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四章

12話 ホモーダ襲来

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「──さて、わしらはもう、お暇させて貰おうかのぅ」

 ルーミアはそう言って、コケちゃんを大事に抱きかかえながら席を立った。コケちゃんは俺に手、もとい羽を伸ばして、別れを惜しむような顔をしているが、こいつには引き続きルーミアの監視を任せておく。

 三色メイドから情報を貰って、黄色メイドの引き渡しも終わったが、俺としては今からでも、ルーミアと二人きりで話をしておきたい。主に、魔王に関する話だ。

「ちょっと待って貰えませんか? ルーミア嬢と、もう一つ重要な話を──」

 俺がルーミアを引き留めるべく声を掛けたところで、同時に部屋の外から物々しい足音が聞こえてきた。明らかに数十人の、鎧を着た者たちが歩いている音で、この場にいる誰もが嫌な予感を抱く。

 俺たちが表情を硬くしていると、扉の外で白百合騎士団の者と誰かが揉めるような声が聞こえてきた。

「お、お待ちくださいっ! 勝手に入られては困ります!」

「黙れ雌豚どもッ!! ホモーダの道を塞ぐとは何様のつもりだ!? そこを退けぇッ!!」

 白百合騎士団の者が押し退けられて、この部屋の扉が乱暴に開け放たれる。

 そうして、ぞろぞろと部屋の中に入って来たのは、ホモーダとその側近と思しき数人の貴族、それから十人ほどの騎士たちだった。部屋の中に入り切らなかった騎士は廊下にずらりと並んでおり、鼠一匹見逃さないと言わんばかりの厳戒態勢を敷いている。

 俺がホモーダと顔を合わせるのは久しぶりだが、相も変わらず剣聖の天職を授かっているとは思えないような、小太りで運動神経が悪そうな男だ。

「貴様らの身柄は、朕が預からせて貰う! 全員、大人しくしていろ!」

 ホモーダは王冠と王笏、それから赤いマントを身につけて、既に自分が王であることを全身で主張していた。一人称も『朕』という仰々しいものに変えており、威厳は無いが形だけは整えられている。

 そんなホモーダが偉そうな態度で、俺たちを軟禁すると宣った。これにはルーミアが、ポカンとしながら首を傾げてしまう。

「な、何の権利があって、わしらを拘束すると言うんじゃ……?」

「権利も何も!! 既に朕がっ、この国の王だッ!! 諸人は朕の命令に従う義務があるッ!!」

 ホモーダは王笏を掲げ、自分自身が唯一無二にして絶対の『法』であることを主張した。

「命令って……イデア王国の民が相手ならいざ知らず、わしはラーゼイン公国の人間じゃ。しかも、歴とした公爵家のな……。そのわしに、命令じゃと? これは大きな外交問題に発展するが……」

「愚か者め、そうはならん! 何故なら貴様を人質にして、朕はラーゼイン公国を従わせるからな!! そして、ラーゼイン公国から兵を出させっ、宿敵であるヨクバールを木端微塵に粉砕してくれるわッ!!」

 ば、馬鹿じゃ、底なしの馬鹿じゃ……! と、ルーミアは呟きながら戦慄する。俺としても、ホモーダがここまで馬鹿だとは思わなかった。

 どれだけルーミアが公国で可愛がられていたとしても、ルーミア一人を人質に取っただけでは、ラーゼイン公国がホモーダに降るはずがない。身代金の要求くらいなら通ったかもしれないが……ホモーダの策では、公国を激怒させて敵に回すだけだろう。

「お、横暴ですわ……!! それに幾ら何でも、こんな杜撰な策を使おうとしたら、何処かの貴族が止めるはず……」

 ルビーは信じ難い現実に眩暈がして、ふらりと身体を揺らした。そこに追い打ちを掛けるように、ゼニスがホモーダの後方で騎士たちの影に隠れている一人の貴族を指差す。

「ルビーはん! あそこっ、あそこにノース辺境伯がおるで!?」

「……え? お、お父様……っ!? そ、そこで一体、何をやっているんですの……!?」

 ルビーの父親である枯れ木のような痩躯の男性、ノース辺境伯。彼はバツが悪そうな顔をしてルビーから目を逸らし、内股になって両手で自分のお尻を抑えた。

 それから一言、「スマン……」とだけ。

 ノース辺境伯の頬は赤く染まっており、チラチラとホモーダの姿を見遣る瞳には、愛欲の熱が籠っている。何かの勘違いだと思いたいが……まさか、掘られた──もとい、絆されたのか……?

 ホモーダの後ろにいる貴族と騎士たちは男性だけで、よく見ると揃いも揃って、ノース辺境伯と似たような様子を見せていた。

「世も末じゃな……。イデア王国は、最早ここまでか……」

 ルーミアは頬を引き攣らせながら、イデア王国の終焉を予期して嘆いたが、ホモーダはこれを鼻で笑う。

「フン、察しの悪い雌豚め! イデア王国など、疾うに存在しておらんわ!! この国は既にっ、ホモのための、ホモによる、ホモだけの国──ホモバッカ王国となったのだッ!!」

 どうやら、俺が知らない間に、イデア王国は滅んでいたらしい。

 このふざけた宣言に、ホモーダの後ろにいる男たちは、拳を振り上げて大歓声を上げる。

「「「ウオオオオオオオオオオオオッ!! ホモバッカ王国万歳ッ!! ホモーダ陛下万々歳ッ!!」」」

 ホモーダは一応、イデア王家の人間であることに誇りを持っていたはずだが、一体何が彼を変えてしまったのだろうか……?

 一つだけ、思い当る節があるとすれば──。これは三色メイドに聞いた話だが、今代の勇者は王家の与り知らぬところで生まれたそうだ。そのため、この国が『イデア王国』のままだと、勇者に王位を簒奪されるとホモーダは危惧したのかもしれない。

 今代の勇者が、『我こそは正統なるイデアの血統!』とか言い出したら、王位簒奪は十二分に可能だろう。それ程までに、勇者の肩書に付随する権威は大きい。

 何にしても、本当に勘弁してくれ……。と、俺が頭を抱えている間も、ホモーダの世迷言は止まらない。

「朕はイデアの名も、ラーゼインの名も捨てた! 本日より、朕の名は──『ホモーダ・ホモバッカ一世』であるッ!!」

 ……いや、一世って、そのナンバリングは必要ないだろ。男同士だと、二世は産まれないんだぞ。

 冷静に心の中でツッコミを入れる俺を他所に、再び湧き上がるホモーダの男たち。そして、男臭い大歓声に包まれているホモーダは、愛憎の入り混じった複雑な表情を浮かべながら、俺を指差してゾッとする言葉を並べ立てる。

「アルスよ、我が弟よ! 朕は貴様が憎い!! 幼少期から雌豚にばかり笑顔を向けてっ、朕には一度も笑顔を向けなかった貴様が──ッ、憎くて憎くて堪らなかった!! だからっ、朕が王となった今こそ命じるッ!! 貴様の笑顔とケツを朕に差し出せぃ!! さすればっ、褒美として世界の半分を貴様にくれてやるわッ!!」

 俺は真顔で、「お断りします」と即答した。一考の余地すらない。

 俺が幼少期からホモーダに、延いては男性全般に笑顔を向けていなかったのは、自分の容姿が余りにも中性的かつ整っていたので、若干の身の危険を感じていたからだ。断言しておくが、俺はホモじゃない。

 どうやら、ホモーダは俺が一も二も無く頷くと思い込んでいたらしく、訝しげに眉を寄せて困惑した。

「な、何故だ……? 世界の半分ぞ? まさか、足りないとでも言うつもりか……!? くっ、この業突く張りめ! 良かろう、では世界の三分の二を貴様にくれてやる!! だから朕に、ケツを──」

「いえ、お断りします」

 俺は再び、真顔で即答した。貰える物の大小は関係ないのだ。世界の全てと引き換えにしても、俺のお尻は差し出せない。何故なら、俺は、ホモではないのだから。

 と、ここで、頼りになるルビーが俺を守るべく、ホモーダの前に出てくれた。

「ホモーダ殿下──いえ、陛下! やめてくださいまし!! アルス様が嫌がっておりますわ!!」

「だっ、黙れぇ……っ、黙れ黙れ黙れ黙れええぇぇぇぇッ!! このっ、薄汚い雌豚風情がっ、神聖なる薔薇の間に挟まろうとするなァッ!! ホモバッカ王国憲法第一条!! 雌豚は男と男の対話♂に口を挟んではならないッ!! 次に憲法を破れば、如何に朕の愛人の娘と言えどっ、貴様は八つ裂きの刑だ!! 覚えておけぇッ!!」

 窓ガラスを震わせるほどの怒声を放つホモーダに、流石のルビーも身を竦ませてしまう。

 ちなみに、ホモーダが『朕の愛人』と言ったタイミングで、ノース辺境伯が顔を蕩けさせていた。まるで、『きゅん』という擬音が聞こえてきそうだ……。愛人、つまり愛する人と認められて、嬉しくなってしまったのだろう。

 どこか遠い目をしているルーミアが、「世も末じゃな……」と再び呟いた。その後ろでは三色メイドが、何故か鼻血を垂らしながら、興奮気味に瞳を輝かせている。……こいつら、脳内で勝手に俺とホモーダをカップリングさせているんじゃないだろうな?
 
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