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第一章
定期購読のあの人(悠未視点)
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書店内にうっすらと流れるヘビロテBGM。
勤務時間中に飽きるほど耳に入ってくる曲だから、
カラオケでも挑戦してみる。
でもサビしか歌えず、結局連れに援助してもらうことになってしまった。
「悠未、いっつもそうだよね。
ちゃんと覚えてからにすれば?」
気心の知れた友人、あかりはズバリと正論を言い放つ。
「でも、サビは完璧でしょ?キーも私に合ってるし。
この曲声張って歌ったら気持ち良さそうだなあって思ったんだよ」
「サビだけ、ね。他はうろ覚え丸出しだから聴いててイライラすんの。
いつもこのパターンに付き合わされる方の身にもなってよ」
書店のヘビロテ曲が変わるたびに繰り広げられる、カラオケルームでのやりとり。
なんだかんだ言いながらも付き合ってくれるあかりには、密かに感謝している。
「あかりもさ、私との時は練習に使ったっていいんだよ?」
私と違って、ちゃんとマスターした曲を入力するあかりの横顔を見つめる。
「やだよ、覚えてから歌わないと、自分が気持ち悪いの。
思いっきり歌えないじゃん」
そう言いながら、画面にはいつもあかりが最初に歌う曲名が表示された。
「あは、やっぱり」
「ふふっ、そうだよ、まずは喉を慣らさないとね」
いつものイントロが流れ、出だしは完璧。
偉そうなことを言うだけあって、あかりの歌唱力は並外れている。
聴いているこっちもいい気分にさせてくれる歌声と、正確な音程とリズムの安心感。
我ながら、こんな上手い人の前でよく中途半端に歌えるよな、自分、とは思う。
でも、覚えたい曲をイヤホンから取り入れようとしても、
読書を始めると曲は右から左だ。
部屋でのヘビロテ曲は、全く耳には入ってこない。
本の世界に入り込むと、外部は無音になる。
─────今日もまた書店内は、あのヘビロテBGM。
作業をしながら、ちゃんと覚えよう、と耳を傾けてはみるが、
ボリュームがそれほど大きくないので聞き取りにくい。
一箇所聞き逃すと、聞き返せないのも難点だ。
そして、自動ドアの開閉音に集中力が途切れる。
「いらっしゃいませー……」
反射的に挨拶をし、売り場を整えていた私はレジカウンター内に向かった。
腕時計を確認すると、そろそろ次の業務に移る時間だ。
『定期購読の準備しなくちゃ』
数名のお客様のお会計を済ませて見送ると、店内もなんとなく落ち着いてきた。
『あ、定期のリスト、プリントアウトしたはずだけど……』
「汐田さん、これ」
タイミングよく、プリント用紙が目の前に差し出される。
「事務所に置きっぱだったよ、カウンター内で作業するんでしょ?」
私服に着替えたパートの高橋さんが、にこりと言い添えた。
「あっ!ありがとうございます!
ちょうど今からやろうかなって思ってたんです!
もう、高橋さんめっちゃくちゃタイミングいいですよ!
すみません、わざわざ持ってきてもらっちゃって」
「ははっ、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ。
仕事上がるついでに持ってきただけなんだけどね。
じゃ、お先~」
「はい!お疲れ様でした!」
『ほんと高橋さんって、気がきくよね……』
自動ドアの向こうに消えていく高橋さんの背中を見送り、
持ってきてくれた数枚のプリントに目を落とす。
連休前だから、前倒しタイトルを見越して数日分リストアップしていた。
「あっ、店長、私今から定期の準備するんで、レジお願いしますねー」
「あーはいはい」
ちょうど倉庫から出てきた店長に声をかけ、カウンターの端で作業を始める。
「ええっと、明後日の送品案内は朝綴ったはずだから……」
棚からファイルを取り出し、日付を確認。
「ああっ、やっぱ結構前倒しラッシュだぁ……
イレギュラーだから見落とさないようにしないと」
「っと、予約本も確認しなくちゃ」
赤ペンとマーカーで注意深くチェックをしながら、前倒しタイトルも確認する。
「これとこれ……日にちずれてるなぁ、お客様に連絡しないと」
ふと、ある雑誌のタイトルで手が止まった。
『月刊リブロ』
「……これも……」
出版関係が中心のエンタメ情報誌。
実は、この雑誌を定期購読されてるお客様が気になっている。
彼が購入する雑誌や書籍は、私も興味をそそられるものが多くて、
実は密かに参考にさせてもらっているのだ。
『発売日きっちりに来られる方だからなぁ……
近所に住んでるのかな?それとも、職場が近いとか?
時間的には、会社帰りに立ち寄ってる、って感じなんだよね……』
ファイルをめくりながらあの人のことを考えていたら、
うっかり見落としがあったことに気づいた。
「ああっと、危ない危ない、これも、っと……」
リストと送品案内とを見比べ、最終チェックをする。
「……もう抜けはないよね……うん、大丈夫、よし。
今のうちに、電話連絡も済ませておこう」
売り場でストック整理をしている店長に一言断って、
レジカウンターに背を向け電話の子機を取った。
もう慣れたとはいえ、こちらからお客様に電話をかけるのは少しばかり緊張する。
気になるあの人には尚のことだが、
大抵留守電に切り替わるから、テンプレ台詞を告げればいいので少し気が楽だ。
受話器の奥でコール音が鳴り響く。
決まった回数をやり過ごすと、聴き慣れたアナウンスが流れてきた。
『ただいま、電話に出ることができません。
ピーッという発信音のあとに……』
一呼吸おいて、営業用の声を発した。
「お世話になっております、ミツヤ書店の汐田、と申します。
宇堂 克季様の携帯電話でしょうか……」
<続>
勤務時間中に飽きるほど耳に入ってくる曲だから、
カラオケでも挑戦してみる。
でもサビしか歌えず、結局連れに援助してもらうことになってしまった。
「悠未、いっつもそうだよね。
ちゃんと覚えてからにすれば?」
気心の知れた友人、あかりはズバリと正論を言い放つ。
「でも、サビは完璧でしょ?キーも私に合ってるし。
この曲声張って歌ったら気持ち良さそうだなあって思ったんだよ」
「サビだけ、ね。他はうろ覚え丸出しだから聴いててイライラすんの。
いつもこのパターンに付き合わされる方の身にもなってよ」
書店のヘビロテ曲が変わるたびに繰り広げられる、カラオケルームでのやりとり。
なんだかんだ言いながらも付き合ってくれるあかりには、密かに感謝している。
「あかりもさ、私との時は練習に使ったっていいんだよ?」
私と違って、ちゃんとマスターした曲を入力するあかりの横顔を見つめる。
「やだよ、覚えてから歌わないと、自分が気持ち悪いの。
思いっきり歌えないじゃん」
そう言いながら、画面にはいつもあかりが最初に歌う曲名が表示された。
「あは、やっぱり」
「ふふっ、そうだよ、まずは喉を慣らさないとね」
いつものイントロが流れ、出だしは完璧。
偉そうなことを言うだけあって、あかりの歌唱力は並外れている。
聴いているこっちもいい気分にさせてくれる歌声と、正確な音程とリズムの安心感。
我ながら、こんな上手い人の前でよく中途半端に歌えるよな、自分、とは思う。
でも、覚えたい曲をイヤホンから取り入れようとしても、
読書を始めると曲は右から左だ。
部屋でのヘビロテ曲は、全く耳には入ってこない。
本の世界に入り込むと、外部は無音になる。
─────今日もまた書店内は、あのヘビロテBGM。
作業をしながら、ちゃんと覚えよう、と耳を傾けてはみるが、
ボリュームがそれほど大きくないので聞き取りにくい。
一箇所聞き逃すと、聞き返せないのも難点だ。
そして、自動ドアの開閉音に集中力が途切れる。
「いらっしゃいませー……」
反射的に挨拶をし、売り場を整えていた私はレジカウンター内に向かった。
腕時計を確認すると、そろそろ次の業務に移る時間だ。
『定期購読の準備しなくちゃ』
数名のお客様のお会計を済ませて見送ると、店内もなんとなく落ち着いてきた。
『あ、定期のリスト、プリントアウトしたはずだけど……』
「汐田さん、これ」
タイミングよく、プリント用紙が目の前に差し出される。
「事務所に置きっぱだったよ、カウンター内で作業するんでしょ?」
私服に着替えたパートの高橋さんが、にこりと言い添えた。
「あっ!ありがとうございます!
ちょうど今からやろうかなって思ってたんです!
もう、高橋さんめっちゃくちゃタイミングいいですよ!
すみません、わざわざ持ってきてもらっちゃって」
「ははっ、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ。
仕事上がるついでに持ってきただけなんだけどね。
じゃ、お先~」
「はい!お疲れ様でした!」
『ほんと高橋さんって、気がきくよね……』
自動ドアの向こうに消えていく高橋さんの背中を見送り、
持ってきてくれた数枚のプリントに目を落とす。
連休前だから、前倒しタイトルを見越して数日分リストアップしていた。
「あっ、店長、私今から定期の準備するんで、レジお願いしますねー」
「あーはいはい」
ちょうど倉庫から出てきた店長に声をかけ、カウンターの端で作業を始める。
「ええっと、明後日の送品案内は朝綴ったはずだから……」
棚からファイルを取り出し、日付を確認。
「ああっ、やっぱ結構前倒しラッシュだぁ……
イレギュラーだから見落とさないようにしないと」
「っと、予約本も確認しなくちゃ」
赤ペンとマーカーで注意深くチェックをしながら、前倒しタイトルも確認する。
「これとこれ……日にちずれてるなぁ、お客様に連絡しないと」
ふと、ある雑誌のタイトルで手が止まった。
『月刊リブロ』
「……これも……」
出版関係が中心のエンタメ情報誌。
実は、この雑誌を定期購読されてるお客様が気になっている。
彼が購入する雑誌や書籍は、私も興味をそそられるものが多くて、
実は密かに参考にさせてもらっているのだ。
『発売日きっちりに来られる方だからなぁ……
近所に住んでるのかな?それとも、職場が近いとか?
時間的には、会社帰りに立ち寄ってる、って感じなんだよね……』
ファイルをめくりながらあの人のことを考えていたら、
うっかり見落としがあったことに気づいた。
「ああっと、危ない危ない、これも、っと……」
リストと送品案内とを見比べ、最終チェックをする。
「……もう抜けはないよね……うん、大丈夫、よし。
今のうちに、電話連絡も済ませておこう」
売り場でストック整理をしている店長に一言断って、
レジカウンターに背を向け電話の子機を取った。
もう慣れたとはいえ、こちらからお客様に電話をかけるのは少しばかり緊張する。
気になるあの人には尚のことだが、
大抵留守電に切り替わるから、テンプレ台詞を告げればいいので少し気が楽だ。
受話器の奥でコール音が鳴り響く。
決まった回数をやり過ごすと、聴き慣れたアナウンスが流れてきた。
『ただいま、電話に出ることができません。
ピーッという発信音のあとに……』
一呼吸おいて、営業用の声を発した。
「お世話になっております、ミツヤ書店の汐田、と申します。
宇堂 克季様の携帯電話でしょうか……」
<続>
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