上 下
69 / 108
四章

5話 着替え ②

しおりを挟む
 
 ──メルの商店の中で着替えてきたルゥは、楚々とした白いワンピースに麦わら帽子という、良いところのお嬢様のような恰好をしていた。とてもではないが、食いしん坊だったり、荒事に強い英雄には見えない姿だ。

 俺とモモコは頭の上に疑問符を浮かべながら、ルゥとメルを交互に見遣る。

「物凄く似合っているけど、ルゥは『美味な服』とかいう注文をしていたよな……? 美味しい要素はどこに行ったんだ?」

「やっぱりその注文、無理があったんじゃないかしら……?」

 メルはアルティの新衣装以外なら、注文通りのデザインに出来た自信があったはず……。しかし、ルゥの新衣装はどう見ても、美味しそうな服には見えない。

 ……まさか、『食べちゃいたいくらい可愛い』みたいな、オヤジ臭い頓智を利かせたのだろうか?

「ルゥさん! その服の真骨頂を皆さんにっ、見せてあげてくださいなのですぅ!!」

 俺の疑念を他所に、メルは興奮気味に腕を振り回しながら、ルゥにそう要請した。

 すると、ルゥは小さく頷いてから、俺が止める間もなくワンピースのスカート部分をぺろんと捲り上げた。そうして、白いパンツと一緒に皆の目に飛び込んできたのは、裏地に縫い付けられている沢山のポケットだ。

「……お肉、いっぱい入る。……便利」

 むふーっ、とルゥは満足げに鼻を鳴らして、その横ではメルが得意げに胸を張っている。

 麦わら帽子にも食べ物が入るような細工が施されており、全員が「なるほど、そう来たか」と納得した。衣服そのものが美味しい訳ではないが、美味しい物が入る服なら、ルゥの注文通りということで良いのだろう。

 ……まあ、鞄を持ち歩けば良いんじゃないかと思わなくも無いが、それは言わないでおこう。

 こうして、俺たちは次に、ピーナの新衣装のお披露目に移る。

 ピーナは動きやすくて防御力が高い服を注文していたが、これは普通の羊毛ではどうしようもない。かと言って、メルが高価な素材を仕入れたという話も聞いていないので、何が飛び出してくるのか楽しみだ。

「ピーっ! みんな見て欲しいッピ! これ、とっても強そうだッピよ!」

 商店の中で着替えてきたピーナは、黄褐色のフード付きダウンジャケットを着ていた。

 フードの部分は空の王者として名高い魔物、グリフォンをデフォルメしたようなデザインになっており、ピーナは翼をパタパタと羽ばたかせて大喜びしている。

「おー、可愛い──もとい、強そうで良いな。肝心の防御力と重さは、どんな感じなんだ?」

「その点もバッチリなのです! ピーナさんの新衣装は、豹獣人の方たちに分けて貰ったカウンターシープの羊毛で作ったのですよ!」

「なるほど、ゲルと同じ素材ってことか。確かに軽くて丈夫だから、ピーナが求めている服にピッタリの素材だったな」

 俺はメルの説明に納得しながらも、このダウンジャケットは普段使いが出来ないだろうと察した。

 色々な攻撃を跳ね返す羊の魔物、カウンターシープ。こいつの羊毛は軽くて丈夫という、衣服にとても向いている素材だと思えるが、大草原で暮らしている獣人たちは、この素材で服を作ったりはしない。

 その理由は至極簡単で、この羊毛は保温性が高すぎるのだ。

 ピーナが着ているダウンジャケットは、翼を出すために袖が付いていない形状で、しかも鳥獣人は体温が低い。しかし、それでもピーナは既に汗を掻き始めている。

 メルもそれに気が付いて、ピーナに申し訳なさそうな目を向けた。

「ピーナさん、やっぱり暑いのです……? その服には袖がないし、ピーナさんは体温が低いから、大丈夫だと思ったのですが……」

「だ、大丈夫だッピよ! ボク、明日からこれを着て鍛錬するから、すぐに慣れるッピ!」

 ピーナのやる気は十分だが、身体を激しく動かすと更に暑くなるので、どうしても慣れないようであれば、品種改良によってピーナの耐暑性を引き上げても良い。鳥獣人はコケッコーのラブで品種改良を行えるので、簡単に魔改造出来る。
 
 こうして、ピーナの新衣装のお披露目が終わったところで、次は最もメルを困らせたアルティの新衣装のお披露目だ。

「我っ、とってもワクワクするのだ! みんな良い服を貰ったから、きっと我のだって、嘸かし素晴らしい服なのであろう!?」

「え、ええ、それはもう! アルティさんの注文は難しかったのですが、これ以上はないという出来栄えの服を作れたのです! ……多分。で、では、着替えに行きましょー!」
 
 アルティとメルが意気揚々と商店に入って、それから数分後──。

 俺たちの前に戻ってきたアルティは、だぼっとした白地のTシャツだけを身に着けていた。

 そのTシャツの前面には、『生きているだけで百点満点』という文字が、達筆で書き殴られている。しかも、文字が金糸で縁取りされているというオマケ付きだ。

 アルティの注文は、脱ぎやすくて、キラキラで、格好良くて、偉大で、最強で、可愛くて、働かなくても良くなる服……だったはず……。

「「「…………」」」

 俺たちは何と言って良いのか分からず、無言でアルティを見つめていた。

 アルティも『これじゃない』と言いたげに、アホ毛を萎れさせながら俺たちを見つめ返す。

 この、何とも言えない空気を払拭するように、メルが咳払いを挟んでから口を開いた。

「コホン! これはそのっ、アルティさんの生き様を表現したデザインなのです!」

「う、うむ……。そう、なのだな……。ありがとうなのだ……」

 勢い任せなメルの言葉は、どこか言い訳がましく聞こえたが……作って貰った手前、アルティは文句も言わずにお礼を言うしかない。

 と、ここで、モモコがぼそりと確信を突くような呟きを漏らす。

「これって、悩みに悩んだ末に、自棄になって作った感じよね……」

 それを聞いたアルティはがくりと肩を落として、アホ毛を更に萎れさせた。先程までの俺たちの新衣装を見て、アルティの中では期待値が高まっていたので、自分の新衣装だけが手抜きっぽくてショックを受けたのだろう。

 メルも自棄になった自覚があるのか、先程までのハイテンションを引っ込めて、申し訳なさそうな表情を浮かべ──徐にもう三着、同じTシャツをアルティに差し出した。

 他の新衣装よりも質が落ちたから、数で誤魔化そうという腹積もりだ。

「そ、その、アルティさん……。布教用、観賞用、保存用も、宜しければどうぞなのです……」

「う、うむ……。ありがとなのだ……。布教用は主様にあげよう……」

 いや、要らないぞ。その服をアルティとペアルックなんて、俺まで『働いたら負け』とか言い出す人種だと思われてしまう。

 俺はアルティに押し付けられたTシャツをミーコに横流しして、ついでにこの場のフォローをして貰おうと目配せした。……お前、アルティの舎弟なんだから、適当に持ち上げてどうにかしろ。

 ミーコは俺の目配せの意図を察して、早速アルティに声を掛ける。

「姐御っ! この服の文字は、生物としての真理を的確に表しているのにゃ! とっても格好良い言葉だって、みゃーは思うのにゃあ!」

「う、うううううむ……。確かに、これは至言だと自分でも思うのだ……!! なんだか褒められると、段々良い服に思えてきたかも……」

 実に呆気なく、アルティは新衣装のデザインを肯定的に捉え始めた。ぐーたらなアルティに相応しい恰好なので、全くと言って良いほど違和感がない。ただ、アルティが万が一にも精力的に働くようになったら、メルに頼んで別の新衣装を用意して貰おう。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼を奪った幼馴染が、憎くて憎くて仕方がない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:766pt お気に入り:7

貴方は私の

恋愛 / 完結 24h.ポイント:546pt お気に入り:1,707

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:98,194pt お気に入り:8,960

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,521pt お気に入り:5,936

(完結)漆黒の国と半地下の姫

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:1,250

【完結】幸せしかないオメガバース

BL / 完結 24h.ポイント:347pt お気に入り:1,861

暴君に相応しい三番目の妃

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,146pt お気に入り:2,531

オ・ト・ナの、お仕事♪~俺様御曹司社長の甘い溺愛~【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:658

ふぞろいの恋と毒

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:183

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。