婚キ! お多福結婚相談所

滴浬密

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夢から覚めて

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「ダァーッ!!」

 勢いのまま環は飛び起きる。
 寝ていたソファからずり落ちそうになったがなんとか持ちこたえた。

「……やっぱり夢かぁ」

 薄々感づいていたがやはりか。

(それにしてもなんて夢なの)

 思い当たるフシはある。

のせいだ。プロレスの動画をいろいろ観せられたから。たしか誰かの問答もんどうだったっけ?)

 環は小さくため息をく。

(それはともかくここは?)

 オフィスビルの応接室のようだが見覚えのない場所だった。

「おはよう環。少しは眠れた?」

 聞き覚えのある声に顔を上げると両手にマグカップを持った女性が笑顔で入ってきた。
 山口美祢子やまぐちみねこはソファのテーブルにホットコーヒーが入った一つを置いた。

「み、美祢子さ? あいたっ!」

 声をあげた瞬間、側頭部に鈍痛が起きた。二日酔いの朝によくあるやつだ。その痛みは環に昨夜の出来事を思い出させた。

「ごめんなさい美祢子さん。いきなりお邪魔して。その上酔っ払って」

 頭に響かないように小さな声で礼をいう環に、

「気にしないの。連れてきたのは私なんだから。泥酔でいすいしたあなたの介抱かいほうは慣れたものよ」

 美祢子の姉御肌あねごはだは今も変わりないようだ。
 三年前まで彼女は環と同じ総合商社に勤めていて先輩かつ上司だった。
 新人だった頃の環が飲みの席で起こした失敗や醜態しゅうたいをずいぶんフォローしてくれたものだ。

「はい。ありがとうございます」

 恥ずかしさと申し訳なさで意気消沈した環に美祢子は優しく問いかける。

「ねえ環。昨日は詳しく聞けなかったけど何があったの?」

「……」

 口をつぐむ環の前に美祢子は藍色のベロアでおおわれたジュエリーケースを差し出す。
 強い力が加わったのか蓋と台が左右にゆがんでいた。

「これを握ったまま土砂降りのコンコースで仰向けになって叫んでいたのよ。『なにコラ! たこコラ! シにてえのかコラ!』ってね。迷惑な人、ってよく見たらあなたで本当に驚いたわ。そのままにしておけないからここまで引きずってきたの」

 環は自分がジャージ姿になっていると気付く。美祢子が着替えさせてくれたのだ。

「か、重ね重ね申し訳ないです」

 顔中真っ赤にして環は固まった。



「そういえばここに来るのは初めてだったわね」

 コーヒーを飲んで一息つくと美祢子が口を開いた。

「じゃあ改めて挨拶しなきゃね」

 美祢子が差し出した名刺、
 
 お多福たふく結婚相談所

 所長 山口美祢子

 黙読した後、環は声をあげる。

「けっ……こん、けっこん、結婚!」

 目からみるみる涙が溢れ出す。

「けっこん! わたし結婚したかったのにぃ!!」

 部屋中に響き渡る声で叫んだ環は天井を見上げて号泣した。
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