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第2章の1 新天地

第23話 『感情の鎖』

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 ベルナ王国の軍司令部に、若き女性の大隊長が招かれた。
 この背の高い女性は、参謀室の前で不適な笑みを浮かべた後、何食わぬ顔でノックして入室した。


「失礼します」

 部屋に入ると、大隊長のキリッとした態度が消え、いきなりフレンドリーな感じになった。


「シモン、何の用? 私も忙しいのよ!」


「ガーラ、そう言うなよ。 困った事が発生してな。 君の力を貸してほしいんだ」

 大隊長は、ガーラだった。この女性は美しいのだが、どこか鋭利な刃物を彷彿とさせるような威圧感がある。


「あんた、参謀なんでしょ。 自分で何とかしなさいよ!」

 ズケズケと言うガーラに、シモンは困ったような顔をした。


「秘密裏に動く必要があるんだ。 さすがに、今回は相手が悪い。 それに私的な案件だから、軍を動員できない」


「お断りするわ!」

 ガーラは、即答した。彼女は、自分に取ってメリットが無いと思うと、動かないのだ。


「まだ、何も言って無いぞ。 そもそもの原因だが …。 君がちゃんと別れさせなかったのが悪いんだ! あの時、過分な謝礼を払っただろ」

 シモンは、少し感情的になったのか声を荒げた。普通の者であれば縮み上がる場面だが、ガーラには通じない。


「ハハーん。 ビクトリアの件ね。 イースって男の子に別れるように伝えたけど、その後は知らないわ。 でも、あんた、まだグズグズしてたの? 色男が情け無いわね。 ビクトリアに『感情の鎖』を使って、隷属させれば良いだけの話しでしょ!」


「分かってるさ。 イースに罪を着せてムートから追い出し、配下の騎士に殺させた。 君も知っての通り、『感情の鎖』を仕掛けるには、相手の女を抱いてる最中に呪文を唱える必要がある。 当然、ビクトリアを堕とすつもりさ。 でも …。 その前に、不測の事態が起きてしまったんだ …」

 シモンは言葉を飲み込み、甘えるような仕草をした。


「何なのよ、気持ち悪い。 早く話しなさいよ!」


「ビクトリアが、ナーゼに面会したいと申し出たんだ。 ナーゼはイースに目をかけていたから、恐らく心眼を使って真実を探究するだろう。 そうなると、ビクトリアに信じ込ませた嘘が見抜かれちまう」


「変な事を言うのね。 ナーゼに『感情の鎖』をかけて隷属させたんでしょ! ナーゼは、あなたに逆らえないはず」

 ガーラは、愉快そうに笑った。


「それが、実は違うんだ。 ナーゼの両親の事をネタに脅して、彼女を一度抱いた時に『感情の鎖』をかけてやった。 確かに効いていた。 しかし彼女の強大な精神力と魔力によって、自力で解除されてしまったんだ。 本当に信じられない女だ。 その後、彼女に復讐されるかと思い、ずっと身の危険を感じていたが、さすがに耐えられなくて …。 だから、ナーゼを遠隔地の小隊に追いやったんだ」


「あんた最低な奴ね。 自業自得じゃない。 でも、あの偉大なるナーゼに、良く殺されなかったわね。 人質でも取ったの?」


「出身地のパル村の村長を懐柔し、彼女の両親を王都に連行し軟禁した。 それから、ナーゼの母親を抱いて『感情の鎖』をかけて操ってる。 最初、年増で少し抵抗はあったが、実物は美魔女だったから、まあまあ良かった。 ナーゼを抑えるための保険だな」


「うわー、母親を隷属するなんて鬼畜の所業だわ。 ナーゼにバレたら間違いなく殺される。 私は降りる!」


「待て! ガーラに悪いようにしない。 だから考え直せ!」

 シモンは、しぶとく食い下がった。


「一応、聞くけど、何をするの?」


「ナーゼを殺す。 制御できない強大な力は脅威でしか無い。 実は、ビクトリアの件が無くても、元々考えていたんだ。 あの力が敵国に渡ったら、大きな脅威になるだろ」


「でも、無理だわ。 私とシモンの2人がかりでもナーゼには勝てない。 分かるでしょ。 それこそ、軍を総動員しても勝てるかどうか?」

 ガーラは、興奮気味に話した。


「それなら心配ないさ。 彼女の母親を盾にして、怯んだところにガーラの最大攻撃魔法を浴びせ、親子ともども消滅させれば良い。 母親は俺に隷属してるから何でもする。 ナーゼは親を見捨てないはずだ」


「反吐が出るくらい卑劣なやり口ね。 シモンらしいわ。 それで見返りは何?」


「僕の、参謀のポストを君に譲る」


「あなたは、どうするの?」


「父上の跡を継ぎ、上級魔法使いとなって、宰相のポストを狙う。 そうなれば、僕とガーラとで、この国を牛耳れるぞ! どうかな?」


「悪くないわ。 分かった。 ビクトリアがナーゼを訪ねる前に、実行する必要があるわね」

 ガーラは、不敵な笑みを浮かべた。


◇◇◇


 タント王国での事、俺はジャームに剣術を教わっていた。
 彼の教え方は素晴らしく、短期間でかなり上達した。
 また、ジャームの心の声が聞こえる度に、得体の知れない力が湧いて来るような気がした。そのせいか、今では、大木も一刀両断できるようになっていた。
 ムートでは考えられない成果だ。

 そんな、ある日、ジャームに言われた。


(イースよ。 おまえの体に魔力の種を入れた者がおるが、その時の様子を聞かせてくれ)

 ジャームは、俺の背中に手を当てながら、心で話しかけた。


「ああ。 瀕死の状態の時に、ビクトリアから回復魔力を注入された事がある」
 
 ビクトリアの事を思い出すと辛かったが、過去の事と割り切って話した。


(ビクトリアとは、おまえを信じなかった恋人の事だな。 でも、それじゃない。 他にいたはずだ)


「ムートに入ったばかりの時に、陽気の発動を手伝ってくれた娘がいた」 

 俺は、ナーゼの優しい笑顔を思い出した。


(詳しく話してくれ?)


「彼女が俺の下腹に手を当てると、チクッと痛んだ。 毎日意識するように言われ、それを実行していたら、陽気がドンドン強くなった。 その娘はナーゼと言うんだ。 彼女は、俺を弟のように気にかけてくれた」


(そうか、この娘の影響だったのか)

 ジャームは、ドクロのような顔で俺を見た。
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