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第十九話 ティアラ嬢は良い子でした

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「ライト殿下、アーレント様がお呼びです。至急応接間にお越し下さいとの事です」

休み時間、ライト様の隣にランディがやって来てそう告げた。
ライト様は面倒くさそうに立ち上がり私に「行ってくる」と一言。

私が軽く会釈をしてライト様に手を振れば名残惜しそうにライト様は教室を後にした。
ランディが用事も済んで席に戻ろうとしたその時、パタパタと私達の方に足音が近づいてきた。

「ジョハン卿!これ、新作のクッキーなの。食べてみて」

ライト様に伝言に来たランディに、にこにこの笑顔でそう言ってきたのはティアラ嬢だった。

ライト様にきっぱりと運命の人ではないと言われて朝の時点では元気がなく落ち込んでいる様に見えたけど、お菓子作りが出来るようならまず一安心なのかしら。

しかしホッと息を吐く私の横にバサッと扇子を開いて口元を隠したオルガがやって来た。
隠した口元から「ライト殿下の次はランディに乗り換えたのかしら、このあばずれ女は」と破落戸が使うような野蛮な言葉をティアラ嬢に向かって小声で呟く。

まあまあ落ち着いて、と私はオルガを宥めたけれどオルガのティアラ嬢に向けた殺気は消えることはなかった。

クッキーを差し出されたランディに至っては「いいの?すっごく嬉しい。デフェル子爵令嬢のお菓子って本当に旨いんだもん」と満面の笑みで受け取る始末。

ちょっと、ランディも空気読んでよっ。
満面の笑みで受け取るんじゃないっての。

そんなランディの満面の笑みを見たオルガは、ボキッっと持っていた扇子を折り自分の席に戻って行った。

二人の仲睦まじい姿を見ていられずに席に戻ったのかしらと思いきや、何やら様子がおかしい。

少し心配になってオルガの席まで行くとオルガが鞄の中から「ティアラ」と書かれた紙の貼られた藁人形と先の尖った五寸釘と小さめの金槌を取り出した。

「ランランを誑かすとは・・・・・・。あの女、消してやる。ふふっ。これは新作の呪いの藁人形。この釘で刺させば数時間後にはあの女は・・・、ふふふっ」

こ、怖いからっ!
オルガが悪役の顔になってるわっ。

今にも藁人形に五寸釘を打ち付けそうな勢いのオルガを私は慌てて止めに入った。

いくら何でも呪っちゃだめよっ。
人を呪わば穴二つ。どっちも不幸になっちゃうんだからっ。

私はオルガの持っていた藁人形を何とか奪い取った。

怒り狂うオルガをどうどうと宥めていたら今度はティアラ嬢が私達の方になんと笑顔で近寄ってくる。

お願いっ。あなたも空気読んで、ティアラ嬢っ。
今来ちゃだめだってばー!!

オルガが私の手から藁人形を奪い取り、金槌を持った右腕を高く掲げ勢いよく五寸釘に向かって振り下ろしたその時だった。

「アリシア様、オルガ様。あのこれ、新作のクッキーです。ぜひ食べて下さい」

何とティアラ嬢はランディだけではなく私達の分もクッキーを用意していたのだ。

「え?ランディにだけじゃなくてみんなにクッキーを配るんですか?」

屈託のない顔で差し出されたクッキーを受け取り私はティアラ嬢に訪ねた。

私の質問にティアラ嬢は「えへへ、たくさん作り過ぎちゃいました」と笑って首を縦に振った。

かっ、可愛い!
ティアラ嬢、めちゃくちゃ可愛いっ!!

ティアラ嬢って、本当はすっごく良い子なんだわ。

こんな小さな善意で私の心はコロッと絆されてしまった。

オルガもティアラ嬢の対応に毒っ気が一気に抜けてポカンとしている。

「この間ライト様とアリシア様が帰られた後、ランディ卿が馬車を用意して下さって乗車の際にエスコートしてくれたんです。でも一緒に乗っては悪い噂が立つかもしれないと別々の馬車で帰りました。その御礼に作ったクッキーなのですが、折角だからみんなにも食べて欲しくって」

無邪気な笑顔は嘘偽りがなく、本当にみんなに食べてもらいたいという気持ちが伝わってくる。

それはティアラ嬢の性格の良さを物語っているようで心がポカポカになるのを感じた。

私とオルガに直接クッキーを手渡すとティアラ嬢は自分の席に戻りながら他のクラスメイトにもクッキーを配っていた。

「あばずれ女とか言っちゃったけど、良い人だね、あの人」

オルガがポツッと呟いた。
どうやらオルガも私と一緒でティアラ嬢に絆されてしまった様だ。

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