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一章 孤児院卒業編

10話 レベル10

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 ──恋する乙女、フィオナちゃんが修行仲間に加わってから、早くも数日が経過した。
 この日の夜。私が相も変わらず、不味い夕食を口の中に詰め込んでいると、隣に座っているルークスから、驚くべき報告が齎される。

「アーシャっ、聞いて聞いて! オレのスキルが増えたんだ!」

「えっ、本当に!? ステホ! ステホ見せて!」

 私はルークスに飛び付いて、ステホを見せて貰う。
 すると、確かに【潜伏】というスキルが増えていた。
 これは、自分の気配を消せるスキルみたい。消耗するのは体力でも魔力でもなく、精神力。これが切れるか、あるいは激しく動くと、潜伏状態が解除される。
 暗殺者らしいと言えば、らしいスキルだね。

 後天的に増える職業スキルは、初めて職業を選んだ際に一つ、レベルが10の倍数になったときに一つ貰えるんだ。
 ルークスは日頃の努力によって、暗殺者のレベルが10に到達していた。
 おめでとう、おめでとう。師匠として、鼻が高いよ。

「これさ、どんなスキルなのか、分かっているんだけど……自分の目で見ると、何も変わっていないように見えるんだ。アーシャ、ちょっと見て貰える?」

「それくらいなら、お安い御用だよ。かくれんぼでもして、確かめよっか?」

「ううん、今から目の前でやって見せるから、アーシャはオレを見失わないようにして」

 ルークスのお願いを聞き入れて、私は目の前にいる彼をジッと凝視した。
 こんなの、流石に見失う訳がない。そう高を括っていたのに、瞬きを一つしたところで、ルークスの姿が消えてしまう。

「えぇっ、消えた!? ルークス、どこにいるの? 全然見えないよ?」

「あはは、ずっと目の前にいるよ」

 一歩も動いていなかったルークスが、朗らかに笑って姿を現した。
 まさか、こんなに鮮やかに消えるなんて……。ルークスなら、悪さはしないって信じられるけど、こんなスキルを悪人が持っていたらと思うと、心底ゾッとする。

 まぁ、今は仲間の成長を素直に喜ぼう。

「す、凄い凄いっ!! 本当に見えなかった!! 潜伏って言うより、透明化って感じだよ!」

「えへへ……。そっか、そんなに見えなくなるんだ……!! 今度はさ、アーシャがオレに触った状態で、試してもいい?」

「うん、いいよ。ついでに心臓の音とか、呼吸の音も聞き取るようにするね」

 私はルークスの胸に手を当てて、耳を澄ませながら再び凝視した。
 彼が短く息を吸って、スキルを使うと、私の目に映らなくなる。……けど、手で触れている感覚は、残ったままだ。心音と呼吸音も分かるよ。
 そのことを伝えると、ルークスは若干気落ちした。

「心音はともかく、呼吸音は聞き取りやすいから、簡単にバレそうだね……」

「そうかな? 呼吸音なんて、結構近寄らないと分からないけど」

「いや、冒険者は体力を使うことが多いから、呼吸が乱れたときのことを考えると……」

 魔物の討伐、素材の採集、誰かの護衛など。冒険者は大半の仕事で歩き回るので、呼吸が乱れることは、確かに多そうだね。
 【鎧通し】を使ったときも、ルークスは息が上がっていたから、現状だと【潜伏】は使い難いかも。

 戦う、逃げる、守る。何をするにしても、体力が重要なので、今後は走り込みを重視させるべきかな。
 私はルークスの育成方針を修正してから、少しだけ気になったことをマリアさんに尋ねる。

「マリアさん、六歳で職業レベル10って、早いですか?」

「早いねぇ。まさか……あんた、もうそこまで上がったのかい?」

「いえ、私じゃなくてルークスです」

 マリアさんもルークスの努力を知っているので、納得の表情で頷いた。

「なるほどねぇ……。言っておくけど、そこから先は庭でやっている修行だけだと、伸び悩んじまうよ。あくまでも、レベルの話だけどね」

「え……? それなら、どうすればいいんですか?」

「戦闘職の場合、自分と同格か、それ以上の魔物と戦えば、レベルアップするさね」

 なんと、これまたRPGみたいな仕様だった。
 強い魔物と戦うのは大変だから、そこは誰かとパーティーを組んで、数的優位を作るのが基本らしい。

「ルークスはまだ六歳です。実戦経験なんて、早すぎますよね?」

「そりゃあそうさ。八歳になったら、嫌でも独り立ちするんだから、それまでは身体作りをやらせな。レベルが上がらなくても、自力はある程度鍛えられるからね」

 この後も、私はマリアさんから情報収集を行って、色々なことを教えて貰った。
 魔物狩りでレベルが上がりやすいのは、戦闘職に限った話ではなく、生産職や支援職も同じみたい。
 生産職や支援職が、どうやって魔物を狩るのか疑問だったけど、どんな形でも狩りに貢献出来ればいいんだって。

 鍛冶師なら武具を作って、戦闘職に使って貰ったり、僧侶なら戦闘職を回復したりと、色々なパターンがあるらしい。
 ちなみに、大人の平均レベルは30程度。近いようで、遠い数字だね。
 スラ丸が頑張っているから、私もそろそろレベル10になるんじゃないかと期待して、ステホを確認してみる。

 アーシャ 魔物使い(10) 魔法使い(8)
 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
     【魔力共有】
 従魔 スラ丸

 おおっ、魔物使いのレベルが10になってる!!
 ありがとう、スラ丸。帰還したら、いっぱいぷにぷにしてあげるからね。

 新しく取得したスキル【魔力共有】とは、私が従魔の魔力を使ったり、従魔が私の魔力を使えるという、便利そうなスキルだった。
 でも、今のところ使う予定はないかも。私もスラ丸も、自分の魔力に使い道があるからね。

 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、『私の魔法系のスキルを一つだけ、従魔たちと共有出来る』というもの。
 これは一度設定したら、変更出来ないみたいだから、慎重に選ばないと……。

 【土壁】を共有すれば、スラ丸の自衛手段が増える。悪くない選択肢だよ。
 【再生の祈り】は私が使えば、三日も持続するので、スラ丸と共有しても微妙かも。

「うーん……。もっといいスキルを取得するまで、待つべきかなぁ……」

 現状、スラ丸は特に困っていないから、保留にしておこう。
 私がそう決めて、ステホを懐に仕舞ったところで、食堂にトールがやって来た。
 彼の顔には青痣があって、腕には引っ掻き傷が付いている。

 最近のトールは私をいじめなくなったけど、朝早くから夜遅くまで、路地裏で喧嘩に明け暮れているんだ。乱暴な性格は、相変わらずだよ。

 喧嘩相手は大人じゃなくて、他所の孤児院でヤンチャしている子供たちだって噂だけど、恨みを買うような真似はやめて貰いたい。
 別にね、トールの身を案じている訳じゃないの。
 報復で私たちの孤児院が狙われたら、本当に困るでしょ。

「トール!! あんたまた、こんな時間までほっつき歩いて!! 毎日毎日っ、いい加減にしなッ!!」

 マリアさんが目尻を吊り上げて、トールを叱りつけた。

「うっせェなァ……。俺様だって、遊んでるワケじゃねェよ。これは、レベルを上げるための修行だぜ?」

 トールが選んだ職業は戦士なので、喧嘩に明け暮れるのは、悪くない修行方法だと言える。……恨みを買っていなければ、だけどね。

「修行にも、やり方ってもんがあるだろう!? 少しはルークスを見習って──」

「だから、うるせェって。ババア、アンタは俺らが八歳になったら、捨てるじゃねェか。こっちはそれまでに、強くなろうって足掻いてンだ。捨てるアンタに、文句を言われる筋合いはねェよ」

 トールがそう言い捨てると、マリアさんはショックを受けた様子で、床に視線を落とした。
 この場にいる孤児仲間たちも、『八歳で卒業』という孤児院のルールに、思うところがあるみたい。みんな揃って、しょんぼりしてしまう。
 それを見兼ねて、フィオナちゃんが勢いよく立ち上がった。

「ちょっと、トール!! そんな言い方ってないでしょ!? 孤児院の経営って、大変なのよ!?」

 うん、彼女の言う通りだ。孤児院には毎年、新しい子が入ってくるので、全員の面倒をいつまでも見ることは出来ない。
 八歳まで面倒を見るというのが、マリアさんの精一杯なんだよ。

「あァ゛? そンな言い方って、なンだよ? 俺様は別に、ババアを責めちゃいねェぜ。ただ、事実を言っただけだろォが」

「あたしたちは、捨てられるんじゃなくて、卒業するの!! そこを履き違えるんじゃないわよッ!! 大体ねっ、あんたが外で喧嘩してると、あたしたちに火の粉が飛んでくるかもしれないでしょ!? 自分勝手も大概にしなさいよッ!!」

「ンだと、テメェ……ッ!! 俺様のやることに、文句があンのか!?」

「あるわよ!! 文句だらけよ!! 馬鹿っ!! アホっ!! スライムっ!!」

 フィオナちゃんはシュヴァインくんの背中に隠れながら、トールに罵詈雑言を浴びせた。
 ……あの、馬鹿とアホはいいけど、そこにスライムを並べるのはやめてね?
 スラ丸は優秀だから、スライムという言葉を悪口にしないで貰いたい。

 私は内心で、不満を漏らし──次に、シュヴァインくんの行動を見て驚愕した。
 彼はプルプル震えているけど、それでも両腕を広げて、トールの前に立ちはだかり、フィオナちゃんを必死に守ろうとしている。
 一体いつの間に、あんな頼れる子に……!!

「退けよッ、デブ!! そこの馬鹿女、俺様に喧嘩を売りやがった!! デコピンの一発でもくれてやらなきゃ、気が済まねェぞ!!」

 デコピンで済ませる辺り、トールの性根は腐っている訳じゃないと思う。

「ど、退かないよ……!! フィオナちゃんは、ボクが守るんだ……ッ!!」

「チッ、そうかよォ……ッ!! だったら──歯ァ食いしばれやッ!!」

 苛立っているトールが拳を振り上げたところで、ルークスが静かに立ち上がる。

 ──なんだか、いつもと雰囲気が違うなって、誰もがそう感じた。

 普段のルークスは影が薄いのに、今だけは妙な存在感を放っている。
 みんなの目が、惹き付けられた。トールだって、例外じゃない。
 注目が集まる中で、ルークスはトールを真っ直ぐに見つめて、堂々と口を開く。

「トール、オレと勝負しよう」

「テメェ……ムカつく目ェしやがって……。あァ、いいぜ。売られた喧嘩は全部買うって、決めてンだ」

「オレが勝ったら、トールはオレの子分だからね」

「俺様が勝ったら、テメェは奴隷にしてやるよ」

 いつもの喧嘩とは違う、真剣勝負。
 誰も割り込めない二人だけの世界が、そこにある気がした。
 
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