7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ

文字の大きさ
上 下
5 / 25

第五話 SIDE:ライト

しおりを挟む
ヒューゴ侯爵邸から王城に帰る馬車の中、僕は発狂した。

「何でだ!」

7年前に初めて会った時から好きで好きでしかたがない愛しい婚約者のアリシアが、学生寮に入るだと!?
そんな話は聞いてないっ。

誰に当たるわけにも行かず、歯を食いしばりながら唸るように僕は言った。

「一緒に登校したかったのに・・・・・・」

僕はあまりのショックに頭を抱えて項垂れたまま王城までの道程を馬車の中で過ごした。

僕の宮殿の前に着いて馬車が停まった。
馬車を降りて僕は一人、倉庫に向かう。
ガラガラとシャッターを上げれば、そこには真新しい馬車が一台。

「これに乗ってアリシアを迎えに行きたかったのに・・・・・・」

僕は暫くの間悲しみに浸っていたが、やるべきことがまだあると自分を奮い立たせた。

向かうべきところは唯一つ、父上の執務室だ。

「父上、ライトです。今よろしいですか?」

ノックをしながらそう言えば、「ああ、入れ」と返事があったので入室した。

「・・・・・・あ、先客がおられましたか」

僕の髪色は母上譲りの黒だが、父上は兄上と瓜二つで金髪に青い目をしている。

父上だけかと思っていたら、二人の来客がいた。

一人は王国騎士団の副団長ケビン・デフェル。
ケビンは僕が14歳で王国騎士団の団長になるまで団長を勤めていた凄腕の騎士だ。
子爵家の生まれで確か今年で34歳。
屈託なく笑う、とても頼りになる爽やかな男だ。もう一人は・・・・・・。

「お久しぶりでございます。先の戦では命を助けていただきまして心より感謝いたします」

助けた人の数は無数だし、正直言って誰を助けたとか覚えてない。
それに僕からしたらアリシア以外は皆同じだ。

暫くの間誰だったか思い出そうとしてもなかなか思い出せなかったが、隣に座るケビンと同じ赤い髪と緑の瞳を見比べてふと思い出した。

以前ケビンに家族写真を見せてもらった事があって、確か僕と同じ歳のソフィアという娘がいると言ってた様な・・・・・・。

「ああ、ケビンの娘のティアラ嬢・・・・・・で合ってるかな?」

「はい。ティアラでございます」

「ライト、いいところに来た。まあ、座りなさい」

父上に言われては致し方なくソファーに座る。

本当は、アカデミーの学生寮に入る許可が今すぐにでも欲しいのに。

「来月からお前もティアラもアカデミーに入学するだろう」

「はい。その事で実は僕も父上に相談が・・・・・・」

「ライト、お前がアカデミーでティアラを守ってくれないか?」

「・・・・・・は?何故ですか?」

僕の質問に申し訳無さそうに答えたのは父上ではなくケビンだった。

「ライト殿下、すみません。実はこんな物が我が家に送られてきたんです」

ケビンがスッと僕に一枚の紙切れを見せた。
それは・・・・・・。

「ティアラ・デフェルのアカデミー入学を辞めさせろ。さもなくば命はないと思え?・・・・・・これって、脅迫状?」

何種類もの印刷物から切り取った紙を貼り並べて作られた手作りの脅迫状だった。

大胆な人間がいるものだ。
王国騎士団の副団長の娘に脅迫状を送りつけるとは。

「陛下に相談したらいい考えがあると言われて。それに、他に頼れる人もいなくて」

いや、いるだろう。
ケビン、お前顔広いじゃないか。
別に僕じゃなくたっていいはずだろう。

「ケビンから話を聞いて、ちょうどライトも入学するからお前に守らせればいいと提案したんだ」

また、面倒な事を思いついてくれたものだ。

しかしケビンの娘とあっては無下にはできない。
でも、アカデミーではアリシア以外の事に気を使いたくない。

僕が考え込んでいると、父上が僕に聞いてきた。

「そういえば、ライト。お前の要件は何なのだ?」

「はい。アカデミーの入学後は学生寮から通おうと思いますがいいでしょうか?」

僕が言うと、父上は「何を馬鹿な事を・・・・・・」と言ったが、不意に何かを閃いたようポンと手を打って言った。

「・・・・・・駄目だ、と言いたいところだが、お前の返答次第では許可しようではないか」

そうきたか。

「つまり、アカデミーでティアラ嬢の護衛をするなら学生寮に入ってもいいと言うことですか?」

父上は返事の代わりに首を縦に振った。

僕としては学生寮に入る事が出来ればいいんだ。
守るとこの場で父上には言って、ティアラ嬢の事は腕のいい護衛に任せればいい。

「分かりました。ティアラ嬢の護衛を僕が引き受けましょう」

僕は躊躇うことなく父上の提案にのった。

でも、これが僕とアリシアの仲を悪くする原因になるなんてこの時の僕は考えもしなかった。

父上の執務室を出て、学生寮に入る許可を貰った僕は足取り軽く自分の宮殿に戻っていく。

父上の住む本宮殿と僕の住む宮殿を繋ぐ廊下を歩いていた時だった。

「ラ~イト!」

不意に後ろから僕を呼ぶ声の主は兄上。

気まぐれで飄々とした兄上と話をするのはあまり気が向かないが、アリシアと普通に会話が出来るようになったのは兄上のおかげだ。

ここはお礼を言ってさっさと立ち去るのが得策だろうと僕は考えた。

「兄上、ご無沙汰しています。この間のアドバイスのお陰でアリシアと楽しいアカデミー生活が送れそうです。ありがとうございました」

「え?何の事?」

本当に忘れているのか、あえてとぼけているのか分からないが、兄上は よくわからないな、と首を横に傾けた。

「アリシアと目も合わせられずに過ごした7年を打破するために兄上が教えてくれた魔法の言葉のお陰で、見事アリシアとたくさん会話が出来ました」

「・・・・・・ああ、あの時の話ね」

兄上が、ああ 思い出したとにっこり笑った。

それは一週間前の事ーーー。

◇◇◇◇

「ラ~イト。元気?」

僕が武術場で剣の稽古をしていた時だ。
こんな風に軽く僕に声をかけるのは兄上だけ。

兄上に向けてシュンと振り下ろした木刀は、いとも容易く右手の親指と人差し指の二本の指先で摘んで止められた。

兄上は僕より背が少し高い。
年は五つ上で二十歳になる。
金色の髪が太陽の光でキラキラ光っている。

「いいなぁ、その黒髪。俺も黒が良かった」

「またそれですか。だったら黒に染めたらどうですか?」

僕が王国騎士団の団長になった一年前位から兄上がそう言ってくることがちょくちょくある。

「あ、その案いいね」と兄上は笑った。

僕は汗をかいた服を着替えながら兄上と会話を続けた。

「だって、こんなキンキラの髪の毛目立ってしょうがないだろう。僕も黒が良かったな~」

「金だろうが黒だろうが、兄上の顔なら何色でも目立つと思いますけど。僕、忙しいのでもう行きますね」

僕は早く部屋に戻ってアリシアの絵姿を見て休みたかった。

僕が兄上の前を通り過ぎようとした時、兄上が言った。

「もうすぐアリシアとのお茶会があるんだろう」

その言葉にビクッと僕は反応した。

「何で知ってるんですか」

「オルガに聞いた」

オルガ・ダレス。アリシアの従姉妹か。

従姉妹・・・・・・。親しい間柄を表すその言葉、めちゃくちゃ羨ましい立ち位置だ。

「兄上は、オルガ嬢とは随分と仲が良いのですね」

「まあね」

女性に関心のない兄上が、オルガとだけは気さくに話をする。
聞けば色んな発明品を作っていて、とても興味深いんだそうだ。

「それはそうとお前さ、アリシアと会話したくないの?」

 耳がダンボになる。ダンボが何かは知らないが、遠い異国にはそんな例えがあるらしい。
まさしく今の僕がそれだった。

意味としては、興味があり過ぎて耳が大きくなるくらいな過度な反応を示す、といった所らしい。

「しっ、したい。でも7年も目すら合わせてないし、会話なんて会った日の天気の話を一言話す位で、まともな会話をしたことがないのです。一体何と話しかければいいんですか?兄上」

「大丈夫だ。とっておきの魔法の言葉がある」

「ま、魔法の言葉?」

「真実の愛、という言葉を知っているか?」

真実の愛、それくらい知っている。
それが何だと言うんだ。

「女性はその言葉に弱いんだ。真実の愛に気づいたとか言えば、何かしら反応があるはずだ」

「気づいたとか、そんなの嘘になる。既に僕は7年前から真実にアリシアを愛している」

「でも、態度で表してこなかったでしょ?要はきっかけだよ。多少の嘘も必要な時があるさ」

「じゃあ、7年前から実は君を愛していた、でいいじゃないか」

「ばっかだな、ライト。今まで目も合わせなかった相手にそんな事いきなり言われてみろよ。俺なら引く」

戦場しかしらない僕は、アリシアとの今の関係がいい方向に行くならと思い兄上の言葉に従った。

そうしたら、なんとアリシアは僕に嫌われていると思っていたらしく、挙げ句の果てに婚約解消やら、妾がどうのと訳の分からない事ばかり言ってきた。

その場で誤解は解けたものの、あの時誤解が解けていなければ大変な事になっていた事は予想がつく。

◇◇◇◇

ふと風が吹き、桜の花びらが僕の顔の前をチラチラ流れて現実に戻された。

「兄上、本当にありがとう」

「たった二人の兄弟だ。お前達がうまくいってるなら良かったよ」

「兄上も早くいい人を見つけられたらいいね」

「ああ。そうだな」

僕と兄上はその後は何も話さず、兄上は僕が自分の宮殿に入るのを見ると本宮殿に戻っていった。


    
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。 アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。 もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

妹と婚約者は私が邪魔なようなので、家から出て行きます

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私アリカが作った魔法道具の評判はよかったけど、妹メディナが作ったことにされてしまう。  婚約者ダゴンはメディナの方が好きと言い、私を酷使しようと目論んでいた。  伯爵令嬢でいたければ従えと命令されて、私は全てがどうでもよくなってしまう。  家から出て行くことにして――魔法道具は私がいなければ直せないことを、ダゴン達は知ることとなる。

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです

天宮有
恋愛
伯爵令嬢シンディの妹デーリカは、様々な人に迷惑をかけていた。 デーリカはシンディが迷惑をかけていると言い出して、婚約者のオリドスはデーリカの発言を信じてしまう。 オリドスはシンディとの婚約を破棄して、デーリカと婚約したいようだ。 婚約破棄を言い渡されたシンディは、家を捨てようとしていた。

私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。  結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。    国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。  結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。  数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。  結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。  その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。

破滅した令嬢は時間が戻ったので、破滅しないよう動きます

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私リーゼは、破滅寸前だった。  伯爵令嬢のベネサの思い通り動いてしまい、婚約者のダーロス王子に婚約破棄を言い渡される。  その後――私は目を覚ますと1年前に戻っていて、今までの行動を後悔する。  ダーロス王子は今の時点でベネサのことを愛し、私を切り捨てようと考えていたようだ。  もうベネサの思い通りにはならないと、私は決意する。  破滅しないよう動くために、本来の未来とは違う生活を送ろうとしていた。

処理中です...