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第3章
3-1 交換
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「あ、ここで降ります、それじゃ……」
目を逸らすきっかけにほっとしながら進むと、秋元さんも動いた。
「……俺も、ここ」
「! っあ、そうなんですね」
気持ちを落ち着ける猶予も貰えず一緒にエレベーターを降りると、同じ方向に向かう気配を感じた。
「あの、もしかして、うちの部署に用事ですか?」
「……はい。忘れないうちに朝一番に済ませておこうと思いまして」
オフィスで一緒に行動するのは初めてだ。
なんとなく緊張しながら並んで歩きだすと、小声で囁かれた。
「……あなたの連絡先、聞くの忘れてましたから」
「!! ……まさか、用事って、それですか?」
思わず立ち止まって見上げると、秋元さんは小さくこくりと頷いた。
「あー……っと……」
朝の出勤時、社員が行き交う廊下で立ち止まっていると、ちらちらと視線を感じる。
ただでさえ秋元さんは背の高さで目立つので、女性社員の目も気になった。
こういうところでスマホを取り出しプライベートの連絡先交換は気が引けるし、
噂の恰好の餌食になるのは目に見えている。
「じ、じゃあとりあえずあっちに」
すぐそこにある給湯室に視線で案内し、そそくさと移動した。
「……ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、こないだお店にいるうちに気付けばよかったですね」
無事に連絡先を交換し、ひとまずほっとする。
「そういえば、さっきまで松平さんと一緒だったんですけど、小指に”糸”が”見え”ましたよ」
約束通りに早速情報共有をすると、秋元さんは僅かに目を見開いた。
「別れたばかりの元カノさんから、連絡があったそうです。
でも、元サヤに戻るかどうかは迷ってる感じでした」
思いっきり松平さんのプライバシーに関する内容を、簡単に伝えてしまうのは気が引けたけれど、
それもこれも”糸”のことをもっとよく知るため、秋元さんと約束もしたし、と心の中で正当化する。
「……そうですか。ありがとうございます。
幸い彼とは同じ部署なんで、俺もそれとなく観察します」
「あ……それと」
言おうかどうか迷ったけれど、話のついでに伝えておこう。
「松平さん、秋元さんに興味あるみたいです。今度飲みに誘われるかもしれませんよ」
「……なんで?」
「いや、私に聞かれても。松平さんはそういう人ですし」
「……はぁ」
(あからさまに嫌そうな顔したな)
「誘うのは松平さんの自由ですし、誘いを受けるかどうかは秋元さんの自由ですよ」
「……そうですが、誘う側は断る側の精神的負担にどう責任をとってくれるんでしょうか」
(断る前提なんだ……)
めんどくさい人なのはわかっていたつもりだったが、ここまであからさまに言ってしまうのは逆にすごい。
(……でも、誰彼構わず毒を吐いているわけではなさそうでは、ある)
私に気を許してくれていると思っていいのだろうか。
(……いや、松平さんにウザがらみされてたらそのうち本人に言いそうだな)
勝手な憶測にハラハラしていたが、スマホの表示時刻にハッとした。
「あ、そろそろ始業時間ですね。秋元さん、戻らないと」
「……はい。ありがとうございました。それじゃ、また」
小さく会釈をして給湯室を出ていく少し猫背な背中に、少し遅れてついていく。
―――秋元さんの小指には、まだ”糸”は”見え”なかった。
「依音、おはよ。今日は珍しくぎりぎりだね」
オフィスの席に着くと、佳奈美が明るい笑顔で迎えてくれる。
「ああ、会社には着いてたんだけど、ちょっと用事済ませてきたから」
「へえ、週明け初っ端から仕事熱心だね」
(……いや、仕事じゃないんだけどね)
目を逸らすきっかけにほっとしながら進むと、秋元さんも動いた。
「……俺も、ここ」
「! っあ、そうなんですね」
気持ちを落ち着ける猶予も貰えず一緒にエレベーターを降りると、同じ方向に向かう気配を感じた。
「あの、もしかして、うちの部署に用事ですか?」
「……はい。忘れないうちに朝一番に済ませておこうと思いまして」
オフィスで一緒に行動するのは初めてだ。
なんとなく緊張しながら並んで歩きだすと、小声で囁かれた。
「……あなたの連絡先、聞くの忘れてましたから」
「!! ……まさか、用事って、それですか?」
思わず立ち止まって見上げると、秋元さんは小さくこくりと頷いた。
「あー……っと……」
朝の出勤時、社員が行き交う廊下で立ち止まっていると、ちらちらと視線を感じる。
ただでさえ秋元さんは背の高さで目立つので、女性社員の目も気になった。
こういうところでスマホを取り出しプライベートの連絡先交換は気が引けるし、
噂の恰好の餌食になるのは目に見えている。
「じ、じゃあとりあえずあっちに」
すぐそこにある給湯室に視線で案内し、そそくさと移動した。
「……ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、こないだお店にいるうちに気付けばよかったですね」
無事に連絡先を交換し、ひとまずほっとする。
「そういえば、さっきまで松平さんと一緒だったんですけど、小指に”糸”が”見え”ましたよ」
約束通りに早速情報共有をすると、秋元さんは僅かに目を見開いた。
「別れたばかりの元カノさんから、連絡があったそうです。
でも、元サヤに戻るかどうかは迷ってる感じでした」
思いっきり松平さんのプライバシーに関する内容を、簡単に伝えてしまうのは気が引けたけれど、
それもこれも”糸”のことをもっとよく知るため、秋元さんと約束もしたし、と心の中で正当化する。
「……そうですか。ありがとうございます。
幸い彼とは同じ部署なんで、俺もそれとなく観察します」
「あ……それと」
言おうかどうか迷ったけれど、話のついでに伝えておこう。
「松平さん、秋元さんに興味あるみたいです。今度飲みに誘われるかもしれませんよ」
「……なんで?」
「いや、私に聞かれても。松平さんはそういう人ですし」
「……はぁ」
(あからさまに嫌そうな顔したな)
「誘うのは松平さんの自由ですし、誘いを受けるかどうかは秋元さんの自由ですよ」
「……そうですが、誘う側は断る側の精神的負担にどう責任をとってくれるんでしょうか」
(断る前提なんだ……)
めんどくさい人なのはわかっていたつもりだったが、ここまであからさまに言ってしまうのは逆にすごい。
(……でも、誰彼構わず毒を吐いているわけではなさそうでは、ある)
私に気を許してくれていると思っていいのだろうか。
(……いや、松平さんにウザがらみされてたらそのうち本人に言いそうだな)
勝手な憶測にハラハラしていたが、スマホの表示時刻にハッとした。
「あ、そろそろ始業時間ですね。秋元さん、戻らないと」
「……はい。ありがとうございました。それじゃ、また」
小さく会釈をして給湯室を出ていく少し猫背な背中に、少し遅れてついていく。
―――秋元さんの小指には、まだ”糸”は”見え”なかった。
「依音、おはよ。今日は珍しくぎりぎりだね」
オフィスの席に着くと、佳奈美が明るい笑顔で迎えてくれる。
「ああ、会社には着いてたんだけど、ちょっと用事済ませてきたから」
「へえ、週明け初っ端から仕事熱心だね」
(……いや、仕事じゃないんだけどね)
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