上 下
11 / 239
一章 孤児院卒業編

11話 決闘

しおりを挟む
 
 ──夜空に浮かぶ二つの満月。それらに見守られながら、ルークスとトールは孤児院の庭で対峙する。
 二人は武器を持たず、どちらかが気絶するか、降参するまで戦うって、約束したよ。

 マリアさんは止めようか迷っていたけど、今回は黙って見守るみたい。
 彼女の職業は僧侶で、回復系のスキルを持っているから、こういう無茶を許容することは少なくない。

 特に男の子は、孤児院を卒業すれば否が応でも、荒事に関わる機会が多くなる。
 そのため、痛みに慣れておくことは大切だって、考えている節があるんだ。
 私を含めた孤児仲間たちは、見物人になって声援を送り始めた。

「ルークス! 頑張って!!」

「トールなんかに負けるんじゃないわよ!! シュヴァインの仇を討ちなさい!!」

「ふぃ、フィオナちゃん……。ボク、無事なんだけど……」

 私、フィオナちゃん、シュヴァインくんを筆頭に、やっぱりルークスを応援する子が多い。けど、拳で語るタイプの男の子たちは、トールを応援している。

「トール兄ぃ!! 負けないでくれ!!」

「ルークスなんていつも通り、けちょんけちょんにしちゃえーーーっ!!」

 外野が喧しい中で、ルークスはトールから視線を外さないまま、私に話し掛けてくる。

「アーシャ、勝負を始める合図、お願いしてもいい?」

「えっ、私でいいの……? それなら手を叩くけど……」

 ちらりとトールを見遣ると、彼は無言で軽く頷いた。
 私はルークスの味方だけど、開始の合図に小細工を挟む余地はないから、問題ないって判断したのかな。

 ……まぁ、小細工なんて必要ないよ。
 壁師匠で鍛えたルークスが、負けるとは思えないからね。
 あんまり気負うことなく、パン! と私が手を叩いた瞬間、

「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」

 トールが大音量の雄叫びを上げた。大気がビリビリと震えて、外野は恐慌状態に陥る。
 こんなの、普通の人間の声帯から出せる音じゃない。恐らく、スキルによるものだ。
 私が腰を抜かしている最中、トールは拳を振り被って、ルークスに肉薄した。

「大きな声だけど、全然怖くないよ」

 ルークスは冷静さを保ったまま、最小限の足捌きでトールの拳を避けていく。
 職業レベルを上げている二人の喧嘩は、普通の子供の喧嘩とは一線を画していた。
 トールの拳は唸りを上げて、大気を引き裂いているし、ルークスの足捌きは目で追うのが疲れるほど素早い。

「チッ、ちょこまかと逃げてンじゃねェぞ!! 臆病者がッ!!」

「逃げてるんじゃない。避けてるんだ! それに──反撃も出来るッ!!」

 回避に徹していたルークスが、トールの大振りの一撃に合わせて、見事なカウンターを決めた。
 しかし、頬を殴られたトールは獰猛な笑みを浮かべて、怯まずに肩から突進する。

 体当たりを受けたルークスは、大きく地面を転がった。
 すぐに立ち上がって、体勢を立て直したけど……表情が歪んでいるので、どこか痛めたのかもしれない。

 戦士であるトールの強みは、筋力と体力。
 暗殺者であるルークスの強みは、敏捷性と器用さ。
 お互いに一発ずつ攻撃を当てた場合、有利になるのは戦士の方だと思う。

「オイオイっ、テメェの拳は随分と軽いなァ!! 多少はやるようになったみてェだが、やっぱ俺様の方が上なンだよッ!!」

「くっ、この……っ!!」

 トールが予想以上に強い。レベルはルークスの方が、上だと思うのに……いや、見通しが甘かったんだ。
 素手での戦いは、暗殺者が不利なルールだと、私は今更になって気が付いたよ。

 こんなことなら、ルークスに【再生の祈り】を使っておくべきだった。
 歯噛みしている私を他所に、ルークスは再び回避に専念して、なんとかトールの猛攻を凌ぐ。
 先程よりも、明らかに動きが鈍いので、足を痛めているっぽい。

「ね、ねぇ、もう止めた方が、いいんじゃないの……? このままだと、怪我じゃ済まなくなるわよ……?」

 フィオナちゃんがおずおずと、全員に言い聞かせるように提案した。
 トールは誰がどう見ても、頭に血が上っているから、このままだとやり過ぎると思ったのかな。

「ぼ、ボクが止めてくるよ……!! フィオナちゃんっ、もしも無事に戻れたら、ボクと……その……」

「こ、こんなときに何よ!? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ……!!」

「あのっ、そのっ、て、手を繋いで……月でも、一緒に……見ない……?」

「一緒に、お月見……? ふ、ふぅん……。別に、いいけど……?」

 私は思わず、愕然とした。もう一度言う。愕然とした!!
 目の前で、孤児仲間が激闘を繰り広げているのに、シュヴァインくんとフィオナちゃんが、口から砂糖を吐きそうなほど、甘ったるい雰囲気を作っちゃったよ。

 私の独身アラサー魂が、悲鳴を上げている。
 ……それにしても、お月見デートって渋いね、シュヴァインくん。
 まさかとは思うけど、自分がお団子みたいな体型だから、

『ボクが今夜の月見団子だよ! フィオナちゃん、食べて!』

 ──とか、言い出さないよね? 駄目だよ、そういうのは大人になってからじゃないと。
 私が心の中で邪推していると、シュヴァインくんが【挑発】を使うべく前に出た。
 しかし、このタイミングでルークスの動きに、大きな変化があったので、一旦様子を見守る。

 ルークスは後ろ手に持った石を背中に隠したまま、手首の力だけで高々と放り投げて、【潜伏】で気配を消したんだ。
 猛攻に夢中で視野が狭まっていたトールには、ルークスが投げた石は見えていない。

「な──ッ!? ルークス!! テメェっ、どこに消えやがった!?」

 トールは目の前でルークスが消えたことに戸惑い、額から冷や汗を垂らして周囲を警戒する。
 戦闘中に、こんな消え方をされたら、堪ったものじゃないよね。
 激しい動きをするとバレるから、ルークスはあんまり動いていないはずだけど、その仕組みを知らないトールは迂闊に動けない。

「あ……っ」

 ルークスが投げた石。その行方を追っていた私は、それがトールの背後に落ちたことで、思わず声を漏らしてしまった。
 トールは石が落ちた音に釣られて、咄嗟に振り向いたけど──当然、誰もいない。

 ここで姿を現したルークスが、背を向けているトールに裸締めを行った。自分の腕を使って、相手の首を締め付ける技だよ。
 ルークスが蹴っても殴っても、トールにはあんまり効かないけど、首を絞められたら流石に堪らない。

「て、テメェ……っ、放せェ……ッ!!」

「死んでも放すもんか……ッ!! オレのっ、勝ちだ……ッ!!」

 トールの方が筋力があるとは言え、ルークスは自分の全体重を利用しているから、そう簡単には振り解けない。これは、勝負ありだね。


 ──決闘の後、マリアさんが【治癒掌】というスキルを使って、ルークスとトールの怪我を治してくれた。
 このスキルには、手で触れた相手の怪我や病気を治す効果がある。
 重度の症状は治せないみたいだけど、みんなが頻繁にお世話になっているよ。

 気を失っていたトールが、むくりと起き上がったとき、負けを認められずに暴れるのではないかと、私は不安になった。
 でも、杞憂だったらしい。彼は凶悪な形相を浮かべながらも、負けを認めてくれたんだ。

「ああクソっ!! 負けちまった!! ルークス……ッ、テメェは俺様に、何をさせてェンだ!?」

「簡単なことだよ。まず、孤児院のみんなと仲良くすること」

「あァ゛!? この俺様にィ、雑魚どもと馴れ合えってかッ!?」

「馴れ合えとは言わないけど、いじめるのは駄目だよ。オレたちは、仲間なんだから」

 ルークスが真っ直ぐな目で、静かにそう諭すと、トールは盛大に目尻を吊り上げた。
 なんかもう、吊り上がりすぎて、左右の目尻が額でくっ付きそうになっている。
 それから、彼は犬歯を剥き出しにしながら、孤児仲間の方を見回した。

 みんなが『ひぃっ』と悲鳴を上げて、大きく後退る。
 私は大丈夫だよ。スキルが使われていないなら、トールはそんなに怖くない。

「…………チッ、わーったよ!! 少なくとも、手は出さねェ!! それでいいンだろォがッ!!」

「うん、それでいい! 後はオレたちと一緒に、修行しよう!」

「はァ!? テメェの修行って、庭でやってるヤツだろ……!? あれで強くなれンのかよ……」

「大丈夫! あの修行のおかげで、オレはトールに勝てたんだから、絶対に強くなれるよ!」

 ルークスが勝手に話を進めているけど、私が主導している修行にトールを交ぜるなら、私の許可を取って貰いたい。
 慈善活動じゃないんだから、見返りもなく面倒を見たりしないよ。
 私がジトっとルークスを見つめていると、トールが不貞腐れながらも要求を呑んだ。

「修行のおかげか……。しゃーねェなァ……。いいぜ、一緒に修行してやる。ただしッ、今日の借りは必ず返すからなァ!!」

「いいよ! 模擬戦はオレも大事だと思うから、いつでも受けて立つ!」

「模擬戦じゃねェぞッ!! 男の誇りを賭けた決闘だッ!!」

 男の子二人で、バチバチに盛り上がった後、ルークスがトールを引き連れて、私のところにやって来た。

「アーシャっ、そんな訳でトールの修行も、一緒にお願い!」

「う、うーん……。まぁ、いいけど……トール、いつか私のお願いも聞いてね? 約束だよ?」

「チッ……!! あァ、まァ、忘れてなかったらな……」

 トールは面白くなさそうに舌打ちしたけど、私がジッと目を合わせると、頬を赤くしてそっぽを向いた。
 この様子を見る限り、私との約束は忘れないんじゃないかな。
 それこそ、十年後とかでも覚えているような、重たいタイプかもしれない。
 とりあえず、修行の面倒を見るに当たって、私はトールのステホを見せて貰う。


 トール 戦士(7)
 スキル 【鬨の声】


 ルークスとの決闘で、トールが開幕に上げた雄叫び。
 あれは、戦士の職業スキル【鬨の声】だったみたい。敵を怯ませて、味方の士気を高める効果があるんだって。
 ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん。この四人で冒険者パーティーを組めば、孤児院を卒業した後でも、安定した収入を得られそうだね。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。 レベル、ステータス、その他もろもろ 最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。 彼の役目は異世界の危機を救うこと。 異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。 彼はそんな人生で何よりも 人との別れの連続が辛かった。 だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。 しかし、彼は自分の強さを強すぎる が故に、隠しきることができない。 そしてまた、この異世界でも、 服部隼人の強さが人々にばれていく のだった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...