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四章
5話 着替え ②
しおりを挟む──メルの商店の中で着替えてきたルゥは、楚々とした白いワンピースに麦わら帽子という、良いところのお嬢様のような恰好をしていた。とてもではないが、食いしん坊だったり、荒事に強い英雄には見えない姿だ。
俺とモモコは頭の上に疑問符を浮かべながら、ルゥとメルを交互に見遣る。
「物凄く似合っているけど、ルゥは『美味な服』とかいう注文をしていたよな……? 美味しい要素はどこに行ったんだ?」
「やっぱりその注文、無理があったんじゃないかしら……?」
メルはアルティの新衣装以外なら、注文通りのデザインに出来た自信があったはず……。しかし、ルゥの新衣装はどう見ても、美味しそうな服には見えない。
……まさか、『食べちゃいたいくらい可愛い』みたいな、オヤジ臭い頓智を利かせたのだろうか?
「ルゥさん! その服の真骨頂を皆さんにっ、見せてあげてくださいなのですぅ!!」
俺の疑念を他所に、メルは興奮気味に腕を振り回しながら、ルゥにそう要請した。
すると、ルゥは小さく頷いてから、俺が止める間もなくワンピースのスカート部分をぺろんと捲り上げた。そうして、白いパンツと一緒に皆の目に飛び込んできたのは、裏地に縫い付けられている沢山のポケットだ。
「……お肉、いっぱい入る。……便利」
むふーっ、とルゥは満足げに鼻を鳴らして、その横ではメルが得意げに胸を張っている。
麦わら帽子にも食べ物が入るような細工が施されており、全員が「なるほど、そう来たか」と納得した。衣服そのものが美味しい訳ではないが、美味しい物が入る服なら、ルゥの注文通りということで良いのだろう。
……まあ、鞄を持ち歩けば良いんじゃないかと思わなくも無いが、それは言わないでおこう。
こうして、俺たちは次に、ピーナの新衣装のお披露目に移る。
ピーナは動きやすくて防御力が高い服を注文していたが、これは普通の羊毛ではどうしようもない。かと言って、メルが高価な素材を仕入れたという話も聞いていないので、何が飛び出してくるのか楽しみだ。
「ピーっ! みんな見て欲しいッピ! これ、とっても強そうだッピよ!」
商店の中で着替えてきたピーナは、黄褐色のフード付きダウンジャケットを着ていた。
フードの部分は空の王者として名高い魔物、グリフォンをデフォルメしたようなデザインになっており、ピーナは翼をパタパタと羽ばたかせて大喜びしている。
「おー、可愛い──もとい、強そうで良いな。肝心の防御力と重さは、どんな感じなんだ?」
「その点もバッチリなのです! ピーナさんの新衣装は、豹獣人の方たちに分けて貰ったカウンターシープの羊毛で作ったのですよ!」
「なるほど、ゲルと同じ素材ってことか。確かに軽くて丈夫だから、ピーナが求めている服にピッタリの素材だったな」
俺はメルの説明に納得しながらも、このダウンジャケットは普段使いが出来ないだろうと察した。
色々な攻撃を跳ね返す羊の魔物、カウンターシープ。こいつの羊毛は軽くて丈夫という、衣服にとても向いている素材だと思えるが、大草原で暮らしている獣人たちは、この素材で服を作ったりはしない。
その理由は至極簡単で、この羊毛は保温性が高すぎるのだ。
ピーナが着ているダウンジャケットは、翼を出すために袖が付いていない形状で、しかも鳥獣人は体温が低い。しかし、それでもピーナは既に汗を掻き始めている。
メルもそれに気が付いて、ピーナに申し訳なさそうな目を向けた。
「ピーナさん、やっぱり暑いのです……? その服には袖がないし、ピーナさんは体温が低いから、大丈夫だと思ったのですが……」
「だ、大丈夫だッピよ! ボク、明日からこれを着て鍛錬するから、すぐに慣れるッピ!」
ピーナのやる気は十分だが、身体を激しく動かすと更に暑くなるので、どうしても慣れないようであれば、品種改良によってピーナの耐暑性を引き上げても良い。鳥獣人はコケッコーのラブで品種改良を行えるので、簡単に魔改造出来る。
こうして、ピーナの新衣装のお披露目が終わったところで、次は最もメルを困らせたアルティの新衣装のお披露目だ。
「我っ、とってもワクワクするのだ! みんな良い服を貰ったから、きっと我のだって、嘸かし素晴らしい服なのであろう!?」
「え、ええ、それはもう! アルティさんの注文は難しかったのですが、これ以上はないという出来栄えの服を作れたのです! ……多分。で、では、着替えに行きましょー!」
アルティとメルが意気揚々と商店に入って、それから数分後──。
俺たちの前に戻ってきたアルティは、だぼっとした白地のTシャツだけを身に着けていた。
そのTシャツの前面には、『生きているだけで百点満点』という文字が、達筆で書き殴られている。しかも、文字が金糸で縁取りされているというオマケ付きだ。
アルティの注文は、脱ぎやすくて、キラキラで、格好良くて、偉大で、最強で、可愛くて、働かなくても良くなる服……だったはず……。
「「「…………」」」
俺たちは何と言って良いのか分からず、無言でアルティを見つめていた。
アルティも『これじゃない』と言いたげに、アホ毛を萎れさせながら俺たちを見つめ返す。
この、何とも言えない空気を払拭するように、メルが咳払いを挟んでから口を開いた。
「コホン! これはそのっ、アルティさんの生き様を表現したデザインなのです!」
「う、うむ……。そう、なのだな……。ありがとうなのだ……」
勢い任せなメルの言葉は、どこか言い訳がましく聞こえたが……作って貰った手前、アルティは文句も言わずにお礼を言うしかない。
と、ここで、モモコがぼそりと確信を突くような呟きを漏らす。
「これって、悩みに悩んだ末に、自棄になって作った感じよね……」
それを聞いたアルティはがくりと肩を落として、アホ毛を更に萎れさせた。先程までの俺たちの新衣装を見て、アルティの中では期待値が高まっていたので、自分の新衣装だけが手抜きっぽくてショックを受けたのだろう。
メルも自棄になった自覚があるのか、先程までのハイテンションを引っ込めて、申し訳なさそうな表情を浮かべ──徐にもう三着、同じTシャツをアルティに差し出した。
他の新衣装よりも質が落ちたから、数で誤魔化そうという腹積もりだ。
「そ、その、アルティさん……。布教用、観賞用、保存用も、宜しければどうぞなのです……」
「う、うむ……。ありがとなのだ……。布教用は主様にあげよう……」
いや、要らないぞ。その服をアルティとペアルックなんて、俺まで『働いたら負け』とか言い出す人種だと思われてしまう。
俺はアルティに押し付けられたTシャツをミーコに横流しして、ついでにこの場のフォローをして貰おうと目配せした。……お前、アルティの舎弟なんだから、適当に持ち上げてどうにかしろ。
ミーコは俺の目配せの意図を察して、早速アルティに声を掛ける。
「姐御っ! この服の文字は、生物としての真理を的確に表しているのにゃ! とっても格好良い言葉だって、みゃーは思うのにゃあ!」
「う、うううううむ……。確かに、これは至言だと自分でも思うのだ……!! なんだか褒められると、段々良い服に思えてきたかも……」
実に呆気なく、アルティは新衣装のデザインを肯定的に捉え始めた。ぐーたらなアルティに相応しい恰好なので、全くと言って良いほど違和感がない。ただ、アルティが万が一にも精力的に働くようになったら、メルに頼んで別の新衣装を用意して貰おう。
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