近付かないと駄目なんですね……」
ドラゴンパウダーを上空から投下して勝てるなら、話は簡単だったんだけど、そう上手くはいかないみたい。
途轍もなく貴重な代物なので、可能な限り効果的な使い方をしたいんだって。
バリィさんはそう説明した後に、言葉を続けた。
「──それに、火災とローズクイーンを閉じ込めるための、大きな結界を張る必要もあるんだ。俺が結界を張れる距離には、限度があるから、尚更近付く必要がある」
「もしかして、森林火災は駄目な感じですか?」
「ああ、駄目だな。この国だと、森は貴重な資源だぞ」
強力な切り札があるなら、バリィさんじゃなくてもアルラウネの巣を駆除出来そう。
でも、森への被害を最小限に抑えるなら、バリィさんが適任なんだろうね。
「ローズクイーンが燃え尽きる前に暴れたら、結界が壊されて火災が広がりませんか?」
「そう、それが問題だ。あの大きさを囲うとなると、何度も張り直せるような魔力なんて、流石にないからな」
であれば、どうするのかと、私が疑問に思っていると……バリィさんは更にもう一つ、鞄から小さな袋を取り出した。
こっちには、『敵視誘導』という文字が縫い付けられているよ。
「まさか、切り札その二……?」
「いや、こっちは切り札って言うほど、大したものじゃない。魔物が苛立つ香りの粉で、普通の道具屋に売っているものだ」
敵視を集められるスキル【挑発】は、前衛の誰もが持っている訳ではない。
そこで、後衛を守るために重宝するのが、この粉──『ヘイトパウダー』だと、バリィさんが教えてくれた。
「なんだか嫌な予感がするんですけど、それをどう使うんですか……?」
「俺自身に振り掛けて、ローズクイーンと一緒に大きな結界の内側に入る。そこで奴が、内側から大きな結界を攻撃しないよう、俺に攻撃を集中させるんだ」
遣り甲斐のある仕事だと言わんばかりに、バリィさんは獰猛な笑みを浮かべて、ローズクイーンを見据えた。
98
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。


野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる