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一章 孤児院卒業編
9話 恋敵じゃありません
しおりを挟む──私が自分とマリアさんに、【再生の祈り】を使ってから、早いもので三日が経過した。
このスキルのバフ効果は、ここで消えたので、持続時間が三日だと判明。
自傷は怖くて出来ないから、効力の程はあんまり分かっていない。
ただ、目に見えて、髪が艶々になっている。お肌に関しては、以前から子供らしい卵肌だったけど、こちらにも磨きが掛かったよ。
髪もお肌も、日常生活を送っているだけで、少しずつダメージが蓄積されていく。
それを克服出来ただけでも、私は大満足だ。
シャンプー、リンス、トリートメント、化粧水を買うお金がないから、三十年後くらいが怖かったんだよね。
今の私が着飾れば、お貴族様のご令嬢に、見えなくもないはず……。
別に目指していないけど、大変気分がいい。
「アーシャ、なんだか綺麗になった? 前から綺麗だったけど、最近は凄いよ!」
「ありがとう、ルークス。貴方も素敵よ」
フフフ、と大人の余裕が垣間見える笑みを浮かべて、私はルークスの賛辞に感謝した。素直な子供は可愛いね。
そういえば、マリアさんに掛けた若返り効果だけど、こっちは目に見える変化がなかったよ。彼女は今日も、いつも通りのお婆ちゃんだ。
一応、私は朝食の時間に、確認を取ってみる。
「マリアさん。最近になって、ちょっとだけ若返りましたか? 具体的には、この三日くらいで」
「ああ、やっぱり分かっちまうかい? 実はねぇ、三歳ほど若返ったんだよ。ったく、街の男どもにナンパされたら、どうしちまおうかねぇ……」
マリアさんがニヤニヤして、頗るご機嫌になっている。
彼女の言葉を信じるのであれば、一日で一歳分、若返ったのかな。
これが親孝行になったのなら、私も嬉しい。……けど、三歳若返った程度で、ナンパはされないと思う。
今日も今日とて、不味い食事をお腹に詰め込んでから、私はルークスとシュヴァインくんのために、庭に壁師匠を用意した。
その後、スラ丸を引き連れて、孤児院の裏手に回る。
「──スラ丸。またダンジョンへ送り込むけど、異論はある?」
私の問い掛けに対して、スラ丸は身体を左右に揺らす。どうやら、異論はないみたい。
魔石は売れるらしいので、食べずに拾い集めておくよう命令して──いや、それはやめておこう。搾取し過ぎると、反逆されるかもだし。
「お金持ちになったら、また葡萄を食べさせてあげるから、頑張ってね」
「!!」
スラ丸にご褒美の約束をしたら、俄然やる気になってくれた。
葡萄一つでご機嫌が取れるのは、スライムに味覚を付与出来る私の強みだよ。
腐肉の洞窟だと、スラ丸は怪我をしないと思うけど、折角なので【再生の祈り】を使って支援しておく。
つい先ほど、壁師匠を立てたばっかりなので、魔力が大分減ってしまった。
これ以上魔力を使うと眠ってしまうから、今日はのんびりして過ごそう。
こうして、私が庭の木陰で休んでいると、あんまり喋ったことのない孤児仲間が話し掛けてくる。
「ちょっと、アーシャ! あんた……最近、あたしのシュヴァインに色目を使ってるでしょ!?」
林檎のように赤い長髪と、橙色の瞳を持つ少女、フィオナちゃんだ。
髪型はツインテールで、中々に険しい目付きをしている。
「大きな誤解だよ、フィオナちゃん。私はシュヴァインくんに恋愛感情なんて、欠片も抱いてないから」
「あんた、シュヴァインに魅力がないって言うの……ッ!? ぶっ飛ばすわよ!?」
「うわぁ……。これ、面倒臭いやつだ……」
「誰が面倒臭いですってぇ!? いいわっ、上等じゃない!! その喧嘩、買ってあげるわよっ!!」
フィオナちゃんは私の肩を掴んで、ガクガクと身体を揺さぶってくる。ごめんね、つい口が滑っちゃった。
シュヴァインくんと相思相愛な彼女には、彼が絶世の美少年に見えているらしい。
私から見れば、シュヴァインくんは幼過ぎるし、太っちょだし、頼りないし、本当に守備範囲外なんだよ。
素直にそう伝えたいけど、フィオナちゃんは自分の彼氏が低く見られるの、我慢出来ないみたい。
だから、言葉選びに難儀してしまう。……あっ、閃いた!
私はルークスのことが、好きってことにしておけば、角が立たないかも。
「フィオナちゃん、私にはルークスがいるんだよ。最近、私がシュヴァインくんと話す機会が多いのは、修行を見て欲しいって、お願いされたからなの」
「むっ、確かにルークスも、いい男よね……。でも、あんたがルークスをキープしつつ、シュヴァインも狙っている可能性が……」
「いやいやいやっ、ないよ!? 六歳でキープなんて発想が出てくるの、ちょっと怖いよ……!!」
元々、フィオナちゃんは大きな商会の一人娘で、五歳までは英才教育を受けていたらしい。その分、マセて──いや、大人びているんだ。
ちなみに、その商会は破産して、一家が離散。フィオナちゃんは一人、孤児院に捨てられたという事情がある。
孤児院での生活を始めた頃は、見ていられないくらい意気消沈していたんだけどね。
そんな彼女を励まして、元気にしたのが、何を隠そうシュヴァインくんだった。
「……ま、そうね。あんたにはルークスがいるから、シュヴァインは狙ってない。それ、信じてあげるわ」
「う、うん……。どうも……」
フィオナちゃんは私の隣に座って、勝手にお喋りモードになったよ。
「あたしね、心配なの。シュヴァインはイケメンで性格もいいから、いつ悪い虫が付いても、不思議じゃないでしょ?」
「ソ、ソウダネ……」
少なくとも、この孤児院でシュヴァインくんに懸想しているのは、フィオナちゃんだけだと思う。
だから、そんなに心配しなくても、いいんじゃないかな……?
と思ったけど、そう伝えると、また煩くなるんだろうなぁ。
「それでね、あたしはもっと、もっともっと、もーーーっと、綺麗になりたいの。そうしたら、シュヴァインが他の女に、見向きしなくなるはずだし。ね、分かるでしょ?」
「ウ、ウン……。ハイ、ワカリマス……」
「なら──教えなさいよッッッ!! あんたが髪も肌も綺麗にした方法っ、教えなさいよぉッ!!」
フィオナちゃんが突然、鬼の如き形相で詰め寄ってきた。
怖い、怖いよ。情緒不安定なの……?
私は再び、ガクガクと揺さぶられながらも、なんとか彼女を落ち着かせる。
「お、落ち着いて! 条件次第っ、条件次第で教えるというか、フィオナちゃんにもやってあげるから……!!」
「条件ですってぇ!? お金ならないわよッ!?」
「私は無償で何かをするのが嫌なだけで、見返りを求めているの。別に、お金じゃなくてもいいよ」
「なら、何が欲しいのよ!? あたし、何も持ってないわ!!」
フィオナちゃんは胸を張って、極貧のアピールをした。
「うーん……。それなら、身体で払って貰おうかな」
「はぁ!? あ、あんた、まさか、ソッチの人……!? この国は性的少数者に寛容だけど、あたしにソッチの趣味はないわよ……!?」
「うん、私にもないから安心して。そうじゃなくて、労働力になって貰おうかなって、思ったの」
アクアヘイム王国は、性的少数者に寛容。そんな話、初めて聞いた。
私には偏見とかないから、大変結構なことだと思う。
「つまり、あたしに何をさせたいの? 身体を売るつもりはないわよ?」
「子供に身売りさせるほど、私は鬼じゃないよ。とりあえず、何が出来るのか知りたいから、ステホを見せて貰える?」
「ええ、いいわよ。はいこれ」
私はフィオナちゃんのステホを見せて貰って、彼女の職業とスキルを確かめた。
フィオナ 火の魔法使い(1)
スキル 【火炎弾】
「火の魔法使い……? これって、普通の魔法使いとは違うの?」
「フフン、そうよ! この職業は取得出来るスキルが、火属性の魔法に絞られるの!」
「へぇー、そんなのがあるんだね」
私にはなかった選択肢だから、ちょっとだけ羨ましい。
一芸に特化した魔法使いって、プロフェッショナルって感じで、格好いいよ。
【火炎弾】というスキルは名前の通り、火炎の弾丸を放つ攻撃魔法だった。
弾丸の大きさは、親指サイズから拳大まで、自分の意思で調整出来るみたい。
壁師匠に撃ち込ませて、フィオナちゃんにも修行して貰った方がよさそう。
将来的には、ルークス、シュヴァインくん、フィオナちゃんの三人で、冒険者パーティーを組んで貰いたい。どうせみんな、冒険者を目指すだろうから。
私は街に残って、支援スキルを掛けたり、従魔を貸し出したりして、上前を撥ねながら生きていくんだ。あくまでも、予定だけど。
「──それで、あたしはどんな仕事をすればいいの?」
「えっと、私は魔物使いだから、テイムを手伝って欲しいかも」
「テイムぅ? それ、難しい仕事ね……。あたし、魔物と戦ったことなんてないわよ」
「別に、今すぐじゃなくていいよ。壁師匠を貸してあげるから、十分に修行して強くなってからで」
私の依頼を引き受けてくれるなら、髪の艶とお肌の潤いを先払いしよう。
フィオナちゃんは壁師匠がなんなのか、全く分かっていなかったので、その辺りを軽く説明した。
すると、二つ返事で、この依頼を引き受けてくれたよ。
「分かったわ! そういうことなら、引き受けてあげる!! だから早くっ、あたしに艶と潤いを頂戴!!」
「一応、先に言っておくけど、フィオナちゃんには艶も潤いも足りているから、劇的な変化はないと思うよ?」
「あたしは少しでも綺麗になれるならっ、努力は惜しまないの!! いつまでも、シュヴァインに相応しい女でいたいからねっ!!」
シュヴァインくん、本当に愛されているなぁ……。
微笑ましくもあり、胸焼けもしてしまう。ご馳走様でした。
私はフィオナちゃんに【再生の祈り】を使って、魔力を空っぽにすることで不貞寝した。
純愛モノは、独身アラサーの胸を苛むよ。
ちなみに、フィオナちゃんの修行は非常にシンプルだ。
攻撃魔法を只管、壁師匠に向かってぶっ放すだけだからね。
魔法使いにも体力は必要だと思うから、走り込みもして貰いたいけど、そっちには消極的。運動は好きじゃないんだって。
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