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四章

2話 仙桃

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 俺とクルミはアイバーンの世話を終わらせた後、一緒に世界樹の様子を見に来ていた。

 朝日を浴びてキラキラと輝く薄紅色の花弁は、風に吹かれて軽く散っているが、散った傍から瞬く間に生え変わる。この分なら、季節に関係なく満開のままだろう。

 舞い落ちる花弁に触れると、世界樹の有り余る生命力の一端が、身体に浸透するように感じられた。

「報告。世界樹の枝の上に、ミーコの姿があります」

 ふと、そう言ってクルミが指差したのは、高度百メートル付近にある枝の上。俺が目を凝らすと、満開のサクラの隙間から、黒に近い濃紺色の尻尾が見え隠れしている。

 尻尾しか見えないので、俺には誰だか分からないのだが、自分のデータベースに完璧な映像記録を残しておけるクルミであれば、尻尾を見ただけでミーコだと断定することは容易いのだろう。

「猫じゃあるまいし、まさか下りられなくなった訳じゃないだろうな……? おーい! ミーコ! そんなところで何やってんだ!?」

「にゃにゃっ!? ボス!? と、クルミ!! こ、これは違うのにゃ! みゃーは別にっ、盗み食いしようとしてた訳じゃにゃいの!!」

 ミーコはサクラを掻き分けて顔を覗かせ、地上にいる俺たちの姿を確認した。すると、悪事が見つかった子供のように冷や汗を掻いて、おろおろと動揺する。

 とりあえず下りて来いと俺が手招きすると、ミーコは百メートルという高さを物ともせずに、軽やかに跳躍して、音もなく俺たちの目の前に着地した。

 豹獣人のミーコは濃紺色の髪と澄んだ群青色の瞳を持つ少女で、獣人らしく豹の耳と尻尾が生えている。首元まで伸びている髪には天然のパーマが掛かっており、瞳は大粒のアーモンドのような形だ。しなやかな四肢は見るからに走ることに特化しているが、臀部だけは無駄に大きい。

 着ている衣服は俺と似たような若草色の民族衣装だが、ズボンの丈が非常に短くて、眩しいくらいの美脚を惜しげもなく晒している。

 そんなミーコが授かっている天職は、走ることに特化した【韋駄天】で、その脚の性能はルゥですら追い付けないほど凄まじい。百メートルの高さから苦もなく飛び下りることが出来たのも、この天職のおかげだった。

「正直に白状するなら怒らないが……。盗み食いって、ルゥみたいにサクラの花弁を食べようとしたのか?」

 明らかに盗み食いをしようとしていた様子のミーコは、俺の問いに視線を彷徨わせて口ごもるが、俺の隣ではクルミが手刀の素振りを行い、制裁を加える準備を始めたので、早々に観念して口を割ることになった。

「ち、違うのにゃあ……。ほら、あれにゃ……。あの天辺らへんに、実ってるやつ……」

 ミーコが世界樹のずっと上の方を指差したので、俺はそちらに目を向ける。だが、俺の視力は獣人ほど良い訳ではないので、特筆すべき何かは見当たらなかった。

「うーん……? 何がどこにあるんだ? 俺には全然見えないぞ」

「報告。どうやら世界樹に、果物と思しきものが実っているようです。ただ、当機体が以前、森人の里で確認した胡桃のような果実とは、明らかに異なる見た目をしています」

 俺たちの目の前にある世界樹は花が咲くように変異したもので、普通の世界樹は花を咲かせない。それが影響しているのか、果実まで変異してしまったらしい。

 普通の世界樹の果実は巨大な胡桃のような見た目をしており、その殻の硬さはルゥが全力で頭突きをしても、掠り傷一つ付かない程だったので、個人的には殻が柔らかい果実に変異していたら嬉しく思う。

「折角だし、食べてみたいな。クルミ、出来るだけ世界樹を傷つけないように、何とか果物だけ採って来られるか?」

「回答。高性能な当機体にとっては、造作もないことです。万事お任せください」

 如何なる技術なのか不明だが、クルミは足首に光輪を纏わせて浮かび上がり、そのまま世界樹の天辺まで飛んでいく。

「ボス……! クルミが採ってくる果物は、みゃーも食べて良いのかにゃあ!?」

「別に良いけど、もう盗み食いしようとするなよ」

 ミーコはルゥと同じように、かなり食い意地を張っている奴だが、ルゥの場合は『群れの規律』とでも言うべきものを大事にしているので、盗み食いなんて絶対にしない。だから、盗み食いをするミーコは、質の悪い食いしん坊だ。

 ……でも、こいつは子供の面倒見が良くて、盗んだ物の多くを子供に分け与えているので、憎めない奴でもある。それに、盗むと言っても深刻な問題になる程の窃盗ではなく、摘まみ食い程度の行為なので、目くじらを立てる必要はない。

 まあ、それでも体面を保つために、見掛け次第叱らなければならないが……と、ここで、クルミが一メートルくらいの大きさがある桃を抱えて、音も無く戻って来た。

 その桃は非常に芳しく、ヤバい薬の原料になるのではないかと疑わしくなるほど、脳を痺れさせる甘い香りを漂わせている。それと何故か、桃の一部には既に歯形が付いており、クルミの口元は果汁でベタベタになっていた。

「報告。この果物には、人体に有害な成分は含まれていません。そして、大変美味であると断言致します」

「いや、摘まみ食いしたのかよ……。食べるなとは言わないけど、もう少し待てなかったのか?」

 この牧場には食い意地を張った奴ばっかりだな、と俺が呆れて溜息を吐くと、クルミは然も心外であるかのように文句を言う。

「抗議。まるで当機体が、食い意地を張っているかのような言い草をされるのは、甚だ不本意です。これは摘まみ食いではなく、毒見ですので、悪しからず」

 クルミは何一つとして恥じることはないと言わんばかりに、しゃんと背筋を伸ばしてから、追加でもう一口、桃に齧り付いた。

 確かに毒見はするに越したことはないし、クルミ以上の適任者が存在しないのも事実だが……。追加の一口は必要ないだろ。

「にゃあああああああああっ!! みゃーも食べるのにゃ!! クルミばっかりズルいのにゃあ!!」

 桃の香りを嗅いで辛抱出来なくなったミーコは、涎を垂らしながら桃に飛び付いた。

 そして、一口食べた途端、頭がおかしくなった薬物中毒者のように顔面を崩壊させて、「うみゃああああああああああい!!」と叫び出す。

 ……その顔は、女の子として終わっていると思うが、これだけならまあ、『顔面が崩壊するほど美味しい果実が手に入った』という結果だけで、問題はなかった。

 しかし、話はそこで終わらない。桃の果肉を嚥下したミーコの身体が、次の瞬間には二回りも縮んで、顔付きも見るからに幼くなってしまったのだ。

 ミーコは自分の身体の変化なんて気にせず、狂ったようにガツガツと桃を食べるので、俺は慌てて羽交い締めにする。

「待て待て待てっ、なんかヤバい!! 絶対にヤバい!! もう食べるなッ!!」

「嫌にゃあああああああああああッ!! もっと食べるのにゃああああああああああああ──ッ!!」

「クルミっ、こいつをどうにかしてくれ!!」

 ミーコが盛大に暴れるので、俺はクルミに助けを求めた。すると、クルミは手刀を構えて、キラリと目を光らせる。

「質問。当機体に備わっている万象破砕機能をオンに致しますか?」

「このポンコツ……! 致す訳ないだろ!? 普通に気絶させろ!!」

 余計な質問を挟んできたクルミは、ポンコツと呼ばれたことに愚痴を零しながらも、ミーコの首に普通の手刀を入れて気絶させた。

 俺は大人しくなったミーコを牧草の上に寝かせてから、訝しげな目で桃とクルミを交互に見遣る。

 ……おかしい。クルミは桃を無毒だと分析したからこそ、ミーコを止めなかったはずなのに、ミーコは明らかに狂っていた。しかも、身体が退化するというおまけ付きだ。現在のミーコは、ピーナと同じくらいの子供に見える。

「報告。ミーコが我を失ったのは、世界樹の果実が美味し過ぎたことが原因です。それと、ミーコの身体は退化したのではなく、『若返った』と言う表現が適切でしょう」

「わ、若返りぃ……? なんだかまた、物議を醸しそうな代物だな……」

 若返り──。それはつまり、寿命を延ばせるということだ。こんな果実があると他所の権力者に知られれば、戦争が勃発してもおかしくはないので、緘口令を敷く必要がある。

 この牧場には、人魔大戦が勃発する原因となった『ウッキーでも分かる〇〇』シリーズという、天職を増やせる本まで存在しているので、なんだか火薬庫みたいな状況になってきた。

「疑問。マスター、この果実は何と言う名称で登録すれば宜しいでしょうか?」

「えっと、『若返りの果実』だと安直過ぎるよな……。『世界樹の果実』だと、胡桃みたいなやつと差別化出来ないから……桃……よし、『仙桃』にしておくか」

「登録。この果実の名称は『仙桃』──。サクラを咲かせるようになった世界樹が実らせる果物で、人を狂わせる魔性の美味しさと、若返りの効能を持っています」

 誰かに盗み食いされて、赤ん坊まで若返るなんてことがあったら大事件なので、世界樹を見張る警備員が必要になる。今のところ、アイバーンにはこれと言って役目がないので、世界樹の警備はあいつらに任せるとしよう。
 
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