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第3章
3-7 応援
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階を降りるごとに増えてくる人の中で、ぼんやりと帰りのルートやらを考えていると、
何度目かに止まった階で、見知った顔が乗り込んできた。
「……あ」
「あ、夏目さん、お久しぶりです。同じ会社でもフロアが違うとなかなか逢わないですよね」
私と佳奈美のふたつ後輩、谷岡 麻緒だ。
彼女の研修時にうちの部署にいたことがあったけれど、
今は秋元さん、松平さん、高畠さんたちと同じ部署に配属されている。
「そうだね、仕事で絡みがないと顔を合わせる機会がないし」
谷岡さんは人懐っこい笑顔で私の隣に立つ。
私と同じく階数表示を見上げたけれど、どことなくそわそわしている雰囲気が気になった。
(……何かあったのかな)
探れるほど親しい仲でもないので、気付かないふりをする。
エントランスの階に着き、ぞろぞろと流れ出る人波に任せて進んでいると―――
「あの、夏目さん、今から少しだけお時間もらってもいいですか?」
「え?」
「ちょっとお話があるんです」
意を決したように告げられ、ぶらぶらと帰ろうとしていたことなど優先できなくなってしまった。
(そわそわの原因はこれだったのか)
「えーっと……じゃあ、とりあえずご飯でも行く?」
「はい!」
嬉しそうな返事をされたけれど、私と改まって話をする内容なんて全く見当もつかなくて戸惑う。
心構えも出来ないまま、夜の街に繰り出した。
気軽な居酒屋に入り、それぞれ適当に好きなものを注文する。
とりあえずビールで軽く乾杯をして、今日一日の労を労い喉を潤した。
「はあ、美味しい。週の頭からこんなことやっちゃうのは気が引けるけどね」
向かいに座る谷岡さんもいい飲みっぷりを披露した後、ジョッキを置いて一息ついた。
「……それで、話ってなあに?」
注文の品がほぼそろったところで水を向けると、谷岡さんは少し躊躇ったのち口を開いた。
「……夏目さん、秋元さんと仲がいいんですよね?」
(うわー、そういうことか)
勘違いでなければ、全てを察してしまえる言葉を放たれ、どう答えたものかと逡巡する。
「仲がいいというか……ほら、佳奈美……私と同期の春野さんね、その子と、
そっちの部署の高畠さんと松平さん、その辺のつながりで、たまたま知り合ったって感じかな」
「……そうですか」
(微妙な顔してる)
この話の先がなんとなく見えるからもう広げたくはないんだけれど、
ここで知らんぷりをして黙ってしまうのも気が引けた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「……正直に言います。私、秋元さんのことが気になってて……」
(……やっぱりなー)
「でも、秋元さんあんな感じだし、全然打ち解けられる気がしなくて……
だから、知り合いの夏目さんにいろいろ聞けたらな、って思ったんです」
「いや、私も秋元さんのことはよく知らないんだけど。わかるでしょ」
「あー……夏目さんにもそんな感じなんですか?」
「あの人は誰にでもそうなんじゃない?」
「……今日の昼休み、カフェスペースで一緒でしたよね」
「ああ、あれは、佳奈美とお昼食べてるときに、コーヒー買いに来た秋元さんとたまたま逢っただけだよ」
(なんでこんな言い訳じみたことを言わなくちゃいけないんだろう)
「それに、夏目さんと秋元さん、廊下で親しそうに話してるの見たって人が」
「え……べ、別に親しそうになんかじゃ……たまたま逢ったから、普通に話してただけなんだけどな」
(あんな僅かな時間でも、そんな噂になっちゃうんだ……っていうか、谷岡さんの情報網は半端ないな)
好きな人の事を知りたい、ただその思いだけで行動に移せるバイタリティーを羨ましくも思う。
「たまたま、ばかりですね」
含みを持ったような言い方で呟く。
「……たまたま、としか言いようがないのが事実だからねえ」
(……これは……佳奈美と同様にかなりめんどくさい誤解をしてそうな雰囲気だな)
「それじゃあ、お願いがあるんですけど」
「……夏目さん、秋元さんと私、オフィス以外でも話せる機会を作ってもらえませんか?」
「ええ……?」
(なんで私が……)
最高にめんどくさいミッションが振られてしまった。
「うーん……そういうのはさ、直接本人と約束取り付けるしかないんじゃないの?」
「本人にとりつく島もないからこうしてお願いしてるんです」
まあ、わかる。相手はあの秋元さんだ。
わかるし同情もするけれど、私がその役を請け負うかどうかはまた別の話だ。
「……やっぱり、夏目さんも……」
「いやいやいやいや、それ以上は言わないで。全くの誤解だから」
「だったら、私のこと応援してください。もちろんお礼はします」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
念のため確かめたけれど、谷岡さんの小指には”糸”は”見え”ない。
(”見え”ないことでこんな気持ちになったのは、初めてかもしれない)
何度目かに止まった階で、見知った顔が乗り込んできた。
「……あ」
「あ、夏目さん、お久しぶりです。同じ会社でもフロアが違うとなかなか逢わないですよね」
私と佳奈美のふたつ後輩、谷岡 麻緒だ。
彼女の研修時にうちの部署にいたことがあったけれど、
今は秋元さん、松平さん、高畠さんたちと同じ部署に配属されている。
「そうだね、仕事で絡みがないと顔を合わせる機会がないし」
谷岡さんは人懐っこい笑顔で私の隣に立つ。
私と同じく階数表示を見上げたけれど、どことなくそわそわしている雰囲気が気になった。
(……何かあったのかな)
探れるほど親しい仲でもないので、気付かないふりをする。
エントランスの階に着き、ぞろぞろと流れ出る人波に任せて進んでいると―――
「あの、夏目さん、今から少しだけお時間もらってもいいですか?」
「え?」
「ちょっとお話があるんです」
意を決したように告げられ、ぶらぶらと帰ろうとしていたことなど優先できなくなってしまった。
(そわそわの原因はこれだったのか)
「えーっと……じゃあ、とりあえずご飯でも行く?」
「はい!」
嬉しそうな返事をされたけれど、私と改まって話をする内容なんて全く見当もつかなくて戸惑う。
心構えも出来ないまま、夜の街に繰り出した。
気軽な居酒屋に入り、それぞれ適当に好きなものを注文する。
とりあえずビールで軽く乾杯をして、今日一日の労を労い喉を潤した。
「はあ、美味しい。週の頭からこんなことやっちゃうのは気が引けるけどね」
向かいに座る谷岡さんもいい飲みっぷりを披露した後、ジョッキを置いて一息ついた。
「……それで、話ってなあに?」
注文の品がほぼそろったところで水を向けると、谷岡さんは少し躊躇ったのち口を開いた。
「……夏目さん、秋元さんと仲がいいんですよね?」
(うわー、そういうことか)
勘違いでなければ、全てを察してしまえる言葉を放たれ、どう答えたものかと逡巡する。
「仲がいいというか……ほら、佳奈美……私と同期の春野さんね、その子と、
そっちの部署の高畠さんと松平さん、その辺のつながりで、たまたま知り合ったって感じかな」
「……そうですか」
(微妙な顔してる)
この話の先がなんとなく見えるからもう広げたくはないんだけれど、
ここで知らんぷりをして黙ってしまうのも気が引けた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「……正直に言います。私、秋元さんのことが気になってて……」
(……やっぱりなー)
「でも、秋元さんあんな感じだし、全然打ち解けられる気がしなくて……
だから、知り合いの夏目さんにいろいろ聞けたらな、って思ったんです」
「いや、私も秋元さんのことはよく知らないんだけど。わかるでしょ」
「あー……夏目さんにもそんな感じなんですか?」
「あの人は誰にでもそうなんじゃない?」
「……今日の昼休み、カフェスペースで一緒でしたよね」
「ああ、あれは、佳奈美とお昼食べてるときに、コーヒー買いに来た秋元さんとたまたま逢っただけだよ」
(なんでこんな言い訳じみたことを言わなくちゃいけないんだろう)
「それに、夏目さんと秋元さん、廊下で親しそうに話してるの見たって人が」
「え……べ、別に親しそうになんかじゃ……たまたま逢ったから、普通に話してただけなんだけどな」
(あんな僅かな時間でも、そんな噂になっちゃうんだ……っていうか、谷岡さんの情報網は半端ないな)
好きな人の事を知りたい、ただその思いだけで行動に移せるバイタリティーを羨ましくも思う。
「たまたま、ばかりですね」
含みを持ったような言い方で呟く。
「……たまたま、としか言いようがないのが事実だからねえ」
(……これは……佳奈美と同様にかなりめんどくさい誤解をしてそうな雰囲気だな)
「それじゃあ、お願いがあるんですけど」
「……夏目さん、秋元さんと私、オフィス以外でも話せる機会を作ってもらえませんか?」
「ええ……?」
(なんで私が……)
最高にめんどくさいミッションが振られてしまった。
「うーん……そういうのはさ、直接本人と約束取り付けるしかないんじゃないの?」
「本人にとりつく島もないからこうしてお願いしてるんです」
まあ、わかる。相手はあの秋元さんだ。
わかるし同情もするけれど、私がその役を請け負うかどうかはまた別の話だ。
「……やっぱり、夏目さんも……」
「いやいやいやいや、それ以上は言わないで。全くの誤解だから」
「だったら、私のこと応援してください。もちろんお礼はします」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
念のため確かめたけれど、谷岡さんの小指には”糸”は”見え”ない。
(”見え”ないことでこんな気持ちになったのは、初めてかもしれない)
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